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鉛色のサンデー 第五話

携帯電話が鳴った。

ゴールデンウィークの最初の朝。
高広は午後からのボランティア活動に参加しようと、
携帯の目覚まし機能をセットしては居たが、それが鳴り出すにはまだ早かった。
カーテンの隙間からは、朝日が漏れて居る。

眠りから引きずり出されたままの頭。
高広は着信の主をよく確認もせずに、通話ボタンを押した。
受話器の向こうからは、大音量の雑音が聞こえる。
雑音の中で誰かが何かを話しかけては居るが、よく聞き取れない。


「……タイラー?」


文乃だ。
一瞬だけ止んだ雑音の隙間に聞こえたのは、文乃の声だった。

しまった、と思った。
文乃からのメールの受信音はエアロスミスに設定して居たが、
着信音はそのままだった。
文乃が直接、携帯を鳴らす事は少なかったからだ。

「タイラー、ごめんね」

何に対してかは解らないが、文乃は謝った。

「……何が?」

久し振りに話す第一声が「何が?」という疑問符になるとは、
あまりにも気が利いて居なかった。
だけれど他に言葉が出てこない。
上手い言葉が何ひとつ出てこないのだ。

「……良かった」

受話器の向こうで、文乃が小さく呟いた。
声が少し震えて居る。泣いて居るのかもしれなかった。

「もう、声、聴けないのかと思ったから」

再び、雑音。
雑音というよりは、騒音に近かった。
それも何処かで聞き覚えのある騒音だった。

「今、何処に居るの?」

高広が言った。

「駅」

文乃が言った。

「もしかして、僕の家の近くの?」

「うん」

瞬間的に。
それは迷惑だとか、厄介だとか、疑問符だとかを吹き飛ばした。
文乃の行動の理由は解らない。
よく解らないし、文乃にかける上手い言葉も出てこないけれど、
少なくとも今、高広が取るべき行動は、ひとつしか無いように感じられた。

「解った。 そこに居て。 今、迎えに行くから」

脱ぎ捨てたジーパンを履き、長袖のTシャツを着ると、高広は家を出た。
扉を開けた瞬間、春の穏やかな空気が、鼻腔を突いた。
現実とは、酷く不釣り合いな香りだった。






第五話 『踏切の内と外』




家から駅まで、走って五分ほどの距離だった。
途中の踏み切りで、高広はスニーカーの紐を結び直した。
目の前を貨物列車が、ゆったりと通り過ぎて往く。

文乃。
理由はよく解らないが、文乃が此処に来るのは、よほどの事だ。
最後に会ったのは、文乃の誕生日の二日前。
高広が初めて女性を抱いた日。

貨物列車がゆったりと通り過ぎ、遮断機がゆっくりと上昇する。

緩やかな坂を走った。

これは、どんな感覚だったっけ。

心臓が血液を、強く、全身に圧し出して居る。

全速力で校庭を走り抜けるイメージ。
歓声と悲鳴の中央を、突き抜けるイメージ。
目標を定め、足を高く上げ、手を強く振り、前へ。

もっと前へ。
もっと前へ。
更に一歩、前へ。



駅の改札機の前の、薄汚れたベンチに、文乃は座って居た。



高広は立ち止まり、それからゆっくりと、文乃に近付いた。
文乃は高広に気付くと、立ち上がる訳でもなく、高広を眺めた。
笑いもせず、泣きもせず、只、高広を眺めた。

「久し振り」

何とも気の利かない台詞を、高広は口にした。
他に何と言って良いのかも解らない。

「うん、久し振り」

高広は、文乃の隣に座った。
煙草を取り出そうと、ジーパンのポケットに手を入れた。
そこで気付いた。

「あ、煙草忘れた」

何となく可笑しい気分になって、笑った。

「慌てすぎだよ」

文乃も何となく、笑った。

「煙草買ってくるわ」

目の前に売店があった。
高広は立ち上がり、少し歩いて、また気付いた。
財布も忘れた。
ベンチに座り直すと、何だか気が抜けて、また笑った。

「はい」

文乃が手を差し出した。
ラッキーストライク。
文乃の手の中には、高広の好きな煙草が在った。

「どうして?」

「さっき買っておいたの」

「どうして?」

「きっと慌てて来るだろうなって思ったから」

電車の出発音が聞こえた。
平坦なアナウンスが流れて、改札機には人が集まった。
家族連れだとか、恐らくは恋人同士であろう男女が、券売機の前で何かを話して居る。
世間はゴールデンウィークの初日だ。

「ありがとう」

煙草を受け取ると、高広は礼を言った。

「ううん、ありがとう」

何故だか、文乃も礼を言った。

高広は煙草の封を開け、一本を取り出して口に咥えた。
やはりそこで気付いた。

「あ、火も無いわ」



カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。



「どうして急に、来ようと思ったの?」

踏み切りの前で、文乃に訊いた。

「会いたかったの」

「え、そんだけ?」

「うん」

快速列車が、足早に通り過ぎて往く。
向こう側では自転車を降りた主婦が、遮断機が上がるのを待って居る。
その影が、映写機で上映される大昔の動画のように、列車の連結機の、隙間から見えた。

「コンビニ寄って行こう。 まだ何も食ってないんだ」

コンビニの朝の店員は、深夜の店員に比べると、若干元気が良い。
時間帯の差なのか、労働意欲の差なのか、それとも朝の雰囲気がそうさせるのか、
よく解らないけれど、とにかく若干元気が良い。

玉子のサンドウィッチ。
大きなペットボトルのウーロン茶。
それからスナック菓子を何袋かと、チョコレート。

「アイス食べたいな」

「溶けちゃうよ」

「いいの」

文乃はアイスを探し始め、高広はレジに並んだ。
コンビニを出ると、来た時よりも日が高くなった気がした。
文乃も先程までに比べると、少しだけ楽しげになった気がした。

「何買ったの?」

「内緒!」

高広は笑った。
別にアイスの種類を隠す必要も無いだろうにと思った。
秘密を守らなければアイスが消えてしまう訳でも無いだろうにと思った。

「どうせガリガリ君でしょ?」

「違うよ!」

「もしかしてレディーボーデン?」

「レディーボーデンには、独特の懐かしさがあるよね」

「バリバリの現役だけどね」

細い路地を曲がると、高広の家が見えた。
二階建ての、至極一般的な、古い住宅だった。
二階の奥が、高広の部屋だった。

文乃は高広の部屋に居た。
それは高広にとって、少しだけ奇妙な感覚だった。
せっかく異性を部屋に招待するなら、
少しくらい綺麗にしておけば良かったが、もう遅かった。
部屋は何時も通りの状態だった。

「ちょっと待って。 少し片付けるから」

部屋の扉の前で文乃を待たせると、高広は簡単に雑誌を片付けた。
灰皿は吸殻で埋まり、空缶が無駄に高く積み重なって居る。
救いなのはエロ本が散乱して居ない事くらいだった。
換気しようと窓を開けると、煙草の灰が舞った。

「ああ、もう、良いや。 入って良いよ」

部屋に入る時、文乃は笑って居た。
何だか全てを見透かされて居るようで恥ずかしくなった。
高広は音楽を流した。

エアロスミス。

文乃が貸したCDだった。

「アイス、溶けちゃうよ」

高広が言うと、文乃は小さく「あ、そうだ」と言った。
コンビニの袋からアイスを取り出すと、やはり少し溶けかかって居た。
文乃は「見て見て!」と楽しそうに言った。

「バニラと黒ゴマの二色ソフトクリーム!」

「好きだね、黒ゴマ」

「ヤバイ!もうかなり溶けてる!」

「急いで食べなきゃ」

「あ、垂れてる!垂れてる!」

「急げよ!」

慌てて敷いたティッシュの上に、溶けたアイスクリームの雫が落ちた。
それはジワリと染み込むと、黒と白を混ぜながら、薄く広がった。
再び何滴かの雫が落ちると、やはり同じように染み渡った。

「無理だ、間に合わない!」

文乃が言った。
慌てて居る割には、楽しそうな声だった。
高広は何となく可笑しくて、文乃を何となく眺めた。

「タイラー、手伝ってよ!」

「え、僕が?何を?」

「舐めて!」

思わず「無茶言うな!」と言いかけて、思い出してしまった。
文乃の真白な太股を、柔らかく噛んで、舐めた事を。
それから、耳元で吐き出された、イヤラシイ声を。

高広は文乃に近付くと、文乃の反対側から、ソフトクリームを舐めた。
黒と白が混ざり合って、もう何だかよく解らなかった。
文乃の顔が、高広のすぐ傍に在った。

ソフトクリームを舐める内に、唇が触れた。
文乃の唇は、甘いのだろうけれど、よく解らなかった。
ソフトクリームは口の中で、すぐに溶けた。
そのまま、文乃の中に、舌を入れた。


(その後で村上に抱かれる、私の気持ち、わかる?)


解らない。
各々の、理由だとか、視点だとか、基準だとかが何時も存在して、
それは常に渦を描いて居るように思える。
黒と白のマーブル模様が、延々と回転しながら、問いかける。
答なんて知りたくは無いんだ。
興味なんて無いし、変化なんてしたくも無い。

文乃の唇は柔らかく、舌は冷たかった。
文乃は唇をはずすと、高広の顎を舐め、首を舐め、耳を噛んだ。
ソフトクリームが床に落ちたが、気にならなかった。

高広は文乃の乳房に手を伸ばし、それを柔らかく揉んだ。
衣服を脱がせようとした時に、文乃は唇を離した。

「ごめん、今日、生理なんだ」

高広は何も言わなかった。
文乃は申し訳なさそうな表情をしたが、すぐに小さく笑った。
林檎を手にして悪戯を思い付いた、魔女みたいだった。

文乃は高広のシーパンのジッパーを下ろすと、それを脱がせようとした。
文乃が何をしようとしてるのかは、高広にも何となく解った。

「ちょっと待った。 僕、寝起きでシャワーも浴びてないよ」

「良いよ、関係ない」

そう言うと、文乃は高広の性器に触れ、それを舐めた。

唇がほんの少しだけ、冷たかった。




太陽が、ゆっくりと高くなる。

高くなる事など望んでは居ないのに、高くなる。


手を伸ばして太陽を掴んでみたいと思うけれど

太陽は音も立てずに少しずつ離れて往くばかりだし

そもそも初めから、太陽に手が届く事なんて、在り得ない。


落ちて来るのを、待てば良いのか。

退屈な暇潰しでもしながら。

東から昇り、西に沈むまで。

退屈な暇潰しでもしながら。


一直線に、ぶっ放してしまいたいんだ。


憂鬱を。

空虚を。

無力を。




「会いたかったんだよ」


床に寝転びながら、文乃が言った。


「どうして良いか解らなくて、始発に乗ったの」

「うん」

「タイラーが住んでる町だけは、知ってたからね」

「うん」

「でも、家までは知らなかったから、電話したの」

「うん」


そこまで言うと、文乃は泣いた。


「だから声が聴けた時は、ホっとしたの」

「うん」

「すごくね、安心した」


高広は文乃の頭を撫で、窓の外を見た。
太陽は間も無く、真上に昇ろうとして居た。
雲は無く、よく晴れた午後になりそうだった。


「私、タイラー、好きだよ」


部屋中をエアロスミスの、気だるい歌声が徘徊して居た。
何度目かのエンドレス・リピートの後で what it takes が流れた。
静かに流れるギターの中で、高広が言った。


「僕は楽園で燃え尽きたくなんて、無いんだよ」

「何それ?」

「what it takes の、最後の一節」

「へぇ」


そろそろボランティア活動が始まる時間だった。
今頃、ボラ男が、何処かで汗を流してるかもしれなかった。
床の上で溶けたソフトクリームは、もう完全な液体に変わって居た。


「村上とは、別れるから」


文乃が言った。

高広は文乃の頭を撫で

煙草に火を点けると

やはり窓の外を眺めた。
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