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ヘビー・スモーカーズ・フォレスト

ボクラは世界を救わない。

残念ながら本当のことだよ。

この崩れ往くために積み上げたような世界に、ボクラができることなんて少ないよ。
だから悲しい顔はしないで欲しい。嘘ならば飲み込んで欲しい。
もしもボクラが嘘の世界の住人ならばーー

ヘビースモーカーズフォレスト

「え、なに?」

イオリが首を傾げながら、横目で僕を見たので、黙ってコーヒーを飲んだ。
マンデリン。光沢を帯びたテーブル。窓。黒い箱のタバコ。灰皿。銀色のライター。

「タバコ吸って良い?」

「ん、」

文庫本に目を戻し、しかしすぐに視点を窓の外に向け、それから僕の目を見て

「ダメ」

僕は咥えたままのタバコを人差し指と親指で支えると、
そのまま3秒間、イオリを見詰めた。

「どうして?」

「マンデリン、美味しい?」

わざと忘れた忘れ物を思い出すために思い出したみたいに、イオリは言った。

すでに冷めかけたマンデリンは、しかし漆黒に揺らぎ、
小さな群青色のカップの中から、僕を眺めていた。

タバコを唇から離し、マンデリンを飲み込む姿を見届けると、
イオリは再び文庫本に視点を落とした。

茶色のカバー。
ここからでは、それしか見えなかった。
イオリが何を考えているのか、解らなかった。

ボクラは互いを理解してはいなかった。
そもそも理解する必要などあったのか。

「どちらを信じる?」

「なにを?」

「嘘みたいな本当と、本当みたいな嘘と」

文庫本に視点を落としたまま、イオリが言った。
静かな喫茶店では、それがほとんどすべての音だった。

音楽は流れていたが、知らない曲だった。
それは特に気にならず、ただ延々と続く心音と同じで、僕の中に溶けた。
僕の中に音が溶けたことさえ、イオリは知らないはずだった。

「ほとんどは嘘だよ。それが本当なんだ」

ページをめくる。

何も言わない。
何も聞かない。

小さくクシャミして、なぜかイオリは笑った。

「なに?」

「ん?」

「笑った」

「ん、」

解らなくなったことは沢山あるよ。
世の中は規制だらけで、もう安心してタバコさえ吸えないんだ。
喫煙所の有無の話じゃないよ。
僕の頭の中でさえ。

もう僕はこの衝動と、この淫猥な衝動と、この残酷な衝動と、
この従順な感情と抑圧による衝動を、白く乱れた煙にのせて、
吐き出すことさえできないんだ。

「タバコとセックスと、沢山の信じられる嘘と、
沢山の信じられない本当と、それから」

「ほんの少しの希望と」

それさえあれば、何も見えない、何も知らない、何も触れられない、
白煙にまみれたような日常の中でも、ボクラはやっていけた。

イオリ、悲しいお知らせが一つあるから、よく聞いて欲しい。
ボクラはいつかは必ず終わるよ。本当のことだ。
この純潔も、この惰性も、この欲望も、この沈黙も。

そして、まだ終わらせたくなくて必死だ。

この白煙を走って、走って、息を吸い込んで、噎せて、息を吐き出して、
休まずに走って、駆けて、駆け抜けて、やがて視界が拓けて、
飛び込んだ最初の景色が青空で、一面の緑が広がって、
オレンジ色の花が咲き誇っていれば良いのに。

「それさえあれば、やっていけるよ」

文庫本に視線を落としたまま、イオリは薄く笑った。

それから覗き込むように上目で僕を見ると、
おもむろに僕の黒い箱のタバコに手を伸ばし、
一本だけ取り出し、言った。

「吸いたい?」

ボクラは世界を救わない。

残念ながら本当のことだよ。

だけれど、できることならば
僕が君を救いたいし、僕も救われたいと願っている。
できることならば君に。

いつかは必ず終わるボクラだとしても、
どうにか終わらせない方法を無意識に探している。

「マンデリン、美味しい」

瞬間、イオリは長い睫毛の目を閉じて、満足そうに微笑んだ。
取り出した一本のタバコを唇に咥えて、火を点けるフリをして、
それから白煙の世界を泳ぐように笑った。
[ 2019/01/12 21:54 ] 小説 | TB(-) | CM(0)

ガッシュキラキラ

世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

私達には何てゆーか

余裕というか予定というか

ドキドキしてワクワクするような

要するに、そう、予感ってモンがない。



世間はキラキラしてる。

街灯に飾られた電飾とか

店頭に置かれた贈物とか

赤とか白とか金とか銀とか

あと緑とか

そういう色で代弁される雰囲気の真ん中で

小太りのじいさんが大きな袋を抱えて笑ってる。



世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

今日も学校の課題に追われてます。

そのくせ当日のスケジュールは空っぽで

どうせ一人ならとバイトをする事にした。

クリスマスケーキを売るバイトだ。

ベタだ。

別にいいじゃん。



世間はキラキラしてる。

私に関係ない場所でキラキラしてる。

キラキラしてるのを横目で眺めてる。

例えるなら何てゆーか

そうだなぁ

フレンチクルーラーに対するオールドファッション。



いや違うな。



とにかく私は

当日オシャレをする予定も無ければ

誰かのプレゼントに悩む必要も無い。

ひたすらに売るのだ、ケーキを。

ベタだけど。

いいじゃん。






キラキラしてる何かに対して。


私達がする事は二つだ。


眺めるか、欲しがるか。


あ、それからもう一つ。


諦めるか。












255.jpg
『ガッシュキラキラ』












「お前、ケーキ売んの?」



突然、タダオが話しかけてきた。

コッチは本日の課題に追われながら

忙しく乙女の思想にふけってるというのに。




「あ!そこ手つかないでよ!ガッシュ渇いてないんだから!」


「うっそ!マジで!」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」




時すでに遅く。

タダオは塗ったばかりの

赤のアクリルガッシュの上に手を置いた。

ほんとコイツだけはありえない。


ガッシュってのは速乾性のある絵の具だから

すぐに乾くし、重ね塗りにも向いてる。

私の好きな絵の具だ。



「血!見ろよミサエ!血だ!血が!」


「ガッシュだよ、ただの」


「お前は何でそういう事を早く言わないんだ!」


「言ったじゃん。

 てゆーかアンタ、コレ提出、5時なんだけど」




タダオが手をついた部分は

べったりと手形がついてる。

タダオは白い模造紙に手形を押してる。




「おすもうさんみたいでしょ」


「いや、知らんけど」


「5時までって、あと30分しかないじゃん」


「そう、だからアンタと遊んでる時間は無いんです」


「よし、俺が手伝ってやろう、手形つけたお詫びだ」


「え、いいよ、別にそんな」


「いいから」




タダオは私の声を遮って絵筆を持つと

何色かのガッシュをパレットに出した。

人の話を聞かない奴だ。




「ココは何色?」


「えっと…ソコは白かな」


「オッケィ」




タダオは器用に色を塗る。

こう見えてタダオは絵が巧い。

ウチの学校でも飛び抜けて巧い。



タダオは素直な線を引く。

タダオは素直な色を塗る。

タダオの描く絵は好きだった。



タダオの絵はキラキラしてる。

本人はこんな調子なんだけど

タダオの絵はキラキラしてる。

時々どうしようもなく、触れたくなる。



「タダオ、アンタ、手、パリパリ」



さっき付けたばかりの

赤のガッシュが乾いて

赤い細かい粉が紙の上に零れた。



「ああ、ガッシュって乾くの早ぇからなぁ」


「ちょっ…アンタそれなんとかしなさいよ」


「なんとかって言われてもなぁ…ドンマイ!」


「ドンマイの意味がわかんない」



タダオが自分の手の平を眺めながら笑った。

左手の指先で何度か擦ったり掻いたりした。

それからまた素直に笑った。



「よし、じゃ引き続きバリバリ塗りますか!」


「あ!そこ手つかないでよ!塗ったばっか!」


「うっそ!マジで!」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」




2回目。

時すでに遅し。

タダオは私が塗ったばかりの

白のアクリルガッシュの上に手を付いた。




「ありえない…」


「ですよね」


「てゆーかね

 色を塗った紙をペタペタ触るとか

 なんてゆーか絵描きとしてありえない」


「ドンマイ!気にすんな!」


「いや、気にしろよ!」


「ドンマイ!人はそうやって成長するんだ!

 俺もそうだった!ミサエ!ドンマイ!」


「いや、アンタがね」






世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

私達には何てゆーか

余裕というか予定というか

ドキドキしてワクワクするような

要するに、そう、予感ってモンがない。



何の予感?

例えば幸せになる予感だとか。

具体的に言うならそうだなぁ。

宝くじに当たる予感とか?



いやそんなんじゃなくて

多分、もっと、こう、身近な。

手軽なようで、手軽じゃない。

そんな予感。






そう、例えば、恋の予感。






「タダオ!最後ソコ、緑だよ!」






世間はキラキラしてる。


キラキラしてる何かに対して。


私達がする事は二つだ。


眺めるか、欲しがるか。


あ、それからもう一つ。


諦めるか。




だけれど覚えておいても

少しも損のない事実がある。

諦める前に知っておかなくちゃ。



私達は積み重ねてる。

色を塗るように積み重ねてる。

色とりどりの今の中から

たった一色を選んで塗る。

塗った色が積み重なって

やがて予感になる。

そういう事実。










「できた!完成!」


「やったー!おわったー!」


「タダオ!今まだ乾いてないからね!

 間違っても絵に触っちゃダメだよ!」


「え、何が?」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」


「おぉおぉおぉお!オマエ!ミサエ!」




タダオが塗ったばかりの緑色に

そりゃもう思い切り手を置いた。

そりゃもう思い切りだ。




「アンタ!わざとやってるでしょ!」


「うん!」


「うん!?

 アンタもう!何でそんな事するの!

 ああもう5時じゃん!」





私はタダオの手をどかして

手形の付いた絵を取り上げると

急いで色を塗りなおし

タダオも一緒に塗りなおした。




「今度こそ完成!」


「やったー!おわったー!」


「もうダメだからね!次はないからね!」


「もう触らないよ。もう終わったもん」


「てゆーかさっき一回終わったじゃん!」


「だからさっきので終わったんだってば」


「意味わかんない…

 ま、どうでもいいけどさ…

 じゃ、提出してくる!」





私は教室を出ようと席を立った。


するとタダオが後で声を出した。




「な、ミサエ」


「何?」


「見てみ、コレ」




タダオは

3色のガッシュで汚れた手の平を

大きく開いて私に向けた。




赤色。



白色。



緑色。









「クリスマスみたいでしょ?」










世間はキラキラしてる。

まるで他人事のようにキラキラしてる。

私はソコに行きたくてウズウズしてる。

だけど興味の無いフリをしてこう呟く。

世間は、キラキラしてる。



だけど少しだけ違う。

きっと少しだけ違う。

違いはとても簡単だ。

たった一文字。






「それする為にわざと?」




タダオは答えなかった。

その代わりこう言った。




「クリスマス、ケーキ売るんでしょ?」




世間はキラキラしてた。

赤とか白とか金とか銀とか

あと緑とか

そういう色で代弁される雰囲気の真ん中で

小太りのじいさんが大きな袋を抱えて笑ってた。



世間はキラキラしてた。

だけど今はココに

例えば手の平の真ん中に

アクリルガッシュのクリスマスを連れた

私と同じくらいの背丈の奇妙な男の子が立ってる。






「別にいいよ、買いに来ても」


「外で売りまくってんでしょ」


「うっさい」




教室の窓の外。


雪が降ってる。


タダオが笑ってる。


釣られて私も笑う。




「来ても安くはしないけどね」


「うわ、何だよケチ」


「最後まで居ればタダになるかもね」


「仕方ねぇなぁ。最後まで居るよ、俺」


「ケーキ余ったらだけどね」


「どうせ余るよ。最後まで居るよ、俺」


「仕方ないなぁ」


「仕方ねぇなぁ」










例えば何の予感だっけ。


別に何だって良いけど。


とにかく予感は訪れる。


積み重ねた今のあとで。




絵を提出しよう。


教室に戻ったら


タダオにお礼を言おう。


それから何を話そうか。


そうだ。


どのケーキが余ったら嬉しいか、について。




変えよう。


たった一文字。


私は見方を変えよう。


ほら、とても簡単よ。








何処がキラキラしてる?








世界はキラキラしてる。








私達の世界は、キラキラしてる。








53919602_p0_master1200.jpg
Illustrated by 猫虫.
[ 2015/12/08 02:44 ] 小説 | TB(-) | CM(0)

ガッシュキラキラ

世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

私達には何てゆーか

余裕というか予定というか

ドキドキしてワクワクするような

要するに、そう、予感ってモンがない。



世間はキラキラしてる。

街灯に飾られた電飾とか

店頭に置かれた贈物とか

赤とか白とか金とか銀とか

あと緑とか

そういう色で代弁される雰囲気の真ん中で

小太りのじいさんが大きな袋を抱えて笑ってる。



世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

今日も学校の課題に追われてます。

そのくせ当日のスケジュールは空っぽで

どうせ一人ならとバイトをする事にした。

クリスマスケーキを売るバイトだ。

ベタだ。

別にいいじゃん。



世間はキラキラしてる。

私に関係ない場所でキラキラしてる。

キラキラしてるのを横目で眺めてる。

例えるなら何てゆーか

そうだなぁ

フレンチクルーラーに対するオールドファッション。



いや違うな。



とにかく私は

当日オシャレをする予定も無ければ

誰かのプレゼントに悩む必要も無い。

ひたすらに売るのだ、ケーキを。

ベタだけど。

いいじゃん。






キラキラしてる何かに対して。


私達がする事は二つだ。


眺めるか、欲しがるか。


あ、それからもう一つ。


諦めるか。












255.jpg
『ガッシュキラキラ』












「お前、ケーキ売んの?」



突然、タダオが話しかけてきた。

コッチは本日の課題に追われながら

忙しく乙女の思想にふけってるというのに。




「あ!そこ手つかないでよ!ガッシュ渇いてないんだから!」


「うっそ!マジで!」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」




時すでに遅く。

タダオは塗ったばかりの

赤のアクリルガッシュの上に手を置いた。

ほんとコイツだけはありえない。


ガッシュってのは速乾性のある絵の具だから

すぐに乾くし、重ね塗りにも向いてる。

私の好きな絵の具だ。



「血!見ろよミサエ!血だ!血が!」


「ガッシュだよ、ただの」


「お前は何でそういう事を早く言わないんだ!」


「言ったじゃん。

 てゆーかアンタ、コレ提出、5時なんだけど」




タダオが手をついた部分は

べったりと手形がついてる。

タダオは白い模造紙に手形を押してる。




「おすもうさんみたいでしょ」


「いや、知らんけど」


「5時までって、あと30分しかないじゃん」


「そう、だからアンタと遊んでる時間は無いんです」


「よし、俺が手伝ってやろう、手形つけたお詫びだ」


「え、いいよ、別にそんな」


「いいから」




タダオは私の声を遮って絵筆を持つと

何色かのガッシュをパレットに出した。

人の話を聞かない奴だ。




「ココは何色?」


「えっと…ソコは白かな」


「オッケィ」




タダオは器用に色を塗る。

こう見えてタダオは絵が巧い。

ウチの学校でも飛び抜けて巧い。



タダオは素直な線を引く。

タダオは素直な色を塗る。

タダオの描く絵は好きだった。



タダオの絵はキラキラしてる。

本人はこんな調子なんだけど

タダオの絵はキラキラしてる。

時々どうしようもなく、触れたくなる。



「タダオ、アンタ、手、パリパリ」



さっき付けたばかりの

赤のガッシュが乾いて

赤い細かい粉が紙の上に零れた。



「ああ、ガッシュって乾くの早ぇからなぁ」


「ちょっ…アンタそれなんとかしなさいよ」


「なんとかって言われてもなぁ…ドンマイ!」


「ドンマイの意味がわかんない」



タダオが自分の手の平を眺めながら笑った。

左手の指先で何度か擦ったり掻いたりした。

それからまた素直に笑った。



「よし、じゃ引き続きバリバリ塗りますか!」


「あ!そこ手つかないでよ!塗ったばっか!」


「うっそ!マジで!」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」




2回目。

時すでに遅し。

タダオは私が塗ったばかりの

白のアクリルガッシュの上に手を付いた。




「ありえない…」


「ですよね」


「てゆーかね

 色を塗った紙をペタペタ触るとか

 なんてゆーか絵描きとしてありえない」


「ドンマイ!気にすんな!」


「いや、気にしろよ!」


「ドンマイ!人はそうやって成長するんだ!

 俺もそうだった!ミサエ!ドンマイ!」


「いや、アンタがね」






世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

私達には何てゆーか

余裕というか予定というか

ドキドキしてワクワクするような

要するに、そう、予感ってモンがない。



何の予感?

例えば幸せになる予感だとか。

具体的に言うならそうだなぁ。

宝くじに当たる予感とか?



いやそんなんじゃなくて

多分、もっと、こう、身近な。

手軽なようで、手軽じゃない。

そんな予感。






そう、例えば、恋の予感。






「タダオ!最後ソコ、緑だよ!」






世間はキラキラしてる。


キラキラしてる何かに対して。


私達がする事は二つだ。


眺めるか、欲しがるか。


あ、それからもう一つ。


諦めるか。




だけれど覚えておいても

少しも損のない事実がある。

諦める前に知っておかなくちゃ。



私達は積み重ねてる。

色を塗るように積み重ねてる。

色とりどりの今の中から

たった一色を選んで塗る。

塗った色が積み重なって

やがて予感になる。

そういう事実。










「できた!完成!」


「やったー!おわったー!」


「タダオ!今まだ乾いてないからね!

 間違っても絵に触っちゃダメだよ!」


「え、何が?」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」


「おぉおぉおぉお!オマエ!ミサエ!」




タダオが塗ったばかりの緑色に

そりゃもう思い切り手を置いた。

そりゃもう思い切りだ。




「アンタ!わざとやってるでしょ!」


「うん!」


「うん!?

 アンタもう!何でそんな事するの!

 ああもう5時じゃん!」





私はタダオの手をどかして

手形の付いた絵を取り上げると

急いで色を塗りなおし

タダオも一緒に塗りなおした。




「今度こそ完成!」


「やったー!おわったー!」


「もうダメだからね!次はないからね!」


「もう触らないよ。もう終わったもん」


「てゆーかさっき一回終わったじゃん!」


「だからさっきので終わったんだってば」


「意味わかんない…

 ま、どうでもいいけどさ…

 じゃ、提出してくる!」





私は教室を出ようと席を立った。


するとタダオが後で声を出した。




「な、ミサエ」


「何?」


「見てみ、コレ」




タダオは

3色のガッシュで汚れた手の平を

大きく開いて私に向けた。




赤色。



白色。



緑色。









「クリスマスみたいでしょ?」










世間はキラキラしてる。

まるで他人事のようにキラキラしてる。

私はソコに行きたくてウズウズしてる。

だけど興味の無いフリをしてこう呟く。

世間は、キラキラしてる。



だけど少しだけ違う。

きっと少しだけ違う。

違いはとても簡単だ。

たった一文字。






「それする為にわざと?」




タダオは答えなかった。

その代わりこう言った。




「クリスマス、ケーキ売るんでしょ?」




世間はキラキラしてた。

赤とか白とか金とか銀とか

あと緑とか

そういう色で代弁される雰囲気の真ん中で

小太りのじいさんが大きな袋を抱えて笑ってた。



世間はキラキラしてた。

だけど今はココに

例えば手の平の真ん中に

アクリルガッシュのクリスマスを連れた

私と同じくらいの背丈の奇妙な男の子が立ってる。






「別にいいよ、買いに来ても」


「外で売りまくってんでしょ」


「うっさい」




教室の窓の外。


雪が降ってる。


タダオが笑ってる。


釣られて私も笑う。




「来ても安くはしないけどね」


「うわ、何だよケチ」


「最後まで居ればタダになるかもね」


「仕方ねぇなぁ。最後まで居るよ、俺」


「ケーキ余ったらだけどね」


「どうせ余るよ。最後まで居るよ、俺」


「仕方ないなぁ」


「仕方ねぇなぁ」










例えば何の予感だっけ。


別に何だって良いけど。


とにかく予感は訪れる。


積み重ねた今のあとで。




絵を提出しよう。


教室に戻ったら


タダオにお礼を言おう。


それから何を話そうか。


そうだ。


どのケーキが余ったら嬉しいか、について。




変えよう。


たった一文字。


私は見方を変えよう。


ほら、とても簡単よ。








何処がキラキラしてる?








世界はキラキラしてる。







私達の世界は、キラキラしてる。
[ 2014/12/21 01:32 ] 小説 | TB(-) | CM(0)

フライングマン

だからね、君はダメなのよ。
やりたいこともやらずに、やらない理由ばかり上手くなって。

高度に複雑化された堅牢な自我と自尊をホイップクリームで飾り付けて
また他人を誘っているのね、チョコレート・ソースはいかが?
それでアナタ、本当は――

「僕は本当は、何になりたかったんだと思う?」

思わず一口、水を飲み、それからクリーム・パスタを口に運んだ。
窓辺の席からは絶景が見渡せるはずだが、今、それは見えなかった。
電車が走り抜けて(音も立てずに)、すぐに糸くずのようになった。

「糸が繋がっているとして、何処に繋がっているかが問題なんだ」

器用に巻き込んだパスタが、再び口に運ばれる。
それは何処にも繋がってなどいないが、糸を絡めながら落ちていく。
希望を、大量の水で胃の中に流し込んで、吐き出さないように必死なのだ。
落ちた糸の行方を追い、また選択する。

それとも、すでに選択は終わっていて、
ただ、延々と惰性の中でもがいているのかもしれない。

「僕は、その糸が君に繋がっていれば良いと、何度も思ったよ、しかし」

自問しているのね、かわいそうに。
真綿を敷き詰めたベッドで眠りましょうか、それから温かいスープを。
叶わない願いと、錆を払い落としながら手に入れる、手垢のついた現実を。
驚くほどの嘘と、嘘の倍の真実を。

「君は擦り抜けるんだ、指を、僕の気持ちを知りながら、いつも」

どうせならば、嘘とも見抜けぬ嘘を、嘘とも言わずに、吐き続ければ良いのに。
やがてそれは真実みたいになって、真実はアナタを信じるのよ。
信じた嘘がアナタを形成し、やがて真実の嘘になる。

「それで僕は何者でもない誰かになって、振る舞っている」

雪が、舞っている。
地上から空中へと、翻弄されるように、舞っている。
駅前で、宛を失くした人達が、佇みながら何かを待っている。
何処へ行くにも、此処が出発点で、何処へ行くにも、此処からは遠すぎる。

渇いたパスタを、それでも巻き付け、口に運んでいる。
水を飲む。理由もなく笑う。満たされないことは解っている。しかし運ぶ。

「振る舞っているうちに、きっと僕は”それ”になってしまうだろう」

咀嚼して、消化して、吸収して。
カラになった(しかし汚れた)皿を眺めて、またこう言うのでしょう。

「こんなことがしたい訳ではなかった」

それでアナタ、カラになった(しかし汚れた)皿を、どうしようというの。
割るのも、捨てるのも、洗い直すのも自由なのに。
まるで世界が終わってしまったみたいに。

動機と理由が必要なのだとして。
明確な意図が必要なのだとして。

ならば何がしたかった。
それでアナタ、本当は――

「僕は本当は、何になりたかったんだと思う?」

空中でフォークを回転させても、何も巻き付きはしなかった。
そこに意図はなく、等しく糸らしきものもなかった。
だからアタシは最後に、こう言うのよ。

「甘いモノは、好き?」

アタシがアナタの、デザートになってあげる。
食べ尽くして、飲み干して、満たされたまま、果ててしまいなさい。
何も達成せず、何も後悔せず、何者にもなれず、何者かになりたがり続けなさい。

さぁ、次の皿が運ばれる頃よ。

「僕は君が望む君になりたかった。それこそが僕だった。
 しかし君は実体の見えない靄のようで、触れることさえできない。
 否、実際は触れているのかもしれない。しかし感覚がない。それが僕は悲しい」

だからね、君はダメなのよ。
やりたいこともやらずに、やらない理由ばかり上手くなって。

高度に複雑化された堅牢な自我と自尊をホイップクリームで飾り付けて
また他人を誘っているのね、チョコレート・ソースはいかが?



――もしもそれが厭ならば、今すぐに、餌を求めて飛ぶのよ。

糸なんて無い、空中へ。
[ 2014/11/04 03:12 ] 小説 | TB(-) | CM(0)
目次
★説明




★短編






★長編小説














★短編






★お笑い








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