VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  スポンサー広告 >  長編:神田駅 >  神田駅 第七話

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

神田駅 第七話



もしかしたら。

もしかしたら同級生の女の子達は、親からお小遣いを貰って、
素敵な洋服や、鞄や、宝石だって持っているかもしれなかったけれど、
私は花柄のワンピースが欲しくて、欲しくて、だけれど手に入れる自信がなくて、
だって高いから、普通の高校生の女の子が手に入れたいと願うには高いから、自信がなくて、
それでも私は欲しくて、欲しくて、欲しかったんだよ。

ねぇ、神田君。
こんな気持ち、皆は何て呼んでいるんだろう。
その時と同じ気持ちを、今の私は、あまり感じる事が出来ないのだけれど。





「売り切れたら嫌だなぁ……」

「売り切れたら?」

「売り切れたら嫌だなぁ……」

本当は、ほんの少しだけ、売り切れる事を望んでいたのかもしれない。
そうすれば諦める事が出来るはずだと思った。
私なんかよりも、もっと相応しい人が、それを手に入れるなら。

私には、お店の人に取り置きしておいてもらう勇気なんて無くて、
ただ「欲しいな」と思っている事に、満足している部分もあったんだと思う。
あのワンピースさえ手に入ったら、きっともっと楽しいのに、と想像して、満足していた。

「バイト、頑張らなきゃね」

神田君は、相変わらず少しだけ笑いながら、そう言った。

「うん」

終電間近の駅は、電車の本数が少なくて、歩いてる人も少なくて、
すごく静かで、私の知ってる駅じゃない気がした。
普段は改札を抜けて、すぐに外に出てしまうから、気付かなかった。

「静かだね」

「うん、静かだ」

「静かだね」

時間が止まってしまうような気がする瞬間があるならば、
きっと今みたいな瞬間を言うのだろうな、と思った。

もっとも私達の時間は止まってしまった訳ではなくて、
私達は、あの頃のような中学生ではなくて、もう高校生だったし、
きっとこのまま、ゆっくりと大人になっていくのだろうな、という予感もあった。


「神田君は、何が欲しいの?」


あ、間違えた、と思った。
どうしてバイトしてるのか、という質問では無くて、
何が欲しいのか、という質問をしてしまった事に、私は一人で可笑しくなった。

「あ、ごめん、どうしてバイトしてんの?」

言い直した私を見て、神田君は笑った。
笑いながら床に置いた鞄を膝の上に置くと、何かを取り出した。
何冊も出てくる、薄いページのカタログ。

「カメラが欲しくてね」

神田君は言った。
それはカメラのカタログだった。
山のようなカタログ。

ライカ。

ライカ。

ライカ。

「カメラ?」

「ライカっていうカメラ」

「ライカ?」

私が「へぇ……」と息を漏らすと、やっぱり神田君は笑った。
カタログの一冊を広げて、私はそれを眺めた。
綺麗な写真が飾られている。

もしかしたら。

もしかしたら中学時代、休み時間になる度に、神田君が眺めていたのは、
小説ではなくて、カメラのカタログだったのではないか。
写真を眺めていたのではないか。

「……どうして、ライカ?」

頭の中にある言葉とは、別の言葉が、口から出た。
本当は、今思い出した中学時代の話をしようと思ったのだけれど、
もしかしたら、それはどうでも良い事で、もっと大切な会話があるのかもしれなかった。

「見てみたいんだよ、全てを。
 見たら残したくなるんだ、きっと皆は、忘れてしまうけどね」

神田君は少しだけ照れ臭そうに、だけれど真剣な表情で、そう言った。
神田君が真剣な表情で言ったので、思わず私も、照れもせずに、こう言ってしまった。

「じゃあ、何時か私を撮ってよ」

ところが神田君は、途端に下を向いた。
それは中学時代に何度か見た、あの神田君の表情だった。

「いや、どうせ俺なんて」

それはすごく悲しくて、すごく寂しくて、
まるで世界中に、自分を理解する人はいないと言われたような、
あまりにも卑屈で、残酷な台詞だった。

「どうして、そんな……」

どうしてそんな悲しい事を言うのかと、
神田君を叱りそうになって、 そこで私は、思わず言うのを止めた。
その瞬間に、私は気付いてしまった。

神田君の大切だったモノを沢山奪ってしまったのは、きっと私達だった。
バスケットボールの努力や、理科の実験を、影で笑ったのは、ずっと私達の方だった。
その度に神田君は「どうせ俺なんて」と言って、自分を納得させて、好きになったモノを捨てた。

捨てさせたのは、私達の方だ。
私達は無邪気に、神田君の大切なモノを奪ってきた。
そんな中で、神田君は、カメラを欲しがる気持ちだけは奪わせなかった。

欲しくて、欲しくて、どうしても欲しくて、欲しいモノを、
誰にも邪魔させずに、一人きりの世界で、ずっと守り続けてきたのではないか。
それを、そっと、今、私に見せてくれたのではないか。

ごめんなさい。
思わず、そう言いそうになった瞬間、神田君は小さく笑った。
それは、とても穏やかで、とても緩やかで、今にも駅の静寂の中に溶けてしまいそうで、
それでいて、優しい笑顔だった。


「わかった、撮らせてよ、何時か」


改札の向こう側から、電車が到着する音が聞こえていた。
関連記事
[ 2007/08/22 16:23 ] 長編:神田駅 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

目次
★説明


★長編小説














★短編






★お笑い








Blog Search
QR CORD
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。