VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  2010年02月

勝負を結果だけで語るな。

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例えば、冬季オリンピック。

毎日のように、勝者や、敗者や、メダルの情報が踊っているけれど、
記事や結果だけを見て、全てを知った顔で語るような人間にはなりたくない。

試合や演技をじっくり見た訳でもないのに、
選手の心境を、その努力や、その感情を知っている訳でも無いのに、
勝負を結果だけで語る事は、食べてもいない料理の感想を、雑誌を見て語るようなもんさ。

バンクーバー冬季五輪フィギュアスケート女子では、
浅田真央とキム・ヨナ、両選手の演技に注目が集まっている。
本当に良い選手だ。この二人の19歳が、女子フィギュアの勢力図を塗り変えてしまった。

僕は、安藤美姫を応援するよ。
何となくだけど。

安藤美姫の四年間。
トリノ以降の不調を経て2008年、復調のジゼル。
四回転という業を背負いながら踊り、飛び続ける安藤に、僕は共感する。

浅田真央の天才性に心を躍らせ、
キム・ヨナの典型的日本的漫画的ライバル的存在感に感嘆し、
安藤美姫の演技に期待している。
鈴木明子さんは、あの、ごめんなさい、よく知らないんですけど。

僕が憧れる人達。
スポーツ選手、バンドマン、お笑い芸人。
当たり前だけれど、皆それぞれに気持ちがあって、それぞれの感情がある。

人前で表現する人達の、努力や責任は、並大抵ではない。
僕は、その業に心を動かされるのさ。
勝負を結果だけで語るな。

スポーツ観戦は、面白い。
僕はミーハーな男なので、選手の気持ちや裏側が窺い知れる、
スポーツ新聞や、Numberのような雑誌や、こんな動画に、胸を躍らせるのです。
結果だけでなく、選手達のこんな一面を知りながら観られると、
スポーツ観戦は、もっと面白い。

[ 2010/02/25 12:13 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

もしも君が撒かなくとも、俺が撒く。

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暦は如月(きさらぎ)。仲の春である。

北国は寒さ衰えず、暖房器具は休み知らず、灯油代もバカにならないのである。
寒さを知る事で、暖かさの本当の意味を知るとはよく言ったものだが、
暖かさを知る事で、寒さの本当の意味を知ろうとはしない。

飢え苦しんで食物のありがたさを知る事はあれど、
腹一杯で食べ残して、わざわざ飢え苦しむ辛さを想像するか?
飽食の時代にそれができるなら、飲食店の厨房にあるゴミ箱は残飯で溢れない。

世の中に納得できない事は多々あれど、大半は些細な出来事である。
最近の小生が納得できなかった事といえば、mixiアプリの「マイミク通信簿」にて、
小生の評価として皆様から最も投票されていたのが「不思議ちゃん」だった事である。
小生、不思議ちゃんキャラだと思われているのである。納得いかない。
納得いかないが、些細な事である。

一日の大半を心穏やかに過ごしているが、仕事の時間だけは苛々している。
納得いかない事だらけである。
顔には出さないようにして、しかし実際、顔にも出ているだろう。
声を荒げる事もある。必要に応じて。怒る事はほとんどない。叱る事はある。

自分の感情を優先して他人に当たっても、実りは少ないのである。
怒る事は醜い。
叱る事は尊い。
偉そうに見える上司にも生活はあって、同じように部下にも生活がある。

不思議ちゃんキャラとして、小生は想う。
出来るだけ冷静に、自分の軸を揺らさずに、見極めなければいけない。
今、誰が何処に居て、自分は何処に居るのか。
此処から何処に行けるのか。

此処が厭ならば、進まなければいけない。
自分の中の言い訳に、自分で納得できる奴が一番弱いのだから。
世の中に納得できない事は多々あれど、大半は些細な出来事なのである。

そして、それは少なからず、誰もが抱える感情だろう。
全てに納得しながら生きている人間は圧倒的に少なく、
全てに納得しながら生きているのは、死んでいるのと、あまり変わらない。

まるで報われない誰かの現在にも、報われるかもしれない明日があって、
まぁ、同じくらい報われないかもしれない明日があるが、
それでも何時かは報われるかもしれない。
それは今日かもしれない。

そうした、人間のささやかな願いや、想いは、切なくて悲しいが、
もしかしたら、そういうのを幸せと呼ぶのかもしれんな。
きっと世界は、それを見ている。

寒さを知る事で、暖かさの本当の意味を知るとはよく言ったものだが、
暖かさを知る事で、寒さの本当の意味を知ろうとはしない。
それでも知ろうとしなければ、知らないままだ。
納得できずに、歳を重ねるだけだ。

些細な事だらけだよ、大半の出来事は。
特別な出来事なんて、そうそう起こらないからな。
何も撒かなければ、何も変わらず、何も生まれはしないだろう。

それで我々は、今よりほんの少しでも、
何かを納得し、何かを実感したくて、二月の初めに豆を撒くのだ。

もしも君が撒かなくとも、俺が撒く。

鬼は外。

福は内。
[ 2010/02/01 12:09 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)
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