VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  2007年09月

彼女はモスキート。 第一話

歩道橋を、僕は歩いて居た。

何年間も其処に在る歩道橋は、名物と言う程では無いけれど、
何年間も其処に在る事が当たり前だったし、
歩道橋から眺める一直線に伸びた道路は、絶景と言う程では無いけれど、
僕は此処から見える風景が大好きだった。

三車線の道路の左端を、真赤なバスが通過して往く。
一直線の先端には、町並と青空と山脈が見える。
山脈は酷く遠いけれど、手を伸ばせば届くような気がする。

同じ理屈で、青空に穴を空けたように張り付いて居る太陽にも、
手を伸ばせば届くような気がするけれど、熱そうだから止めておいた。

とは言っても。
最近の太陽は幾らか温度を下げたように見える。
数週間後には訪れる冬の準備を、今から始めて居るような気もする。

街路樹の葉は、紅く染まり、枯れ落ちて居る。
僕は灰色のパーカーのポケットに手を入れると、息を吐いた。
まだ白くは無い。

歩道橋が素晴らしいのは、ほんの少しの間だけ、
僕の生きて居る世界から、隔離された気分に浸らせてくれるからだ。

数年前に市長が変わり、市が道路整備に力を入れるようになって、
この道路にも人並みに押しボタン式の横断歩道が出現してからは、
上空に架かる古くて鉄臭い橋を使う人は少なくなった。

歩道橋が撤廃されないのは、単なる予算の都合だろう。




1678058_212.jpg

第一話 『歩道橋(赤)』




僕は毎日、この歩道橋を歩く事にして居る。

彼方から、此方まで。
この橋を渡る、ほんの少しの間だけ、僕は無敵な気分に浸る。
誰からも、何からも、影響されず、非難されず、僕だけの世界に浸る。

僕の足下を大型トラックが通過した。
其れから深緑色のミニ・クーパーが通過した。
押しボタン式の横断歩道の信号機が、赤から青に変わり、
僕の足下を待ち疲れた人達が歩き出した。

歩道橋の中央まで歩いた頃に、
向こう側から歩いて来る女の子が見えた。
足早に階段を駆け上がると、一直線に向かって来る。

彼女は秋色の厚手のワンピースを着て、
栗色の髪を揺らしながら、重そうなブーツで音を立てるように走った。
肩から斜めにかけられた布製の大きな鞄も、同じようなリズムで揺れた。

僕は、僕の世界に土足で(しかも重そうなブーツで)立ち入られたような、
不愉快な気分になったけれど、まぁ、公共の歩道橋なのだから仕方が無い。

休日にバイトに出てくれと頼まれた時のような、
何となく釈然としない納得感を抱きながら、僕は彼女を眺めた。
彼女は僕と同じ年頃のようにも見えたし、僕より少しだけ幼くも見えた。

擦れ違う瞬間に、彼女と目が合った。

彼女の目は赤かった。

恐らくはカラー・コンタクトだろうけれど。

重たいブーツの音が遠ざかると、僕は息を吐き出した。
やはり白くは無い。
世界は再び安定を取り戻した。
全てのカオスはコスモスに移行するのだ、などと、
最近読んだ何かの本の影響を受けたような、稚拙な事を考えた。


「漫画喫茶、何処?」


突然、背後で声がした。
思わず変な声を挙げそうになりながら、振り向く。
其処に彼女が立って居た。

「え?」

「漫画喫茶、何処?」

「漫画?」

「漫画喫茶、何処?」

彼女は一直線に(あの赤色の目で)僕を見ながら、
同じ台詞を何度も繰り返した。少しだけ苛立ってるようにも思える。
僕は彼女の台詞を脳内で租借しながら、三度目にして意味を理解した。
成程、彼女は漫画喫茶に行きたいのだ、と。

「この辺に在る漫画喫茶?」

「だから、そう言ってるじゃん」

彼女は数年来の友人か、冷めた関係の家族にでも言い放つように、
一般的な表現で言うならば、失礼な態度で、至極感情的に言った。

「この辺の漫画喫茶なら、少しだけ歩きますけど、
 此処を降りたら右に曲がって、途中でコンビニが見えるから……」

其処まで言った所で、彼女は僕の台詞を遮った。

「君、暇?」

「え?」

「君、暇?」

「いや、忙しくは無いけど」

彼女は僕に背中を向けると、首だけで振り返り、
僕の目を(勿論、あの赤色の目で)見ながら、こう言った。

「じゃあ、一緒に行こう」

彼女が漫画喫茶に行きたい理由も解らなければ、
僕が彼女に付いて行かなければいけない理由も解らない。
確定してるのは、僕に、特に断る理由が見当たらないという事だけだ。

彼女は僕の返答を待たずに、歩き始めた。
僕は歩道橋の中央で立ち止まり、彼女の背中を眺めた。
僕の足下を黒色のキャデラックが通過したような気がするけれど、
心底どうでも良い事だった。

「何やってんの? 話、聞いてた?」

彼女が階段から、僕に叫んだ。
其れから、何事も無かったかのように歩き始めた。
僕にも何故だかよく解らないのだけれど、僕は彼女の背中を追った。

僕の世界は呆気なく崩壊し、
僕の歩道橋には、彼女の重たいブーツの足跡が残された。

足早に階段を降りながら、僕は彼女に訊ねた。

「どうして漫画喫茶に行きたいの?」

彼女は至極当然の事のように、僕の目を見て言った。

「最終兵器彼女の続きが読みたいから」

僕は笑いもせず、怒りもせず、泣きもせず、
もちろん共感もせず、理解もせず、只、何となく、本当に、何となく。

「へぇ」

と言った。

月とブラウン・シュガー



サイモン・シンのビッグバン宇宙論の上巻を読み終えた後で、
最後のページを閉じながら、少女が僕に言った台詞は、
主に、以下のような内容だった。

「君は世界を再構築する必要が在るのよ。

 世界は終わってなんか居ないし、
 其の先端に何が在るのかさえ解らない。 

 私達は予測と展望に基づいて此処まで来たけれど、
 私達が何処から生まれたのかさえ、本当は酷く曖昧なモノだわ」

僕の頭に飛び込んで来たのは、少女の台詞の最初の一行だけで、
残りの台詞は、強いて今、取り上げるほどの内容では無い。
解らない事に関して、此処で会話を掘り下げるなんて馬鹿げてる。

要するに、僕は世界を再構築する必要が在るのだ、と少女は言った。
其れだけが、今、此処から確認できる唯一の事実だ。

其れは至極尤もな意見で在り、
アイス・コーヒーが注がれたグラスに挿してあるストローに、
唇を付けて息を吸い込めば、琥珀色の液体が上昇するのと、
ほとんど同じ理屈だった。

其れがサイモン・シンだろうが、コペルニクスだろうが、ガリレオだろうが、
其れからユングだろうが、フロイトだろうが、ニーチェだろうが。

若しくはデカルトだろうが、ニュートンだろうが、ダーウィンだろうが、
ピカソだろうが、ゴッホだろうが、バッハだろうが、アマデウスだろうが。

おおよそ僕の頭に住む偉人達は、少女と同じ台詞を言う気がする。
世界を再構築する必要が在るのだ。

そして、其れを僕は否定したい、とも思った。

第一、僕はアイス・コーヒーが嫌いで在るから、
アイス・コーヒーの注がれたグラスにストローなど挿さない。
もしも挿し込まれて居たとして、唇を付けようとは思わない。
同じ理屈で、唇を付けたところで息を吸い込んだりはしない。

少女はミルク・ティーの注がれたカップに直接、唇を付けて、
カップを少しだけ傾けると、液体を口内に運んだ。
成程、其れは便利な方法だ。


「君はブラウン・シュガーに甘さを求めてるのよ。
 だけれどチリ・ペッパーに甘さを求めるのだとして、
 其れの何処が間違ってるのか、君は知りもしないんだわ」


少女は僕を一瞥すると、ビッグバン宇宙論の上巻を、
小さな鞄の奥に入れて、退屈そうにフォークを持ち上げた。
存分に冷えたペペロンチーノを、数回、フォークで巻きつけると、
其れを口に運ぶでも無く、何となく眺めた。

今、此処で重要な問題なのは、
グラスの形状でも無ければ、其れを口内に運ぶ方法でも無い。
其れからペペロンチーノは、少女が鑑賞する為に注文された訳でも無い。

僕の目の前に、僕の嫌いなアイス・コーヒーが存在する事が問題だ。
何故ならば、僕は其れを飲み干さなければならない。
ところが飲み干す理由が見当たらない。

生クリームを注いで、ガム・シロップを加える。
ストローで円を描くように掻き混ぜる。
溶けかけた氷が、音を鳴らす。

まるで別の物体が混ざり合う時、其れは酷く卑猥だ。
或る強い色は影響を与え、或る弱い色は影響を受け、
然も其れが以前から其のような物体で在ったかのように、存在する。

目の前に存在する、薄茶色の液体は、
間違いなくアイス・コーヒーと、生クリームと、ガム・シロップだ。

ところが其れ等は、互いに吸収され、互いに影響され、
全てが互いの一部となり、
再び、改めて、其れをアイス・コーヒーだと認識したに過ぎない。

宇宙の始まりだとか、宇宙の終わりだとかに関して、
今、此処で語り合うのは、酷く馬鹿らしい。

だけれど宇宙の始まりだとか、宇宙の終わりだとかに関して、
何より恐怖を抱いてるのは僕の方だし、少女の方かもしれない。
隣の席に座った、名前も知らぬ中年男性の方かもしれない。

僕はポケットから鉛筆を取り出すと、紙ナプキンに少女の似顔を描いた。
今、絵を描かなければいけない理由は無かったし、
今、少女を描かなければいけない理由も無かった。

少女は退屈そうにペペロンチーノを弄びながら、
僕の行動に目を向けた。

僕は何ひとつ生み出してないか居ないし、
そのくせ何かを死なせてしまったような罪悪感に、
もう何年間も苛まれて居る。

格好良い絵を描きたい。

格好良い事を言いたい。

素敵過ぎる言葉を羅列して、誰かを救いたい。

正直で素直な言葉を吐き出そうとする時、
其れ等は常に、相反するモノだ。
僕には何も出来ない事くらい、僕が一番よく知ってる。

どうしてすぐに格好付けてしまうのか。
どうしてすぐに良い絵画を描こうとしたり、
どうしてすぐに良い言葉を書こうとしたり、
どうしてすぐに少女に気に入られたいと願ったりするのか。

救われない少女を救おうとして、
結局、救う事なんか出来なくて、
部屋の隅で一人で苦しんでる僕を見るのが、
僕は好きなだけなんだ。


「君は世界を再構築する必要が在るのよ。

 宇宙は何処から始まって、何処で終わるのか解らないし、
 其れが何時まで続くのかなんて、酷く不安定なモノだわ。

 だけれど君は、何時も一人で宇宙に浮んでるみたいね」


何も無い場所から。

何も無い場所から、何かが生まれたとしたら、だよ。
全てには原因が在ったはずなんだ。

目も、耳も、鼻も、口も、手も無い。
何も無い空間の中で、僕の意識だけが、生きてるとしたらだよ。
其れでも僕は生きてる事になるのか。

眺めたくて目は生まれ、
聴きたくて耳は生まれ、
嗅ぎたくて鼻は生まれ、
話したくて口は生まれ、
触りたくて手は生まれ、

同じように感じてる意識が、同じように生まれ、
互いに混ざり合いたいだとか、混ざり合いたくないだとか、
同化したり、反発したり、乖離したりしながら、最期には爆発した。

宇宙が生まれた理由なんて、其れで充分なんだ。
僕の似顔は酷く似てないから、鼻で笑う事しか出来ないし、
其れでも僕が少女を描きたいと感じる理由ならば、笑う事は出来ない。

僕は、僕の嫌いなアイス・コーヒーを、飲む気になんてなれない。
世界の全てを知りたいなんて思わないし、全てを知る事なんて出来ない。

目の前に座る少女の感情など、一秒毎に変化する。
全てを理解する事なんて出来ない。
予測と展望に基づいて先に進むしか術は無いのだ。

大切な事は。

ああ、そうだ、僕は少女を描きたい。
ああ、そうだ、僕は少女を描きたい。

描きたくて目は生まれ、
描きたくて耳は生まれ、
描きたくて鼻は生まれ、
描きたくて口は生まれ、
描きたくて手は生まれ、

短い鉛筆だとか、汚れたキーボードだとかで、少女を形にする。
其れは花の咲かない種を埋めるように、悲しい事なのか。
其れは音の鳴らない歌を届けるように、虚しい事なのか。

少女は僕の描き上げた絵を眺めると
「こんなの私じゃないわよ」
と言って、笑った。

少女は僕のグラスに手を伸ばすと、
ストローを唇に付け、息を吸い込み、液体を口に運んだ。

「不味い」

全てを飲み干すと、少女は呟いた。

其れを眺めて、やっぱり僕も笑った。

窓から見えた空には、月が浮んで居た。
[ 2007/09/29 14:42 ] 小説 | TB(0) | CM(1)

暁シガレット




上手い台詞を言おうとしたら 全て忘れてしまった

君を思い出していた という事だけは よく覚えてるよ

動脈から流れて 静脈まで 退屈はニコチンを運ぶ

君の元から昇った太陽が 嗚呼 僕の元で沈む


ある種の疑問に関して 一度話し合ってみないか?

全身を汲まなく回転するけれど 出口は何処なのか

退廃的な方法論に頼るのは もう辞めるべきだな

僕等の血は そんな事の為にある訳じゃないんだぜ


上手い絵画を見せようとしたら 何も描けなくなった

君を忘れてはいない という事だけは よく覚えてるよ

静脈から零れて 動脈まで 偏屈なヒロインを晒す

君の元から昇った太陽が 嗚呼 僕の元で沈む


ある種の回答に関して 一度話し合ってみないか?

全身を汲まなく回転するけれど 出口は何処なのか

虚無的な解決策に頼るのは もう辞めるべきだな

僕等の血は そんな事の為にある訳じゃないんだぜ


切り落として 噴き出して 痛みを感じて それが何だってんだ?

拝み倒して 泣き崩れて 携帯電話を見渡したって 何も無いんだぜ

煙草の煙を目で追う方が よほど健全だぜ そこには空があるんだからな


暁よ 僕のシガレット 流れる年月よ

煙を晴らして 見せてくれないか 赤月を

暁よ 僕のリグレット 流れる血液よ

靄を晴らして 見せてくれないか 赤月を


回転の先に訪れるであろう その終着駅を


君の元から昇った太陽が 嗚呼 僕の元で沈む

君の元から昇った太陽が 嗚呼 僕の元で沈む

君の元から昇った太陽が 嗚呼 僕の元で沈む

君の元で沈んだ太陽が 僕の元で 嗚呼 また昇るんだ
[ 2007/09/28 11:17 ] 詩歌 | TB(0) | CM(1)

猫目のミナ




車の扉を開けて 鍵を差し込んで エンジンをかけて気付くんだよ

本当は何処へ行くべきだったのか と気付くんだよ

それでも僕の日常は あなたと平等に訪れて 手首を半回転すれば

僕の車は走るんだよ 泣いたって 笑ったって 怒ったって 失ったって


路上の六弦に耳を貸さないのは

それが今すぐ必要な訳ではないからだよ

だけれどそれは 何時かきっと必要になるものだ

見て見ぬ振りをして通り過ぎるのは もう止めてくれないか


歌いたいのだよ 愛の歌をだよ こんな日だから 歌いたいのだよ

歌いたいのだよ 愛の歌をだよ こんな日だから 歌いたいのだよ


二件隣の猫目のミナは 誰かと似たような言葉と

皆で盛り上がれる恋の歌と 何処かで読んだような愛の詩で 

本日も平穏無事に 束の間の渇きを潤してるんだ 画面を眺めながら

絵文字だらけの短文に 自分の想いを乗せられるって まだ信じてるんだ


中央分離帯に捨て猫の死骸が転がっていても 僕は気付きもしないだろう

本当は何処へ行くべきだったのか なんて事ばかり気にしてるんだから

猫目のミナはRe:マークだらけの返信中に 路上の六弦に気付くのさ


歌いたいのだよ 愛の歌をだよ こんな日だから 歌いたいのだよ

歌いたいのだよ 愛の歌をだよ こんな日だから 歌いたいのだよ


僕よ お前が何処へ行こうとも 僕はお前と共にある

僕よ お前が信じるお前の歌を 今宵 歌い続けてはくれないか

猫目のミナが気付くのは お前の歌声なんかじゃなくて 彼女の今なんだ


与えようとせず 奪おうともせず お前は今宵 歌うんだ

そしたらきっと猫目のミナは 中央分離帯で お前に手招きするだろう

一緒に穴を掘って 野良猫を葬って お前と彼女は 共に何かを背負うのさ


「また明日 歌を聴かせてよ」


猫目のミナがそう言って お前に 一つ役目が出来る

それでお前は また明日 此処に歌いに来る

約束と目的が 一つずつ増える


車の扉を開けて 鍵を差し込んで エンジンをかけて気付くんだよ

彼女に歌を聴かせなければ と気付くんだよ

そうして僕の日常は あなたと平等に訪れて 手首を半回転すれば

僕の車は走るんだよ 泣いたって 笑ったって 怒ったって 失ったって


路上の六弦に耳を貸してるのは

それを今なら必要と信じているからだよ

だからねそれは 何時かきっと必要になるものだ

見て見ぬ振りをして通り過ぎたから その痛みに気付くんだ


歌いたいのだよ 愛の歌をだよ こんな日だから 歌いたいのだよ

歌いたいのだよ 愛の歌をだよ こんな日だから 歌いたいのだよ


僕よ お前が何処へ行こうとも 僕はお前と共にある

記憶よ お前が何処に埋められようと 僕はお前を想うだろう

気が狂うほどの現在よ お前が僕を望むなら 僕は何度でも歌うだろう


また明日 誰かに歌を 聴かせるだろう
[ 2007/09/27 12:39 ] 詩歌 | TB(0) | CM(1)
目次
★説明




★短編






★長編小説














★短編






★お笑い








Blog Search
QR CORD
QR