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神田駅 第四話



私は、何が欲しかったんだろう。

何が欲しかった訳でも無いし、欲しいモノが手に入らないならば、
何かを頑張る意味なんて無いと考えていたし、それでいて欲しいモノなんて無くて、
何かを欲しがるフリをしているだけで、結局、何も頑張らずにココまで来てしまっただけなんだ。

あの日、私が第一希望のバスケットボールの試合に出ていたら、
それとも第二希望のサッカーの試合に出ていたら、私は本当に頑張る事が出来たのだろうか。
それでもやっぱり、別の不満を理由にして、適当に過ごしていた気がするんだ。

適当に過ごしていた気がするんだよ、神田君。





体育館で聞いた教師の笛の音に、少しだけ似たような音が聞こえた。
それは駅員さんの笛の音で、それを合図に、また電車は扉を閉じて、ゆっくりと走り始めた。

此処までに何回、駅を通り過ぎたのか、もう覚えていない。
私の目的地は未だ先で、只、この退屈を潰す方法を考えなければいけなかった。
目の前の席に座った中学生らしき男の子は視線を落とし、只、手の中の本を読み続けている。

休み時間が終わる寸前までの神田君の姿。
休み時間が終わり、次の授業が始まる寸前までの神田君の姿。
それから、そうだ、男の子の姿は、理科の実験中の神田君の姿にも、よく似ていた。

神田君は理科が得意だった。
白衣の理科教師と妙に仲良しで、放課後になると、よく理科室にいた。
私達の中学校には、いわゆる「科学部」のような類の部活動は存在しなかったから、
それは単に、神田君の趣味だったのだろう。

理科教師も神田君を気に入っていたようで、
放課後になると、授業とはあまり関係のない実験をして見せていた。
もっともそれは男子同士の噂話を耳にしただけで、本当のところは知らなかったけれど。

そこに来て、神田君は理科の実験が得意だった。
それは噂話を実証するに充分だった。
あまりにも手際よく作業するので、同じ班の私達は何もしなくて良かった。
その一方で「理科教師が神田君を贔屓している」という噂話も、当たり前のように流れた。

実際は、私達にとって、それはどうでも良い事だった。
神田君にとって、それは世界の全てだったのだろうし、
私達にとっては、それは本当にどうでも良い事だった。

中学生が球技大会で、バスケットボールを、円の中に通す事。
中学生が球技大会で、第三希望のソフトボールで、適当にヒットを打つ事。
それと同じくらい、世界中に住むほとんどの人達にとって、それはどうでも良い事だった。
どうでも良い事を、私達は大袈裟に、影に隠れて噂した。

ある日、私達は二酸化マンガンの実験をした。
それは確か、過酸化水素水から酸素を発生させる実験、だった。
その時も私は、神田君と同じ班だった。

神田君は手際良く準備をしていたのだけれど、一点だけ、普段と違う部分があった。
その日、神田君は、何故か白衣を着ていた。
制服姿の皆に紛れて、一人だけ白衣を着ているのが、妙に可笑しかった。
その一方で「やはり贔屓されているという噂は本当だったのか」という気持ちが芽生えた。
それは多分、私だけじゃなくて、理科室にいた全員が感じた事だったと思う。

普通の中学生が理科の実験に白衣を着る理由なんて無く、
そもそも白衣を手に入れる方法もよく解らないのが普通だったから、
神田君の白衣は「理科教師が神田君に与えたモノだ」と解釈するのが自然だった。

神田君の白衣に対して、理科教師は、何も言わなかった。
それが私達の疑念に拍車をかけた。
神田君は普段通りの表情で、普段通りに手際良く、実験を進めていた。
真剣にやればやるほど、神田君が科学者のように見えて、私達はクスクスと笑った。

否、クスクスという可愛らしい表現ではなくて、ニヤニヤが正しかった。
私達は影ながら神田君を見て、ニヤニヤと笑った。
それは恐らく、一般的に言う「調子に乗っている人間」を見る目だった。

私達は神田君の白衣の話題には触れず、
だけれど明らかに、神田君の白衣をチラチラと見ては、
仲間同士でチラチラと視線を交わし、その度に、またニヤニヤと笑った。

「その白衣、貰ったんだろ?」

一人の男子が、神田君に声をかけた。
瞬間、理科室中が一気に沸いて、ドッと笑い出した。
神田君は少しだけ顔を上げて男子を見たけれど、何も言わなかった。
ほんの一瞬の出来事だった。

その日以来、神田君は実験をしなくなった。
放課後に理科室に行く事も無くなり、もう白衣を着る事も無かった。
同じ班だった私達は、自分達の手で実験をする羽目になった。
それまで楽をしていた分、それは非常に面倒だった。

それからの神田君は、実験の間中、教科書に視線を落としていた。
時折、大学ノートに何かを書いたりもしていた。
一度だけ、私から声をかけた。

「実験、しないの?」

神田君は小さな声で、何かを言った。
それは本当に小さな声で、誰にも聞こえなかったと思う。
だけれど唇の動きで、私には、神田君が何を言ったのか聞こえた気がした。

「どうせ俺なんて」

二酸化マンガンは灰黒色の粉末だった。
熱を与えると、分解して、それは酸素を生み出した。
水に溶ける事も無く、只、それは延々と、理科室の片隅に在った。
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[ 2007/08/19 17:15 ] 長編:神田駅 | TB(0) | CM(0)
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