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ガッシュキラキラ

世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

私達には何てゆーか

余裕というか予定というか

ドキドキしてワクワクするような

要するに、そう、予感ってモンがない。



世間はキラキラしてる。

街灯に飾られた電飾とか

店頭に置かれた贈物とか

赤とか白とか金とか銀とか

あと緑とか

そういう色で代弁される雰囲気の真ん中で

小太りのじいさんが大きな袋を抱えて笑ってる。



世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

今日も学校の課題に追われてます。

そのくせ当日のスケジュールは空っぽで

どうせ一人ならとバイトをする事にした。

クリスマスケーキを売るバイトだ。

ベタだ。

別にいいじゃん。



世間はキラキラしてる。

私に関係ない場所でキラキラしてる。

キラキラしてるのを横目で眺めてる。

例えるなら何てゆーか

そうだなぁ

フレンチクルーラーに対するオールドファッション。



いや違うな。



とにかく私は

当日オシャレをする予定も無ければ

誰かのプレゼントに悩む必要も無い。

ひたすらに売るのだ、ケーキを。

ベタだけど。

いいじゃん。






キラキラしてる何かに対して。


私達がする事は二つだ。


眺めるか、欲しがるか。


あ、それからもう一つ。


諦めるか。












255.jpg
『ガッシュキラキラ』












「お前、ケーキ売んの?」



突然、タダオが話しかけてきた。

コッチは本日の課題に追われながら

忙しく乙女の思想にふけってるというのに。




「あ!そこ手つかないでよ!ガッシュ渇いてないんだから!」


「うっそ!マジで!」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」




時すでに遅く。

タダオは塗ったばかりの

赤のアクリルガッシュの上に手を置いた。

ほんとコイツだけはありえない。


ガッシュってのは速乾性のある絵の具だから

すぐに乾くし、重ね塗りにも向いてる。

私の好きな絵の具だ。



「血!見ろよミサエ!血だ!血が!」


「ガッシュだよ、ただの」


「お前は何でそういう事を早く言わないんだ!」


「言ったじゃん。

 てゆーかアンタ、コレ提出、5時なんだけど」




タダオが手をついた部分は

べったりと手形がついてる。

タダオは白い模造紙に手形を押してる。




「おすもうさんみたいでしょ」


「いや、知らんけど」


「5時までって、あと30分しかないじゃん」


「そう、だからアンタと遊んでる時間は無いんです」


「よし、俺が手伝ってやろう、手形つけたお詫びだ」


「え、いいよ、別にそんな」


「いいから」




タダオは私の声を遮って絵筆を持つと

何色かのガッシュをパレットに出した。

人の話を聞かない奴だ。




「ココは何色?」


「えっと…ソコは白かな」


「オッケィ」




タダオは器用に色を塗る。

こう見えてタダオは絵が巧い。

ウチの学校でも飛び抜けて巧い。



タダオは素直な線を引く。

タダオは素直な色を塗る。

タダオの描く絵は好きだった。



タダオの絵はキラキラしてる。

本人はこんな調子なんだけど

タダオの絵はキラキラしてる。

時々どうしようもなく、触れたくなる。



「タダオ、アンタ、手、パリパリ」



さっき付けたばかりの

赤のガッシュが乾いて

赤い細かい粉が紙の上に零れた。



「ああ、ガッシュって乾くの早ぇからなぁ」


「ちょっ…アンタそれなんとかしなさいよ」


「なんとかって言われてもなぁ…ドンマイ!」


「ドンマイの意味がわかんない」



タダオが自分の手の平を眺めながら笑った。

左手の指先で何度か擦ったり掻いたりした。

それからまた素直に笑った。



「よし、じゃ引き続きバリバリ塗りますか!」


「あ!そこ手つかないでよ!塗ったばっか!」


「うっそ!マジで!」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」




2回目。

時すでに遅し。

タダオは私が塗ったばかりの

白のアクリルガッシュの上に手を付いた。




「ありえない…」


「ですよね」


「てゆーかね

 色を塗った紙をペタペタ触るとか

 なんてゆーか絵描きとしてありえない」


「ドンマイ!気にすんな!」


「いや、気にしろよ!」


「ドンマイ!人はそうやって成長するんだ!

 俺もそうだった!ミサエ!ドンマイ!」


「いや、アンタがね」






世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

私達には何てゆーか

余裕というか予定というか

ドキドキしてワクワクするような

要するに、そう、予感ってモンがない。



何の予感?

例えば幸せになる予感だとか。

具体的に言うならそうだなぁ。

宝くじに当たる予感とか?



いやそんなんじゃなくて

多分、もっと、こう、身近な。

手軽なようで、手軽じゃない。

そんな予感。






そう、例えば、恋の予感。






「タダオ!最後ソコ、緑だよ!」






世間はキラキラしてる。


キラキラしてる何かに対して。


私達がする事は二つだ。


眺めるか、欲しがるか。


あ、それからもう一つ。


諦めるか。




だけれど覚えておいても

少しも損のない事実がある。

諦める前に知っておかなくちゃ。



私達は積み重ねてる。

色を塗るように積み重ねてる。

色とりどりの今の中から

たった一色を選んで塗る。

塗った色が積み重なって

やがて予感になる。

そういう事実。










「できた!完成!」


「やったー!おわったー!」


「タダオ!今まだ乾いてないからね!

 間違っても絵に触っちゃダメだよ!」


「え、何が?」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」


「おぉおぉおぉお!オマエ!ミサエ!」




タダオが塗ったばかりの緑色に

そりゃもう思い切り手を置いた。

そりゃもう思い切りだ。




「アンタ!わざとやってるでしょ!」


「うん!」


「うん!?

 アンタもう!何でそんな事するの!

 ああもう5時じゃん!」





私はタダオの手をどかして

手形の付いた絵を取り上げると

急いで色を塗りなおし

タダオも一緒に塗りなおした。




「今度こそ完成!」


「やったー!おわったー!」


「もうダメだからね!次はないからね!」


「もう触らないよ。もう終わったもん」


「てゆーかさっき一回終わったじゃん!」


「だからさっきので終わったんだってば」


「意味わかんない…

 ま、どうでもいいけどさ…

 じゃ、提出してくる!」





私は教室を出ようと席を立った。


するとタダオが後で声を出した。




「な、ミサエ」


「何?」


「見てみ、コレ」




タダオは

3色のガッシュで汚れた手の平を

大きく開いて私に向けた。




赤色。



白色。



緑色。









「クリスマスみたいでしょ?」










世間はキラキラしてる。

まるで他人事のようにキラキラしてる。

私はソコに行きたくてウズウズしてる。

だけど興味の無いフリをしてこう呟く。

世間は、キラキラしてる。



だけど少しだけ違う。

きっと少しだけ違う。

違いはとても簡単だ。

たった一文字。






「それする為にわざと?」




タダオは答えなかった。

その代わりこう言った。




「クリスマス、ケーキ売るんでしょ?」




世間はキラキラしてた。

赤とか白とか金とか銀とか

あと緑とか

そういう色で代弁される雰囲気の真ん中で

小太りのじいさんが大きな袋を抱えて笑ってた。



世間はキラキラしてた。

だけど今はココに

例えば手の平の真ん中に

アクリルガッシュのクリスマスを連れた

私と同じくらいの背丈の奇妙な男の子が立ってる。






「別にいいよ、買いに来ても」


「外で売りまくってんでしょ」


「うっさい」




教室の窓の外。


雪が降ってる。


タダオが笑ってる。


釣られて私も笑う。




「来ても安くはしないけどね」


「うわ、何だよケチ」


「最後まで居ればタダになるかもね」


「仕方ねぇなぁ。最後まで居るよ、俺」


「ケーキ余ったらだけどね」


「どうせ余るよ。最後まで居るよ、俺」


「仕方ないなぁ」


「仕方ねぇなぁ」










例えば何の予感だっけ。


別に何だって良いけど。


とにかく予感は訪れる。


積み重ねた今のあとで。




絵を提出しよう。


教室に戻ったら


タダオにお礼を言おう。


それから何を話そうか。


そうだ。


どのケーキが余ったら嬉しいか、について。




変えよう。


たった一文字。


私は見方を変えよう。


ほら、とても簡単よ。








何処がキラキラしてる?








世界はキラキラしてる。








私達の世界は、キラキラしてる。








53919602_p0_master1200.jpg
Illustrated by 猫虫.
[ 2015/12/08 02:44 ] 小説 | TB(-) | CM(0)

ガッシュキラキラ

世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

私達には何てゆーか

余裕というか予定というか

ドキドキしてワクワクするような

要するに、そう、予感ってモンがない。



世間はキラキラしてる。

街灯に飾られた電飾とか

店頭に置かれた贈物とか

赤とか白とか金とか銀とか

あと緑とか

そういう色で代弁される雰囲気の真ん中で

小太りのじいさんが大きな袋を抱えて笑ってる。



世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

今日も学校の課題に追われてます。

そのくせ当日のスケジュールは空っぽで

どうせ一人ならとバイトをする事にした。

クリスマスケーキを売るバイトだ。

ベタだ。

別にいいじゃん。



世間はキラキラしてる。

私に関係ない場所でキラキラしてる。

キラキラしてるのを横目で眺めてる。

例えるなら何てゆーか

そうだなぁ

フレンチクルーラーに対するオールドファッション。



いや違うな。



とにかく私は

当日オシャレをする予定も無ければ

誰かのプレゼントに悩む必要も無い。

ひたすらに売るのだ、ケーキを。

ベタだけど。

いいじゃん。






キラキラしてる何かに対して。


私達がする事は二つだ。


眺めるか、欲しがるか。


あ、それからもう一つ。


諦めるか。












255.jpg
『ガッシュキラキラ』












「お前、ケーキ売んの?」



突然、タダオが話しかけてきた。

コッチは本日の課題に追われながら

忙しく乙女の思想にふけってるというのに。




「あ!そこ手つかないでよ!ガッシュ渇いてないんだから!」


「うっそ!マジで!」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」




時すでに遅く。

タダオは塗ったばかりの

赤のアクリルガッシュの上に手を置いた。

ほんとコイツだけはありえない。


ガッシュってのは速乾性のある絵の具だから

すぐに乾くし、重ね塗りにも向いてる。

私の好きな絵の具だ。



「血!見ろよミサエ!血だ!血が!」


「ガッシュだよ、ただの」


「お前は何でそういう事を早く言わないんだ!」


「言ったじゃん。

 てゆーかアンタ、コレ提出、5時なんだけど」




タダオが手をついた部分は

べったりと手形がついてる。

タダオは白い模造紙に手形を押してる。




「おすもうさんみたいでしょ」


「いや、知らんけど」


「5時までって、あと30分しかないじゃん」


「そう、だからアンタと遊んでる時間は無いんです」


「よし、俺が手伝ってやろう、手形つけたお詫びだ」


「え、いいよ、別にそんな」


「いいから」




タダオは私の声を遮って絵筆を持つと

何色かのガッシュをパレットに出した。

人の話を聞かない奴だ。




「ココは何色?」


「えっと…ソコは白かな」


「オッケィ」




タダオは器用に色を塗る。

こう見えてタダオは絵が巧い。

ウチの学校でも飛び抜けて巧い。



タダオは素直な線を引く。

タダオは素直な色を塗る。

タダオの描く絵は好きだった。



タダオの絵はキラキラしてる。

本人はこんな調子なんだけど

タダオの絵はキラキラしてる。

時々どうしようもなく、触れたくなる。



「タダオ、アンタ、手、パリパリ」



さっき付けたばかりの

赤のガッシュが乾いて

赤い細かい粉が紙の上に零れた。



「ああ、ガッシュって乾くの早ぇからなぁ」


「ちょっ…アンタそれなんとかしなさいよ」


「なんとかって言われてもなぁ…ドンマイ!」


「ドンマイの意味がわかんない」



タダオが自分の手の平を眺めながら笑った。

左手の指先で何度か擦ったり掻いたりした。

それからまた素直に笑った。



「よし、じゃ引き続きバリバリ塗りますか!」


「あ!そこ手つかないでよ!塗ったばっか!」


「うっそ!マジで!」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」




2回目。

時すでに遅し。

タダオは私が塗ったばかりの

白のアクリルガッシュの上に手を付いた。




「ありえない…」


「ですよね」


「てゆーかね

 色を塗った紙をペタペタ触るとか

 なんてゆーか絵描きとしてありえない」


「ドンマイ!気にすんな!」


「いや、気にしろよ!」


「ドンマイ!人はそうやって成長するんだ!

 俺もそうだった!ミサエ!ドンマイ!」


「いや、アンタがね」






世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

私達には何てゆーか

余裕というか予定というか

ドキドキしてワクワクするような

要するに、そう、予感ってモンがない。



何の予感?

例えば幸せになる予感だとか。

具体的に言うならそうだなぁ。

宝くじに当たる予感とか?



いやそんなんじゃなくて

多分、もっと、こう、身近な。

手軽なようで、手軽じゃない。

そんな予感。






そう、例えば、恋の予感。






「タダオ!最後ソコ、緑だよ!」






世間はキラキラしてる。


キラキラしてる何かに対して。


私達がする事は二つだ。


眺めるか、欲しがるか。


あ、それからもう一つ。


諦めるか。




だけれど覚えておいても

少しも損のない事実がある。

諦める前に知っておかなくちゃ。



私達は積み重ねてる。

色を塗るように積み重ねてる。

色とりどりの今の中から

たった一色を選んで塗る。

塗った色が積み重なって

やがて予感になる。

そういう事実。










「できた!完成!」


「やったー!おわったー!」


「タダオ!今まだ乾いてないからね!

 間違っても絵に触っちゃダメだよ!」


「え、何が?」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」


「おぉおぉおぉお!オマエ!ミサエ!」




タダオが塗ったばかりの緑色に

そりゃもう思い切り手を置いた。

そりゃもう思い切りだ。




「アンタ!わざとやってるでしょ!」


「うん!」


「うん!?

 アンタもう!何でそんな事するの!

 ああもう5時じゃん!」





私はタダオの手をどかして

手形の付いた絵を取り上げると

急いで色を塗りなおし

タダオも一緒に塗りなおした。




「今度こそ完成!」


「やったー!おわったー!」


「もうダメだからね!次はないからね!」


「もう触らないよ。もう終わったもん」


「てゆーかさっき一回終わったじゃん!」


「だからさっきので終わったんだってば」


「意味わかんない…

 ま、どうでもいいけどさ…

 じゃ、提出してくる!」





私は教室を出ようと席を立った。


するとタダオが後で声を出した。




「な、ミサエ」


「何?」


「見てみ、コレ」




タダオは

3色のガッシュで汚れた手の平を

大きく開いて私に向けた。




赤色。



白色。



緑色。









「クリスマスみたいでしょ?」










世間はキラキラしてる。

まるで他人事のようにキラキラしてる。

私はソコに行きたくてウズウズしてる。

だけど興味の無いフリをしてこう呟く。

世間は、キラキラしてる。



だけど少しだけ違う。

きっと少しだけ違う。

違いはとても簡単だ。

たった一文字。






「それする為にわざと?」




タダオは答えなかった。

その代わりこう言った。




「クリスマス、ケーキ売るんでしょ?」




世間はキラキラしてた。

赤とか白とか金とか銀とか

あと緑とか

そういう色で代弁される雰囲気の真ん中で

小太りのじいさんが大きな袋を抱えて笑ってた。



世間はキラキラしてた。

だけど今はココに

例えば手の平の真ん中に

アクリルガッシュのクリスマスを連れた

私と同じくらいの背丈の奇妙な男の子が立ってる。






「別にいいよ、買いに来ても」


「外で売りまくってんでしょ」


「うっさい」




教室の窓の外。


雪が降ってる。


タダオが笑ってる。


釣られて私も笑う。




「来ても安くはしないけどね」


「うわ、何だよケチ」


「最後まで居ればタダになるかもね」


「仕方ねぇなぁ。最後まで居るよ、俺」


「ケーキ余ったらだけどね」


「どうせ余るよ。最後まで居るよ、俺」


「仕方ないなぁ」


「仕方ねぇなぁ」










例えば何の予感だっけ。


別に何だって良いけど。


とにかく予感は訪れる。


積み重ねた今のあとで。




絵を提出しよう。


教室に戻ったら


タダオにお礼を言おう。


それから何を話そうか。


そうだ。


どのケーキが余ったら嬉しいか、について。




変えよう。


たった一文字。


私は見方を変えよう。


ほら、とても簡単よ。








何処がキラキラしてる?








世界はキラキラしてる。







私達の世界は、キラキラしてる。
[ 2014/12/21 01:32 ] 小説 | TB(-) | CM(0)

フライングマン

だからね、君はダメなのよ。
やりたいこともやらずに、やらない理由ばかり上手くなって。

高度に複雑化された堅牢な自我と自尊をホイップクリームで飾り付けて
また他人を誘っているのね、チョコレート・ソースはいかが?
それでアナタ、本当は――

「僕は本当は、何になりたかったんだと思う?」

思わず一口、水を飲み、それからクリーム・パスタを口に運んだ。
窓辺の席からは絶景が見渡せるはずだが、今、それは見えなかった。
電車が走り抜けて(音も立てずに)、すぐに糸くずのようになった。

「糸が繋がっているとして、何処に繋がっているかが問題なんだ」

器用に巻き込んだパスタが、再び口に運ばれる。
それは何処にも繋がってなどいないが、糸を絡めながら落ちていく。
希望を、大量の水で胃の中に流し込んで、吐き出さないように必死なのだ。
落ちた糸の行方を追い、また選択する。

それとも、すでに選択は終わっていて、
ただ、延々と惰性の中でもがいているのかもしれない。

「僕は、その糸が君に繋がっていれば良いと、何度も思ったよ、しかし」

自問しているのね、かわいそうに。
真綿を敷き詰めたベッドで眠りましょうか、それから温かいスープを。
叶わない願いと、錆を払い落としながら手に入れる、手垢のついた現実を。
驚くほどの嘘と、嘘の倍の真実を。

「君は擦り抜けるんだ、指を、僕の気持ちを知りながら、いつも」

どうせならば、嘘とも見抜けぬ嘘を、嘘とも言わずに、吐き続ければ良いのに。
やがてそれは真実みたいになって、真実はアナタを信じるのよ。
信じた嘘がアナタを形成し、やがて真実の嘘になる。

「それで僕は何者でもない誰かになって、振る舞っている」

雪が、舞っている。
地上から空中へと、翻弄されるように、舞っている。
駅前で、宛を失くした人達が、佇みながら何かを待っている。
何処へ行くにも、此処が出発点で、何処へ行くにも、此処からは遠すぎる。

渇いたパスタを、それでも巻き付け、口に運んでいる。
水を飲む。理由もなく笑う。満たされないことは解っている。しかし運ぶ。

「振る舞っているうちに、きっと僕は”それ”になってしまうだろう」

咀嚼して、消化して、吸収して。
カラになった(しかし汚れた)皿を眺めて、またこう言うのでしょう。

「こんなことがしたい訳ではなかった」

それでアナタ、カラになった(しかし汚れた)皿を、どうしようというの。
割るのも、捨てるのも、洗い直すのも自由なのに。
まるで世界が終わってしまったみたいに。

動機と理由が必要なのだとして。
明確な意図が必要なのだとして。

ならば何がしたかった。
それでアナタ、本当は――

「僕は本当は、何になりたかったんだと思う?」

空中でフォークを回転させても、何も巻き付きはしなかった。
そこに意図はなく、等しく糸らしきものもなかった。
だからアタシは最後に、こう言うのよ。

「甘いモノは、好き?」

アタシがアナタの、デザートになってあげる。
食べ尽くして、飲み干して、満たされたまま、果ててしまいなさい。
何も達成せず、何も後悔せず、何者にもなれず、何者かになりたがり続けなさい。

さぁ、次の皿が運ばれる頃よ。

「僕は君が望む君になりたかった。それこそが僕だった。
 しかし君は実体の見えない靄のようで、触れることさえできない。
 否、実際は触れているのかもしれない。しかし感覚がない。それが僕は悲しい」

だからね、君はダメなのよ。
やりたいこともやらずに、やらない理由ばかり上手くなって。

高度に複雑化された堅牢な自我と自尊をホイップクリームで飾り付けて
また他人を誘っているのね、チョコレート・ソースはいかが?



――もしもそれが厭ならば、今すぐに、餌を求めて飛ぶのよ。

糸なんて無い、空中へ。
[ 2014/11/04 03:12 ] 小説 | TB(-) | CM(0)

ムーヴ・オーヴァー

時代遅れのロックン・ロールが鳴り始めて、僕達は其れを笑っている。
君の名前なんか忘れてしまいたいけれど、何度でも思い出してしまう。

「つまんないな」

血液が沸いて身体が踊るような。
何時までも此処に居てはいけないような。

衝動が追い掛けて、追い付いて、気が付けば追い越している。
狂ったリズムが僕を追い越していくけれど、其れも何時ものことだろう。

僕が存在しなくても君の日常が平穏に続くだろうという予想と
予想に基づく事実を痛感するのが、本当に厭だ。

その癖、君に求める言葉や、君を求める感情が大きくなっていく僕と
其のような僕の感情を抑制できない僕を痛感するのも、本当に厭だ。

「つまんないね」

無秩序に見えて、実のところ何ひとつ狂ってはいない。
君は僕を置いて、きっと何処かへ行くだろう。
僕達は記憶を追い越していくだろう。

時代遅れのロックン・ロールが鳴り始めて、僕達は其れを笑っている。
君の名前なんか忘れてしまいたいけれど、何度でも思い出してしまう。
そして――

「きっとすべて忘れちゃう」

君は何処へ行くのだろう?
僕がいなくても、其のベッドを温めて、今日と変わらずに眠れるのか。
其れとも別のベッドを整えて、まるで今日とは違う夢でも見るのかね。

心音は僕を越えない。

正しく脈を打っている。
時に速く、時に緩やかに、しかし正しく。
恐らく僕はこの上なく誠実な感覚の中で、君を汚していくのだろう。

真白に。
真赤に。
真黒に。

正しく脈を打っている。
其れは僕の中で、狂うこともなく、犯すこともなく、途切れることもなく。
嗚呼、君を正しさと美しさの中にパッケージして、僕は此処から立ち去りたい。

立ち去る前に、やることがある。
其れが何なのかを、何だったのかを、僕は確かめている。
そしてまた衝動が僕を追い越して、僕は感情と共に、其れを追い掛けている。

時代遅れのロックン・ロールが鳴り始めて、僕達は其れを笑っている。
君の名前なんか忘れてしまいたいけれど、何度でも思い出してしまう。

「ああ、ほんと、つまんないねぇ」

誰だったっけ、君は。
よく覚えているよ、しかし思い出せない。
忘れ果てた先で、輪郭を失った声だけが聞こえるよ。

其の声をなぞって、透明な輪郭を描く。
繰り返す。
追い掛けて、追い付いて、追い越して。

今から僕達は、何かを始めるだろう。
其れとも気付かない真似をしているだけで、本当は始まっているのかも。

心音だけが、まだ、僕達を越えない。
[ 2014/10/04 01:49 ] 小説 | TB(-) | CM(0)
目次
★説明




★短編






★長編小説














★短編






★お笑い








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