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神田駅 第三話



ダダン、ダダン、ダダン。

大きく膝を曲げて、ジャンプする。
腕を目一杯に伸ばして、ボールに触れようとする。
天井の照明は高く、届く事が無いほどに眩しく、ボールと指が重なる。
弾き出されたボールが音を立て、床の上を数回、跳ねる。
瞬間的に沸騰する血液に従うように、彼等はボールを求めて走り出した。

今、その瞬間が、彼等にとって何になるのかなんて、
きっと彼等は考えてなんていなかったし、きっと私達もそうだった。

ボールが転がれば、追い駆ける。
バスケットゴールを目指して、競い合う。
只、それは世界の全てのような気がしていたんだ。

白い布地に青いライン。

運動靴が、床から離れる、瞬間。

それは粘着質な声を響かせて、只、駆ける。

駆ける為に、駆ける。

放物線を描いたバスケット・ボールが、円の中を、音も立てずに通過した。
女子生徒の歓声。
体育館の隅に体育座りをしながら、手を叩いている。
男子生徒は歓声が自分に向けられたモノでは無いと知ると、また走り出す。

ダダン、ダダン、ダダン。

ダダン、ダダン。

ダダン。


ガタンゴトンと電車に揺られた。

少し遠くを電信柱が通り過ぎる。

四本、五本、六本。

すぐに数えるのが面倒になった。





電車が緩やかに速度を弛めると、何人かの乗客が席を立った。
愛想の無いアナウンスに従うように、扉が開く。
降り口は左側。

その小さな駅では、私の傍の数名が降りた。
私は顔を上げると、停止した車窓の外にある景色を眺めた。
目の前には誰も座っておらず、車窓の外には古びた小さな看板が見える。

私の中の記憶を呼び覚ます何の手がかりにも成りはしないけれど、
それが古びた小さな看板だという事だけは解った。
何年も前から、そこにあるのだろう。

降りた乗客と入れ替わるように、別の乗客が乗り込んできた。
私の前の空席に誰かが座った。
綺麗にアイロンがかけられた白いシャツを着た男の子だった。

中学生だろうか。
学生服の黒いズボンを着て、鞄から文庫本を取り出すと、
男の子は視線を落とし、あっさりと自分だけの世界に落下していった。
少しだけ長く伸びた前髪が、男の子の表情を隠していた。

神田君。

神田君も、そんな男の子だったな、と思った。
どうして先程から神田君を思い出しているのかは解らないけれど、
きっと休み時間に小説らしき本を読んでいた神田君は、この男の子と同じだった。

天然パーマで、何時も髪の毛の端がクルリと丸まっていた。
それから白衣の理科教師と妙に仲良しだとか、給食の時間が嫌いで仕方無いとか、
私の記憶の中の神田君は、そういうタイプの男の子だった。

要するに、神田君はバスケットボールには不向きだった。
あの球技大会の日、私は体育館の隅で、同じクラスの男子の試合を眺めていた。
特別、神田君の姿を目で追っていた訳でも無いし、神田君がいる事も意識していなかった。

それでも私を含め、私のクラスのほとんど全員が、
あの試合に神田君が参加していた事を、当時、よく覚えていたと思う。
残り時間が数秒の時に、神田君が決めれば勝ったはずの、簡単なシュートを神田君は外した。
それだけの事だ。

一点負けていた。
もう残り時間は少なかった。
教師が何度かストップ・ウオッチを眺めた。

ゴールの近くに立っていた神田君の元に、ボールが転がってきた。
神田君はそれを手に取って、周りに人は少なかった。
あの瞬間、私達のほとんどが、過剰な期待を込めて大声を出した。

神田君は慌てて走り出した。
運動靴が脱げた。
本当にそれだけの事だった。

不細工な軌道を描いたボールは関係ない方向に飛び、
不細工な音を響かせながら、二度三度、床の上を大きく跳ねた。
ダダン、ダダン、ダダン。

決めようと思った。
だけれど決められなかった。
それだけの事だ。
それだけの事を、中学時代の私達は、世界の全てみたいに思っていた。

数秒後に教師が笛を吹いて、試合は終わった。
結局、私達のクラスは午前中に、全種目の敗退が決まった。

体育館で男子は神田君を責めた。
私達は何も言わなかったけれど、きっと同じ気持ちだった。

神田君は小さな声で、何かを言った。
それは本当に小さな声で、誰にも聞こえなかったと思う。
だけれど唇の動きで、私には、神田君が何を言ったのか聞こえた気がした。

「どうせ俺なんて」

給食時間に神田君の姿は無かった。
元々、給食が嫌いな神田君にとって、それは珍しくない光景だった。
男子は相変わらず、先程の神田君の、最後のシュートに対する悪口を続けていた。

私は知っていた。

神田君は練習をしていた。
放課後、家の近所の公園で、一人で練習していた。
気まぐれに一度だけ参加したソフトボールの練習の帰り道で、私はそれを見た。

公園の汚れたバスケットゴールに向かって、彼はシュートを放った。
下手くそな放物線を描いたそれは、一度も円の中を通過したりしなかったけれど、
あの日、転がるボールを拾っては、何度も繰り返す神田君の姿を、たまたま私は見ていた。

それから白衣の理科教師と妙に仲良しだとか、給食の時間が嫌いで仕方無いとか、
休み時間になると何時も小説らしきモノを読んでるような神田君には、
最初からバスケットボールなんて不向きだったんだ。
だけれど彼は何度もシュートを放った。

結局、第一希望と第二希望を逃した私は、最後まで何もしなかった。
それでもヒットを一本打って、エラーだってしなかった。
誰にも迷惑をかけずに過ごしていたんだ。

試合に負けても悔しがる必要は無くて、
だけれど試合に勝っても喜ぶ必要は無かったような気がした。
神田君は何の為に、望みもしない、苦手なバスケットボールの練習をしたんだろう。

昼休み。
ある男子が大きな声で言った。
給食の時間中、神田君はずっとトイレに隠れていたらしい。
それを聞くと教室中が笑った。

私は笑えなかった。
神田君が一人で練習していた事を、皆に伝える事もしなかった。
只、私は窓際の席に座って窓の外を眺め、午後はどう過ごそうかと考えていた。
全ての種目で敗退した私達は、とても退屈だったから。

また男子の笑い声が聞こえた。

私達は、世界の全てみたく思っていた。
今、その瞬間が、彼等にとって何になるのかなんて、
きっと彼等は考えてなんていなかったし、きっと私達もそうだった。
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[ 2007/08/18 15:26 ] 長編:神田駅 | TB(0) | CM(0)
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