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神田駅 第五話



何かが欲しかったけれど、何を欲しいのかが解らなかった。

飴玉を買えば十円玉を払わなければならないように、
私が何かを欲しがるならば、何かを払わなければいけないはずだけれど、
何を払えば良いのか解らなかったし、何を欲しいのかさえ、私は解らないままだった。


ガタンゴトンと電車に揺られた。

少し遠くを電信柱が通り過ぎる。

七本、八本、九本。

すぐに数えるのが面倒になった。


通り過ぎる電信柱を数える行為に、どれだけの意味があると言うのか。
其れ等は通り過ぎた認識だけを残して、記憶とも呼べぬような場所で、息を潜めて居る。

ねぇ、神田君、君は何が欲しかった?





突然、派手なブレーキ音が響いた。
電車に揺られたままの私達の体が、大きく傾いた。
停留駅でも何でも無い、線路の途中で、私達の電車は停止した。

幸い、それほど混雑していた訳では無いから大事には至らなかったけれど、
手すりに掴まって立っていた何人かの人達が、床の上に転んで、軽い怪我をしていた。

「……何?」

「……人身事故じゃないか?」

電車の中に、小さな会話が響いた。
確かに異常な事態だから、私も人身事故だと思った。
私は腕時計を見た。

その時、私は「人身事故かもしれない」という事よりも、
まず最初に「仕事の打ち合わせ時間に間に合うか」という事を考えていた。
そして、誰かの身を案じるよりも、真っ先に自分の仕事の心配をする自分に気が付いた。

それは恥ずべき事だろうか。
否、それは社会人として当然の事だと思う。
当然だと思いながら、何故か私は、小さな違和感を抱えていた。
居心地が悪かった。

目の前の席に目を移す。
中学生の男の子は小説から目を離し、車窓の外を気にしていた。
男の子は、何を心配しているのだろう。

電車が停止した原因か。
それとも自分の時間の使い道だろうか。
もしかしたら小説の続きを気にしているのかもしれない。

遠くから、数人の男達が大声で文句を言っている声が聞こえた。
「早く走らせろ」だとか「取引に遅れる」だとか「責任は取れるのか」だとか、
それは先程、私の頭の中をかすめた台詞達と、ほとんどまったく、類義語だった。

「乗客の皆様。
 大変ご迷惑をおかけしております」

車内アナウンス。

「只今、当車両は事故の為、緊急停車しております。
 申し訳ありませんが、今しばらく、そのままでお待ちくださいませ」

事故の為、緊急停車。
やはり人身事故なのだろうか。
それとも置石でも見付けたのだろうか。

どちらにせよ、電車はすぐに走らない。
暫くの間、このまま待たなければならない事に、私は苛々した。
幸い、かなり早めに出てきたから、まさか打ち合わせに遅れはしないと思うが、
念の為、先方には連絡を入れておくべきだろう。

私は携帯電話を取り出した。
先方の番号を呼び出して、通話ボタンを押す。
ところが、まるで繋がる気配が無い。

「まさか……」

思わず声に出してしまった。
恥ずかしくて顔を上げると、やはり何人かは同じ行動をしている。
携帯電話を耳に当て、数秒待って、首をかしげる。

信じられない。
今時、ここまで露骨に電波が届かない場所があるなんて。
今時、ここまで電波が届かない場所で、よりによって緊急停車するなんて。

もしかしたら打ち合わせに遅れるかもしれない。
急に不安になった。

電車の外でも、もっと深刻な、もっと重要な、
もしかしたら人命に関わる事故が起きているのかもしれないけれど、
私にとっては、そちらの事実の方が、よほど深刻で、よほど重要な問題だった。

此処から動けない。

どうすれば良いのだろう。
電車を降りて、タクシーを拾えば間に合うかもしれない。
電車を降ろしてくれないだろうか。
せめて携帯電話で連絡が取れたら良いのに、それも叶わない。

私は軽く混乱していた。
此処から動けなくなった事に混乱していた。
意味も無く左右を見渡すと、誰も私の事なんか気にも留めず、
自分達の事だけで必死のようだった。

正面を見る。

男の子が座っていた。
男の子は何も言わず、じっと私を見ていた。

神田君を思い出した。
神田君と私が話した日を、鮮明に思い出した。

そうだった。
あの日、私は混乱していた。
あの日、神田君は、私を見て、何と言ったんだっけ。

「大丈夫?」

そう、その台詞だった。
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[ 2007/08/20 23:53 ] 長編:神田駅 | TB(0) | CM(0)
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