VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  2008年04月

サッカー選手は花粉症に何を想うか。



花粉症がですね、最近アレなんです。
何をするにも「鼻水が出るか・出ないか」で判断する必要があるんです。
まず第一にクシャミですが、これは説明する必要もないと思いますが、油断すると飛びますね。
ここで大切なのは「それを如何にしてディフェンスするか」という点に尽きる訳です。

マンツーマン(手で押さえる)でいくのか。それともプレス(クシャミの芽を潰す)でいくのか。
大体の場合、普通の人ならマンツーマンでいくと思うのですが、
これは下手するとオウンゴール(自分の手に鼻水が飛ぶ)してしまいますよね。
かと言ってディフェンスを怠ると、とんでもない方向にサッカーボール(鼻水)が飛びますよね。
サッカーボール(鼻水)で済めば良いんですが、口からラグビーボール(痰)が飛ぶと、ちょっと笑えない。
「おい、アイツ今、口からラグビーボール(痰)飛ばしたよな?」という事態になってしまいます。

これが社会の酸いも甘いも知り尽くした、日本代表引退組(三十過ぎたオッサン)なら、
カズダンス(お辞儀)をしながら「いやぁ、スマンスマン」の一言で笑って済む話かもしれないのですが、
オリンピック日本代表組(思春期真っ盛り)の中学生だと、笑って済ませられない。
「痰野郎」・「口からエクトプラズマを吐き出す男」・「闘莉王」などの困ったアダナが付いてしまいます。

そうなった場合にモルテン・タンゴ(ドロップ・アウト)しない為にも、日頃から気を付けておきたいのは、
ハーフタイム(休憩時間)の間に、充分にミーティング(ティッシュで鼻をかむ)しておけ、という事です。
これをするかしないかで、後半の動き(授業中の鼻水の調子)が、まったく変わってきます。
試合前(登校時)のブラジル体操(ティッシュで鼻をかむ)も重要になってきます。
試合後(下校時)のユニフォーム交換(ティッシュで鼻をかむ)は、思う存分に行いましょう。

それでは皆さん、良いサッカー・ライフを!レッツ、キック・オフ!

えーと、こんな事を考えてるのは、全て花粉症のせいです。
[ 2008/04/30 13:49 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)

IKZOLOGIC



最近、ニコニコ動画の【吉幾三×Capsule×DaftPunk×BeastieBoys】ばかり聴いている。
何故か、延々と聴いている。この曲を聴きながら小説を書くのは、あまり効率的だとは言えない。
何か聴き入ってしまう。原曲が良いのだと言ってしまえば、確かにそうなんだけど、コレ素晴らしいなぁ。
このような一見バカみたいな発想が、真面目にコラボレーションされるのが、ネットの良さだよね。


【ニコニコ動画】吉幾三×Capsule×DaftPunk×BeastieBoys StarrySky - IKZOLOGIC Remix -
[ 2008/04/29 13:39 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)

THE REAL FOLK BLUES



今更、わざわざ言うような事でも無いかもしれないが『Cowboy Bebop』は良い作品である。
一応、知らない方の為に簡単に説明すると、色んな意味で「カッコイイ」の一言に尽きるアニメである。
アニメと聞くと怪訝な表情をする人に限って、ディズニーアニメや、宮崎アニメや、ドラえもんや、ルパン三世は好きだったりすると思うが、この場合「ルパン三世は好き」という方は、観ておいて損はない。否、むしろ得をする。

菅野よう子がほとんどの楽曲を手がけている。
JAZZ調のオープニングテーマである『Tank!』も、彼女の手による。
菅野よう子を知らない人の為に説明すると、まぁ、ありとあらゆるジャンルの曲を手がけているので、
何を例に出せば良いのか判断しがたいが、最近は『創聖のアクエリオン』と言えば解りやすいだろうか。
一億年と二千年前から愛してるアレである。この例でも解らなかった人は、残念ながら諦めて頂きたい。

話は変わるが、最近、ネット界隈はちょっとした吉幾三ブームだ。
吉幾三さんの面白さというのは昔からあるし「おら、東京さ行くだ」が面白いのは今に始まった事じゃないが、
最近の「ネットで面白い事をしている人達」が、この時期に吉幾三に目を付けたという事実が素晴らしい。
この辺の「素人の嗅覚」みたいなモノは、下手したら芸人さんよりも鋭かろう。何故、今、吉なのか。
理由が釈然としない。釈然としないが面白い。面白いモノが勝ちならば、一分程度で消費されるネタを毎週のように披露させ、消耗させられている、現代のテレビ製作者と芸人さんは、危機感を持った方が良いと思う。

まぁ、そんなカッコイイ『Cowboy Bebop』と、往年の名曲『おら、東京さ行くだ』をコラボさせたら、
クソ面白いんじゃないかという動画を発見して聴いてみたら、クソ面白かった。それだけの話です。ええ。
何回観ても面白い。その意味の深さを、プロのお笑い関係者は真摯に受け止めるべきだと思う。


【ニコニコ動画】べごボーイビバップ (吉幾三×カウボーイビバップ)
[ 2008/04/28 10:43 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)

テレビの無い風景。



数年前から、ほとんどテレビを観なくなった。
まったく観なくなった訳では無いし、観たいと思う番組が無くなった訳では無いが、例えば好きな番組を録画してまで観ていたような子供時代のワクワク感は無く、BGM代わりにテレビを点けっ放しにしている事も無い。

とは言え、子供時代の僕はテレビっ子で、テレビが無ければ生きていられなかった。
学校から帰って来たら、まずテレビ。朝起きても、まずテレビ。寝る前さえも、ギリギリまでテレビだった。
だとしたら何故、今、こんなにもテレビを観なくなったのか? 理由は何個か考えられる。

まず、呑気にテレビを観ている時間が無い。
呑気にテレビを観ている時間が無ければ、当然、見逃す番組も増える。
例えばドラマなんて、一週でも見逃してしまえば、翌週を観る気が無くなってしまう。
しかも見逃した場合「ネットで探せば動画が落ちてるのでは無いか」という若干の余裕すらある。
ネットで事足りるなら、テレビなんぞ必要ない。もしネットに落ちてなければレンタルDVD屋の出番であろう。

そして、そもそも、最大の理由は、そうして普段は観なくなったテレビ(特に報道番組)を、
何気なく、たまに観てみると、驚くほど気分が悪くなるのである。毎日、随分と悲惨な事件が目白押しである。
毎日ワイドショーを観ているような視聴者は、それを感じていないのだろうか。異常な事件が、随分と増えた。
普段からの視聴者の方達の感覚が麻痺しているのか、それとも僕が敏感になっているのか。

……という会話を、先日、後輩の女の子と交わした。
後輩は若いが子持ちの主婦であり、家では常時、テレビを点けており、毎日ワイドショーを観るという。
すると僕が「悲惨だな」と思った事件は、彼女にとっては「またこの手の事件か」程度のインパクトであり、
あまりに悲惨すぎて、悲惨な事は理解しているが、次のニュースに移れば忘れてしまう程度の悲惨さであり、
完全な他人事であり、まったくもって「我が身にも起こり得る」という当事者意識など無い事が、よく解った。
それよりも「○○公園のチューリップが心無い人に切り取られた」というニュースの方が頭に残っていたのだ。

悲惨すぎて麻痺している、という状態は怖い。
情報自体に馴れてしまうのも怖いが、それで当事者意識が薄れる事が、非常に怖い。
報道の自由、知る権利というのは、何の為にあるのか。好奇心を満たす為か。それも一面にはあろう。
しかし「情報を共有する事で、自分が属するコミュニティへの被害を未然に防ぐ」という目的があったはずだ。

要するに「こんな事件・事故があった」というニュースを知る事で、
自分の家族・恋人・友人・学校・職場などに、同じ事件・事故が発生しないように予防する目的があった。
何故、毎日毎日毎日毎日、ワイドショーを観てるのに、毎日毎日毎日毎日、似たような殺人事件を起こす?
それを観て「ひぇ~怖いね~くわばらくわばら」とか言ってトーストかじってる余裕があるなら、随分と平和だ。
試しに一年間でも、半年間でも、一ヶ月でも、一週間でも良いから、テレビから離れて生活してみると良い。
一週間後に、忘れた頃に、ワイドショーを観てみなよ。吐き気がするよ。それは何の為に流された情報だ?

誰も学ぶ気が無いならば、それは単なる「悲惨を眺めるエンターテイメント」に落ちぶれる。
一部の知識人だとか、リベラルな人達は好き勝手に評価すれば良い。だがほとんどの一般人は、垂れ流された情報を、垂れ流しながら観ているに過ぎない。初めから観なかった方が良いのでは無いかと思うくらいに、当事者意識だって、危機意識だって、欠如している。僕等が気付くのは何時だって、我が身が被害者になった時だけだ。その時に初めて「二度とこんな事件を起こして欲しくない」と怒り、泣き、訴える。しかし観ている側に、その想いは届かない。やはり僕等は何処かで他人事として、それを垂れ流して聞いているだけだから。

そんな事をウダウダ考えている時に、中国政府によるチベット暴動弾圧に関する話題をネットで目にする。

色々と、目にする。
Björk が Liveで Tibet! と叫ぶ。
やっぱり何処かで他人事だけれど、少しだけ考える。
mixi では聖火リレーの話題がキーワードランキングの一位になっている。
テレビ画面から垂れ流された情報を眺めているだけよりも、随分とリアルな反応だと思う。
僕等は思考停止したい訳でも、当事者意識を欠如させたい訳でもなく、その方法が解らないのではないか。

ネットでは情報を一方的に与えられる訳ではなく、大なり小なりの議論や、情報交換が持たれ、
それを詳しく知る人も、まるで無知な人も、等しく意見する機会にさえ恵まれている。皆、感じているのだ。
何かを考えているのだ。初めに否定と賛同が入り乱れ、次第に或る一定の思考の流れが生まれるのだ。

チベット問題は、テレビの中では、やはり随分と他人事だ。全ての真実を報道しているとも言い難い。
ネットに落ちてる動画を観てみなよ。テレビじゃ放映されなかった本当の姿が、いくらでも氾濫しているぜ。
欽ちゃんに注目するのも良いけれど、もっと根は深く、真剣に活動している人達がいる。それを伝えるべきだ。

そして僕は、こうして世界がちょっと大変な時に、呑気に小説などを書き連ねている我が身を省みたが、
それでも書いていたい、と思ったのだ。
誰も得をしない行為をする事が、この世の一番の悪だ。誰も笑えない世界を受け入れては、いけないのだ。
そういう気持ちを共有する為に、元々、テレビは存在したんじゃないのか。
僕等は悲惨な出来事に麻痺したくなどないし、素直に笑っていたいのだ。
だから歌手は高らかに唄うし、料理人は腕に撚りをかけるし、お笑い芸人は一瞬の笑いに全てをかけるし、
小説家は、言葉を紡ぐのだ。


【ニコニコ動画】【チベット】 聖火リレー 長野駅前モニュメントを占領する中国人
[ 2008/04/27 03:35 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
目次
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