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神田駅 第十話



電車は何をキッカケに動き始めると思う?

止まったままの時間の片隅から、動き始めるのを待っているのよ。
もうこの先、何処にも動けないかもしれないという不安を煽るのは、
記憶で、
再び動き始めるキッカケを与えてくれるのも心の奥底に残された、
記憶だ。

それは時に、一枚の写真のように、形となって私の前に現れる。
季節の香りを、その日に聴こえた音を、引き連れながら現れる。
私は写真を眺めながら、考える。

嗚呼、記憶に勝る記憶が欲しい。
過去以上の現在が、記憶以上の現在が欲しい。
残されたままの記憶以上の、素敵な現在に辿り着きたい。

辿り着きたいのならば、動き始めなければ。





随分と長い時間、目を瞑っていた気がする。
それは実際には数分間かもしれないし、数秒間だったかもしれない。
とにかく私は浅い、浅すぎるほどの透明な記憶の中で、あの日の神田君を思い出していた。

思い出した理由は、大体見当が付いている。
そもそも電車に乗る前から、思い出すような予感はあった。
私が向かっている駅の名前が、神田君と同じ名前だったからだろう。

今となっては、只、辿り着かない事が苛立たしい。
電車が動かない理由は解らないけれど、早く動いて欲しいと願った。
思い出したように腕時計を見ると、約束の時間は次第に近付いてきてはいるが、
自分が予想していた以上に、まだ若干の余裕があった。
浅い眠りは、本当に浅すぎるほどの眠りで、きっと数分程度のモノだった。

その数分程度の間に、私は神田君に関する細やかな記憶を掘り返してしまった。
神田君の記憶に付随した、呆れるほど愚かな自分も一緒に。

自信と勇気が無かったばかりに、
本当に欲しかったモノを手に入れられなかった自分に。
手に入れられなかった事を忘れるように、逃げるように過ごしてきた事に。

何から逃げるように?
神田君との記憶から逃げるように。
神田君はライカを手に入れる事が出来たのだろうか。
秋の公園でワンピースを着た私を撮る事を待ってはいなかっただろうか。

あんな稚拙な約束、神田君だって忘れていたかもしれない。
そもそも神田君だって、秋までにライカを手に入れる事が出来なかったかもしれない。
私達の約束には、何の保証も、何の責任も無くて、ほとんど夢物語に近い、稚拙な約束だった。

花柄のワンピースを着て、公園でライカ。

嗚呼、叶えたかったな。
稚拙すぎる約束ではあるけれど、叶えたかった。
どうして叶えたくて仕方の無かったモノほど、遠く離れてしまうんだろう?
欲しくて、欲しくて、どうしても欲しかったモノほど、手に入れるのが難しくなってしまうんだろう?

静かに、目を開ける。

雑音は雑音のまま。
温度は温度のまま。
視界の彩度だけが、緩やかに上昇していく。

ザワ、ザワ、ザワ。

天井に吊られた広告が、冷房の風に揺れている。
車窓の外は、数分前と同じ景色。
雲の位置だけが違う。

何も変わらない。
私の手に届かない些細な部分は変化しても、
私の周囲の世界の、ほとんど全ては、数分前と何も変わらない。

嗚呼、どうして花柄のワンピースを手に入れる事が出来なかったのかな。
正面の席の男の子は、小説を読んでいる。
否、あれは小説か?

フと違和感を感じた。
冊子の厚さ、長さ、形状を考えると、
文庫版の小説のように思えるが、ページをめくる音が違う。

それは文庫特有の「ハラリ、ハラリ」という軽い音では無くて、
カラー写真が印刷されたページのような「パタリ、パタリ」という重い音だった。
雑音だらけの電車の中で、何故だかその小さな音だけは、私の耳に鮮明に聴こえた。

私の視線に気付いたのか、男の子は顔を上げた。
男の子は、数分前に目が合った時と同じように、ほとんど無表情に近かった。
それから(よほど聞き間違いかと思うほど)一直線に私を見ながら、確かな声で、こう言った。


「電車は何をキッカケに動き始めると思う?」


「……え?」


ガタン。


電車が突然、小さく揺れた。
小さく揺れただけで動きはしなかったけれど、私達は次の揺れに備えた。
入れ替わるように、疲れ気味の車内アナウンスが響いた。

「大変お待たせいたしました。
 当車両は事故の為、緊急停車しておりましたが、
 現在、復旧を済ませましたので、一分後に運行を再開致します」

事故、何の事故だったのだろう。
否、その前に、男の子が言った言葉は何だったのだろう。
私に向かって言った気もするけれど、もしかしたら全然違うかもしれない。
私の目を見て言った事は事実だけれど、私の為に言った言葉ではないかもしれない。
たまたま目が合っただけかもしれない。

それにしても、わざわざ声に出して、言葉を呟く理由は?
男の子に確認したかったけれど、床の上に座っていた人達が立ち始めて、
私の前の吊革に掴まったりしたので、私と男の子の間は、簡単に隔たれてしまった。
もちろん立っている人達の隙間から、向かい側の車窓も見えるし、男の子も見えるけれど、
わざわざ身を乗り出して声をかけられるほどの距離では無かった。
一分。


ガタン。

ガタン。

ガタン。


電車が動き始めた。
緩やかに車輪が回転しているのだろう、と思った。
それは驚くほど緩やかに、しかし次第に速く回転し、私を運ぶだろう、と思った。
私を含めた、私達を運ぶだろう。

小さく息を吐く。
背中に体重を預け、視線を斜め上に。
正面に座る男の子の頭の上に、小さな雲が見えた。

ねぇ、神田君。
あの後、君はライカを手に入れる事は出来た?
欲しくて、欲しくて、どうしようもなく欲しかったモノを、手に入れる事は出来た?

ねぇ、神田君。
私は花柄のワンピースを手に入れる事が出来なかったんだ。
秋の公園で、君に写真を撮って欲しいと約束した私なのに、駄目だったんだ。

ねぇ、神田君。
ごめんね。


ガタンゴトンと電車に揺られた。

少し遠くを電信柱が通り過ぎる。

一本、二本、三本。

すぐに数えるのが面倒になった。


数えるのが面倒にはなるけれど、

何一つ忘れる気なんてないのよ。

なのに大切な事を、毎日、毎日、

気付かない間にきっと忘れてる。


ねぇ、神田君。
ライカがあれば、何ひとつ忘れずにいられるのかな?
忘れずにいられるのだとしたら、この記憶は君のライカのせいだね。
だけれど私は、忘れてしまった過去を、忘れられない現在で、捨てられもせずに、
動けるだとか、動けないだとか、不安だとか、空虚だとか、臆病だとか、残酷だとか言って、
君のライカのせいになんて、したくないのよ。

嗚呼、電車が動いている。
嗚呼、電車が車輪を回転させている。
目的地に到着した時、私はどんな気分になるだろう。

腕時計を見た。
約束の時間は迫っている。
天井から相変わらず、愛想のない声。
何故だか小さく、笑った。


「次は神田~、神田~、神田駅~、降り口は左側~」


思い出したのは、車内アナウンスのせいね。


さ、神田で降りましょうか。
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[ 2007/08/25 16:50 ] 長編:神田駅 | TB(0) | CM(1)
今、未読の話を全部読破しました。
続き、ほんと楽しみにしてます!
[ 2007/08/25 21:34 ] [ 編集 ]
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