VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  2010年01月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

JET #6

真っ赤なアレが欲しかった。

中学三年の受験の前に、
面接の練習をするという授業があって、
担任教師から、自分の特技を訊ねられた事がある。

ボクは「作り笑い」と答えた。

正確に答えるならば「作り笑いが上手い事」であるし、
実際に大抵の馬鹿らしい事柄に対しても、ボクは作り笑いが出来た。
ところが担任教師は、こっぴどくボクを叱った。



299.jpg

#6 『現在・僕(I Dislike Fake Smiles.)』



「馬鹿だよね、タダオは」

帰り道に、ミサエが言った。

当時のミサエは、同級生のカタギリ君という、
ちょっと頭の良さそうな苗字の男子に片想いをしている最中だった。
その証拠に、その年のクリスマスにも、
カタギリ君の為に、変な犬(当時は流行っていた)の置時計を買った。

そもそも付き合ってる訳でもないのにプレゼントを買ったところで、
普段接点の無いカタギリ君にプレゼントを渡す機会など訪れる訳もなく、
その置時計はミサエの部屋のベッドの枕元に飾られる事となった。

「お前だって馬鹿じゃん」

「何でよ」

「渡せもしないくせにさ」

「何それ」

「変な犬の置時計」

「変な!?」

ミサエは「酷い!」と言うと、少し早足で歩き始めた。
まぁ、それ自体は何時もの事であるし、気にする事でもない。
例のプレゼントの話を持ち出した事は、少しマズかったかもしれない。

ミサエは例のプレゼントを渡せなかった事で、
あれから少しの間、かなり落ち込んだようだったから。

そもそもミサエは、クリスマスとバレンタインを混同して居るフシがある。
別にクリスマスは片想いの異性にプレゼントを渡す日では無い。
既に親しい者同士がプレゼントを渡す日だったはずだ。

「てゆーか、お前、ボクにプレゼントは?」

ボクが声をかけると、ミサエは振り返った。
ほら見ろ、ミサエは声をかけられるのを待ってる。
一応、少し不貞腐れた表情をしながら「何の?」と答える。

「クリスマスの」

「とっくに終わったじゃん」

「じゃあ、バレンタインの」

「何でタダオに」

ミサエが鼻で笑ったような顔を(恐らくは故意に)したので、
ボクはミサエの後頭部を平手で軽く叩いた。

「痛っ!ちょっ!何すんの!」

「生意気だったから」

「なっ……!」

ボクとミサエは家が隣同士だから、帰り道は何時も一緒だ。
誤解されたくないが、途中までの道はお互いに、別々の友達と帰る。
別々の友達と帰っては居るのだが、別々の友達は、別々の道へ分かれ、
そうして最終的に、ボクとミサエは、合流してしまうのだ。

「試しに言ってみなさいよ」

「何を?」

「何か欲しいモノあるの?」

「ああ、あるよ」

数日前にテレビで見た、真っ赤なアレ。
何が欲しいかと訊かれたら、迷わずアレを答えるだろう。
それくらい当時のボクは、アレに心を奪われ始めて居たんだから。

「何が欲しいの?」

「真っ赤なストラト」

「真っ赤な……何?」

「ギターだよ」

ミサエは鼻で笑うように「無理」と言った。
ボクはミサエの後頭部を、平手で強めに叩いた。



ボクラが成長する中で、ボクラが変化したこと。



ミサエはカタギリ君に告白する事もなく、中学を卒業した。
ボクとミサエは、そのまま同じ高校に入学した。

真っ赤なストラトは、自分の金で買った。
高校一年の夏に、初めてアルバイトで稼いだ金で買った。

高校二年の夏に、ミサエに初めての恋人が出来た。
ところが二ヶ月も経たない内に別れた。
別れた理由は「瞳が青くないから」とか何とか。

高校卒業後は、ミサエと別々の道を選んだ。
ボクは至って普通の大学に入学した。
軽音サークルに入ったのは、ストラトが好きだったからだ。

その頃にはもう、
ボクの履歴書の特技の欄からは、作り笑いの文字は消えて居た。
中学の担任教師に叱られたのは、キッカケにしか過ぎないだろう。
そもそもボクは、作り笑いなんか嫌いなんだから。

面白い事では笑い、面白くない事では笑わない。
それは酷く単純明快な、人間らしい行動のようにも思える。
あの日、担任教師がボクを叱ったのも、それを教える為だったのか。


否、違う。


大人と呼ばれるようになって気が付いた事は、
作り笑いの上手い人間の方が、偉い大人に気に入られるという事実だ。
面白い事で笑わずに、面白くない事で笑わなければいけない。

あの日、担任がボクを叱ったのは、何の事は無い。
作り笑いが特技だなんてのは、大人にとっては当たり前の事で、
それを堂々と特技だなんて宣言する事は、面白くない事だったんだ。
要するに、面接官の大人達の印象を悪くする特技だった、というだけだ。

世の中を見渡せば、大人は作り笑いなんて、誰だってしてる。
面白くもない事で笑い、自分を正当化してる。
くだらない。



ボクラが成長する中で、ボクラが変化したこと。



という訳で、ボクはあまり笑わなくなった。
ミサエは服飾系の専門学校に入学しようとしていたはずだ。
入学式の日の朝に、突然、道の途中で倒れたりしなければ。

病室に向かうと、ミサエは窓から雪を眺めて居た。
入院と退院を繰り返し、コレで何回目の入院だったっけ。
その度にミサエは、数日間、小難しい名前の精密検査を受ける。

雪を眺めるミサエの背中は、無垢な少女のようだ。
まぁ、実際は無垢な少女なんて事は無く、単なる幼馴染だけれど。

ボクはコンビニで買った紅茶のペットボトルが入った袋を下げて、
丸めた新聞紙で自分の肩を叩きながら、声をかける。



「少女か、お前は」



ミサエの体から悪性の細胞が発見されたのは、それから四日後だった。
[ 2010/01/29 18:05 ] 長編:JET | TB(0) | CM(0)

JET #5

雪は会えなくなった恋人との再会に似てる。

窓の外に降り積むソレに手を伸ばしても、届く事は無く、
只、一粒一粒は溶け逝きながらも、薄い絨毯を残して往く。
溶けずに地面に根付いた、最初の一粒を見てみたい。
ソレはきっと、会えなくなった恋人の欠片だから。



299.jpg

#5『現在・君(Secret Smoking.)』



「少女か、お前は」

背後からタダオが声をかけた。
買い物袋を片手に下げて、丸めた新聞紙で自分の肩を叩いて居る。
買い物袋を床に置くと、壁に立てかけたパイプ椅子を取り出して座った。

「ねぇ、タダオ、雪降ってるよ」

「知ってるよ、今、外から来たんだから」

「雪は会えなくなった恋人との再会に似てるよね」

「乙女か、お前は」

タダオは鼻で笑いながら足を組むと、新聞紙を広げた。
新聞紙の一面には来年の春からメジャーリーグに挑戦する、
タダオが好きだったプロ野球選手の独占インタビューが載って居る。
新聞紙を広げながら背もたれに深く身を預けると、
何となく首を何度か動かしながら、タダオは肩越しに窓の外を眺めた。

「ねぇ、タダオ、雪降ってるよ」

「知ってるよ、今、窓から見てるんだから」

「溶けずに地面に根付いた、最初の一粒を見てみたいよね」

「何で?」

タダオが退屈そうに質問したので、
アタシは此処ぞとばかりに、先程考えたばかりの名文を披露した。

「ソレはきっと、会えなくなった恋人の欠片だから」

「あ、解った、馬鹿なんだ、お前」

「酷い!」と言いながら布団を被ると、アタシはベッドの中に潜り込んだ。
心のポエム帳24ページに書き込んだばかりの名文を、
選りにもよって馬鹿扱いされるとは。

布団の中で身を固くして、タダオが謝るのを待った。
布団の外から新聞紙をめくる音が聴こえた。
タダオは何も言わずに、新聞紙を読み進めて居るようだ。

「タダオのアホ~」

布団の中で呟いてみたモノの、声が篭って虚しい気分になる。
まるで自分ひとりの世界で、自分に向けて放たれる暴言のようだ。
せめてダメージを受けて居るタダオの表情を見なければ気が済まない。
布団から顔を半分だけ出して、もう一度。

「タダオのアホ~」

新聞紙に隠れて表情が見えない。
それどころか身動き一つしようともしない。
布団から起き上がって、もう一度。

「タダオのアホ!」

不意に、タダオは新聞紙を折り畳むと、立ち上がった。
それから先程、床に下した買い物袋に手を伸ばし、
中から紅茶のペットボトルを抜き取った。

「飲む?」

「タダオのアホ」

「紅茶、飲むかって」

「タダオのアホ」

「要らないのね」

「要る」

タダオは棚からマグカップを二個取ると、
それぞれにゆっくりとペットボトルの紅茶を注いだ。

「ミルク・ティーが良かったな」

「レモン・ティーの方が美味いでしょ」

時計の針が一秒ずつ進んで行く音が聴こえた。
此処は静かだ。
白い。

「退院、何日くらいになりそうだって?」

マグカップを傾けながら、タダオが言った。

「まだ解んない」

「今日、決まるんじゃなかったっけ」

「クリスマスまでには無理なんじゃないかなぁ」

窓の外では音も無く雪が降り落ちて居る。
ソレは枯葉よりも静かで、生命よりも穏やかだ。
目的も理由も存在しない。

只、降り落ちる為に、降り落ちる。

「雪は会えなくなった恋人との再会に似てるよね」

「まだ言ってんの」

「雪は会えなくなった恋人の欠片なのよ」

タダオは特に笑いもせずに窓の外に目を向けると、
至極冷静な口調で「お前、そんな恋人いないじゃん」と言った。

「い、居るよ!」

「居た事ないじゃん」

「居たんだってば!」

「嘘吐くなよ」

「嘘じゃないよ!酷いよ!タダオのアホ!」

存在を否定された心のポエム帳24ページ目の恋人を想って、
アタシは叫んだ。
存在を否定された心のポエム帳24ページ目の恋人は笑って、
アタシの心の中で「いいんだよ」と言った。

「怒るなよ」

「いいんだよ」

「は?」

「いいんだよ、気にしなくていいんだよ、タダオ」

「誰だそれ」

確かにタダオは二才の時からアタシの家の隣に住んでるし、
小学・中学・高校と全て同じだったから、
アタシの(大した事ない)恋愛事情など、全てお見通しだった。

中学三年のクリスマスに、片想いの男の子に渡す為に買った、
変な犬(当時は流行っていた)の置時計を、結局渡す事が出来ずに、
ソレが未だにアタシの部屋に飾られて居る事まで、タダオは知って居る。

それでも、いくらそんなタダオと言えども、
心のポエム帳24ページ目の恋人を否定する事は許されない。
彼は日本人の父とアイルランド人の母を持った、青い瞳のハーフなのだ。

「青い瞳のハーフなのよ」

「何だそれ」

「会えなくなった恋人が」

「ミサエはポエマーだな」

「ポエマー言うな!」

雪は窓の外を相変わらず上から下へと移動して往くが、
此処からでは、ソレが冷たいのか温かいのかさえも解らない。
窓を開け、手を伸ばせば、ソレを感じる事が出来るかもしれなかったが、
此処では窓を開ける事も出来ない。

目を閉じて、全てを想像する。

雪は冷たいのか、温かいのか。

色は白く、綿のように軽く、すぐに溶ける。

溶けるならば、恐らくソレは冷たい。

少なくとも世界より冷たい。

世界は何色なのか。


「煙草、吸ってくるわ」


タダオが立ち上がる。
マグカップの中の紅茶を飲み干すと、
パイプ椅子の上に折り畳んだ新聞紙を置いた。

「アタシも行く~!」

「お前、煙草吸わないじゃん」

「アタシも行く~!」

「いや、別に良いけど」

病棟内は全面的に禁煙であり、喫煙所は存在しない。
喫煙者は入院と同時に、強制的に禁煙を余儀なくされる。

とは言え入院者全員が禁煙に成功する訳も無く、
それぞれがそれぞれの秘密の喫煙場所を見つけ出し、
タダオも同じように、タダオだけの喫煙場所を見つけ出した。

「寒っ!」

パジャマ一枚にジャージを羽織っただけの格好は、予想以上に寒かった。

地下一階の売店の奥にある細い通路は、
食材や売店の商品の搬入通路に繋がっており、
普段は業者が使って居るが、この時間は人が通らない。

当然、入院患者の出入りが許される訳が無いが、
この時間帯は鍵がかけられて居るし、外に出る意思も無い。

薄暗い通路の奥へ進むと、コンクリートの床が見え、
使い捨てられた何個かのダンボールが転がって居た。

「よく見付けたよね、こんな場所」

アタシが言った時、
タダオは既に煙草に火を点けて、
ソレを深く肺に吸い込んで居る最中だった。

狭く奥まった場所に、肩を寄せ合うようにして屈んだ。
タダオの顔がすぐ横に在る。

静かだ。
だけれどこの静けさは、
先程、病室で感じた静けさとは違う。

少しでも物音を立てると、全てが反響しそうな静けさ。
だけれど何処にも届く事の無い静けさだった。

閉じられたシャッターの隙間から、風が吹き込んで居る。
今、外は寒いのだという事を知らせて居る。
だとすれば世界は寒いのか。
雪は冷たいのか。

音も無く、光も無いような場所で、
タダオの吐き出す煙草の煙だけが白く、また温かい。
ソレは明らかに異質な匂いを漂わせながら、世界に存在する。

煙たい。
タダオが煙を吐き出す度に、煙が目に入る。

心のポエム帳24ページ目の恋人は、煙草を吸うだろうか。
知らない。
否、厳密に言うならば、決めてない。

「ちょっとだけ吸わせてよ」

小声で呟く。

「駄目」

「何でよ?」

「駄目」

「だから何でよ」

「ポエマーだから」

「関係ないじゃん!」

思わず大きな声を出すと、予想以上に声は響いた。
タダオが驚いた顔をしながらコチラを見て、人差し指を鼻の頭に当てる。
その顔が予想以上に近い。

「近いよ、タダオ、煙たい」

「近いよ、お前が勝手に付いて来たんだから」

ああ、タダオが近いな、という気分になった。
二才の時から一緒に居るからよく解らないけれど、
ああ、タダオが近いな、という気分になった。

タダオが煙草を吸い込む度に、
暗闇の中で、煙草の先端だけが赤く灯るので、
何となくソレを眺めた。

ソレは窓の外を舞い落ちる雪よりも、随分とリアルな気がした。
高々と空に舞い上がる、ジェットのようだった。

「よし、タダオ、キスするか」

「何言ってんだ、お前」

「そんな気分なんだ」

「痴女か、お前は」

「ちっ……!?」

アタシが叫びかけると、
不意にタダオは、煙草をアタシの唇に付けた。
静かに付けた。

タダオの温度など感じなかったが、
よく考えればソレは、タダオが唇を付けた煙草だった。
アタシは目を閉じて、ソレをゆっくりと、深く、肺に吸い込んでみた。

「……ぅおえげほー!」

煙が気管を通り抜けようとした瞬間に、アタシは咽た。
絵に描いたように咽ながら、涙を流した。
何てマズイんだ、煙草なんて。

「人間の吸うモンじゃないんですけど……」

タダオは「ははっ」と楽しげに短く笑うと、
再び煙草を吸い込んで、吐き出した。
結局、何だったんだ、今のは。
血液は音を立て、変な汗をかいた気もする。

ジェット・コースターに乗った後のような疲労感の後で、
タダオの煙草を眺めると、やはり先端は、赤く灯って居たけれど、
涙で滲んで居たので、実際はよく解らない。

「誰か居るの!?」という声が聴こえて、
タダオが立ち上がると、遠くから女性の看護士が歩いて来た。
タダオはアタシの頭を抑えて、身を低く屈ませると、アタシを隠した。

タダオはこっぴどく叱られて、
以後、この場所での喫煙を禁止されたが、
悪びれる様子もなく、看護士が立ち去った後に、
「さて、病室に戻るか」
と言った。

それからエレベーターの中で、

「秘密の場所は、あと三箇所くらい残ってるんだ」

と笑った。
[ 2010/01/29 18:02 ] 長編:JET | TB(-) | CM(0)

JET #4

一周まわって、また会おう。

レトロな螺旋階段。
アナログなレコード盤。
ティーカップ・アンド・ソーサー。

同じ事の繰り返し。
もしも繰り返される事に何の意味も無いんだとしたら。
宇宙が生まれてから今日まで、何の意味も無かった事なるのかなぁ。

一周まわって、また会おう。

土星の環。
ハレー彗星の軌道。
太陽系第三惑星の自転と公転。

同じ事の繰り返し。
まるで成長しないのだなぁ。
だけれどソコが、アタシ達の良いところだよ。

多分ね。



299.jpg

#4 『記憶・秋(Like a tea_cup & saucer.)』



「何してんの?」

家に帰って部屋の扉を開けると、タダオが居た。
アタシのお気に入りの小さな白のソファに勝手に座って、
生意気に足なんか組みながら、真っ赤なギターを弾いて居た。

晴れた日曜日だというのに、
勝手に女子高校生の部屋に上がり、
健全な男子高校生が、何をして居るのだろうか。

わざと大きく漫画みたいな咳をして、
手に持っていたお出掛け用のバッグを床に置き、
一昨日買ったばかりのツイード・ジャケットを脱ぎながら、もう一度。

「何してんの?」

真っ赤なギターを膝に抱えて、タダオは瞬間、緩やかに、六弦を弾いた。
気持ちの良い和音が響いて、それが部屋の空気に溶ける頃、ようやく声を出した。

「ギター弾いてんの」

「それは見れば解る」

「小父さんがエフェクターくれるって言うからさ」

「えふぇ、何?」

タダオは返事もせずに天井を見上げ、小さな欠伸をした。
目に退屈そうな涙を浮かべながら、もう一度、気持ちの良い和音を響かせた。

「ちょっと、聞いてんの?」

高校一年の夏に、タダオは真っ赤なギターを買った。
ギターを手に入れてからというもの、タダオはすっかりギター星人みたいになって、
暇さえあればギターを弾くし、暇がなくてもギターを弾くので、人が寄り付かない。
もう二年生になったのに、高校にも全然友達が居ないっぽい。

晴れた日曜日に、友達にも会わず、何処にも行かず、
アタシの部屋で何をやってるのだろうか。
幼馴染として心配になる。

「エファクターだよ、ビッグマフ」

「は?」

「もう要らなくなったからってさ」

何言ってんだ。
えふぇ何とかのビッグマック?
マクドナルドの新しいメニューか何かだろうか。

あんまり沢山買ってきて、もう食べられないから、
残すのもなんだし、せっかくだからタダオにあげようという事か。
もったいない。タダオなんかに全部あげるのは。アタシだってお腹空いてるのに。

「アタシの分は!」

「は?」

「えふぇマック!」

「は?」

一弦が甲高く、変な音で鳴いた。
タダオには好きな女の子さえいないのではなかろうか。
いやさ、いるのだろうか。一応、こんな奴でも、もう高校二年だし。

「あれ、だけど今、お父さん、まだ帰ってなかったよ?」

「だからミサエの部屋で待ってるんだって」

「アタシのえふぇマックは!?」

「何の話だよ」

ストラ……何だっけ。
真っ赤なギター。ストラトキャスター。真っ赤なストラトキャスター。
それがタダオが買ったギターの名前で、それがアタシとタダオの間に、入るようになった。

幼馴染で、同じ高校に通ってるとは言え、
もうアタシ達は子供じゃないから、一緒に登下校したりしない。
廊下ですれ違っても、いちいち声をかけたりしないし、わざわざ顔を見たりしない。
それは多分、一般的に、皆に等しく訪れる、大人への成長という現象だと思われる。

言いたい事は思い浮かぶけれど、タダオがギターを弾き始めたらな。
声を出すのも何だから、何時でもアタシは眺めてる。
眺めながら、声を出さずに話してる。

最近、どんなテレビ観てんの?
よく解んない。

最近、アンタ何時に寝てんの?
どうでもいいけど。

最近、何考えてんの?
たまに姿を見かけても、何かギターと一緒だし。

放課後の音楽室で。
雨の日のバス停で。
それから、こうして、アタシの部屋で。

アタシとタダオの間には、ギターが入るようになった。

それはアタシ達の間に生まれた半透明の膜のような、壁だった。
指で触れるだけで簡単に割れそうな、一枚の薄い膜だった。
それがアタシとタダオの間に、入るようになった。

タダオが和音を響かせ続けて、フと気が付くと、それは音楽になって居た。

ヘタクソな曲だなぁ。真っ赤なストラトキャスター。
今、薄い膜を隔てた向こう側で、タダオはギターを弾いている。
人差し指で触れるだけで、簡単に割れそうなのに、割る事は出来なかった。
只、アタシは一人、この薄い半透明の膜が割れないように、声を出さずに話してる。

最近、どんな服買った?
アタシは一昨日さ、ツイード・ジャケットを買ったんだ。

今日、デートだったからね。
タダオは別に興味ないかもしれないけどね。
好きな服を着てさ、朝から待ち合わせて、行ったんだ。
アタシ達が子供の頃に、何度か一緒に行った、あの遊園地だよ。

「何か飲む?」

アタシは部屋を出て、居間に降り、温かい紅茶を淹れると、再び部屋に戻り、
相変わらず白のソファに座りながらギターを弾くタダオの前に、それを置いた。

「レモン・ティーが良かったな」

「ミルク・ティーの方が美味しいでしょ」

レトロな螺旋階段。
アナログなレコード盤。
ティーカップ・アンド・ソーサー。

朝早くに出掛けた遊園地は、日曜日だというのに人が少なかった。
秋だから肌寒いし、不況だし、遊園地なんて年に何回も行くもんじゃない。
たまに行くから良いのだけれど、たまに行くなら、一緒に行く相手って大切だよね。

二ヶ月前に生まれて初めて彼氏というモノが出来たのだけれど、
正直、彼氏という存在を、どう扱って良いのか解らないのよね。
何か、こう、特別な事をしなくちゃいけない気がしてさ。

静かな場所って苦手だよ。
空白を音で埋めなきゃいけない気がしてね。
不思議なのはね、遊園地みたいな雑音だらけの場所でも、
静けさを感じる事は出来るって事なんだよ。
それでアタシは今日、何回、空白を埋める為の笑い声を出したと思う?

「静かな曲だね」

タダオは聞いちゃいない。
まったく聞いちゃいないから、言える事ってのもある。
アタシはさ、目と目を合わせられると、言えない事の方が多いもんな。

アタシの彼氏の名前、タダオは覚えようとしないけど、ミカミくんね。
ミカミくんは、アタシの目を見て話すんだなぁ。
それが正直、少し苦手ではある。

ミカミくんは、真面目で、素直で、正直な人なのだろう。
好きなモノは好きと言うし、嫌いなモノは嫌いと言える。
少し強引とも言える、その真っ直ぐさに、何となく引きずられて、
決して不快ではない、その真っ直ぐさに手を引かれて、アタシは彼女になって、
こうして晴れた日曜日に、遊園地に行ったんだ。

「それなんて曲?」

静かな場所って苦手だよ。
静かな曲は、あまり苦手じゃないかもしれない。
静かな人や、静かな時間や、静かな仕草や、静かな記憶なんてのもね。

今日一回だけ、本当に笑えた事があってね。
ジェット・コースターに乗る前だったんけど、何故だか解る?
まぁ、解んないだろうね。

もしもタダオが誰かとジェット・コースターに乗る日が来たら、
もしかしたら、何時かは解るかもしれないね。
解らないかもしれないけどね。

とにかくアタシは笑って、
そしたらミカミくんも笑って、
何となく申し訳ない気分になった。

ジェット・コースターに乗る頃には、すっかり一人ぼっちな気分でね。
誰かと一緒に居るのに、一人ぼっちな気分になる事ほど、悲しい事って中々ないよ。
細い線路の上を、急上昇と急降下でグラングランに揺られて、アタシは孤独だって思った。
それって恐怖。大恐怖だよ。この世の終わりみたいな気分だもんね。

だけど、それって罰だなぁ、とも思ったの。

だってミカミくんが隣にいるのにさ、
アタシが笑ったのは、タダオ。
君を思い出した時だけだったんだ。

アタシの初めての彼氏。
名前はミカミくん。

頭が良くて、真面目で、背が高くて、
付き合って二ヶ月だったけどね、
アタシの初めての彼氏。

どうせ忘れちゃうでしょ、タダオ。

「ボブ・ディラン」

「へぇ、誰の曲?」

「ボブ・ディラン」

始まる一日の終わりに。
最後に、アタシとミカミくんは、観覧車に乗った。

観覧車は静かに、大きく、円を描いた。
緩やかな速度のままで。
音も無く。

気が付けば観覧車は頂上に達して、
アタシは全てが見渡せたような気分になった。
あの瞬間、アタシとミカミくんの視点は、きっと同じだった。

上り終われば、あとは下るだけで。
アタシとミカミくんは、遊園地を出て、互いの家路に着いた。

土星の環。
ハレー彗星の軌道。
太陽系第三惑星の自転と公転。

ねぇ、タダオ、聞いてんの?

「小父さん、遅いな」

「えふぇマック?」

「おなかすいたな」

静かな場所って苦手だよ。
空白を音で埋めなきゃいけない気がしてね。
静かなのが苦しくないって、きっと素敵なんだよ、タダオ。

もしも繰り返される事に何の意味も無いんだとしても、
アタシは嬉しかった事や、楽しかった事や、悲しかった事を、忘れずに居たい。
宇宙が生まれてから今日まで、何の意味も無かったのかもしれないけれど、
アタシの気持ちには、感情には、意味が在ったんだと思いたい。

「あ、そういえば」

突然、タダオは手を止めた。
六弦は余韻を残しながら止まり、
数秒かけて、部屋の空気に溶けた。

「言うの忘れてた」

タダオは大切に抱えたギターを置いて、
少しだけ冷めたミルク・ティーを飲んでから、言った。

「おかえり」

アタシは大切に抱えた思い出を置いて、
少しだけ冷めたミルク・ティーを飲んでから、言った。

「ただいま」

同じ事の繰り返し。
まるで成長しないのだなぁ。
だけれどソコが、アタシ達の良いところだよ。

多分ね。
[ 2010/01/29 18:01 ] 長編:JET | TB(0) | CM(0)

JET #3

もしも君が泣くならば、
涙の河が隔てた僕等の距離を、僕は泳いで、君を抱きに行こう。

もしも君が咲くならば、
涙の河が隔てた僕等の時代を、僕は歩いて、君を摘みに行こう。

もしも君が泣くならば。



299.jpg

#3 『記憶・夏(Milky in the Rain.)』



「何、読んでんだ?」

ボクは雨に濡れた町営バスの最後部座席から手を伸ばすと、
前の席に座るミサエが読んでいた分厚い少女マンガ雑誌を奪い取った。

「ちょっと何すんの!返して!」

「え~なになに……もしも君が泣くならば?」

「ああ! アタシのローゼン・シュペルフ様が汚れちゃう!」

「……僕は歩いて、君を摘みに行こう?
 ……何だコレ、同じような事、二回言ってるだけじゃん」

鼻で笑う僕の手から少女マンガ雑誌を奪い返すと、
ミサエは「ローゼン・シュペルフ様に謝りなさいよ!」と言った。
謝るも何も、ローゼン・シュペルフ様とは誰なのか、まったく解らない。
そんな知り合いは同級生にいなかった気がする。

「ココはローゼン・シュペルフ様が、メーデン・キャメルク嬢に、
 永遠の愛を告げる良い場面なの!」

誰だよ、メーデン・キャメルク嬢って。
知らない男の情報を知ろうとしたら、知らない女の名前を聞かされた。
知らない町に行って、知らない家に行こうとして、交番で道を尋ねたら、
知らないコンビニを右に曲がって真っ直ぐ進みなさいと言われた気分だ。
まったく目的地に辿り着ける気がしない。

「ローゼン……何だって?」

「ローゼン・シュペルフ様は彦星の生まれ変わり!
 メーデン・キャメルク嬢は織姫の生まれ変わりなの!」

「……えぇえぇえぇ」

「だけど二人は前世に縛られていて、
 毎年7月7日の夜にしか再会出来ないの!
 毎年7月7日の夜にだけ、前世の記憶が蘇るのよ!
 でもね、再会しても、次の日には、お互いの事を忘れちゃうのよ」

最後の一行だけ、ミサエは妙に寂しそうに呟いた。
まるで自分が物語の中の登場人物、メーデンなんとかになったみたいだ。

なるほど、今月号の読み切り作品か何かの話をしているのだろう。
今月は確かに七夕がある月だから、そういう作品が載ってるのは解る。
織姫と彦星をモチーフにした読み切りが載ってるのは、大いに解るんだ。
だがミサエ、お前は高校一年生だぞ。

「面白いか……それ」

「面白いよ、ローゼン・シュペルフ様の目がね、青いの」

目の青さは関係ないと思うけどな。
それに、そもそも織姫と彦星の物語というのは、
彦星のだらしなさに端を発した物語だった気がするけどな。

彦星が織姫にかまけて働かなくなったから、
神様が怒って、二人を引き離したんじゃなかったかな。
彦星という駄目男の物語こそ、七夕の真実の姿だと思うけど。

「ローゼン・シュペルフ様は、中世最後の貴族なのよね」

出世したな、彦星。
お前、牛飼いか何かじゃなかったっけ。
牛飼いが生まれ変わると、中世最後の貴族になっちゃうのか。
時代設定おかしくないか。

「メーデン・キャメルク嬢は、機織の娘なのよね」

ああ、それは織姫の設定に基づいてるんだ。
機織の娘と、最後の貴族の男が、前世の記憶を越えて結ばれる。
少女マンガ的な脳味噌で考えられた、少女マンガ的な物語な訳だな。

「面白いか……それ」

ボクは同じ質問を繰り返したが、ミサエは答えなかった。
前の座席で少女マンガ雑誌に視線を落としたまま、黙り込んでいる。
こういう時のミサエは、何か(主にくだらない事)に集中している合図だ。
下手に邪魔すると、一日機嫌が悪くなるから気を付けなければいけない。

ボクラを乗せた町営バスは、雨に濡れたまま、静かに進んでいた。

ボクとミサエが高校に入学して、早くも三ヶ月が経った。
三ヶ月も経てば、それなりにクラスにも馴れ、友達だって増えてくる。
中には、何となく登下校を共にするような奴だって現れる。

ボクは自転車通学を選んだ。
登校時に道の途中でクラスメイトと会って、
一緒に学校まで自転車を漕いだりするのが、ボクの日課だ。
ちなみにミサエはバス通学を選んだので、今は登下校は一緒じゃない。

ところが最近の、この雨だ。
ボクラの町は梅雨の影響が少ない地方だとは言え、
まったく雨が降らない訳はなく、雨が降れば自転車には乗れない。

自転車に乗れないならば、バスに乗るしかなくて、
バスに乗るしかないならば、ミサエと一緒に学校に行く事になる。
という訳で本日、ボクは最後部座席に座り、ミサエの後頭部を眺めている。

「一年に一日だけ、前世の記憶に縛られるのも、大変だよなぁ」

信号が赤に変わり、町営バスが静かに停止した。
ボクラの住む地域からバスに乗る人は少なくて、同級生もいない。
普通、誰でも朝のラッシュのようなモノを経験すると思うのだけれど、
ここまで乗客が少ないと、貸切バスのような錯覚さえ起こしそうになる。

重くて低いエンジン音が聴こえて、最後部席が静かに振動している。
窓ガラスが雨で濡れて、外の景色はよく見えない。
誰かが歩いてるような影は見える。

「もしも次に生まれ変わってね、
 だけど前世の記憶が一年に一日だけ戻るとしたら、
 タダオは何を思い出したいと思う?」

突然、ミサエが振り向いて、質問をした。
呑気な雰囲気に浸っていたので、思わず「ひっ」と言いそうになった。
振り返ったミサエの首から上だけが見えて、まるで生首のようじゃないか。

「生首か、お前は」

「え、何が?」

「え、何が?」

「……何言ってんの?」

「……何言ってんの?」

ミサエは眉間にシワを寄せて「もう」と頬を膨らませる。
このまま一日、機嫌が悪くなられるのは、ボクの精神衛生上、良くない。
ボクは生首ことミサエに向かって、丁寧に質問を返した。

「何だっけ、今の質問?」

「もう、ちゃんと聞いてなかったの?」

「何だっけ、今の質問?」

「もしも次に生まれ変わってね、
 だけど前世の記憶が一年に一日だけ戻るとしたら、
 タダオは何を思い出したいと思う?」

前世の記憶が一年に一度だけ戻るという少女マンガ的発想は、
現実的に在り得ないと思う、などと答えたら、また機嫌が悪くなるだろう。
さて何と答えるのが一番無難なのかを、それなりに考えてみる。

信号が青に変わり、町営バスが動き出した。
あんまり急に動き出したモンだから、勢い余って身を乗り出してしまった。
振り向いたままコチラを見てるミサエの顔面に急接近する。

「きゃっ! 何してんの! アンタ!」

「……バス! バス! バスが悪い! 今のはバスの運転手が悪い!」

「……危うく、まだローゼン・シュペルフ様にも許してない唇を」

「……それは多分、一生許す事は無いと思うけどな」

ミサエに聞こえない程度の小声で、呟いてみた。
バスの運転手は、ボクの悪態が聞こえたのか聞こえないのか、
妙にエキセントリックなハンドリングで、大きな交差点を右折して行った。

「じゃあ、思い付いたら、コレに書きなさいよ」

ミサエは通学カバンの中をゴソゴソと漁ると、
色鮮やかな数枚の折り紙を取り出して、その中の一枚をボクに渡した。
オレンジ色の折り紙だ。

「書く? 何を?」

「生まれ変わったら何を思い出したいか」

「書く? 何で?」

「書き終わったら、お互いに交換するの」

ますますもって意味が解らない。
何故にお互いの「思い出したい何か」を折り紙に書いて、
しかも、然る後に、それをお互いに交換しなければならないのか。

「何で?」

「何で? 今日は何の日?」

「今日は何の日って、何?」

「今日は七夕なの!」

なるほど、ボクの中で全てが繋がった。
ボクの中で全ては繋がったモノの、恐らくボクにしか伝わらないだろう。
ミサエはクリスマスとバレンタインを混同しているフシがあるように、
昔から、七夕とプレゼント交換会を混同しているフシがある。

願い事を書いて、それを交換するのだ。
それは子供の頃から、ボクとミサエが繰り返してきた行事だ。
なるほど、今夜は七夕か。

「今年の願い事のテーマは、来世で思い出したい事?」

「そう! タダオにしては賢いね!」

「ありがたき幸せ」

中世最後の貴族に従う召使いのように言ってみたが、
ミサエの反応は悪かった。
まぁ、ミサエは今、単なる中世の機織の娘だからな。

「じゃあ考えて! 学校に着くまでに! よーいどん!」

何と強引な機織の娘だろうか。
こんな娘が織る布など、誰が買ってやるもんか。
どうせ、お前の願い事なんて「ローゼン・シュペルフ様に逢いたい」だろ。

ミサエは前に向き直り、指の先で細いシャープ・ペンシルを回していた。
ボクはオレンジ色の折り紙を手にしたまま、暫し考えた。
もしも来世に、今の記憶を残すなら、ボクは何を思い出したいだろうか。

ボクは窓の外を眺めた。

雨に濡れた車窓から、開いた傘が見える。
それは次第に数を増やす。
濡れた花弁だ。

重く低くエンジン音。
町営バスの乾いたウインカー音。

カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。

何を思い出すだろうな、ボクは。
一年に一度だけ、今のボクを思いだせるとしたら。
家族の事や、友達の事や、学校の事を思い出したいだろうか。

それともまだ見ぬ将来の事を思い出したいかな。
どんな会社に勤めて、どんな結婚をして、どんな子供を育てるだろう。
まったく想像が出来ないな。

ギターが欲しいな。
真っ赤なストラトを下げて、ステージで歌いたいんだ。
もしもそれが最高のライブだったりしたら、それを思い出したいかな。
だけどそれがどれほど最高のライブだったのか、今のボクは知らないから、
来世で思い出しようがないな。

今、ボクが知ってるモノ。

記憶。
経験。
人間。

何を思い出したいかな。
誰を思い出したいかな。

雨に濡れた車窓から、開いた傘が見える。
それは次第に数を増やす。
濡れた花弁だ。

重く低くエンジン音。
町営バスの乾いたウインカー音。

カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。

もしも君が泣くならば、
涙の河が隔てた僕等の距離を、僕は泳いで、君を抱きに行こう。

もしも君が咲くならば、
涙の河が隔てた僕等の時代を、僕は歩いて、君を摘みに行こう。

もしも君が泣くならば。








ボクはペンを動かして、折り紙に文字を書き込んだ。








「次は終点~高校前入口~」

愛想の無いアナウンス音が聞こえた。
誰かが悪戯で降車ボタンを押すと「ピンポ~ン」と間抜けな音が鳴った。
顔を上げると、途中から意外と多くの生徒が乗っていた事に気が付いた。
そんな空間で、折り紙に願い事を書き込んでいた高校一年男子が、一人。

ミサエは運転手に定期券を見せて、バスを降りた。
ボクは財布から小銭を出すと、ミサエの背中を追うように降りた。
小雨が降り続ける中を、校舎まで、ボクラは走った。

小さく息を切らしながら、
オレンジ色の折り紙をポケットに入れた。
下駄箱で上履きに履き替えながら、ミサエが言った。

「願い事、書けた?」

ボクは軽く咳き込んだフリをしながら「書いたよ」と言った。
ミサエは毎年の如く「じゃ、交換しよ」と言った。
ボクは折り紙をポケットから取り出した。

ミサエも同じように、ライト・ブルー色の折り紙をボクに渡した。
勘違いされては困るのだが、ボクもミサエも、願い事を交換するのを、
お互いまったく恥ずかしい事だと思ってない訳じゃない。

ボクラは七夕の夜に、お互いの願い事を交換するけれど、
それは絶対に見てはいけない事になっている。
見ると相手の願いが叶わなくなる、という事になっているからだ。

だったら最初から交換なんてしなければ良いじゃないか?

まったくその通りだ。
だけれど生まれてから今日に至るまで、
ミサエは七夕とプレゼント交換会を混同してるのだから、
それは仕方の無い事だ。

「舐める?」

ミサエは制服のポケットから小さく包まれた飴玉を二粒、取り出した。
ミルキーだ。
何故に女の子という生き物は、制服のポケットに飴玉やら、お菓子を忍ばせておくのだろう。
非常食的な感覚なのだろうか。

「舐める」

ボクは一粒を摘まみあげ、包みを解いて口の中に放り込むと、
素早く、もう一粒のミルキーも摘まみあげてやった。

「貰った!」

「ああ! 駄目! それアタシの!」

ボクは廊下を走った。
雨の中を、一直線に走るように、走った。
ミサエが何かを訴えながら、半泣きで追いかけてくる。

そんな訳でボクとミサエは今年、
「もしも生まれ変わったら、来世で何を思い出したいか?」
をテーマに願い事の交換会を実施した訳だけれど、
お互いの願い事は、ずっと秘密のまま、という事になっている。
そういう折り紙が、今ではボクの部屋に、十数枚も溜まってるんだよ。

教室に入ると、予鈴が聞こえた。
教室の窓は濡れていて、外の景色はよく見えなかった。
それでも雨の音だけは静かに聞こえていて、雨が降っているのだと解った。

雨降りの空でも、天の川の畔で、織姫と彦星は再会するだろうか。
それとも天の川の畔で再会する織姫と彦星なんてのは前世の話で、
今頃、記憶を戻したローゼン・シュペルフ様とメーデン・キャメルク嬢が、
世界の何処かで、涙の再会を果たしているのだろうか。

雨が降ってる。
雨が降ってる。
それは、とても静かな雨だ。

ボクとミサエの、秘密の願い事。
お互いの願い事は、ずっと秘密のまま、という事になっている。
そういう折り紙が、今ではボクの部屋に、十数枚も溜まってるんだよ。

それを、ボクは忘れたくないと思ったんだ。
[ 2010/01/29 18:00 ] 長編:JET | TB(0) | CM(0)
目次
★説明




★短編






★長編小説














★短編






★お笑い








Blog Search
QR CORD
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。