VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  2014年09月

ヘザーグレイ

ヘザーグレイ

間接照明。
観葉植物。
大きな窓。
小さな胸。
長い髪と細い手足。

「ね、いつからね、あたしのこと」

「ん?」

「あたしのこと、ね、覚えてた?」

コトコは、まるで僕が何も知らないとでも言うように
其れでいて、自分自身の存在を確かめるみたいに
僕に、まるで意味不明な質問をした。

「いつから覚えてたと言われても困るけど」

「うんうん」

「少なくとも今日まで、忘れたことはないよ」

ヘザーグレイのラフなショートパンツ姿のコトコは
柔らかな肢体を伸ばし、深くストレッチをしながら
六秒間の沈黙の後で、顔を上げて、言った。

「つまんないの」

「何が?」

「いや、別に、大丈夫」

コトコはペットボトルのお茶を口に含んで
ソファに放り投げていたリモコンを掴むと
普段は観ないテレビを点けた。

「何だ、それ」

「え、何が?」

「今、何もやってないよ、テレビ」

「つまんないの」

これから寒くなる僕等の季節に
コトコの薄いカットソーだけでは、寒そうだった。
ところが僕は、彼女を温める方法というのを、知らなかった。

僕等には、方法が必要だった。
人生を上手くこなす為の、知識と経験が必要だった。

しかし、こなすべき人生の色も形も知らないのに
どうやって重さを知れば良いのか。
其れが解らなかった。

重さを知ることもなく、方法を知ることは出来ない。
重力を感じずに、宛もなく浮かんでいるだけの、僕等の世界は。
僕等の日常は。

「つまんないよ」

「深夜ニュースだからな」

「つまんないな」

今夜、誰が救われ、誰が苦しみ、誰が悲しんでいるだろう。
ニュースの中は特別なことだらけなのに、僕等には無関係だった。
当然だ、僕等は、僕等のことを何も――

「知らない」

「ん?」

「……のと、忘れてないのと、覚えてないの」

「うん」

「どれが一番うれしい?」

今夜、誰かが救われ、誰かが苦しみ、誰かが悲しむだろう。
誰かにとって特別な出来事の中、僕は何も感じない。
知らないのと、忘れてないのと、覚えてないの。

「どれも別に、うれしくはないね」

「あ、ずるい」

コトコは怒りながら、短く笑った。
其れからソファにポスンと座り、ペットボトルのお茶を飲んだ。

「ああ、つまんないの」

僕は笑った。

「それはよほど、つまんないんだな」

コトコはため息を吐き

「うん、つまんない」

ペットボトルのお茶を飲み、笑った。

「ああ、つまんない」

テレビを眺め、含むように、また笑った。

フランス生まれの哲学者なら
こんな時、こんな僕等を見て、何と言うだろう。

何も知らない。
自分自身が何になるのかも。
自分達が、これから何をしたいのかも。

コトコはソファの上であぐらをかきながら、髪を結った。
スウェット生地のショートパンツの隙間から伸びる
白く伸びた太腿に触れたいと思った。

今夜、誰が救われ、誰が苦しみ、誰が悲しんでいるだろう。

ほとんど全てが無関係だが
しかし世界の何処かで其れは本当に起きていて
今夜、誰が救われ、誰が苦しみ、誰が悲しんでいるだろう。

「たのしいこと、あるかな?」

「そりゃ、あるよ、多分」

「いつ?」

僕等には、方法が必要だった。
人生を上手くこなす為の、知識と経験が必要だった。

しかし、こなすべき人生の色も形も知らないのに
どうやって重さを知れば良いのか。
其れが解らなかった。

重さを知ることもなく、方法を知ることは出来ない。
重力を感じずに、宛もなく浮かんでいるだけの、僕等の世界は。
僕等の日常は。

「つまんないのが、たのしいよ、僕は」

コトコが首を曲げ、天井を見上げながら、笑った。

「はぁ?」

「だから今、たのしいよ」

「ははっ」

君に触れたいよ、コトコ。
冷めた君をどうにか温めたい。
君を乗せて、重さを確かめたい。
柔らかそうな白い太腿に触れたい。
誠実な気分のまま果てたい。

「知らないのと、忘れてないのと、覚えてないの」

「うん?」

「どれも別に、うれしくはないけどね」

「うんうん」

経験不足の僕等には、どうにも難しい世界だ。
ヘザーグレイのラフなショートパンツ姿のコトコは
随分と退屈そうな世界の中で、僕を誘惑していた。

「忘れたくないとは思うよ」

フランス生まれの哲学者なら
こんな時、こんな僕等を見て、何と言うだろう。

焼き付けておきたいよ、だけれど無理かも。
其れでも今も、焼き付けておきたいと願っている。
ヘザーグレイの、美しい曲線に、僕は手を伸ばしたい。

「忘れたくない」

僕等の日常は、大体がごちゃ混ぜで、どうにも解らない。
白黒はっきりさせたいところだけれど、どうにも難しい。

ほとんど黒の白と、ほとんど白の黒を
絶妙な割合で混ぜながら、過ごしている。

君に触れたいよ、コトコ。
冷めた君をどうにか温めたい。
君を乗せて、重さを確かめたい。
柔らかそうな白い太腿に触れたい。
誠実な気分のまま果てたい。


つめたくて、たまに、あたたかい。


かたくて、たまに、やわらかい。


きらいで、たまに、いとおしい。


きたなくて、たまに、うつくしい。


コトコはペットボトルのお茶を全て飲み干すと
両手を高く伸ばし、息を吸い込み、目を閉じて言った。

「ああ、ほんと、つまんないねぇ」

其れから随分と、満足そうに笑った。
やはり僕は、瞬間、其れを保存しておきたいと願った。
[ 2014/09/25 02:53 ] 小説 | TB(-) | CM(0)

フォーマルハウトとカイパーベルト。

フォーマルハウトとカイパーベルト。
僕等は世界を変えられる。

多分ね。
僕の小さな世界の中で。

どうしていつか君が居なくなるのか、今だって解らない。
本当は解っているのかもしれないけれど、解りたくもない。

雨が降れば晴れを待ち侘び、種を撒けば花を待ち侘びるのに
夜が来ると絶望的な気分になるのは何故なのかな。
教えて欲しいな、キャリー。

太陽は、僕を運ばない。
季節が、君を運ばないように。


僕等は世界を変えられる。

多分ね。
僕の小さな世界の中で。

君の声は、石鹸の泡みたいだった。
まるで気持ちよくて、すぐに消えてしまいそうだった。

其れを僕はシャボン玉に詰めて
保存しておきたかったのだけれど
どうにも、無理だった。

空中で、はじけてしまった、あの名前を知りたいけれど
あれに名前は、初めから無かった。

月は、僕を照らさない。
影が、君を導かないように。


僕等は世界を変えられる。

多分ね。
僕の小さな世界の中で。

悲しい気持ちを、悲しいまま取っておきたい人なんて居ないのに
どうして君は、透明に澄んだビンのフタを、固く閉めたままなのか。
中身は見えているのに、ずっと触れられないままで。

もう二度と割れないようにと、固く握り締めるほど。
守るほど、触れることさえできないよ。


嗚呼、満天の星空だ、キャリー。


固く握りしめて、やがて開かなくなってしまった。
あのビンの中身を取り出すために、また割る気なのかい。
悲しみが繰り返されるならば、キャリー、いっそ沈めてしまおうか。

水の底へ。
星空の向こうへ。


僕等は世界を変えられる。

多分ね。
僕の小さな世界の中で。

本当を言うと、今夜は君の声が聴きたかった。
もしも出来ることなら誘い出して、手を握りたかった。
其れから真っ白な部屋に連れ込んで、肌を抱きたかった。

だけれど、そんなこと出来ないから、君の声が聴きたかった。

フォーマルハウトが輝いて、やがて全てを飲み込んでしまう。
此処に届く光は、本当は、既に死んだ星の光かもしれないな。
実のところ僕等は、何を見た気でいるのだろう。
絶望的な夜だよ。

カイパーベルトの向こうへ、あのビンを放り、沈めてしまおうか。
絶望を飼い馴らすための餌ならば、もう手放してしまえよ。
大魚が僕等を飲み込んで、嘯いた顔して呟くよ。


「僕等は世界を変えられる」


其れでも。
僕等は世界を変えられる。

石鹸の泡は、既にはじけたとしても。
届いた光は、既に死んでいたとしても。
君の声は、既に聴こえないのだとしても。

変えられるべき世界は、変わるべき日を待っている。








結局、僕は、絶望を詰め込んだ透明なビンを
どうすることも出来ずに、棄て去ることもできずに
いつもの場所に飾っている。

何も変わらない世界と、絶妙な距離感で付き合い続けている。

いつか何かが全てを飲み込んでくれるのを待っているなんて嘘で
本当のところ自分自身で決めなければいけないことも解っている。

どうしていつか君が居なくなるのかも、よく解っているよ。
僕等は皆、同じ時間の中に住んでいて、止まることがない。
其れはとても嬉しくて、寂しくて、悲しくて、虚しくて、残念だ。

止まらない世界のおかげで、君に会えて嬉しいよ。
止まらない世界のおかげで、君と離れるのは残念だ。
只、本当に、残念だ。

フォーマルハウトが、よく輝いているよ。
僕等の生活には、あまり関係がない。
僕等の命には、あまり影響がない。
カイパーベルトの向こうには、行く機会もない。

僕等の世界は、小さい。

誰も居ない夜と夜に、僕は君を考えているよ。
持て余したビンが、光に照らされている。
其れはとても小さくて黄色い光だ。

そして、只、朝を待っている。

もしも朝が来たら、あのフタを開けてみよう。
固く握りしめてしまって、もう開かないかもしれないけれど。
もしも朝が来たら、あのフタを開けてみよう。
フォーマルハウトも、カイパーベルトも、まるで関係ない朝に。


僕等は世界を変えられる。

嘘だよ。
だけれど本当かもしれない。
さぁ、まずはこの厄介な夜を越えよう。

僕と君の、飽きずに何度も回転する、小さな世界の中で。
[ 2014/09/21 23:48 ] 小説 | TB(-) | CM(0)

水の中のニコ。

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ニコへ。

結局、僕等は何だったんだろう。
今は夜で、僕の部屋の窓は開いていて、音はひどく少ないよ。
何も聞こえないようでいて、しかし、まるで何も聞こえない訳ではない。

微かに聞こえる音は、音とも呼べぬほど微かで、だけれど、やはり音だ。
其れは季節外れの夏の虫の音だったり、風の音だったりする。
雨で濡れた路面を、銀色の軽自動車が走り抜けた。
其れは直線的に音を滑らせ、そして消えた。


親愛なる、ニコへ。

実際、僕等は何だったんだろう。
今ならば上手く出来ることは、今だから上手く出来ることだよ。
後悔する必要なんてないよ、だけれど平気な顔なんてしないで欲しい。

僕等が繋いだ手の、指の、爪の温度を、その感触を、僕等が手放したとして。
其の瞬間の音を、匂いを、ともすると光の形さえ、手放したとして。
あの瞬間の、僕等の色を、其の名前を覚えているかい。


水の中の、ニコへ。

僕等は、透明だった。
其れにわざわざ色を付けたのは、僕等自身だよ。
僕等自身の深さで、浅はかさで、届いた光の量で。
僕等は鮮やかに色を変えた。変えてしまった。

闇は、黒と同義ではない。
あれは多分、光の届かない透明のことだよ。

光は、白と同義ではない。
あれは多分、僕にとっては、君のことだった。

其れで僕等は、光の量と、深さと、浅はかさによって、
やがてお互いの色を、見失ってしまったのだろう。
ニコ、今の君に届く光の量を、僕は知らない。


いつか、全て忘れてしまう、ニコへ。

水の底でも、花は咲くのかな。
いつだったか君は、そんな話をしていた。

多分、咲かないと思うよ、僕は。
水中に造花を添えて、悦に浸る気分でもないよ。
だけれど君が沈むならば、僕の記憶の奥底に、このまま沈むならば。
水の底にも一輪くらい、花が咲けば良いのにと思う。

息を静めて。
或る時期と瞬間、僕と君の間に沸き起こった、出来事と感情を鎮めて。


君へ。

無音と静寂は違って、今のこれは静寂に近くて、まだ僕は君を思い出している。
だから、全く世界に何も存在しない訳ではなくて、何も知らない訳でもなくて。
消しゴムで消した文字が、しかし、事実が全て消えた訳ではないように。
微かに。水中で揺らぐほどの重ささえもなく、微かに。

透明なまま。

水だけが存在している。

君の名も忘れ果てた場所で。

透明なまま、揺れている、揺れている。

宛を失くした種だけが、宛もなく水中に浮かんでいる。
[ 2014/09/14 00:39 ] 小説 | TB(-) | CM(0)
目次
★説明




★短編






★長編小説














★短編






★お笑い








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