VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  2013年11月

そして君を、思い出す

失望が

大きく口を開けて 僕等を飲み込んだとして



「どんな時に」

「ん?」

「どんな時に、思い出す?」

「何を?」

「どんな時に、僕を、思い出す?」



君は頬杖ついて


斜め上を眺めて


少しだけ笑って



「ふむ」

「思い出さない?」

「思い出すよ」

「例えばどんな時に?」

「美味しいご飯を食べた時に」



鈴の音が聞こえて

冷たい空気が流れて

扉が閉まる音が聞こえて



「何だ、それ」

「あれ、不服?」

「どんな気持ち、それ」



またしても 君は笑って

季節外れの 冷たい珈琲なんか飲んで



「変な気持ち」

「ん?」

「嬉しいような」

「うん」

「寂しいような」

「うん」

「申し訳ないような気持ち」

「何だ、それ」

「食べさせてあげたいなって気持ち」



氷が回転して

沈まずに 浮かんで



「僕にも」

「君にも」



浮かんだまま 溶けて

溶けきれずに 沈んで

それは何だか



「悲しい気持ちだ」

「そうかな」

「せっかくの美味しいご飯なのに」

「そうだね」



あたたかい 何か が欲しい

それは まだ手にしたこともないものか

それとも すでに手にしたものなのか

もしかして なくしてしまったものか



「美味しいご飯ができた時も」

「うん」

「同じような気持ちになるかな」

「うん」

「オムライスが上手にできた時なんか」



嬉しいような

寂しいような

申し訳ないような



「どうして君がいないのか、って思う」



失望が

大きく口を開けて 僕等を飲み込んだとして



「僕は、いるよ」

「いないよ」

「せっかくの美味しいご飯なのに」

「そうだね」



例えば

どうしようもない事情で 僕等が分離するとして


あたたかい 何か が欲しい

それは まだ白い湯気の中に存在して

液体と固体の中間で 行方を捜していて

気体にも成りきれず 期待にも応えられず



「だからね、残さず食べるの」

「ん?」

「それ全部、残さず食べるの」



空虚な満足感の中で



「だから私は、君のこと、すべて残さず食べるのよ」



失望が

大きく口を開けて 僕等を飲み込んだとして


氷が全部 溶けてしまって

僕等が 溺れてしまったとして


僕等は きっと いつか 馬鹿みたいに

すべて飲み込んでしまう


すべて飲み込んでしまって

からっぽに 渇いてしまった世界で

カラカラの サラサラに なってしまった世界で




「そして君を、思い出す」




僕等はまだ 楽しくやれるよ

種を撒き また何か食べよう


思い出して 誰もいなくて

季節外れの 冷たい珈琲は

気が付けば何処にもなくて

鈴の音が聞こえて


不意にオムライスを作りたくなって

僕は玉子を二個 割った
[ 2013/11/29 04:40 ] 小説 | TB(-) | CM(0)

アイ・ユメ・ハナ

iyh.jpg

今から十年以上前に、The Cherry Boy というバンドが居た。

今は居ない。
もう解散してしまったから。

それでも The Cherry Boy というバンドが残した
都市伝説的ともいえる何個かの逸話を、僕は今でも覚えている。

それは例えば、北海道出身だった彼等が
当時の北海道のインディーズ記録を次々と塗り替えて
人気絶頂だったバンド HY まで抑えてインディーズ CD の売上
第一位を獲得した、だとか、いやしなかった、だとか。

HY といえば、今でもカラオケで歌われる名曲「AM11:00」や「あなた」。
あの頃、誰もが一度は聴いたフレーズ「でも君が好き(♪この世界が闇に~)」の HY。
――そう、かの Linkin Park も、その実力を認めた、あのHY。

あの HY を抑えて、北海道のインディーズを盛り上げていたのが
その The Cherry Boy というバンドだった。らしい。
そんな噂を聞いたことがあるし、多分、まぁ、恐らくそうなんだろう。

もうひとつ、彼等を語るとき、僕が個人的に好きなエピソードがある。
それは楽しく、少し悲しく、しかし小さな驚きにあふれているエピソードだ。

当時、そんな The Cherry Boy の元に、ある製菓会社から CM の話が舞い込んだ。
彼等は CMソング を用意するが、残念ながら直前で CM 話は立ち消えになった。
多分、こうしたことは業界的には、きっとよくある話なのだろう。

しかし、当時の話の流れや、結果を見ると、その顔ぶれがすごい。
その CM こそが、今でも江崎グリコの看板商品である、ポッキー。
そして実際に、その時の CM に起用されたグループこそが
ブレイク直前の、モーニング娘。だった。

この、紙一重感。
何とも言えない気持ちになる。
人生の不思議を想わずにはいられない。

なんとも都市伝説じみたエピソードだが
彼等には「ストロベリー」という甘くてポップな楽曲があるし
毎年、ポッキーの日にはポッキーのイベントに出演していたし
多分、おそらく、きっと、実話なのだろう。


とにかく、今から十年以上前に、The Cherry Boy というバンドが居た。


同じ頃、僕はネットの片隅で、言葉を書いていた。
彼等が華々しいステージに立っていた頃、僕はひとりで部屋にこもり
空き缶だらけの部屋で、煙草を吸いながら、毎晩、宛のない言葉を書いていた。

その中で 「ボクラが残したコトバ」 という作品を書いた。

これが運よく、当時のテキストサイトという流れの端っこを掴んで
ネットの片隅にあるだけだった無名のサイトにも、人が訪れるようになった。
やがて流れが流れを呼んで、「ボクラが残したコトバ」を出版したいという話になった。

当時はまだ「ネット小説」という考え方がほとんど定着していなかったし
(もちろんネット上で書いている人はいたけれど
 それはあまり一般的ではなかったし、小説というのは本屋で買って読むもので
 ネットで読めるものは所詮は素人小説、という読み方をされるのが大半だった。)
そんなネット発信の小説を出版したいというのは、なかなか大それた考えだった。

しかも別に出版社から声がかかった訳では無くて
それを読んでくれた人達からの、純粋な声だった。
どうすれば良いのか、僕は考えた。

今のように「あなたの作品を本にしてくれるサイト」というのも、まだ無かったし
もちろん「あなたの書いた小説を本にしませんか?」という広告も見かけなかった。

なんというか、紙媒体に対する感覚というか、敷居が高かった。
本というのは、何となく「神聖なもの」だった。
少なくとも、今よりも、ずっと。

最終的に、僕は、デザイナーの親友に依頼した。
その思い入れたっぷりの作品を、自費出版することにした。

学生時代、共に笑い、悩み、過ごした親友と
こうして一緒に何か生み出せるということが、単純に誇らしかった。

何せ僕は、卒業してから数年間、家に閉じこもっていたし
親友は、そんな僕を気にかけてくれていたので
一緒に何かを生み出せるということが、単純に誇らしかった。

当時の僕の頭の中を、全て言葉にした作品は
こうして一冊の本になった。

そんな頃、僕はあるバンドと、一枚の CD に出逢った。


今から十年以上前に、The Cherry Boy というバンドが居た。


彼等の一枚目のシングル「アイ・ユメ・ハナ」を聴いたとき
僕は小さな衝撃を受けた。

瑞々しくも激しく、繊細で悲しく、淡い怒りにも近く
思春期の一時期にしか感じることのできない
言い難い感情を、その貴重な一瞬を
大きくて細いハサミで切り取ったような、曲だった。

そして、その歌詞を読んで、僕は小さな衝撃を受けたのだ。
それは親近感にも、同族嫌悪にも似た、よく分からない感覚だった。
そこには「ボクラが残したコトバ」で書いた世界に、近い世界がある気がした。
それで僕は、その曲が気にかかるようになった。

「ボクラが残したコトバ」
その薄い本――全89ページだった――が完成した時
僕は The Cherry Boy のメンバーに声をかけた。

アイ・ユメ・ハナを、この作品のテーマ曲にしても良いか。

今思えば、突拍子もない提案だった。
ネットの片隅で書かれた言葉(繰り返すが、そこに今ほどの価値はなかった)に
当時の彼等がわざわざ積極的に興味を抱く必要性や、メリットはなかった。
ところが返事は、意外なほど呆気なかった。

「良いですよ」

あれが社交辞令だったのか、本当に良かったのか
あんな、ふたつ返事で決めて良いものだったのか
今となっては解らない。

とにかく
「アイ・ユメ・ハナは、ボクラが残したコトバのテーマ曲だ」と
公式なのか、非公式なのか、よく解らずに言っていた頃から
気付くと十年以上が経った。

「これを書き上げなければ死ねない」

そう思った日のことを、僕は今でも鮮明に覚えている。
あれは最終話を書き上げる夜のことだ。
僕はアルバイトの最中だった。

汗をかいて働きながらも、早く家に帰りたかった。
早く家に帰って、最終話を書き上げたかった。
それで「書く前に死ねない」と思った。

あの日の僕にとって、それが世界の全てだったし
全くまるで、世界の全てを知った気分でいた。

それから今日まで
あの日には想像もできなかったことが
嘘みたいな出来事や、うれしいこと、かなしいこと
生きていて良かったと思えることまで、沢山あった。


今から十年以上前に、The Cherry Boy というバンドが居た。


今は居ない。
もう解散してしまったから。

しかし最近、こんな噂を聞いた。

「どうやら一夜限りで、The Cherry Boy が復活するらしい?」

本当だろうか。

北海道のインディーズ記録を塗り替えた、だとか
ブレイクのチャンスを国民的アイドルに持っていかれた、だとか
そういった類の、都市伝説的な、単なる噂話じゃないだろうか。

しかし今日まで
あの日には想像もできなかったことが
嘘みたいな出来事や、うれしいこと、かなしいこと
生きていて良かったと思えることまで、沢山あったように。

このニュースは世界の誰かにとって
生きていて良かったと思えるようなニュースなのかもしれない。

彼等の復活 LIVE は、一日限り、11月29日に敢行される。
LIVE までの様子が「カウントダウン・ブログ」で日々更新されている。

それで僕は、そんな復活ニュースの小さなお祝いに
11月11日からの、この11日間、「ボクラが残したコトバ」を再掲載した。

そして「歌う男」が紡いだ物語の最後に
(それは「現」という題名の、第十話の終わりに)
ある曲を、載せた。


「アイ・ユメ・ハナ」


この動画に使用した音源は
当時の熱心なファンでも知らないと思う。
オリジナルの CD とも、過去の LIVE 音源とも違う。
なぜならこれは、今、現在の、彼等の練習中の音源だからだ。

あるメンバーから受け取った音源だ。

僕は、その練習中の
今現在の、彼等の音を聴いて
当時と同じに、しかし当時とは違う、その音を聴いて
この動画を作った。

他のメンバーの人達からの許可を得ていないので
はっきりいって、大人なのに、もしかして怒られるかもしれない。
LIVE に向けての練習中の音だから、余計に嫌がられるかもしれない。

しかし、あえて言いたいのは、この曲は、この感じが良いのだ。
偉そうな言い分だが、この練習中の、この感じだから、僕は良かった。

瑞々しくも激しく、繊細で悲しく、淡い怒りにも近く
思春期の一時期にしか感じることのできない
言い難い感情を、その貴重な一瞬を
大きくて細いハサミで切り取ったような、未完成な雰囲気が良かった。

なので寛大な心で、許していただきたい。

そもそも、まぁ、僕はこの曲が好きだし
公式テーマソングということで、昔、CD も沢山売ったので
多分、許してくれると思う。

それでも、このエントリーをメンバーの誰かが読んで、もしも怒ってしまったら
思わずネット上に拡散(リツイートもといシェア)してしまうかもしれない。
それも仕方がない。甘んじて受け入れようと思う。
拡散、してしまうかもしれない。
拡散、な。な。……な?


今から十年以上前に、The Cherry Boy というバンドが居た。


今も居る。
一日だけ復活するから。


※ちなみにこの動画に使用しているイラスト達は
 当時「ボクラが起こしたコトバ」の読者から寄贈されたものです。感謝。
[ 2013/11/22 23:30 ] 雑記 | TB(-) | CM(0)

ボクラが残したコトバ 最終話『残』

日記が残っていた。



あの日老女に渡された日記。

愛した女が付けていた日記。

そう

最後の日まで。



日記が残っていた。



数冊。



そっと

ページを捲る。

中途半端なページ。

実に何気無い

或る日の日記。






ページを捲っていく。






其処には女の日常が在った。

確実に息をして生きていた。

懐かしい女の文字と

懐かしい女の息吹が

広がった。












日記が、残っていた。






















icon-last.jpg
最終話 『残』






















10月18日 雨

今日も雨。最近雨ばっかり。

今日は彼の部屋に寄って一緒にテレビを見た。

夕食は彼の部屋でパスタ。

でもちょっと茹ですぎたなぁ、あのパスタ。





10月19日 雨

仕事が休みなので昼から彼の部屋へ。

行く前にビデオ屋で「グランブルー」を借りる。

部屋に着くと彼は予想通りまだ寝てた。

彼を起こして一緒に「グランブルー」を観る。

彼に感想を訊くと「スゴかったね」としか言わなかった。

アレは絶対途中から寝てたと思う。もう。

そういえば今年は海に行かなかったなぁ。





10月20日 晴れ

今日は少し暖かかったので仕事は楽だった。

でももうすぐ冬だなぁ。

今年はコートを買おう。

白いダッフルコートが欲しいなぁ。





10月21日 曇り

彼と一緒にビデオ屋に行って「グランブルー」を返却。

でもコレ、彼ちゃんと観たのかなぁ。

今度は彼の希望で「酔拳」を借りた。うーん。

明日一緒に観るけど面白いのかしら。大丈夫かなぁ。

彼は本当にめったに外に出ないから

こうしてたまに一緒に歩くのは、とても楽しい。





10月22日 雨

今日は「酔拳」が思いのほか面白かった。

彼は子供の頃にテレビで観た事があったらしい。

子供の頃かぁ・・・と、フと思った。

私には「子供の頃」というのが在ったのだろうか。





10日23日 晴れのち曇り

今日は外で撮影のお仕事だった。

最初は晴れてたけど途中から寒くなった。

仕事帰りに彼の家に行くと寝てたので

布団に入って一緒に少しだけ寝た。

暖かいのは、好き。





10月24日 曇り

驚いた!

彼が今度の休みに出かけようと言った!

嬉しい!何処に行こうか?どうしよう?

せっかくの外出だから色んな事したいなぁ・・・

でも彼が突然こんな事言い出すなんて

当日は雪でも降るんじゃないかなぁ?





10月25日 曇り時々晴れ

当日の予定を考えよう。

秋だし、美術館なんか行きたいな。

今は確かルネサンスをテーマに展覧してたはず。

ルネサンスは好きだな。

教会とか行ってみたい。

ミケランジェロの綺麗で壮大な宗教画。

ああいう絵ってどうやって天井に描いたのかな。

それから雑誌に載ってた喫茶店に行こう。

紅茶がすごく美味しいの。

それからそれから・・・

普段は人に撮られてばかりだから

たまには写真を沢山撮りたいなぁ。





10月26日 晴れ

今日はパスタが美味しくできた。

彼も美味しいって何度も言った。

それだけで十分な日。





10月27日 曇り

仕事は外での撮影だった。

今日はかなり寒かったなぁ。

いよいよ明日は彼と外出だ。

お願いだから雨なんか降らないでね。





10月28日 初雪

今日の事は一生忘れないと思う。

一緒に美術館に行った。

美味しい紅茶も飲んだ。

沢山一緒に写真も撮った。

それから

雪が降ってきた。



綺麗だったなぁ。



手を繋いで歩いたのは久し振り。

あまり外に出ないもんね。



彼と2人で過ごす最初の冬。

これからもしっかり暖め合おうね。

これからもしっかり暖めるからね。



初雪を一緒に見られたことが嬉しい。



毎年、初雪は彼と見たい。



例えばどうしようもない理由で



彼と離れ離れになったとしても。




















不意に

ペ-ジを捲る手を止める。

立ち上がると台所へ向かう。

湯を沸かしティーカップを用意する。



熱い紅茶。



再び日記の元へ戻る。

そっと

ページを捲る。




















12月24日 大雪

クリスマスイブ。

彼と2人で「シチリア」に行った。

あの店はチーズのリゾットが美味しい。

あの店は彼が最初に見つけたんだよなぁ。



食事の後は彼の部屋へ。

途中で雪が降ってきた。

今年の一番の大雪かも。

窓際で雪を見てたら彼が突然後から抱き締めてきた。

とてもドキドキした。



このドキドキは、生きてる証なんだろうなぁ。

彼と、私が作っていく、ドキドキなんだ。

ずっと一緒にドキドキしていけたら良いなぁ。



ずっと、ずっと、ずっと。



ね。



メリークリスマス。





12月25日 雪

事務所で今後の打ち合わせ。

明後日の撮影が今年最後の仕事になるはず。

来年は大々的なショーの予定があるらしい。



帰りにビデオ屋で「ローマの休日」を借りる。

これ観るのってもう何回目だっけなぁ。

この映画のヘップバーンは何度観ても大好き。



だけど彼はあまり興味なさそう。

やっぱり彼にはジャッキーチェンなのかなぁ。





12月26日 晴れ

彼の家に行くと熱心に

ロックバンドのライブ番組を観てた。

私はよく知らないバンドだったけど。

何だかとても熱心に観てた。

彼は、今も、音楽が大好きなんだ。





12月27日 晴れ少し雪

仕事納めは携帯電話の広告撮影。

公園での撮影の途端に雪が降ってきた。

すぐに止んだけど寒かったなぁ。

今年も1年お疲れ様でした。





12月28日 晴れ

彼とビデオ屋で「ローマの休日」を返却。

今度は彼の番なので何を選ぶのかなぁと

黙って見てたら「酔拳2」を持ってきた。



この間見たばかりじゃないと彼に言ったら

全然違うと言うのでよく見ると「酔拳2」だった。

明日一緒に見るけど、面白いのかなぁ。

ちょっと不安。





12月29日 雪

「酔拳2」面白かった。

なんだかスゴイ負けた気分。





12月30日 大雪

あと一回寝ると終わり。

今年は色んな事があったよ。



自分が今こうしているなんて

1年前の今頃は思ってなかった。

そして同じように

1年後の今頃は何を思ってるんだろう。



大好きなモノを同じように大好きでいたい。

大切な事を同じように大切にできたら良い。



大切な暖かい腕の中で。

大好きな彼と共に眠る。

私は夢を見る。

夢が覚めたら。



そうしたら



本当の私は何をするんだろう。




















ページを捲る。

白い紙が続く。

其処で終わっていた。



視線を傍に送る。

数冊の日記。

未読の日記。



橙色の日記に手を伸ばす。



白い紙を、ハラリと、捲った。



















1月29日 曇り

今日は駅前で撮影のお仕事。

やっぱりすごい寒かったなぁ。

彼の部屋も寒い。だけど暖かい。





1月30日 曇りのち雪

仕事帰りに彼の家に行った。

今日はオムライスを作った。

ソースにかなり凝ってみた。

なのに彼は普通に食べてたなぁ。





1月31日 曇り

今年になってもう1ヶ月。

何だか年を取る毎に早いなぁ。

1日1日をもっと大切にしなくちゃ。





2月1日 雪

雪の降る寒い部屋で

体を重ね合う私達は

こうして互いの日常を

積み重ね合うのだろう。




















突然

湯の沸いた事を知らせる

甲高い音が部屋に響いた。



日記を置くと立ち上がり

ティーカップに湯を注ぐ。



棚から紅茶の葉を取り出す。



窓の外を見る。



雪が降っていた。



実に淡い雪。



熱い紅茶を煎れる。



再び日記の元へ戻る。



そっと



ページを捲る。




















3月9日 雪

今日は音楽を聴いていた。

何故かそんな気分だった。

借りてきたCDはとても良い。

彼にも聴かせてあげたいなぁ。





3月10日 曇り

昨日の曲をMDに入れて彼に聴かせた。

彼が好きそうだった曲だと思ったから。

聴き終わると彼は黙ってキスしてきた。

ねぇ、今でも音楽、好き?





3月11日 晴れのち雪

少しずつ雪が溶けてきたね。

でも時々こうして雪が降る。

すぐに溶ける雪で道路は汚れる。

それでもやっぱり、雪は綺麗だなぁ。





3月12日 晴れ

事務所で打ち合わせ。

毎日同じような生活。

最近は刺激が少ないな。

安定と変化を繰り返す。

だとしたらきっと今の私は

安定しているんだろうなぁ。





3月13日 曇り

明日はホワイトディ。

明日は早めに仕事を終えて彼と会う。

何かしたい事ある?と訊かれたので

海外へ旅行がしたいと冗談で言った。

彼は少し困ったような顔をしながら

外食しに行こうかと言い本を広げた。



様々な海外の料理を出すお店。

とても素敵な写真が載っていた。

明日は2人でそこに行く事に決定。

今からとても楽しみだね。





3月14日 小雪

仕事帰りに待ち合わせて

小雪が降る中を彼と歩いた。

ホワイトディ。

薄い雪の向こうに見えた店の灯りは

異国のような雰囲気で不思議だったなぁ。



海外の様々な料理を出すお店。

ちょっとした旅行気分になれるね。

お店の外観は何となく東南アジア風で

だけど西洋風のような整然さもあって。

流れてた音楽はよくわからないけれど

きっと何処の国の音楽でも無い気がした。

不思議な感覚だったなぁ。



それから不思議な感覚といえばもうひとつ。



テーブルに料理を運んでる女の子が

1人だけ何故かとても気になったなぁ。

別にその子と目が合った訳でも無いし

彼も気にも留めていないと思うけれど。

何だか私が居るような気がしたのかな。

何処となく似てるような気がしたんだ。

よくわからないけれど、不思議な感覚。



安定と変化について考えた。

料理はとても美味しかった。





3月15日 晴れ

前に話が出ていたショーの詳しい内容を聞いた。

ミラノの新鋭デザイナーのファッションショー。

日取りは4月30日、あと一ヶ月と少し。



ショーの仕事は久し振り。

ウォーキングは苦手だなぁ。

でもミラノのショーなら絶対に出たい。



頑張ろう。





3月16日 曇り

久々の大きなファッションショーなので

皆も気合が入ってるのかな。

昨日の今日なのに活気が違うのがわかる。

ウォーキングのレッスンにも力が入った。

でもやっぱり苦手だなぁ。





3月17日 晴れ

夕方から事務所で話し合い。

それまで時間があったので買い物をした。

春物の新作や新譜が出てた。

白いダッフルコートを見つけた。

今年の冬は買おうと思ってたのに

気が付くと買わずに終わってたなぁ。

白いダッフルコートは安くなってた。



買っちゃおうかなぁ・・・

なんて考えながらブラブラして

気が付いたら彼の下着を買っていた。



最近ゆっくり会えないね。





3月18日 晴れのち曇り



噂のミラノの新鋭デザイナーに会った。

今回は実際の会場の下見と

より綿密な打ち合わせの為に来たらしい。

ずっと男性だと思ってたけど女性だった。

背筋がピンと伸びてるような感じの女性。

なんだか見ててカッコイイ。



明日はやっと休みだよ。





3月19日 雪

今日は久々の休みなので午前中から彼の部屋。

ソフィア・ローレンの「ひまわり」を一緒に観る。

あの画面一杯のひまわりが咲き乱れる場面が

全ての始まりと終わりを象徴的に表していたと思う。

ねぇ、愛って何だろうねぇ。

最近は仕事をかなり頑張っていたので

彼とゆっくり過ごすのは久し振りだった。



こういう日、決まって彼は激しく私を求める。

それが単に久々に抱き合うからなのか

それとももっと違う理由なのかはわからないけど。

満ちてくれれば良い。

それで彼が。




















日記を置き紅茶に手を伸ばす。



外を見ると雪は止み



晴れ間が覗いている。



紅茶を緩く一口流し込むと



再び日記に目を落とした。




















3月26日 曇り

少しノドが痛い。

風邪でもひいたかな。

仕事を早めに切り上げて彼の家へ。



カレーを作った。

でもジャガイモ買うのをすっかり忘れてた。

彼は何も言わず美味しそうに食べてたけど

お代わりの声は最後まで出なかった。



ジャガイモ無しカレーは人気も無し。





3月27日 晴れ

彼の家に行くと昨日のカレーが残っていた。

パスタと絡ませて食べてみた。

これが意外にも美味しかった。

ジャガイモを入れなかった甲斐があったね。





3月28日 曇り時々晴れ

彼の部屋でギターを見てた。

彼はずっとテレビを見てた。



少し触ってみると音がした。

彼自身はもうどのくらい触ってないのだろう。



彼はずっとテレビを見てた。

彼の大好きだったロックバンドの姿を。





3月29日 雨

雨が降ってきた。

残ってた雪が一気に溶けるかも。



まだノドが痛い。

咳が止まらない。

早く治さないと。




















突然



大きな音が響いた。



屋根から



溶けた雪が落ちた。




















4月9日 雨

今日は散々だった。

ウォーキングのレッスン中に

突然目眩がして倒れてしまった。

皆に介抱されて心配されてしまった。

早めに切り上げてきた。



貧血かな。

まだ咳も止まらない。

頑張りすぎて体調が崩れたままみたい。





4月10日 曇り

事務所に行くと皆に心配された。

顔色が悪いって言われたけどそうかなぁ。





4月11日 曇り時々雨

久々のショーだからと思って

最初に少し頑張りすぎたんだと思う。

少し休んだ方が良いのかなとも思ったけど

でも今回だけはそうはいかないよね。



あのカッコイイ女の人。

ミラノのデザイナーのショーだもん。



頑張ろう。





4月12日 雨

最悪。

また倒れた。





4月13日 曇り時々晴れ

病院に行くよう言われた。

確かに2度も倒れるくらいだから

普通の風邪では無いかも。



でも嫌だな。

大事なこの時期に病院なんて。



彼と一緒にグラタンを食べた。



明日は昼から病院に行く。





4月14日 晴れ

病院に行った。



2度も倒れた話をしたら

予想外に血を沢山採られた。

貧血じゃないと思うけど。

余計な事話しちゃったな。



検査結果は何時出るか訊いたら

2週間後にまた来いと言われた。

ちょっとそれ、ショーの直前だよ。

嫌だなぁ。





4月15日 曇り時々雨

衣装のデザイン画を見せてもらった。

スゴイ斬新、早く実物も見てみたい。





4月16日 雨

なかなか体調が回復しない。

最近は仕事にも集中できない。

それでも彼の部屋に行けば彼と抱き合う。



落ち着く。





4月17日 曇り

今日は寒かった。

薄着で出歩いて失敗した。

彼の部屋に行くと暖めてくれた。



彼の手は、大きい。





4月18日 雪

雪が降った。

今も降っている。

この時期に珍しい。

彼と2人で見てた。

もう春だしコレが最後の雪かな。

雪の降る夜は空が明るくて好き。

今夜は空が、オレンジ色だ。




















静かな部屋。




紅茶の湯気。




煙草に火を点ける。




チリリと、燃えた。




















4月25日 晴れ

衣装が届いた。

予想以上に素晴らしい。

デザイン画とは比べ物にならない。



早くコレを着て歩きたいなぁ。

最高にカッコイイだろうなぁ。





4月26日 晴れ

デザイナーが到着した。

今日から最終的なチェックに入る。



休む間もあまり無い。

ハードだ。





4月27日 雨

昼から打ち合わせ。

細かな点を再確認。

途中何度か目眩がして

倒れそうになった。



明日は検査結果。

朝から病院に行く。





4月28日 曇り

先日の検査結果が出た。

病名は告げられなかった。

只の風邪や貧血じゃない。

それだけ解ってしまった。



大学病院を紹介された。

でもこれから大型連休に入る。

ショーが終わるまでは行けないし。

ショーは明後日。

体の調子は最悪。

でも、やるしかないんだ。





4月29日 曇り時々晴れ

午前中からリハーサル。

入念に何度もチェック。



会場は舞台の準備が整って

別世界の空気を醸し出していた。

大きな規模のショーになる。

最後に女性デザイナーが言った。

皆で一緒に良いモノを残そうって。

私も残したいと思う。

今はそれしか考えない。





4月30日 快晴

良かった。

生きてて良かったなぁ、などと

少し大袈裟な事を思ってしまう。



あんな空気の中にいられる事って

生きててそうそう無い事だと思う。



そういう中に、今日、私はいた。

確実に、存在していた、と思う。



大勢の観衆。

音楽と照明。

衣装と肉体。

自尊と主張。

呼吸と存在。

そういうモノ全てがあそこに在ったと思う。

あの瞬間、確実に私は存在していたと思う。





5月1日 晴れ

仕事が休みなので午前中から彼の部屋へ。

久し振りに2人で1日ゆっくり過ごした。



穏やかな時間。

相変わらず私達は何をするでもなく。

抱き合い疲れて眠り。

起きるとキスをした。



明日、大学病院に行く。




















煙草を大きく吸い込む。




灰が音も立てず落ちた。




















5月18日 曇り時々雨

入院が決まった。





5月19日 朝は雨

今日から入院生活。

身の回りの整理とか

あまりせずに来ちゃったな。

これからどうなるんだろう。





5月20日

朝、血を採られる。

淡々と時間だけ過ぎてる。

ココにいると天気もよくわからない。

4人部屋だけど奇妙に静かだ。





5月21日

4人部屋には私の他に

40歳くらいの女性と

70歳くらいの女性と

あとは小さな女の子がいる。



小さな女の子の元には

朝からお母さんが付き添ってる。

まだ小学校低学年なんじゃないかなぁ。

お母さんに髪を結って貰ってる。



40歳くらいの女性は元気だ。

食事の時間は皆に声をかける。

この人が病気なんて信じられないなぁ。



70歳くらいの女性は静かだ。

でも旦那さんらしき人が

夕方お見舞いに来た時は

なんだか嬉しそうに笑っていたなぁ。



同部屋の人々の観察で終わった日。





5月22日

40歳の女性の大声で目を覚ました。

多分これから毎朝続くんだろうなぁ。

女の子は今日もお母さんに

楽しそうに髪を結って貰っていた。

70歳の女性は静かに本を読んでいた。

夕方からは旦那さんがお見舞いに来た。



彼は元気にしてるかな。

彼は一人では外に出たがらないし

入院の話はゆっくりできなかった。

ちゃんとご飯食べてるかな。





5月23日

お昼に40歳の女性が

大きな声で昼食に誘ってくれたので

一緒に食堂まで食べに行く。

女性ながら豪快な人だなぁ。

自分の家の容器に

漬物を入れて持ってきて

それを私に何枚もくれた。



そして大きな声で笑った。





5月24日

新しいお薬を処方された。

白いカプセルが2個と青いカプセルが1個。

私はあとどれくらい生きられるのだろう。



もうあまり時間は残って無いらしい。

それは既に先生から聞かされている。

入院前に気持ちの整理もつけたはず。



私は恐らく此処で最後まで生きる。





今日も女の子は髪を結って貰ってる。

目が合うとにっこりと笑ってくれた。





5月25日

彼は元気だろうか。

今日はそればかり考えていた。



女の子がお母さんに髪を結ってもらう。

あの姿を見ると更にそう思う。



彼は元気だろうか。

風邪なんかひいてないと良いけど。





5月26日

40歳の女性はエミさんという。

エミさんと一緒に昼食を食べている時に

遅ればせながらようやく知った。



ちゃんと考えたらベッドの枕元に

患者の名前が記されているのだけど

そういう事にあまり関心の無い私は

皆の名札をよく見ていなかった。

そう言うとエミさんは大きな声で笑った。



エミさんは今月末に手術をするらしい。

あと4日後。

頑張ってね、エミさん。





5月27日

今日は気分が優れない。

何時ものエミさんの大声で目覚めて

朝食を食べに行こうとしたところで

急に目眩がして倒れてしまった。

今日は何も食べたくない。





5月28日

70歳の女性の退院が決まった。

明日の午前に病院を出るらしい。

夕方に旦那さんが来ると

部屋の皆にお礼を言って頭を下げた。

私は何もしていないのに。

旦那さんは嬉しそうに、頭を下げた。





5月29日

会話などほとんどしなかったけど

70歳の女性が出ていった部屋は

なんだか急に物足りなくなった。

夕方になっても、誰も見舞いに来ない。

私も最近は何も食べずに寝てばかりだ。

会いたいよ。





5月30日

エミさんの手術の日。

今朝はエミさんの大きな声も無く。

慌ただしく看護婦さんが出入りしていた。

ベットに乗せられ運ばれる直前

エミさんが私を見て少し笑った。



昼間は静かに時間が過ぎた。

女の子が何時も通りに

お母さんに髪を結って貰っていた。

私はただ静かにそれを眺めていた。

お母さんが女の子を愛しそうに撫でていた。

誰も何も話さないので、病室は静かだった。



夕方過ぎエミさんが戻ってきた。

運ばれたエミさんは眠っていた。

エミさんの足は、1本なくなっていた。





5月31日

エミさんは無口だった。

当然といえば当然なんだけど。

何も喋らずに眠るエミさん。

時々痛そうに小声を漏らす。

今日は女の子のお母さんも来なかった。

なんだか不自然に静かな日。





6月1日

彼が来た!

ずっとずっとずっと

会いたかった彼が突然来た!



外に出るのをあんなに嫌ってた彼が

こうして私のお見舞いに来てくれた。

入院や病気の事は詳しく話してないのに。

こうしてわざわざ私に会いに来てくれた。



嬉しい。

会いたかったんだよ。

ホントに。ホントに。





6月2日

今日も彼が来てくれた。

何を話すでもないけど。

相変わらずのあのままの彼だ。



私は。



私はどうだろう。

彼と会わなかった数週間。

変わらずにいただろうか。



自分の手を見てみた。

酷く痩せていた。

肌も乾いていた。





6月3日

彼は毎日昼過ぎに来てくれる。

今となっては贅沢な時間だよ。

心の整理はもうできてる。

毎日のように血を採られる。

もうそんなに長くないはず。

今日も白と青のカプセルを飲む。

私はあとどれくらい生きられるだろう。





6月4日

久々にエミさんと話した。

痛みが落ち着いてきたみたい。



エミさんは笑いながら言った。

このまま病気が進行すれば

もうじき視力も無くなるのよって。



エミさんは笑った。

苦しそうに笑った。

痛みのせいよ、とエミさんは言った。

そしてまた笑った。



エミさんの病気は

じわりじわりとエミさんの体を苦しめる。

でもエミさんは元気良く私に話しかける。

エミさんの足は、1本足りなくなったのに。



昼過ぎには彼が来てくれた。





6月5日

覚悟というか整理というか

そういうのは付いてるつもりだった。



この病院のこの部屋が

最後の場所になっても

それでも良いと理解したつもりだった。



最近は揺らいでる。



まだ生きたい。





6月6日

エミさんに大きな声で起される。

女の子が髪を結って貰っている。

旦那さんが会いに来る。

彼が、私に会いに来る。

此処に来てから私が体験した事。





6月7日

エミさんが歩行の訓練を始めた。

彼が大量のスポーツ新聞を買って来た。

私のベットの横で黙ってずっと読んでいた。





6月8日

彼は毎日、私の元へ通う。

その度に活き活きしていくような気がする。

頻繁に外出するようになったからだろうか。

もう彼と共に外を歩く事は無いのだろうか。

痩せ細ってしまった自分の手を見る。

悲しくなる。

切なくなる。

どうしよう。

生きたいよ。



ティーカップを手にとると




紅茶は既に冷え切っていた。




静かに飲み干す。




窓の外には、再び淡い雪。










最後に日記に目を落とす。




















6月20日

子供の頃の事を色々考えた。

私には両親と呼べる存在が無い。

どちらかは事故か病気で死んで

どちらかは他の異性と結婚した。

確かそんな理由だったはずだ。

それで私は祖母に育てられた。



良く言えば引き取られた。

悪く言えば、捨てられた。



可も無く不可も無く成長した。

虐待された事も冷遇された事も無い。

逆に大切に育てられたくらいだと思う。


18歳ですぐに家を出た。

祖母の目の届かない場所。

高校まで出してもらった恩はあるし

祖母は上品な人で好きだったけれど

あの家に居てはいけない気がしてた。

此処は私の場所では無いという感覚。



だからといって他に

私の場所が在った訳でも無いのに。

私は家を出た。

もう今では連絡さえ取れない。

祖母は元気にしてるだろうか。



家。



私の家は何処だったのかと考える。

記憶にない最初の家。

祖母に育てられた家。

一人暮らしをした家。



彼。



やっぱり彼の部屋が。

あの部屋が私の家だったんだろう。

今更ながらそう思う。



どんなに仕事が忙しい日も

どんなに暇で退屈な日でも

あの部屋に行きさえすれば

当たり前のように彼は居た。

あの部屋で彼と抱き合えば

全てに安心できた。



ねぇ。

またあの部屋に行きたいよ。

まだあの部屋で生きたいよ。




















6月21日

昨晩寝ていると女の子が泣いていた。

今までずっとそんな事無かったのに。

その声で目が覚めたけど

私はどうしてあげる事もできなかった。





6月22日

何処までが私なんだろう。

例えば私が死ぬ瞬間は

何処までが私なんだろう。



世の中から誰も居なくなって

人も土も草も空も無くなって

風も火も水も何も無くなって

ホントに全部無くなっちゃって

真っ白な空間に私がポツンと立ってたら

それでも私は生きてる事になるのかなぁ。



私以外の何も無いなら

私の髪も指も目も声も

肉体なんてまるで意味が無くなる。



だから真っ白な空間に

私の意識と呼ばれるモノだけ

たったそれだけ在ったとして

それでも私が生きてる事になるのかなぁ。



私の目の前に、今、コップが在る。



例えば私が死ぬ最後の瞬間。

視覚も触覚も嗅覚も味覚も

全ての感覚が閉じられていく中で

何も見えない何も感じない空間で

真っ白な空間で

私はまだ生きてると思ったとして

一体、何処までが本当の私なんだろう。

そうなったら私は、何を残せるのだろう。





6月23日

女の子が死んだ。

あまりにも突然に。



お母さんに

女の子が髪を結って貰ってる。

静かな光景。

もう見飽きたと思ってたのに。



女の子が、死んだ。





病室が慌ただしい。





6月24日

死にたくないよ。

どうしよう。

死にたくないよ。

どうしよう。

嫌だよ嫌だよ嫌だよ。

怖い。

怖いよ。






嫌だ。






怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い






どうしよう。



どうしよう。



怖い。怖い。



圭くん怖いよ。






ああ、死にたくない。






死ぬのは、怖い。





6月25日

目眩がひどい。

新しいお薬が増えた。

明日から点滴も入る。

あまり長い日記は書けなくなる。

エミさんの歩行訓練は順調らしい。

2人だけでこの部屋は、少し広い。





6月26日

朝から点滴。

新しいお薬の説明を受ける。

新しいお薬を飲むとすぐに眠くなる。

あまり考え事をしなくて良いから楽かも。





6月27日

食事が病室に運ばれるようになった。

彼が食べさせてくれる。

点滴はかなり不便だな。

エミさんが大きなミカンをくれた。





6月28日

今日は気分がわるい。





6月29日

わたしはどんどん細くなる。

このまま細くなって消えてしまうのかなぁ。





6月30日

点滴がつらい。





7月1日

血液検査。

薬が増える。





7月2日





7月3日





7月4日

初雪はいっしょにみよう。





7月5日

エミさんがいなくなった。





7月6日

熱がさがらない。

お家にかえりたいよ。





7月7日

今日はすこしぐあいがいい。

こんな夢をみた。

かれの性器をわたしがあいぶしてる夢。

ていねいにていねいに

かれの性器をあいぶしていた。



わたしはげひんなんだろうか。



でもこれが生きてるって事だ。

かれの性器をていねいにあいぶする。

わたしがかれを求めている現実だ。

もうそれがかなわぬ夢だとしても。





7月8日

お薬がふえた。





7月9日

ここを出たら2人でイタリアにいきたいね。

いっしょにおいしいパスタとピザたべる?





7月10日

かれがずっと手をにぎっていてくれた。

目がさめたらなんだかとても安心した。

つながってる。

わたしはまだ生きてる。

だからまだつながってる。





7月11日

音楽、またやればいいとおもうよ。




7月12日

だれかを想うのは大切なことだ。

ひとりでは生きていけないし

ひとりでは生きてるいみがない。

すくなくとも今のわたしはそれで生きてる。





7月13日

ふしぎなほどに

今日は具合がいい。



昼から彼がきてくれた。



こんなわたしのそばに

いつもいてくれて

どうもありがとう。



生きていてくれてありがとう。



わたしが死ぬさいごのしゅんかん

なにを考えてるのかわからないけど

それがあなたの事だったらうれしい。



きょうはかれとながいキスをした。

ながいながいながい、キスをした。

なんだか涙が出てしまった。



どうもありがとう。



わたしはあなたに何を残せたんだろう。

かなしいおもい?

つらいおもい?



わたしはあなたに何を残せたんだろう。

たのしいおもい?

うれしいおもい?






どんなおもい?






だいすきだよ。


だいすきです。




わたしは残したい。


ことばを残したい。




もしもわたしが死んでも


何年たっても色あせない


そんなみずみずしい何かを残したい。


あなたと生きていた、証を残したい。




ありがとう。




ありがとう。




手をつないでくれてありがとう。


生きつづけてくれてありがとう。




そうしてまた



わたしとあなたが残したなにかが



だれかにもつながっていくように。










ふしぎなほどに今日は具合がいい。


だれもいなくなった病室。


でも


わたしはひとりじゃない。




目をつむればあなたが見えるし


手をにぎってはなしかけている。


そうおもえる。


だからきょうは安心してねむれる。






こうしてワタシの残したコトバも




いつかだれかにつながるだろうか。






つながっていくといい。




ずっとずっとずっとずっと。




今は知らないだれかの元まで。






おやすみなさい。







おやすみなさい。







おやすみなさい。










また、あした。
[ 2013/11/21 20:08 ] 長編:ボクラが残したコトバ | TB(-) | CM(0)

ボクラが残したコトバ 第十話『現』

吐いて捨てるほど在った

大切なモノを

今じゃ日々探してる始末で。



別に無くたって良かった

余分なモノが

今じゃ日々積み重なっていく。



ヒビ割れた部分から

サラサラとコボレタ

ボクラの大切なモノ。



例えば

ボクラが残したコトバ。



他愛も無い

あの日のコトバとか。

意味も無い

あの日のコトバとか。



其れ等が

何時だって

後になって

オモイ意味を持って

ボクラの前に現れるのは

何故なんだろう。










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第十話 『現』










冷えたシャッターが下ろされた。

退出を促す音楽が流される。

次々と店が閉じられていく。



同時に繁華街を歩く顔触れは変わる。

昼間の健康的な雑音とは別種の雑音が始まる。

夜の街は少しずつ其の様相を変える。



男は白い息を吐く。

ギターケースを背負い直す。

昼に一度訪れた百貨店に向かっていた。



百貨店の

閉じられた大きなシャッターの

其の前。

以前に歌う女が歌って居た場所。



もしも会えたら

自分はどうするのだろう。

自分はどうしたいのだろう。



歌を聴いたり

話し掛けたり

そういう事がしたいのだろうか。

偶然に一度見ただけの女に対して

自分は一体何を求めてるのだろう。



実の所

男にもよく解っていなかった。

只、もう一度だけ会って見たかった。



愛する女を無くした後に

漠然と歌い始めた自分に

行く先を示してくれた女。

今はどう生きてるのだろうか。

少し気になっただけだと思う。



今も彼処で歌っているだろうか。



少し足早になった。



仕事を終えたのであろう

見知らぬ沢山の男や女が

一日分の疲労と雑音を連れて

或る者は笑いながら

或る者は考えながら

或る者は疲れながら

繁華街を歩く。

酒でも飲みに行くのだろうか。



男と擦れ違って行く。



何の意外性も

何の物語性も

生み出さないまま

擦れ違って行く。



顔も見ぬまま

名も知らぬまま

淡々と

擦れ違って行く。






実に現実だ。






痩せた男と肩がぶつかる。

ギターケースが落ちかける。

頭を下げたのか下げないのかも

よく判らないままに通り過ぎて行く。






皆、淡々と、歩いて、行く。






男は冷えた両手を

深くポケットの中に突っ込んだ。



遠くに百貨店が見えた。

次の信号を渡って右に曲がれば

閉じたシャッターが見える筈だ。



熱い白い息を吐く。

ギターケースを背負い直す。

男は更に足早に歩き始めた。



歌う女。

女は歌って居るだろうか。

元気に歌っていると良い。

あの日のように

大きな口で。

大きな声で。






信号は青だった。



思わず走り出す。



角を右に曲がると



閉じたシャッターが見える。



そして其の前に




















歌う女は居なかった。




















仕事帰りの男と女が通り過ぎる。

此の街の普段と何ら変わらぬ風景。



女が居るべき場所には

知らない男が

同じように地べたに座り

民族楽器を演奏していた。



女は居ない。

力が抜けた。

民族楽器の太鼓の音だけが響く。






単調で複雑なリズム。






立ち止まり

男は煙草を取り出して火を点ける。

其れからゆっくりと

民族楽器を演奏する男の元へ近寄る。



民族楽器を演奏する男の前に座る。

演奏する男は顔を上げ少し微笑む。

煙草を吸いながら演奏を聴く。



楽器の横には小皿が置いて在り

其の上に線香が炊かれて在った。




独特の匂い。




演奏する男は素早く手に白い粉を付けると

再び民族音楽を奏でる太鼓を叩き始めた。



単純なリズムに合わせて

複雑なリズムを重ねていく。



遅れていたリズムが

気付くと追い付いたり

先走っていたリズムが

巡り巡って元に戻ったり

ズレているように聴こえて

実は其れが最適のリズムに他ならない。



演奏を一通り終えると

演奏の男は頭を下げた。

だから男は拍手をした。

其れから重要な事を訊く。




「以前に此処で歌って居た女性を知りませんか?」




先刻、自分の手に付けていた白い粉を

今度は民族太鼓の上に塗しながら

演奏の男はゆっくりと首を捻った。

自分は最近此処での演奏を始めたので

よく解らないというような事を言った。



男は大きく煙草の煙を吐き出す。

地面で煙草を消すと立ち上がった。

礼を言い小銭を小皿の中に入れる。

再び歩き出した。



独特の線香の匂い。

単調で複雑なリズム。

其れ等は未だ残っていた。










吐いて捨てるほど在った

大切なモノを

今じゃ日々探してる始末で。



別に無くたって良かった

余分なモノが

今じゃ日々積み重なっていく。










行く宛は無かった。

此れ以上歩き続ける理由も無かった。

後はもう眠るだけだ。



朝からギターを抱えて

電車に乗ったりバスに乗ったり

女の墓参りに行ったり

街中を歩き続けたりで

男は疲れ果てていたし

後はもう眠るだけだった。



ギターケースを背負って

冬に熱い白い息を吐いて

墓に行っても

百貨店に行っても

どんなに頑張っても

例えば祈っても願っても

此処に居ないモノは居ない。






実に現実だ。






疲れた。

肩と足が痛かった。

もう此のまま倒れこんで

路上で寝ても良いなと思った。



其の場に立ち止まり

ギターケースを置きそうになる。

頭の中を単調で複雑なリズムが響く。














腹が減った。














此の街に来て未だ何も食べてなかった。

前を見ると牛丼屋の看板が光っていた。

眠る前に、とにかく腹が減った。






店に入る。






店員の掛声。

椅子に座る。

ギターケースを降ろす。

そして注文。



大きくない店。

店内は暖かい。

窓の外を見る。

何気ない欠伸。

注文の品が出される。



暖かそうな湯気。

割箸を取り出す。

男は牛丼を食べ始めた。



食べながら何気無く店内を見渡す。

狭い店だが此の時間の客は少ない。

そろそろ年末という事もあるだろう。




















「おかわり!」




















突然

斜め後の席の客が大きな声で言った。

思わず其の声が聞こえた方向を見た。












女。












愛した女に似た女。


いや


歌う女が其処に居た。




頭の中を単調で複雑なリズムが響く。


探しても見つからなかった女が其処に居た。


男の視線は歌う女の元で固まってしまった。






どうすれば良いのだろう。






目の前に



届く距離に



歌う女が居る。






だからと言ってどうすれば良いのだろう。



元々会えたらどうしようとは考えてなかった。



歌っている姿が見られれば其れで良かった。



其れがこんな場所で会うとは。






「お待たせしました」






店内に店員の声が響く。

歌う女の前に牛丼が置かれた。



男は少し冷静に考えた。

歌う女は此処の常連なのだろうか。

店員はおかわりの一言だけで理解していた。

彼女は何時も此処で二杯の牛丼を食べるのだろうか。



そう考えると何故か急に可笑しくなった。

歌う女を見たまま思わず笑ってしまった。



其の小さな笑い声で

歌う女が此方に気付く。

怪訝そうな顔をしながら。



失策ったと思いながらも

男は何か話し掛けようとした。

だが先に口を開いたのは歌う女だった。










「あ、一万円の男」










「え?」










男が聞き返す。

今度は歌う女が、失策った、という顔をした。

そして誤魔化すように笑った。

歌う女が話し掛ける。



「覚えてます? 以前に私の歌を聴いてくれた事?」



男は大きく頷く。




「其の時に一万円くれたよね? 私もうビックリして!」




歌声と同じ元気な喋り方。


妙に不思議な感覚だった。


歌う女が自分を覚えていた事に驚いた。


男は口を開く。




「今は、もう、歌は?」




すると歌う女は楽しそうに笑った。


そしてテーブルの横を指差す。


其処にギターケースが在った。




「良かったら今から聴きに来ません?」




歌う女が言った。

男は更に大きく頷いた。

牛丼の残りを掻き込む。

店を出ようと立ち上がる。

男はギターケースを背負う。

すると歌う女が言った。



「あれ? 君もギターを?」



男は笑って頷いた。



歌う女も、笑った。



男が動き始める。



歌う女が慌てて手を伸ばした。



男のコートを掴んで静止する。






「ちょっと待って! まだ牛丼、全然食べてない!」






互いの顔を見詰め合わせる。






二人は大きく笑った。










共に店を出て歩き出す。



其れは実に妙で不思議な感覚だった。






外は先刻と変わらず寒い筈だが

何故だか全然気にならなかった。



女は今は駅前で歌っているようだった。

百貨店のシャッター前は少し前に

酔っ払いの暴力沙汰が起きたので

其れから場所を変えたのだと言っていた。






駅前に着くと

女はギターケースを開き

使い慣れたギターを取り出した。






沢山の小銭と四枚の紙幣が入っていた。






男は思わず訊いた。



「今日の稼ぎ?」



女は笑いながら言った。



「少し、違うかな」



其れから更に



強いような弱いような



微妙な視線でこう言った。










「其の四枚は、私の自尊だから」










そして笑った。










寒い空気に白く熱い空気が混ざった。





歌う女は、ギターを弾き、歌い始めた。





何時か見た姿のように





大きく大きく大きく





大きく大きく大きく





歌っていた。










男は座りながら


歌に聴き入った。




愛した女に似た女。


此処で歌を歌う女。




寒い空に白い息が大量に舞った。




輪廻する花のように。


大切に種子を蒔いて育てる。




輪廻する花のように。


色んな想いが散っては咲く。




輪廻する花のように。


そうして僕等はイキ続ける。












なぁ、輪花。


きっとそうだろう?












歌う女の演奏が終わる。

男は大きく拍手をする。

そして言う。



「実はね、今日はずっと君を探していたんだ」



女は不思議そうに訊き返す。



「え、どうして?」



男は笑って言う。



「其れがね、どうしてか僕にも解らないんだ」



女も笑って言う。



「ふぅん、何だか適当なのね」



男は楽しそうに笑った。






吐いて捨てるほど在った

大切なモノは

今じゃ日々探してる始末だし。



別に無くたって良かった

余分なモノは

今じゃ日々積み重なっていくけれど。





ボクラが伝えたかったコトバは



不器用なコトバは



大切だったコトバは



言えなかったコトバは




どれだけ手元に残っているのだろう。






冷えた冬空。


空気は澄んでいる。


何処までも透明で


壊れそうに繊細な


冷えた冬空の空気。




座りながら


ギターを弄りながら


最後に男が女に訊いた。








「あのね。

 二つの異なる特出した才能が

 或る一つの時期に

 或る一つの場所で

 同時に共存している事がある。



 例えば其れは

 ビートルズで言う

 ポールとジョンのようなモノで。



 でも思うんだ。

 二つの異なる才能は果たして

 最初から特出していたのだろうか。



 其れとも

 一つの場所で共存する事によって

 其の結果で特出し得たのだろうか。



 なんてね。



 なぁ、君はどう思う?」





女が答える。





「そうねぇ、そんな事どちらでも良いわ。

 其れよりもお互いの自己紹介をしない?」





男は笑った。





もっともだ。





「一緒に、歌わない?」





男はギターケースを開いた。



そして女と共に歌い始める。



一緒に歌いながらイキ始める。



どんな歌声が響き渡るだろう。



一人では無く、例えば二人で。



ボクとキミが歌えば。


















ヒトと関わってイコウ。


















雪は降るし。



雪は溶ける。



ボクラはコトバを残していく。






吐いて捨てるほど在った



大切なモノを



今じゃ日々探してる始末で。






別に無くたって良かった



余分なモノが



今じゃ日々積み重なっていく。






そんな中で






僅かに手元に残る大切な何か。






そう






其れが






此の紛れも無く






此のうざったく






此のかけがえなく






此のクソったれの






此の現実の真ん中で






















ボクラが、残した、コトバだ。

[ 2013/11/20 20:08 ] 長編:ボクラが残したコトバ | TB(-) | CM(0)
目次
★説明




★短編






★長編小説














★短編






★お笑い








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