この町に花は咲かない。



灰色の空を見てた。

もう随分と長い間

ワタシはココでこうしていた。



辿り着いた冬の町。

雪しか降らない町。



この町に花は咲かない。



粉雪の空を見てた。

もう随分と長い間

ワタシはココでこうしていた。




ずっと雪を見てた。

ずっと空を見てた。




この町に花は咲かない。







いつか、花は、咲くだろうか。








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song : 3








ココに辿り着いてどれ程経ったろう。

もう随分と長い間同じ景色を見てた。




雪が地面を白く覆い隠す。




長く伸びた髪の毛を耳にかけると

ココから見える普段のココの風景が見えた。

特に新しくも無く、実に見慣れた風景だった。





冬しか無い町には

花が咲かなかった。




花を咲かせる土砂の地面は

命を生み出す力強い生命は

白くて冷たい雪の下だった。



花が好きだった。

だからワタシはココに

幾つかの手持ちの種を蒔いた。







戦場にも、花は咲いていなかった。






戦争が続いていた頃。

ワタシは戦場に出された。

ワタシは女だったけれど

或る日戦場に召集された。

年齢と性別は関係無かった。



其れが

ワタシが生まれた国と

ワタシが生きる時代の

正しい事だった。








窓の外を見る。

雪は止んでいた。

少しだけ窓を開けると

冷たい風が入ってきた。



ワタシは見慣れたココを見渡し

水を汲んだ。

ワタシは種蒔いたココを見守り

水を与えた。








そう、戦争があった。


戦争はワタシの肉体に傷を付けた。


戦争はワタシの身近な人を奪った。


戦争はワタシの大切な性を弄んだ。


アレが、正しい事、だった。





戦争の跡。

目の前に残された風景は

見たくも無い風景だった。

ワタシはもう何も感じないように

機械になってしまいたいと思った。



だから傷付いた体を

少しずつ少しずつ

機械と交換していった。



体を機械にしていけば

やがて何も感じなくなるだろう。

体を機械にしていけば

要らない感情も無くなるだろう。



怒りも

悲しみも

虚しさも

悔しさも

もう感じなくて良いのなら

笑えなくなっても良かった。





或る日ワタシは


左腕に5つの言葉を刻んだ。


其れは


刻んでから捨てるべき5つの言葉だった。


ゆっくりと深くナイフで5つの言葉を刻んだ。


流れる血は機械の油のように無機質に感じた。


5つの言葉を深く深くワタシの左腕に刻んで。


最後にワタシは、ワタシの左腕を切り落とした。





嗚呼、コレでもう何も感じなくていい。





体を機械にしていけば。


体を機械にしていけば。


体を機械にしていけば。


体を機械にしていけば。


体を機械にしていけば。


もう何も感じないで生きていられる。



























歌が聴こえた。





























或る日


耳を澄ませると


少し開けた窓から


歌が聴こえてきた。


其れは


ナクシタモノを


慈しむように嘆く


優しくて悲しい


泣き声のような歌だった。








嗚呼、コレはワタシの歌だ。








ずっとワタシが歌いたかった歌だ。


だけどワタシには、もう歌えない歌だ。


慈しむように嘆く、優しくて悲しい歌だ。








嗚呼、コレはワタシの歌だ。








ワタシの代わりに歌う


其の誰かの声を聴いて


ワタシは泣いた。










ワタシは、泣いた。
















この町に花は咲かない。


だけどワタシは種を蒔き


毎日こうして水を与える。




この町に花は咲かない。


だけどワタシは花を待ち


毎日こうして種を育てる。




するとホラ


少し開けた夜の窓からは


今日もあの歌声が聴こえる。




ワタシは窓際で歌を聴き


其の歌声の主に手紙を書く。


どうしようもなく純粋な


子供のような、手紙を書く。




「歌を聴いています。」




この町に花は咲かない。








いつか、花は、咲くだろうか。

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鼓動が、水を跳ねる音が聞こえる。
鼓動を伴った水が水を跳ねて、また別の水を跳ねる。
跳ねた水が重なって、また別の水溜りを作る。其の水も、跳ねる。

人影が近付いて、僕等は息を殺した。
身を低く丸めて、暗闇に飲まれようと努めた。
「何?何?」
ミチルが不安げな声を漏らしたので、其の口を塞いだ。
「近所の兄ちゃんだ、多分……」
小声で伝える。
恐らく男の方は、近所に住んでいる高校生。女の方は解らない。
「もう喋るなよ、ミチル……」
ミチルの口を塞いだまま、僕は穴を覗いた。

男女は手を繋いで走り、もうすぐ近くまで来ていた。
雨を避ける為に、此処に入る気だろうか。
この青いトンネル状の土管は小さいが、横には長く10m以上ある。

僕とミチルは中央より左寄りの位置に身を隠している。
もしも男女が右側の入口から中に入れば、息を殺して身を潜めていれば、
暗闇に隠れて見付からないはずだった。足音は次第に大きく、近くなった。
声が聞こえる。

「ああ、何だよ、この雨!ほら、早く入れよ!」
「ちょっと!何なの、この穴?こんなトコで休む気?」
「うるせぇ、いいから早く入れよ、濡れるよりマシだろうが!」

とっくに濡れているのに、男は乱暴気味に言った。
強引に促されるようにトンネルに入ると、女は小声で文句を言った。
僕等とは逆方向の、右側の入口。
穴から漏れた光で、影が動いているのが解る。

(……何?)

耳元からミチルの小声。喋るな。見付かるだろ。
影が動き、ミチルは其れを見ている。不安なのか、僕に体を寄せた。
動くなよ。黙っていれば、向こうからは僕等が何なのか解らない。影を動かさなければ。 多少の声ならば雨音が隠してくれる。だけれど影は動かしてはいけない。 気付かれてはいけない。ミチル、これは単なる隠れんぼだ。

(……大人から、隠れるんだよ)
(……何?)
(……得意だろ、隠れんのなら)

ミチルは隠れんぼが苦手だった。其のくせ見付かりにくい場所に隠れる癖があった。 何時も一番最後に見付かるのがミチルで、其のままずっと見付からない時もあった。 ミチル、隠れんぼっていう遊びは、見付けられる部分に面白さがあるんだよ。 見付けられないままの隠れんぼなら、最初から居なくたって同じ事なんだ。 だけどね、ミチル。今は見付からない為の隠れんぼをするんだ。 大人に見付からない、隠れんぼだよ。

(……得意だろ?)
(……うん)

男女の影は初めの内、小さな言い争いをしていた。
女の声が甲高くて、其の声が雨音を裂くように聞こえてきた。
「ちょっと汚い!何なの此処!ガキの遊び場じゃん!」
続けて男の低い声。声変わりを終えた、低い声。
内容は聞こえない。再び女。
「だから!最初から家に行ったら良かったんじゃん!」
雨音。乱暴な雨音。瞬間、風。小さな穴から、風。
「親がいるとか知らないから!……ちょっと!」

暗闇の中で、僕とミチルは動かなかった。
体育座りの姿勢のまま、息を止めるように動かなかった。
少しでも動いて、大人に気付かれてしまうのが怖かった。
自分の存在を知られる事を、極端に恐れていた。高校生が怖かった。

もし見付かったら殴られるだろうか。何も悪い事をしてないのに?
殴られるかもしれない。何時だって大人の考える事は解らない。
高校生くらいの大人が考える事が、特に、僕等には解らない。

だって彼等は、親や先生よりも、ずっと僕等に近いはずなのに、何時だって誰よりも大人ぶっている。僕等を遠ざけようとする。 僕等を邪魔な者(其れは例えば、大嫌いな自分自身)を見るような目で見る。 だから隠れなければいけない。大人に見付かってはいけない。

(……あれ何?)

僕の思考を遮るように、耳元でミチルが呟いた。
首を動かさないように、視線だけを動かす。
女の甲高い声は、もう聞こえてこなかった。
代わりにフタツの影が、静かに動いていた。

(キス、してる……)
(え?)

瞬間、割れたビール瓶と、下品な雑誌の存在を思い出した。
僕の足下に転がっている、近所の兄ちゃんが置き忘れた、下品な雑誌。
ビール瓶の破片。
破片。

(何?)
(いいから見るな!)

鼓動。
僕の心臓が、血液を圧し出す音が聞こえた。
急に黙っているのが辛くなって、何処かに逃げ出したい気分になった。
雨音が、其れを拒絶している。
僕に逃げる場所は無くて、只、其の影から目が離せなくなった。

影が動く。

衣服が擦れる音

聞こえるような気がする。

地面。
濡れている。
小さな雨は濡らしていく。

水は一方向へ。
やがて定められた場所へ。
馴れ親しんだ場所から、知らない場所へ。

「あ、駄目……」

瞬間、光。
小さな穴から、一瞬の光。
足元の下品な雑誌の、カラー・ページ。
其れと同じ色をした、女の肌。
被さるような、男の息。
再度、闇。

「きゃ!」

突然、ミチルの声。
振り返る。見えない。手を握る。
影が動く。

「誰だ!?」

男の声に反応するように、僕は叫んだ。

「逃げろ!」

ミチルを強引に圧し出す。
低い姿勢のまま、ビール瓶を踏み潰す。
突風。轟音。雑音的な無音。静寂とは正反対の無音。

僕とミチルは手を繋いだまま走った。
決して後を振り返らずに走った。
雑音だらけの中を走った。

僕等は逃げた。
逃げる為だけに逃げた。
大人に捕まらない為だけに逃げた。

途中、走りながらミチルが大声で何かを問いかけた。
まるで聞こえなかった。
気が付くと、見知らぬ団地の自転車置き場にいた。
鉄製の屋根に雨が降り落ちて、不細工な音楽を奏でていた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

息は白く、頭の中も白く、また言葉だけが。

「はぁ、はぁ、はぁ」

僕等を飽きもせずに、動かそうとしている。

「はぁ、はぁ、はぁ、もう大丈夫?」

もう大丈夫。追って来ない。
そもそも追ってなんか来るもんか。裸のままで。
自転車置き場の屋根が奏でる不細工なドレミに合わせて、僕は言った。

「ここまで来れば、もう大丈夫」

結局、僕等は濡れてしまった。ズブ濡れだった。
ミチルが巻いたハンカチから血が流れて、靴下まで届きそうだった。

「おい、足、大丈夫かよ!」
「……あ、忘れてた」
「痛くないか?」
「全然」

目の前には、見知らぬ団地。
普段は近付く事の無い、見慣れぬ棟。
僕が住んでいる棟とは、まるで反対方向だった。

「変な棟に来たな」
「N22棟」
「まさか、お前ん家?」
「ううん、新聞配達で、来るから」

手伝いで、と付け加えると、ミチルは呼吸を整えた。
其れがお婆ちゃんの手伝いだという事には、僕でも気が付いた。
其れからミチルが来年の春、別の中学校に進む事を、また思い出した。

「……何だったの、あれ」

高校生の男女の影。息。肌色。
ミチルの疑問に、僕は何も答えなかった。
あれが何だったのか、僕もミチルも、本当は知っていた。

大人になる事。
僕等の知らない、何者かになる事。
馴れ親しんだ場所から、知らない場所へと、流れる事。

右手に過去。左手に未来。
僕等の体を経由して、或る方向へと流れていく、時間。
何時までも隠れていてはいけない。やがて姿を現して、笑うんだ。
だから僕等は、いずれ。

「見付からなくちゃな」

雨音は次第に弱くなっていたけれど、まだ止みそうには無かった。
其れは通り雨。そして雨。何時か晴れるまでの青い雨。
終わらない事は無いはずの雨。だとしたら、

「帰ろうか」

僕は自転車置き場を離れて、振り返った。
今更、これ以上、雨に濡れても、別に支障は無かった。
赤く染まったハンカチを膝に巻いて、佇んでいるミチルが見えた。

「……どうなるの?」
「え?」
「じゃ、この隠れんぼ、どうなるの?」

ミチルが、雨音の中を、泳ぐような声で言った。
さてね、無効だろ、だなんて言う気にはなれなかった。
僕とミチルは何故だか、この時、まるで共犯者のようだった。
何らかを共有した理解者のような気分だった。

「……見付けるよ」
「え?」
「じゃ、僕が見付けてやるよ、今から鬼になってさ」

ミチルは眉間にシワを寄せて、不思議そうな表情を浮かべた。
まったく初めて見る、ミチルの表情だった。
だから僕は笑った。

「別の中学、行くんだろ?」
「うん」
「だったら僕が、見付けてやるよ」
「うん」
「僕が、何時か必ず、お前を見付けてやるよ」
「……どうやって?」

今は無理だ。僕等は子供だから。
隣町に行く事さえも、自転車を漕ぐのは大変なんだから。
だけれど僕等は思い出すだろう。何時かは今日を、懐かしく思い出す。
この雨を。止まない雨を。男女の影を。下品な雑誌を。
割れたビールの破片を。 身を潜めた息遣いを。
赤く染まったハンカチを。青いトンネルを。
僕等の約束を。








「大人になって」








僕とミチルが交わした其れは、約束とも呼べぬ約束で。
相手がミチルじゃ無いのなら、果たす必要も無い約束で。
只、僕の右手と左手に同じ重さの其れが在るなら、片方はミチルのモンだ。
ミチルが受け取るべきモンだ。

だから僕は日曜日の終わりから月曜日の始まりまで、
火曜日を経て水曜日を泳ぎ、 木曜日に呆れ、金曜日に忘れ、
土曜日に思い出し、ようやく此処に来たという訳だ。

右手に過去。左手に未来。
ミチルは今も隠れたままだ。あの汚れたハンカチを膝に巻いて。
僕が見付け出さなければ、ミチルは外に出る事も出来ない。
笑う事も出来ない。

人通りの多いハンバーガー・ショップの前。真ん前。
見慣れた光景は、見慣れてしまった光景だ。
何故なら此処には十年前、小さな公園が在ったんだから。
其れが今じゃハンバーガー・ショップで。
あろうことか、僕は其れを見慣れてしまっている。

白い自動車が、ドライブ・スルーを、ドライブ・スルーする。
幼い僕等がブランコを経て、砂場へ駆けた瞬間のように。
青いトンネルの中から、あの小さな穴を覗いたように。
世界中の全てを、知り尽くした気分だったように。

そして彼女を捜している。
今すぐ見付けて欲しいと願いながら、見付かる事を恐れている。 自分の存在を知られる事を、極端に恐れている。そしてまた、奥深くに隠れている。 其のような彼女を、また見付けようとしている。

季節はずれの羽音が聞こえて、僕は振り返る。

其れは雨音にも似た音で。
其れは雨音にも似た音で。

其れは通り雨。そして雨。
其れは通り雨。そして雨。

何時か晴れるまでの、青い雨。

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雨に染まる砂場。
小さな穴からは轟音と、全てが濡れる風景が見えた。 僕等の青いトンネルも、外から見れば恐らくは、雨に濡れているはずだった。 この長いトンネル状の青い土管は、長さが横に10m以上あり、 中から外が見られるように、等間隔で何個かの小さな穴が空いている。 とは言え、それは本当に小さな穴で、子供の握り拳程度の大きさしか無い。

「痛い?」

僕は何度目かの、同じ質問を繰り返した。 ミチルが首を横に振ったのが、穴から漏れる小さな光越しに見えた。 静かだ。大量の雨が降っているから無音ではないけれど、此処は本当に静かだ。 僕とミチルは身動きもせず、只、この通り雨が過ぎ去るのを待った。

「皆、居なくなっちゃったね」
「雨、降ってるからな」
「じゃ、この隠れんぼ、どうなるの?」

さてね、無効だろ、と言いかけて、 どうしてミチルが隠れんぼに、其処まで固執するのか、僕は気になった。 単に隠れて、単に見付ける。其れだけの遊びだ。暇潰しの、くだらない遊びだ。 そもそも小学六年生にもなって、未だに隠れんぼを続けている僕等の方がオカシイ。

来年の春になれば僕等は中学生になるのだし、 中学生が公園で隠れんぼを楽しんでいる姿なんて、一度も見た事が無い。 多分、大人になれば、もっと楽しい遊びがあるんだと思う。 隠れんぼなんて、子供の暇潰しだ。 単に隠れて、単に見付ける。其れだけの遊びだ。暇潰しの、くだらない遊びだ。

「お前は見付かりたいのか?其れとも見付かりたくないのか?」

僕の声は真っ暗な土管の中に、行き場を失くしたように響いた。
ミチルは隠れんぼが苦手だった。其のくせ見付かりにくい場所に隠れる癖があった。 何時も一番最後に見付かるのがミチルで、其のままずっと見付からない時もあった。 最後まで見付からない隠れんぼなんて、楽しいか?

「見付かりたいよ」

雨音が聞こえる。
時折、小さな穴から雨粒が入ってくる。
寒くは無い。だって此処はそういう場所なんだから。

「じゃ、自分から出て行けば?」

どうして膝を擦り剥いた時、此処を出ようとしなかった?
最初に僕が手を引いた時、外に出る事を拒んだ?
あの時、すぐに二人で外に出ていたら?

「こんな場所に閉じ込められずに済んだのに」

意地悪な言い方をした。
僕が此処に居るのは、何もミチルが悪い訳じゃない。 あの時、膝を切ったミチルは、すぐには動けそうになかった。 放っておいても良かったのに、僕は自分から、此処に残ったんだ。其れはそうなのだけれど。 本当ならば今頃は、家で甘いお菓子でも食べていたかもしれないし、 部屋の窓から呑気に雨を、テレビでも観るように眺めていたかもしれないのに。


「上手に隠れたら、捜してくれるから」


ミチルが言った。

「何だよ、それ」
「捜してくれたら、何時かは見付けてくれるから」
「何だよ、それ」

小さな穴から届く細い光が、ミチルの影を部分的になぞっていた。
雨音は弱まりもせず、むしろ更に強さを増そうとしていた。
否、これは通り雨で、すぐに止むはずの雨だった。

「そんなの、誰が決めたんだよ」

僕の言葉はミチルに対してなのか、其れとも僕の思考に対してなのか。
自分でも解らない。止まない雨が無いのなら、終わらない隠れんぼだって無い。 隠れんぼがずっと終わらないなんて、世界はそんな風には出来ていないんだ。 大人は皆、そう言うし、大人は皆、其れを知っているようだった。
だのに僕は、この時、まるで釈然としていなかった。

「……ずっと見付からなかったら、どうすんだよ?」
「え?」
「……お前、最後まで見付からなかった時、何回もあるじゃんかよ?」

僕は意地悪だった。苛々していた。
止まない雨はミチルが悪い訳じゃないけれど、終わらない隠れんぼは。

「お前の隠れんぼは、見付からなかったら終わりじゃないのかよ?」

見付けられたいのに。
誰かが捜してくれるのを待っているのに、自分からは出て行かないなんて、
「何考えてんだよ、お前?」
「だからね……」
「え?」
瞬間、雷鳴が聞こえた。ずっと遠くの方だ。
母親が心配しているかもしれない。この時間、家には誰もいないけれど。

「ずっと終わらないんだ、隠れんぼ」

ミチルは両手で膝を抱えて、体育座りの姿勢のままで、小さな穴を眺めていた。 其れ以上、僕も何かを言う事を止めた。ミチルの隣に座り、只、小さな穴を眺めた。 ブランコの前に、大きな水溜りが生まれていた。 大きな水溜りから溢れた水が、道筋を作り、また小さな水溜りを生んでいた。

砂場は、只、水を吸い、黒く染まる。
滑り台の金属板は、只、水を流し、白く光る。
僕等の住む団地が、雨の向こう、ずっと向こうに見える。

「……親、心配してるんじゃないのか」
「……誰の?」
「お前の」

雷が遠くで鳴った。
ミチルが怪我していなければ、今すぐ此処を出て、今すぐ走って帰るのに。

「そっちの親は?」
「ウチの?」
「うん」

ミチルの声は小さくて、雨音に隠れて、随分と聞こえにくかった。
だから僕は出来るだけ、其の声を聞き逃さないようにした。
もしかしたら何個かは、もう聞き逃しているのかも。

「パート先の青果コーナーで、洗濯物の心配くらいはしてるかも」
「家に居ないの?」
「居ないよ、土曜日のこの時間は。別に変わった事じゃないだろ」
「……そ」

雨が止むのを待ちながら、僕等は少しずつ、自分達の事を話した。
団地の事。修学旅行の事。来年、中学生になる事。
最初はゆっくりと。小さな声で。雨が止むまでの暇潰し。
毎日、同じ学校にいるのに、こんなにミチルと話したのは初めてだった。

「部活、入るの?」
「さ、どうだろうな、面倒くさそう」
「私は手芸部に入りたい。バトミントン部も良いな」
「中学校に、手芸部なんてあんのか」
「どうだろう」

田舎の中学校ならあるかもね、とミチルは付け加えた。

「田舎?」
「私が行く中学校は、皆とは違う町だから」
「何で?」

ミチルが一瞬、困ったような顔をして、其れから不意に笑った。
其れは初めて見た、ミチルの笑い顔だった。
そして、また遠くで、雷。

「お婆ちゃん、もうあんまり長く無いからさ」
「何それ」
「お婆ちゃんと住んでるのよ、私、知らなかった?」

知らない、という台詞を飲み込んだ。別に飲み込む理由は無い。 だけれど僕は飲み込んだ。ミチルの言葉の意味も、よく解らなかった。 何故、お婆ちゃんと住んでいると、別々の中学校に通わなければならなくなる?

「ううん、おばあちゃんとも住めなくなる、が正解かな」
「何それ」
「私が手芸部に入りたい理由」

ミチルは笑った。声を出さずに笑った。
声を出していたかもしれないけれど、雨音で聞こえなかった。
笑った後で、膝を抱えたまま泣いた。僕に顔を見せないようにして泣いた。

「……同じ中学校に行く方法、無いのかよ」

無い。自分で言いながら解っている。
ミチルと僕が、同じ中学校に通う方法は無い。
何故なら僕等が子供だからだ。僕等が大人じゃないからだ。
そして子供ながらに解っている。ミチルがお婆ちゃんと住んでいる理由も。
只、何となく。

ミチルは隠れんぼが苦手だった。其のくせ見付かりにくい場所に隠れる癖があった。 何時も一番最後に見付かるのがミチルで、其のままずっと見付からない時もあった。 最後まで見付からない隠れんぼなんて、楽しいか?

否、ミチルは見付けられたくなかった訳じゃない。
見付けて欲しかった。だから上手に隠れた。捜して欲しかったから。
そしてミチルは、今すぐ見付けて欲しいと願いながら、見付かる事を恐れていた。 自分の存在を知られる事を、極端に恐れていた。そしてまた、奥深くに隠れていたのだ。

ミチルは、自分の通う中学校に関して、もう何も言わなかった。
青いトンネルの中で、雨音だけが止もうとはしなかった。
僕は何も出来ずに、只、小さな穴を眺めていた。

「あ……」

遠くから、人影。フタツの人影。
水溜りを撥ねながら、此方に向かって来る。

「何?」
「誰か来た」
「誰?」

学生服を着ている。
男女。
中学生か、高校生。

恐らく、此処に向かっている。
二人の男女は手を繋ぎ、雨を避けるように走って来る。

「ミチル、声を出すな」
「え?」
「静かに!」

何だかよく解らないけれど、僕等は身を潜めた。
見付かってはいけない気がした。
多分、其れは、きっと。

まだ僕等が、隠れんぼの途中だったから。

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