VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  2010年01月

彼女はモスキート。 目次

彼女01

■彼女はモスキート。(2006年)

「君は、私になれる?」

歩道橋を、毎日、僕は渡っていた。
圧倒的な存在感を撒き散らす、赤い眼をした彼女に出逢うまでは……。

――――――――――――
第一話   『歩道橋(赤)』
第二話   『彼女と漫画喫茶(初/壱)』
第三話   『彼女と漫画喫茶(初/弐)』
第四話   『彼女と漫画喫茶(初/参)』
第五話   『彼女と漫画喫茶(初/肆)』
第六話   『彼女と漫画喫茶(初/伍)』
第七話   『彼女と漫画喫茶(初/陸)』
第八話   『歩道橋(紺)』
第九話   『自室(夢想)』
第十話   『記憶(古本屋)』
第十一話  『歩道橋(黄)』
第十二話  『彼女と漫画喫茶(次/壱)』
第十三話  『彼女と漫画喫茶(次/弐)』
第十四話  『彼女と公園(空瓶)』
第十五話  『彼女と公園(空缶)』
第十六話  『自室(無風)』
第十七話  『記憶(小鳥)』
第十八話  『歩道橋(黒)』
第十九話  『彼女と地下鉄(中間)』
第二十話  『彼女と美術館(具象と色彩/壱)』
第二一話  『彼女と美術館(具象と色彩/弐)』
第二二話  『彼女と美術館(具象と色彩/参)』
第二三話  『自室(微熱)』
第二四話  『自室(潜熱)』
第二五話  『自室(焦熱)』
第二六話  『自室(解熱)』
第二七話  『現実(租借)』

JET #8

真っ赤なストラトを、肩から下げた。



299.jpg

#8 『現在・聖夜(LIFE on the coaster.)』



12月24日。
雪は止む事を忘れたように降り続ける。
小さなライブ・ハウスには、ゆっくりと人が集まり始める。

ステージは低く、照明は安っぽい。
巨大なアンプは騒音に近い雑音を発しするのに適して居る。
音楽を発するには、あまり適さないかもしれない。
破れた紙が貼り重ねられた壁は下品だ。
交わされる会話も下品だ。

「一昨日のキャバ嬢は無かったわ~」

「電話番号聞き出したくせに、よく言うよな」

「違うね、あれはキャバ嬢に対する礼儀だからね」

「てゆーか見た?昨日のドラマの最終回、マジくだらねぇ」

入口から続く細長い階段の途中では、
よく見知った顔同士が、久し振りの会話に勤しんでいる。
軽音サークルの定例行事とは言え、毎年それなりの集客がある。

所々に貼られたビラに大きく書かれて居る、
イベント名の『Noisy night! Holy night! All right!』のセンスには、
毎年、少々閉口させられる。
恐らくクリスマスの『Silent night. Holy night.』にかけてあるのだろうが。
副題には小さく『-ロックは世界を救う-』と書かれて居る。

最後の『All right!』は若干、面白い。
この一節のおかげで、新しい牛丼屋のキャッチ・コピーのようにも見える。

「安い、早い、美味い」

自販機でレモン・ティーを買いながら、タダオは独り言を呟いた。
同級生達との会話にも飽き、一人でベンチに座った。
煙草に火を点ける。

扉の奥からギターの音が漏れた。
既に一番目のバンドの演奏が始まって居る。

そもそも『Noisy night! Holy night! All right!』というイベントは、
別にノイジーな夜にも、ホーリーな夜にも、行われない。
始まるのは中途半端な夕方からだ。

理由は簡単。
最初の頃は夜に行われたイベントだったようだが、
年を重ねる内に「クリスマスの夜は恋人と過ごしたい」など、
プライベートを重視する意見が大半を占めるようになってきたので、
イベントは夕方から早めに切り上げて、夜は打ち上げに参加するなり、
それぞれの恋人と甘く過ごすなり、各自で自由にしよう、という事になった。
ロックは世界を救うんじゃなかったのか。

(手術はさぁ……成功率90%なんだって)

タダオは煙草を深く吸い込むと、一旦息を止めてから、吐き出した。
ミサエの手術は午後二時半から。
ライブの準備は午後一時半から。

見知った顔同士の久し振りの会話が執り行われた後で、
一番目のバンドの演奏が始まるのが、夕方の四時から。
ミサエの手術が終わるのは何時だ?

「キャバ嬢に連絡したのかよ?」

「するする、コンパさせる」

「いいね、俺も呼べよ」

「てゆーか、そのドラマの最終回がさ……」

先程から隣の隣のベンチに座って灰皿を囲んで、
繰り返しキャバクラとドラマの話に花を咲かせてるのは、
確か軽音サークルのOBだったか。

得るモノも失うモノも無い会話だ。
得るモノと失うモノが無ければ、会話をしてはいけない訳では無いが。

平坦だ。
退屈だ。
全てが無理に笑う必要も無いくらいに、くだらない。

短くなった煙草を吸い込んで、灰皿に放り投げる。
レモン・ティーを口に運ぶ。
瞬間。

(紅茶と言えばミルク・ティーでしょうが!)

タダオは思わず口の中で「ははっ」と笑った。
ミルク・ティーを選べば良かったな。
きっと今頃、飲みたがってる。

一番目のバンドの演奏が終わった。
それぞれのバンドの持ち時間は決められており、それは酷く短い。
タダオのバンドの出番は四番目だったが、すぐに回ってくるだろう。

真っ赤なストラトが欲しくなったのは中三の冬で、
実際にそれを手に入れたのは高一の夏だった。

別にギタリストになりたかった訳でも無いし、
誰かに何かを伝えたかった訳でも無い。
真っ赤なストラトが好きだった。
別にそれだけの事だ。

「くだらない最終回だったんだって、マジで」

「興味の無いキャバ嬢を口説くより?」

「痛いトコ付くね、お前も」

「それで結局、何がくだらなかったんよ?」

軽音サークルのOBと思われる男の片方が、
新しい煙草をポケットから取り出しながら問うと、
無精ヒゲを右手で摩りながら、もう片方が得意そうに言った。

「結局、想いを伝えられずに死んじまうのさ」

「成程、泣かせる気マンマンな訳ね」

「本当、マジくだらなかった」

外は暗くなり始めて、まだ雪が降って居るようだった。
階段を降りる人影が増え始め、その肩には雪の欠片が乗って居た。
タダオが立ち上がると、二番目のバンドの演奏が始まった。


長い列に並んで、ジェット・コースターの順番を待って居る。

大人はもう誰も、ボクラを止めたりはしない。

ボクラが大人になったからだ。


ボクとミサエの中間で、誰かに順番を区切られる。

ミサエが一人でジェット・コースターに乗り込む。

ボクは何も出来ずに、ソレを下から眺めてる。


なぁ、ミサエ。

ジェット・コースターは怖いか。

怖いなら目を瞑っちまっても良いはずなんだぜ。

お前が降りて来た時、ボクは笑って、お前を馬鹿にするんだから。


舞台裏に着くと、バンドの仲間がベースの弦の音を合わせて居た。
タダオは自分達がスリー・ピースである事が好きだった。
真っ赤なストラトが好きな事と同じくらい、
特に理由は見当たらなかったが。

成功率は90%。
失敗後の生存率は10%。

降り落ちては溶けて逝く雪の中から、
地面に根付いた最初の一粒の生存率は何%だ?

溶けずに地面に根付いた、最初の一粒を見てみたい。
ソレはきっと、会えなくなった恋人の欠片だから。

「タダオ、出番、次」

ドラム・スティックを持ちながら、仲間が声をかけた。
三番目のバンドの演奏が聴こえて居たが、酷く静かに感じた。

無音と静寂は、違う。
辺りが雑音に塗れて居ても、静寂を感じる事は出来る。
無音を感じる瞬間があるならば、本当に全てが無くなった時なんだ。

例えば世界がミサエを失った時、ミサエは無音になるだろう。
何も言わず、聞かず、触れず、ミサエは何も無くなってしまうだろう。
その瞬間、きっとタダオの世界も無音になるような気がした。

静寂なんかとは違う、本当に音を無くした世界だ。

タダオは煙草に火を点けた。
三番目のバンドは、最後の曲を演奏して居た。

息を吸い込む度に、煙草の先端が赤く染まった。
息を吐き出す度に、白煙が空中を高く舞った。

嗚呼、ジェットのようだ。

嗚呼、高々と舞い上がる、ジェットのようだ。

嗚呼、真っ赤な火を吹きながら、高々と舞い上がる、ジェットのようだ。





真っ赤なストラトを、肩から下げた。





ステージは低く、照明は安っぽい。
巨大なアンプは騒音に近い雑音を発しするのに適して居る。
音楽を発するには、あまり適さないかもしれない。

既に聴衆は、存分に埋まって居る。

物好きな男達が前方に固まり、
後方では腕組みをした男女が立ち話をして居る。
所詮、小さな箱だ。

与えられた時間に対して、演奏する曲は三曲。

一弦を指で弾く。

血液が上昇すれば、全ては噴き出すだろうか?

演奏は始まった。



ビッグマフ。

無駄に興奮する聴衆。

統一された生。

相反させる死。


オーバードライブ。

雪の上に雪を重ね、根雪になる。

混沌。

熱狂。

焦燥。


クリスマスに何やってんだ、お前ら。


クリスマス・イブだけどね。


手術、何日?


24日。


何時かは溶けて消えちゃうのかな。


さあね、今はまだ、地面に降り落ちてる最中だ。



ギャィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン。



グゥォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン。



ギャィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン。



グゥォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン。




ははっ。

笑っちまうほど、見事な擬音だぜ。

なぁなぁ、お前もそう思うだろ、なぁ、ミサエ?






「……何やってんだ、ボクは?」






瞬間、タダオの手が止まった。
それは一瞬だけ訪れた、明らかな静寂だった。
ベースとドラムは止まる事なく、まだ演奏を続けて居る。

次の瞬間、タダオは絶叫した。

突然、身勝手なギター・ソロを演奏し始めると、
マイク・スタンドに唇を付けて、喚き散らした。
その声は雑音とも騒音とも言えず、無音にも近かった。

一弦が綺麗な弧を描くように切れた。


「……何やってんだ!?

 クリスマスに平和そうな顔してノコノコ集まりやがって、
 何なんだよアンタ達は、何なんだ!?

 ヘラヘラ笑って、無駄に興奮したフリしやがって、
 本当は何にも感じちゃいないんだ、死んだマグロみたいにさ、
 アンタ達は今、生きてるなんて事、どうせ感じちゃいないんだろ!?

 ヘラヘラヘラヘラ笑いやがって!
 厭な事や怖い事は作り笑いで誤魔化しやがって!

 どっかの国がクリスマスに戦争やってようが、
 どっかのテレビ局のニュースで中学生が人を殺してようが、
 アンタ達には関係ない話だし、ボクにも関係ない話なんだ。

 アンタ達は全員、何時か死ぬんだし、
 アンタ達が何時か死んでも、きっとボクは気付かない。
 アンタ達だって何時かボクが死んでも、気付いたりしないだろう。

 ボクにもアンタ達にも関係ない。
 今、世界がどうなろうがと、此処に居るボクラには関係ない。

 このライブが終わった後、何処に行こうか。
 どっかの居酒屋に行こうか、どっかのホテルに流れようか、
 どうせそっちの方がよっぽど重要なんだろ?

 だけどな、ボクだってそうだ!
 悪いけど、ボクだって、さっきから自分の事ばっかり考えてる!
 さっきから怖くて怖くてどうしようもねぇよ!
 何だコレ!?

 ヘラヘラヘラヘラ笑ってるんだよ!
 厭な事や怖い事は作り笑いで誤魔化してるんだよ!

 どっかの国がクリスマスに戦争やってようが、
 どっかのテレビ局のニュースで中学生が人を殺してようが、
 ボクの隣に居る女の子だけには死んで欲しくないって思ってるよ!
 悪いかよ!

 ずっと生きてて欲しいんだよ!
 アンタ達だって、きっとそうなんだろ!?
 遠いどっかの出来事より、隣に居る人の方が大事なんだろ!?

 何がロックは世界を救うだ!くそったれ!

 毎日、普通に生きてる事の方が、よっぽど大事じゃねぇか!」


無音。

聴衆は動かない。

真っ赤なストラトは、タダオの肩で大きく何度も揺れた。

ステージは低く、照明は安っぽい。
巨大なアンプは騒音に近い雑音を発しするのに適して居る。
音楽を発するには、あまり適さないかもしれない。

音は既に音ではなく、ひたすらに無音に近い。

それは穏やかに静寂に近付きながら、
感覚と知覚の中間点で、ようやく音楽と認識される音になる。

心音。

真っ赤な火を吹きながら、高々と舞い上がる、ジェットだ。
落下も上昇も、全てを見届けてやろう。

なぁ、ミサエ。
お前が目を瞑って居る間、ボクが代わりに全てを見届けよう。
真っ赤な火を吹くジェットの先端で、ボクラの目の前の全てを見届けよう。


「……だからボクラが今、普通に生きてる事に、メリークリスマスだ」


マイク・スタンドを蹴飛ばして、タダオはステージを降りた。


心音。


心音。


心音。


ライブ・ハウスを出ると、雪は止んで居た。
息を吐くと白い煙が舞った。
病院に向かった。

午後六時。
手術は終わった頃だろか。
面会終了時刻には何とか間に合うが。

携帯電話から病院に連絡を取ろうと考えたが、怖くなった。

タクシーを拾う。
退屈そうな顔をした運転手が「何処まで?」と訊ねる。
車窓の外には派手に飾り付けられたショウ・ウインドウが見える。
その前を小さな袋を手に持った恋人達が、通り過ぎる。


(タダオだったら良かったのかな)

(何が?)

(高校二年の時に、初めて一緒にジェット・コースターに乗った相手が)


どうだろうね。
ジェット・コースターになんて乗る気はしなかったから、
何かを誤魔化すように、毎日ギターばかり弾いてたような気もするよ。
作り笑いを辞めた代わりに。

それでも、ジェットよ、火を吹いて、
ボクラを何処かへ連れて行ってくれないか、
と、思うんだ。
今は。

雪が止んだ空には月が浮んで居た。

病院の明りが見えた。

ミサエ。





病室には、ミサエの母親が居た。





「タダオちゃん」

「小母さん、ミサエは?」

「手術はね、まだ終わってないのよ」

小母さんは笑いながら「気分転換にね」と言って、
ミサエのベッドの上に座り、窓から見える月を眺めて居た。
きっと今頃、手術室の前には、小父さんが一人で座って居るのだろう。

「大丈夫、もうすぐ終わるよ」

「タダオちゃん、本当に何時も、ミサエと一緒だもんね」

小母さんは月を眺めながら、あまり噛み合ってない返答をした。
深夜テレビを眺めるような目で、窓の外を眺めて居た。
深夜テレビはあまり観ないだろうけれど。

「成功率は90%なんでしょ?」

「まぁね」

小母さんは笑わなければいけない人のように笑うと、
棚の引き出しを開け、何かを取り出した。

「タダオちゃん、コレあげる」

「何コレ?」

「ミサエがね、手術の前にくれたの」

「何ソレ?」

「タダオちゃんが来たら、必ず渡すようにって」

「手紙?」

「手術が成功しても、失敗しても、必ず渡すようにって」

小母さんは再び窓の外を眺めて、
笑いながら「ご心配なく、ちゃんとアタシも貰ったから」と言った。
タダオが手紙を受け取ると、ほんの微かにミサエの香水の匂いがした。

「今、読んでも良いの?」

「良いよ」

タダオは手紙の封を開けると、便箋を取り出した。
爽やかな薄いブルーの便箋に、可愛らしい文字が書き込まれて居た。
ミサエの字だった。






― 親愛なるタダオへ

お前がこれを読んでいるという事は、今頃アタシはそこにいないだろう。
なんちゃって。

アタシは明日、手術を受けます。
その前に、タダオに伝えなきゃいけない事があるような気がしたので、
こうしてタダオに手紙を書く事にします。

まぁ、暇なのよね、夜の病院。

タダオとは2才の時から一緒にいるから、何だか当たり前なのよね。
今更、伝える事なんて無いような気がしてたの。
だけどまぁ、出てくる出てくる。

意外と出てくるのよ、タダオに伝えたい事。
当たり前すぎて、伝えなくても伝わるんじゃないかと思ってたり、
言わなくても解ってくれてるんじゃないかなぁと思ってるのよね。

まずね、タダオ。
アタシはレモンティーよりミルクティーの方が好きです。
アンタ毎回レモンティー買って来るけど、あれは新手の嫌がらせですか。

いや、こんな事が言いたい訳じゃなくて。

明日、タダオはライブですね。
アタシも観たかったなぁ……残念だなぁ。
どうしてもっと早く教えてくれなかったのかなぁ。
そしたら手術なんか止めて、外出許可を貰って観に行ったのに。
恨みます。

冗談。
アタシはタダオのギターが好きです。

そういやタダオはギターばっかり弾いて、
アタシを構わなくなったな。
高校の時。

アタシが変な男子(変な男子はないか)と付き合った時も、
生意気な顔で「行ってらっしゃい」とか言っちゃって。
タダオはね、解ってないのよね、アタシが居なくなると、どうなるか。

タダオなんか、アタシが居ないとダメダメだからね。
ダメダメ人間ですよ。
ダメダメの国からダメダメを広めに来た王子ですよ。

いや、こんな事が言いたい訳じゃなくて。

あのさ、タダオ。
もしもアタシに万が一の事があった時には、
アタシの部屋に飾ってる犬の置時計、タダオが貰ってね。

あれはさ、カタギリ君に渡せなかったけど、
もともと最初は、本当はタダオにあげようと思って買ったのよ。
周りの女の子が「カタギリ君に渡すんでしょ」ってしつこく聞くから、
何となくそういう事になっちゃったんだけど。

あれはタダオにあげたかったんだ。
だから貰ってよ。

そうそう、アタシね、考えたんだ。
ジェット・コースターを降りたら、何がしたいかって。
タダオが言ったでしょ。
ジョット・コースターを降りた後の事だけ考えろって。

アタシね、アビー・ロードに行きたい。
タダオに会いたい。
どうせタダオは目を覚ましたアタシをバカにするんだろうけど、
それでも最初に、アタシはタダオに会いたいなぁって思ったんだ。

何がしたいかは、まだ決めてないけど。
専門学校にも通えなかったしねぇ……高卒の姉ちゃんですよ。
どこにでも転がってる高卒のフツーの姉ちゃんです。

それでも、アビー・ロードに行きたい。
タダオに会いたい。
タダオが居れば何とかなる気がするからね。
だからずっと一緒に居て欲しいなぁって思ってるの。


タダオ、これはラブレターですよ。


先日の地下の倉庫では、どうもありがとう。
アタシがキスしようかって言ってやってんのに、
無理やり煙草を吸わせてくれてありがとう。
マズくて死ぬかと思いました。

タダオ、アタシのファーストキス、誰だか知ってる?

知らないよね。
アホだもんね、タダオは。
間違ってもカタギリ君じゃないよ。

子供の頃に遊園地でね。
アタシのソフトクリームを欲しがるタダオに、
アタシはキスをしてあげたの。

タダオはアホだから、
ソフトクリームを一口貰えたと思って喜んでたけどね。
完全にアホですね。

ねぇ、タダオ。
ジェット・コースターを降りたら、何処に行こうか?

何処だって良いんだよね、別に。
今までだって特別な場所に行ってた訳じゃないんだから。

ああ、そうだ。
あそこに連れて行ってよ。
タダオの秘密の喫煙所、まだ他にもあるんでしょ?

でもね、別にそこにも行けなくたって良いのよ。
タダオがレモンティーを買って来て、アタシはそれを飲むだけで良いの。
それだけだって良いのよ、タダオ。

メリークリスマス。

アタシはタダオが好きですよ。

どうかアタシの目が覚めて、もう一度キミに会えますように。

12/23 PM11:10






雪。






雪が降って居る。

月の表面をなぞるように

糸のような雪が滑り落ちて往く。

雪は会えなくなった恋人との再会に似てる。


「タダオちゃん、今日、少し雰囲気、違うわね」

「今日は久し振りのライブだったんだ」

「眼鏡かけて無いからかな」

「そうだね」

「いや、それだけじゃ無い気がするな」


ミサエのベッドに腰掛けて、二人は窓の外を眺めた。

雪は溶ける事を忘れたように、音も無く降り積もって行く。

ミサエの小母さんが笑ったから、タダオも何となく笑った。


「目の色が違うんだ」

「よく気付いたね」

「ああ、カラコン」

「そう、カラコン」

「青い瞳だね」

「うん」

「あ、もうすぐ七時ね」


雪は会えなくなった恋人との再会に似てる。


窓の外に降り積むソレに手を伸ばしても、届く事は無く、

只、一粒一粒は溶け逝きながらも、薄い絨毯を残して往く。

溶けずに地面に根付いた、最初の一粒を見てみたい。

ソレはきっと、会えなくなった恋人の欠片だから。


「7を見付けたらさ、幸運なんだよ、小母さん」


それから。


青い瞳が大好きな女の子が来るのを待ってる。

ソレはきっと、その子と再会する為の合図だから。


雪は月の表面をなぞるように滑り落ちる。


もしもボクラが再会したら

月に向かって、ジェットだ。



■JET 完
[ 2010/01/29 18:11 ] 長編:JET | TB(0) | CM(0)

JET #7

病室に着くと、ミサエは眠りに就いて居た。

タダオは普段通り壁に立てかけたパイプ椅子を取り出すと、
その上に浅く腰をかけて、足を組んでから新聞紙を広げた。
タダオが好きだったプロ野球選手が、渡米した記事を読む。
何かに挑戦するというのは、そんなにも偉い事なのか?

時計の秒針の音と、看護師が遠くを歩く音と、ミサエの寝息が聴こえる。

ミサエの体から発見された悪性の細胞は、
正に今も、ミサエの体を蝕んでは居るのだろうが、
それが先日、突然、ミサエの体を蝕み始めた訳では無く、
あくまでも発見するべき原因と過程を発見されたに過ぎなかった。

「タダオ、来てたんだ」

ミサエが目を覚まして、タダオに声をかけた。
タダオは新聞紙から視点を外すと「今さっきな」と言った。

「手術、何日?」

「24日」

「クリスマスじゃん」

「クリスマス・イブだけどね」

ミサエは至って普段通りに過ごして居たし、
タダオは至って普段通りに過ごして居た。

普段通りという事が「特別な時間」と正反対に位置するならば、
それは普段通りと呼んでも差し支えの無い時間だった。

ミサエにとって特別な時間とは何なのか。
数日後に控えた手術は特別な時間になるだろうか。
何かに挑戦するというのは、そんなにも偉い事なのか?

真っ赤なストラトが好きだった。
そして、それは只、それだけの事だった。
変な犬の置時計は渡せなかった。
そして、それは只、それだけの事だった。

「ねぇ、タダオ、雪降ってるよ」

雪は会えなくなった恋人との再会に似てる。

窓の外に降り積むソレに手を伸ばしても、届く事は無く、
只、一粒一粒は溶け逝きながらも、薄い絨毯を残して往く。
溶けずに地面に根付いた、最初の一粒を見てみたい。
ソレはきっと、会えなくなった恋人の欠片だから。

「ああ、本当だ」

「何時かは溶けて消えちゃうのかな」

「さあね、今はまだ、地面に降り落ちてる最中だ」



299.jpg

#7 『現在・僕達(An Amusement Park.)』



ミサエは窓の外を見たまま、動かなかった。
普段通りだ。
普段と何も変わる事なんか無い。

タダオは窓の外を見たまま、動かなかった。
普段通りだ。
普段と何も変わる事なんか無い。

「24日は、ライブだよ」

「誰の?」

「軽音サークル」

「嘘、聞いて無いよ」

「本当、言ってなかっただけ」

「ふぅん……」

それ以上、ミサエは何も言わなかった。
それは普段通りにしては、異質な反応だった。

「酷いよな、お前の手術の日なのに」

タダオは自分から、話を掘り下げた。
ミサエは笑いながら「仕方ないじゃん」と言った。

「手術が決まった日の方が、ライブが決まった日より後だからね」

「そういう問題じゃないだろ」

「そういう問題だよ」

ミサエは座りながら棚に手を伸ばすと、マグカップを取ろうとした。
タダオは立ち上がると、ミサエより先にマグカップを取った。
ミサエは照れたような笑い方をしながら「ご苦労」と言った。

「紅茶」

「紅茶?」

「紅茶、飲みたい」

「あ、買ってくんの忘れた」

「え~」

ミサエは「何時も買って来てんじゃん」と不貞腐れたが、
それ以上、しつこく食い下がるような真似はしなかった。

「自販機で買ってくるわ、何飲みたい?」

「紅茶」

「ホットとアイスがございますけど」

「ホット」

タダオは病室を出ると、自販機に向かった。
細い通路を曲がるとナース・ステーションが見えた。
その奥で女性の看護士達が、何かを持ちながら話して居た。

エレベーターの近くに二台の自販機が設置されており、
一台は普通の缶ジュースで、一台は紙コップの自販機だった。
タダオは紙コップの自販機に小銭を入れると、紅茶のボタンを押した。

静かな通路に機械音が響いた。
紅茶が注がれるのを待って居る瞬間、
ちゃんと紙コップがあるか、少し不安な気分になる。

音が鳴り止むと、周囲は酷く静かになる。
不意に、ミサエと隠れて煙草を吸った、地下の倉庫を思い出した。
至極最近の出来事だったはずだが、随分と昔の事のように感じられた。

紙コップを手に、来た道を戻ると、
ナース・ステーションに、先程の看護士達は居なかった。
紙コップの中で、紅茶が、円を描くように揺れて居るのが見えた。

「ほれ」

病室に戻り、ミサエに紙コップを手渡す。
ミサエは嬉しそうな表情で紙コップを受け取ったが、
その中身を確認すると、眉間にシワを寄せながら訴え始めた。

「ミルク・ティーじゃないじゃん!」

「ミルク・ティーじゃないよ」

「ミルク・ティーが良かったのに!」

「お前、紅茶って言ったじゃん」

「紅茶と言えばミルク・ティーでしょうが!」

「紅茶と言えばレモン・ティーしか在り得ません」

ミサエは「くそぅ……」と呟きながら、レモン・ティーを飲んだ。
そもそも普段、タダオが買って来るのはレモン・ティーだったから、
今日に限って気を利かせてミルク・ティーを買って来るような男では無い。

問題なのは、今日に限って、何故それを買い忘れたのかという事実だ。
他に気がかりな事でも在ったからだろうか。
無かったと言えば嘘になる。

「手術はさぁ……」

両手で紙コップを持ちながら、ミサエが呟いた。

普段通りの表情と言い、先程の大きな声と言い、
ミサエが病人だという事自体、嘘のようだ。
手術を控えるほど病気が進行してるなんてのは、
それこそ悪い冗談のようだ。

「何?」

「手術はさぁ……成功率90%なんだって」

「高いね」

至極平坦な声で、タダオは言った。
当然と言えば当然の事のように思えたからだ。

あの春の日。
入学式の日の朝に、ミサエが倒れてから今日まで。
何度も入退院を繰り返し、何度も精密検査を重ねてきたはずだ。
悪い細胞が表面に現れ始めたからと言って、早期発見には違いない。

何よりミサエは若い。
若さは病気の進行を早めるという噂を聞いた事はあるが、
早期発見ならば、体力がある内に、早期治療も出来るという事だろう。

「でもね、タダオ」

ミサエは紙コップを持った両手を腹に置くと、窓の外を見た。
窓の外では綿のような粉雪がゆっくりと舞い降りており、
それは春の終わりの花びらにもよく似て居た。

「もしも手術が成功しなかった場合はね、その後の生存率が10%なの」

「何それ」

「何だろうね」

ミサエは紙コップの中の液体を飲み干すと、笑った。
それから「良かった、ちゃんと言えた」と言って、また笑った。
タダオは新聞紙に手を伸ばそうとしたが、何となく止まってしまった。

「だからタダオは、アタシをもっと大切にせんとイカンよ」

「成功率が90%もあって、死ぬかよ」

「まぁね~」

新聞紙の一面には、タダオが大好きだったプロ野球選手が、
メジャーリーグに挑戦する記事が、連日のように踊り続けて居る。
何かに挑戦するというのは、そんなにも偉い事なのか?

何かに挑戦しなくとも、ずっと此処に居て欲しかっただけだ。
日本のプロ野球で活躍して欲しかっただけだ。
此処に居て欲しかっただけだ。

何かに挑戦しなければ、此処に居る事も出来ないとしたら?

「ねぇ、タダオ、遊園地好き?」

「遊園地?」

「昔、何回か行ったじゃん」

タダオが記憶の坂を下ると、幼いミサエを発見した。

ミサエは真っ赤なスカートを着て、
何処かのベンチでソフトクリームを食べて居る。
遠くではメリー・ゴーラウンドが音を立てながら回って居る。

「お互いの親と一緒にな」

「昔、何回か行ったよね」

「小学校に上がる前の話じゃないか」

「小学2年の夏が最後よ」

ソフトクリームを食べるミサエの顔は、近い。
恐らく記憶の中のタダオは、ミサエのすぐ横に座って居る。
ミサエのソフトクリームを見て「一口くれ」と言ったような気がする。


(駄目)

(何でだよ?)

(駄目)

(だから何でだよ)

(タダオだから)

(関係ないじゃん!)


結局、あのソフトクリームは、一口もらえたのか?

よく覚えてない。
ミサエがタダオを見て、嬉しそうに笑ったのは覚えて居る。
アホみたいに口の周りをソフトクリームだらけにしながら、ミサエは笑った。

「で、遊園地がどうしたって?」

「遊園地、好き?」

「嫌い」

タダオが言うと、ミサエは楽しそうに笑った。
何かを思い出すように「そうだよねぇ……」などと呟く。
何とも小憎らしい顔だ。

「タダオ、泣いたもんね」

「ボクが?」

「身長が足りなくて、ジェット・コースターに乗れなくて」

「泣いてないよ」

「泣いたよ」

泣いた記憶は無い。
泣いてない記憶も無いけれど。

ジェット・コースターに乗れなかった事は覚えてる。
タダオもミサエも子供過ぎて、ジェット・コースターには乗れなかった。

長い列に並んだ記憶はある。
親は初めから「乗れない」と言って止めた記憶もある。

それでもタダオとミサエは長い列に並んだ。
乗れない理由が解らなかったから確かめたかった。
並んでる途中で、遊園地の若い男の従業員に止められた。
それ以来、遊園地は嫌いになった。

「アタシね、あの後、初めてジェット・コースターに乗ったの」

「へぇ、何時?」

「高校二年の時に、初めて彼氏が出来た時に」

「ああ、名前なんて言ったっけ」

「それはともかく」

ミサエは少しだけ俯いたような表情をした。
それは記憶を掘り下げて居るような表情にも見えたし、
今から言うべき事を頭の中で確かめて居るような表情にも見えた。

「全然、楽しくなかったよ」

「何で?」

「すごく怖くてね」

ミサエの口元は笑ってるように見えたが、
それは過去の記憶をなぞって笑って居る訳ではなくて、
今から成すべき事を頭の中で確かめて居るような笑い方だった。

「ねぇ、タダオ。
 ジェット・コースターの怖さって何だと思う?
 猛スピードで走ったり、逆さになったりする事だと思う?

 違うのよ、タダオ。
 一回、それが走り出しちゃったらね、
 猛スピードだとか、逆さになる事なんかね、一瞬なのよ。

 一番怖い事はね、タダオ。
 もしも肩のベルトが壊れて外れたらどうしよう、だとか、
 もしもジェット・コースターが脱線して落下したらどうしよう、だとか、
 そういう自分の中から沸き起こる、悪い予感だと思うの」

「悪い予感?」

「ジェット・コースターなんて安全だよ。
 小学生のタダオが乗せてもらえなかったくらいだからね。
 毎日、安全点検してるだろうし、故障なんて滅多にしないでしょう。

 だけどね、もしも、もしもだよ。
 もしも自分が乗ってる時に、落ちたり、壊れたりしたら、
 もしも、万が一、悪い予感が当たったら、どうしようって考えるの」

そこまでを一気に言うと、ミサエは黙った。
下を向いたまま、自分の胸元を見た。
胸元に、数滴の染みが出来た。

ミサエは泣いて居た。
解かれた糸のように、酷く静かに泣いて居た。
もしも雪が泣くとしたら、きっとミサエのように泣くだろうと思った。

「怖いよ、タダオ、どうすれば良い?」

雪は降り続けて居る。
窓の外で、音も無く、振り続けて居る。

ソレは枯葉よりも静かで、生命よりも穏やかだ。
目的も理由も存在しない。

只、降り落ちる為に、降り落ちる。



只、降り落ちる為に、降り落ちる。



只、降り落ちる為に、降り落ちる。



「一瞬なんだろ」



タダオはパイプ椅子に背中を預けると、
背中越しに窓の外を睨み付けるように呟いた。
それからミサエの目を見て、大きくも小さくもない声で、
もう一度確かめるように「一瞬なんだろ」と言った。

「じゃあ、その瞬間だけ、本気で目を瞑っちまえ」

「……目を?」

「そして次に目を開ける時の事だけ考えてくれよ」

「どういう意味?」

窓一面に、大粒の雪が浮遊するように舞い降りて居た。
タダオは目を閉じると、膝の上で手を組んだ。
それから出来得るだけ穏やかに言った。

「一瞬の全てを見ようとするなよ。
 一瞬の後に訪れる、ミサエが見たい風景を見ろよ。

 考えるんだよ。
 ジェット・コースターを降りた後の事をさ。
 ジェット・コースターを降りた後は、何に乗ろうかってさ。

 じゃあ、そもそも、わざわざ、何の為に、
 ジェット・コースターに乗らなきゃいけないのか解らないけどね。

 ジェット・コースターに乗らなきゃ、次に進めないのさ。
 此処は変な遊園地だからね」

「変な遊園地?」と言うと、ミサエは少しだけ笑った。
タダオはゆっくりと目を開くと、そのままミサエの目を見た。
ミサエは泣いてる最中だったけれど、目を逸らそうとはしなかった。

「そう、変な遊園地。

 くだらない遊園地だよな、思うように遊べないし。
 子供には乗れないモノもあれば、大人には乗れないモノもある。
 楽しみに何時間も並んで乗ってみたら、意外と楽しくなかったり、
 暇潰しに乗ってみたら、意外と楽しかったりするんだよ。

 随分と身勝手な遊園地だぜ、こんなモン。
 そしてお前は、今、ジェット・コースターに乗せられる訳。

 だけどね、目を瞑ったって良いんだぜ。
 怖いモンまで全て目に焼き付けなきゃいけないルールがあるなら、
 そんなモン、ボクは鼻で笑ってやるよ。

 大切なのは、今、ジェット・コースターに乗る事なんだから」

雪を眺めるミサエの背中は、無垢な少女のようだ。
まぁ、実際は無垢な少女なんて事は無く、単なる幼馴染だけれど。
その背中を何度も眺めてきたけれど、触れる事なんて在り得なかった。

「ミサエが目を開いたら、ボクが馬鹿にしてやるよ」

「……馬鹿に?」

「うわ、ダサ、びびってやんの!とか言ってな」

「酷い!」

そう叫ぶとミサエは、布団の中に潜り込んだ。
布団の中から「本気で怖いって言ってるのに」という声が聴こえた。
それから「タダオのアホ~」という、普段通りの恨めしそうな声も聴こえた。



ミサエを失うということ。

よく解らない。

考えた事もなければ、感じた事もない。


ミサエに恋人が出来た時にも。

ミサエと別々の進路を選択した時にも。

ミサエが入退院を繰り返すようになった時にも。


ミサエを失うということ。

よく解らない。

考えた事もなければ、感じた事もない。


ジェット・コースターなんか、乗る必要がなければ良いのに。

ボクラが子供のままで、もしも身長が足りなければ、

ボクラを誰かが止めてくれるのだろうか。


何かに挑戦する事は、そんなに偉い事なのか。

なぁ、ミサエ、ずっと此処に居てくれないか?

何かに挑戦しなければいけないならば。

一体、ボクは何をすれば良いんだ?



「タダオだったら良かったのかな」

布団から半分だけ顔を出して、ミサエが言った。

「何が?」

「高校二年の時に、初めて一緒にジェット・コースターに乗った相手が」

「ボクはその頃、ギターばっかり弾いてたからな」

「隣に居れば怖くなかったかもね」

ミサエは天井を見たまま、少しだけ笑った。
タダオは釣られて天井を見ながら、小さく息を吸い込んだ。
ミサエが不意に思い出したように「あ、でも駄目だな!」と言った。

「タダオ、瞳、青くないもん」

「何を今更」

「アタシと一緒に歩く人は、青い瞳じゃなきゃ駄目なの」

「今まで散々、一緒に歩いたけどな」

「外人じゃなきゃ駄目なの」

「ポエマーだな」

言い終えると、タダオは笑った。
タダオが笑ったので、ミサエも笑った。

大きく息を吸い込んで、吐き出すように笑った。
その度にミサエの胸が上下して、大袈裟に呼吸を重ねた。

ミサエの体から発見された悪性の細胞は、
正に今も、ミサエの体を蝕んでは居るのだろうが、
それが先日、突然、ミサエの体を蝕み始めた訳では無く、
あくまでも発見するべき原因と過程を発見されたに過ぎなかった。

雪は止む事を知らず、降り落ちて往く。

タダオは、随分と久し振りに、作り笑いをした。

落下するジェット・コースターの上で、ほんの一瞬、全てを忘れるように。
[ 2010/01/29 18:10 ] 長編:JET | TB(0) | CM(0)
目次
★説明




★短編






★長編小説














★短編






★お笑い








Blog Search
QR CORD
QR