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鉛色のサンデー 第二話

鉛の朝が、遠くで呼び声を上げて居る。

高広は一晩中、鉄砲を眺めて居た。
部屋に着き、リュックを肩から下ろし、取り出したソレを机の上にそっと置くと、
そこから高広は動けなくなった。

随分としばらくの間、高広はソレを眺めては居たが、
それは単に眺める為に眺めるだけの行為であり、例えば空だとか、海だとか、
それから美術館の絵画だとかを眺めるのとは、まるで違った。

高広の部屋の机の上に、鉄砲は存在して居る。
実に重苦しく存在するソレは、高広を静かに眺めて居る。
肉食動物が獲物を捕らえる為に、身を屈めて様子を窺って居る。
経験した事は無いが、恐らくそのような状態に近かった。
だから高広も、ソレから目が離せなくなったのだ。

東の空が青白む頃に、高広は動いた。
高広はパソコンの電源を立ち上げると、インターネットを開いた。
それから思い付く限りの単語を打ち込み、鉄砲に関する情報を検索した。






第二話 『喫茶店』




コルトM1917―。

それが高広が拾った鉄砲に付けられた、名前だった。
コルトM1917は回転式拳銃だった。
六発の弾丸を装填出来る。

調べれば調べるほど、高広の疑問は深まった。
コルトM1917は、おおよそ東京湾で拾うような鉄砲ではない。

何処で覚えた知識か知らないが、もしも東京湾で鉄砲を拾うような機会が在るとしても、
それは中国製のトカレフのような、自動式拳銃の可能性が高いような気がする。
そもそも高広が「暴発するかもしれない」と思ったのも、以前に新聞か何かで読んだ、
暴力団絡みでトカレフを使った事件の記事のイメージだった。

ところがコルトM1917は、そのようなルートで拾うには不自然な鉄砲のような気がする。
ソレは古い鉄砲では在ったが、よく手入れされており、どちらかというと最近まで、
何処かのコレクターが保有して居たような気がした。

テーブルの上に、三発の弾丸が、転がった。
親指と人差し指で摘まみ上げると、やはりソレを延々と眺めた。
高広は目を閉じ、そして静かに想像した。
空気の中を、渦を巻きながら、一直線に進んで往く。
撃ち放たれた弾丸が、回転して、障害や肉体を貫通して往く。
障害や肉体を貫通した弾丸は、宛も無く飛び続け、やがて海に落ちる。

ところがそれは酷く漠然として居て、少しも現実的では無かった。
思い浮かべるべき障害や肉体など、特に存在しなかったのだ。

高広は平凡だった。酷く平凡だった。
敵を作る事も無ければ、必要以上に味方を作る事も無かった。
障害を乗り越えてまで、難解な何かに挑戦するような事も無かった。
全ての偶然は、ほとんどの場合は必然で在るから、全てを受け入れた。

だから鉄砲が此処に存在する事も、特別な事では無かった。
鉄砲を手に入れたからといって、高広が劇的に変化する事など無い。
それはたまたま高広の手に渡っただけであり、それは単なる必然だった。
だからといって、高広が劇的に変化しなければいけない訳ではないのだ。

変わる必要などない。

変わる必要などない。

そう考えると、高広は安心して、ようやく眠りに就いた。


翌日、大学は何時も通りだった。
深夜のテレビ番組を、退屈そうに評価して居る。
笑える。笑えない。
高広は欠伸をして、窓を眺めた。

鉄砲は机の一番上の引き出しに入れて、鍵をかけた。
鉄砲を机から出して使うような事は、きっと今後も無いだろう。
鉄砲を所有して居るだけではあるが、何となく楽しい気分には浸れた。

鉄砲の事は、誰にも秘密で居ようと決めた。
誰も知らないが、高広だけがソレの存在を知って居る。
もしも誰かに何かで負けそうな時にも、高広には鉄砲が在る。
最後には勝てるのだと考えると、心に余裕を持てるような気がした。

食堂でカレーライスを食べて居ると、ボラ男が近付いて来た。
ボランティア男。
昨日から、高広は彼を略してボラ男と呼ぶ事にした。
もちろん、心の中だけで。

ボラ男は右手に大量のチラシを抱えて、高広の隣に座った。
大量のチラシをテーブルの上に置くと、
水色のワークシャツの胸ポケットからボールペンを取り出し、
一枚のチラシを手に取ると、その上に文字を書き始めた。
ボラ男の書く文字は、習字のお手本のようだ。

「昨日はお疲れ様。どうもありがとう」

そう言うとボラ男は、高広にチラシを差し出した。
カレーライスを食べながら、余った左手でチラシを受け取る。
チラシにはボランティア団体の今後のスケジュールと、
活動の理念、代表の一言などが書かれており、
空いたスペースにはボラ男の精密な文字が書き加えられて居た。
先程、書いた文字だ。

それは数式だった。
高校の数学の教科書に出てくるような、数字の羅列が何行かに渡って書かれており、
所々に「空缶」だとか「都民」だとか「リサイクル」といった単語が書かれて居る。

「昨日拾った空缶で、何人が救われるかの具体的な計算だよ」

高広が何かを言う前に、ボラ男が言った。
ボラ男は笑いながら、空缶がリサイクル業者に運ばれる過程を説明した。
アルミ缶とスチール缶では処理の仕方が違う事や、
中でもスチール缶は磁石を使って選り分ける事が可能だという事や、
ペットボトルは再生繊維として、衣服などにも再利用が出来る事などを説明した。

「次の日曜日、どうかな?」

高広が福神漬けを口に運ぼうとした時に、ボラ男が質問した。
日曜日は文乃と会う約束をして居る。
正確には、ボラ男の誘いを断る口実として、文乃と会う約束をした。

「ごめん、日曜日は無理なんだ」

ボラ男は露骨に残念そうな表情をした。
それから先程のチラシに、ボールペンで何かを書き加えた。

VOLO

赤色のボールペンで書かれたのは、四文字のアルファベットだった。
それからボラ男は「無理させるのはボランティアじゃないからね」と言った。
ボラ男は席を立ち、再び大量のチラシを抱え、歩き出そうとした。
高広は言った。

「誰が誰にどれだけ救われたとか、数式で表せるモンなの?」

ボラ男は「さぁ……」と言ったが、表情は見えなかった。



青い空が徐々に、オレンジ色に侵食されて往く。

オレンジ色は再び、青色に侵食されて、海に還る。

流れる血液は青色か?

まぁ、とにかく、海に還る。



不意に携帯電話が鳴った。

携帯メールの受信音だった。
エアロスミスの受信音は、文乃からだった。
相変わらずの顔文字だらけの文面は、日曜日の都合を訊いて居た。

午後二時に待ち合わせをして、映画を観に行く事にした。
別に会うほどの理由ではないが、会わないほどの理由でもない。
そもそも「また会おうね」とは言われたが、改めて会う理由など無いのだ。
映画を観に行くくらいが、再会する妥当な理由だった。

日曜日。
高広と文乃は映画を観た。
たまたま話題になって居た、他愛も無い映画だ。

高広が観る映画は、何時も大抵そうだった。
たまたま話題になって居る、他愛もない映画だ。
別に好きな監督だとか、好きな役者が居る訳でもない。
何となく世間で話題になって居る映画を、何となく高広は観た。

アルマゲドンにしたって、そうだった。
別に興味も無かったが、暇潰しにレンタルビデオで観ただけだ。
周りの人間が観たと騒いで居たので、何となく観ておけば安心だった。
その内、カラオケで友人達が映画のテーマ曲を歌うようになったので、
行く度に何度も聴いて居ると、高広も何となく覚えてしまった。

ところが、これを文乃が喜んだ。
文乃は高広を「タイラー」と呼んで、気に入った。
高広はアルマゲドンにも、エアロスミスにも、別に興味は無かった。
たまたま何となく、言っただけだ。

「でさ、タイラーって何なの?」

喫茶店でコーラを飲みながら、高広は質問した。
文乃は少し驚いた表情をして、高広の質問に答えた。

「タイラー知らないの?エアロスミスのボーカルだよ」

「え、そんだけ?」

「そうだよ。だから高広は、タイラーみたいな歌声してるんだ」

「へぇ」

文乃は先日のような胸部に不愉快な英文が書かれたTシャツではなくて、
その日はそれなりに可愛げのあるワンピースを着て居た。
化粧も先日より、ずっと控えめだった。

「何かこの前と、ちょっと雰囲気、違うね」

「何?私?」

「うん」

「今日はタイラーとデートだからね」

文乃が「デート」と言ったので、思わず高広は笑った。
おおよそデートと呼ばれるような純情そうなイベントとは、
自分も文乃も縁遠いような気がしたからだ。
高広はデートをほとんどした事がなかったし、
文乃はデートをやり尽くしてきたような気がしたからだ。

「え、これデートなの?」

「デートだよ。
 健全な男女が日曜日に待ち合わせして、話題の映画を観て、その上、
 喫茶店で話してるのがデートじゃなかったら、それ新手の宗教勧誘よ」

「なるほど」

喫茶店の大きな窓の向こうには、交差点が見える。
信号機が点滅して、人々は足早に歩く。
右折車が、クラクションを鳴らす。

同じ年頃の男女が、手を繋いで、目の前を通り過ぎて往く。
少し通り過ぎた所で立ち止まり、何かを話すと、また引き返して来る。
喫茶店の扉が開く。

同じ年頃の男女が、店内に入って来た。

「なるほど」

「何が?」

「いや別に」

文乃はメニュー表を取り出すと、何かを探し始めた。
店内には緩やかなジャズ音楽が流れて居る。
たまに文乃が「良い曲」と言ったりする。
誰の曲なのかは、まるで解らない。

「パフェ、頼んでも良いかなぁ?」

「良いよ、別に僕が奢る訳じゃないから」

「え、ここ、タイラーの奢りじゃないの?」

「え、何で奢りだと思ったの」

日曜日は、実に日曜日らしく進んで居た。
高広がこのように女性と日曜日を過ごすのは、ほとんど始めてだったが、
恐らく日曜日とは古来からこのように過ごすべき日だったような気がした。
文乃は美人でも不細工でも無かったが、実に話しやすかった。

「生クリームサンデーにしよう」

文乃が言った。

「それ、アイスの味が選べるって書いてるよ」

「あ、ホントだ」

「サンデーとパフェって同じなの?」

「同じなの?」

「いや、僕が質問してるんだ」

「あの、すいませ~ん」

文乃は手を挙げて、ウェイトレスを呼んだ。
それから宣言通り、生クリームサンデーを注文した。
ウェイトレスが「アイスの味が選べますよ」と言ってメニュー表を指差すと、
そこでまた、文乃は迷った。

「じゃあ……黒ゴマ!黒ゴマにする!」

文乃は元気良く、高らかに希望を宣言した。
ウェイトレスは「黒ゴマで宜しいですか?」と再確認した。
文乃は宣言した事に満足したように、深く頷いた。

「生クリームと黒ゴマって美味しいの?」

「知らない」

「生黒ゴマクリームサンデーって美味しいの?」

「何で言い直したの、今」

「生黒ゴマクリームサンデーって不味そうだよね」

「生黒ゴマって言うの止めて」

遠くの席から、先程の男女の、楽しそうな声が聞こえた。

不意に。
何故か、ボラ男を思い出した。
恐らく今頃、何処かで空缶を拾ってる、ボラ男を思い出した。

空缶を一個ずつ、ゴミ袋に入れて往く。

何の為に?
数式で計算される、救われる人達の為に?
よく解らない。

とにかく空缶を一個ずつ、ゴミ袋に入れて往く。


カラン。


カラン。


カラン。


ストローでグラスを掻き混ぜると、氷が良い音で鳴った。


「お待たせしました」


ウェイトレスが生黒ゴマクリームサンデーを運んで来た。

文乃は嬉しそうに、銀色のスプーンを手に取った。

ソレは生クリームで綺麗に飾られて居た。


文乃がスプーンを入れると、中から黒ゴマが見えた。

文乃が食べ進める内に、ソレは次第に溶けて混ざり合い

絶妙な、黒と白のグラデーションを生んだ。


絶妙な、鉛色のサンデーだった。
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