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鉛色のサンデー 第六話

薄暗い個室に、粘着質な音が響いて居た。

醜悪な湿度と、同様の倦怠感の中で、ふたつの影が動いて居る。
暗闇の中に存在すれば、それが影なのかも判別出来ない。
かろうじて伝わるのは、振動と熱と音だ。

化学的な音ではない。
恐らくは生物的な音だ。それも、酷く滑稽な。
嗚咽にも似た声。

「それ、何してるつもりだ、お前」

低く、静寂を這うような声が聞こえた。
それは恐らく、生物学的に、雄のソレだった。

「痛ぇんだよ、さっきから」

ふたつの影の、もう片方が動くのを止めた。
静寂の中でさえ掻き消されるような声で「すみません」と聞こえる。
それは恐らく、生物学的に、雌のソレだった。

おもむろに雄が動くと、雌は押さえ付けられるような格好になった。
暗闇の中で、粘着質な音と、醜悪な湿度が、更に増した。
倦怠感だけが、一定の間隔で漂って居る。

「声出せよ、しっかりよ」

攻撃的では無い。
しかし、侮蔑的な響きを内包して居る。
嗚咽は悲鳴に近くなった。

無駄に吐き出される精液。
ネオン。
プラット・ホーム。
三匹の蝿が飛ぶには、まだ少し早い。

「お前、商品になんねぇよ、それじゃ」

雄は立ち上がり、煙草に火を点けたが、すぐに消した。
何処からか、液体が流れる音がする。
薄く照明が点って居る。
シャワー音。

水道口から、身体を抜けて、排水溝まで。
それからまた、海まで。

扉の外から、若い男の声が聞こえた。

「村上さん、電話入ってます」

薄暗いシャワー室の奥から、低い声は答えた。

「あいよ」






第六話 『空港』



青い空の中心を、飛行機が、飛び去って往く。

「タイラー、今の見た!?」

ゴールデンウィークの最終日。
高広と文乃は、羽田空港の展望デッキに居た。
別に何処かに旅行に行った訳でも、旅行から帰った訳でも無い。

「見たよ、飛行機、めっちゃ飛んだね」

「ね!飛行機、めっちゃ飛んだねぇ!」

「今更ながら、よく飛ぶよね、あんなデカイのに」

文乃が突然、飛行機を見たいと言い出したのは、昨日の事だった。
高広の携帯に、顔文字だらけのメールが届いたのは、夕方だった。
いきなり「飛行機を見に行こう!」と言われても困る。

いきなりどうしても飛行機を見たくなる事なんて、年に一回も無い。
いきなりどうしても海を見たくなる気持ちなら、解らなくもない。
いきなりどうしても飛行機を見たくなった時は、どうすれば良いのか。

朝早くから、京浜急行電鉄に乗らなければいけないのだ。
女の子を海に連れて行くように、空港に連れて行くのが筋だろう。
一日中、ぼんやり空でも眺めて満足してくれるなら、それで良いだろうが。

「飛行機の羽ってさ、思ったより下に付いてるんだよね」

「あ、ほんとだ」

「あ、知らなかった?」

文乃は、少し得意そうに笑った。
期末試験の順位表で上位だった者が、
下位だった者に対して見せるような若干の優越感を含んだ笑い方で、
少し得意そうに笑った。
それから遠くに見える一機を、指差して言う。

「大きい飛行機はさ、羽が思ったより下に付いてるんだよ。
 何となくイメージだと、真ん中くらいに付いてそうなんだけど」

「そうだよね」

「だけどね、逆にセスナ機みたいな小さい飛行機は、
 羽が上に付いてる事の方が多いの」

「へぇ」

巨大な飛行機が旋回して、間も無く飛び立ちそうだった。
展望デッキには、家族連れだとか、
恐らくは恋人同士であろう男女が、同じく指差して何かを話して居る。
世間はゴールデンウィークの最終日だ。

「どっから覚えてくるの、そういう知識」

高広が訊くと、文乃は少し考えるような仕草を見せた。
本当は答を知って居るのに、ポーズとして構えて居るようだった。
クイズ番組でわざとボケなければいけない、お笑いタレントみたいだ。

「本かな」

「何だ、普通だね」

「本ばっかり読んでたの、子供の頃」

「何だ、意外だね」

「どういう意味?」

先程の飛行機が飛び去るのを見届けると、二人は展望デッキを離れた。
エスカレーターに乗ると、高広は上の段から、文乃の後姿を眺めた。
黒髪は綺麗に結われて居て、青いワンピースに良く似合って居た。
出逢った頃と少しだけ、雰囲気が変わったような気もする。

「お土産でも買って行こうよ」

文乃が振り返って言った。

「え、誰に?」

「自分達に」

「変なの」

土産物屋の数が、馬鹿みたく多かった。
東京に住んでる人間が、東京土産を買うのも馬鹿みたいだった。
東京土産と聞くと「東京ばなな?」と言う、地方人の馬鹿面みたいだった。

「東京ばなな、買ってく?」

「え、嘘?」

「東京ばななの二個目のナは、奈良の大仏のナだよ」

「何その変な知識」

文乃が「東京ばななの二個目のナは、奈良の大仏のナ」という、
勝手に作った変な歌を歌いながら、東京ばなな売り場に向かって歩き始めた。
立て札には確かに「東京ばな奈」と書かれてある。
高広も後を付いて歩いた。

「いや、別に止めないけどさ、もっと迷おうよ」

「あれ、東京ばなな、嫌い?」

「いや、好きだよ、食ったら好きだよ」

食べたら好きだけど、あれは土産として人に貰って食べるから良いのだ。
自分で買ってまでして食べるのでは、また少し気分が違うのだ。
熱弁しようとしたが、売り子が目の前に居るので止めた。

「あっちにも美味そうなの、色々あるよ」

熱弁する代わりに、代案を提出した。
高広が指差した方角には、沢山のケーキが並んで居る。

「うわ、スゴイね!スゴイね!」

文乃は、幼児が雑貨屋で玩具を発見した時か、
もしくは地質学者が新たな地層を発見した時かのように、
熱心にケーキを眺め始めた。
決断は意外と早かった。

「これにしよう!」

文乃が指差した先には「ガトーセサミ」と書かれて居る。

「本当に、ゴマ好きだね」

「美味しそうでしょ?しかも正式名称、見てコレ!」

ガトーセサミという大きな文字の下に、よく見ると何か書いてある。
小さな文字で「黒ゴマのシフォン生地と黒ゴマクリーム」と書かれて居た。

「黒ゴマかよ!」

「うん」

「黒ゴマって二回も言っちゃってるじゃん!」

「しかも正式名称、めっちゃ長いの」

文乃は「こんなに正式名称が長いケーキが、不味い訳がない」という、
意味不明の理論を展開すると、そのケーキを二個買った。
まさか一人で、二個食べる訳では無いだろう。
小さな箱に入った黒ゴマのケーキを受け取ると、
少し休憩しようと、二人はカフェ・レストランに入った。


「飛行機はさ、やっぱり良いね」


珈琲を掻き混ぜながら、文乃が言った。
高広はコーラを飲みながら、楽しそうな文乃を眺めた。
煙草が吸えないので、楽しむ為にそうする事が、今は一番の得策だった。

「私ね、飛行機に乗った事、まだ無いんだ」

「へぇ」

「でもね、本は沢山読んだから、ちょっと詳しいの」

「うん」

「お父さんがね、色んな本、沢山買って来たから」

「へぇ」

「そうだ、タイラーに良いモノあげる」

「何?」

文乃はカバンの中に手を入れると、何かを取り出した。
それは掌に乗るほど小さな、白い袋に入って居た。
高広は、シールを剥して、それを開けた。


「ピアスじゃん」


それはブルーチタンの、小さなピアスだった。
備え付けの黄色い照明に照らされて、青色に輝いて居た。

「誕生日に、何もプレゼントしなかったから」

高広はピアスを眺めながら、少し困った顔をした。

「だけど僕、一個もピアス空けてないし。
 それに僕だって、誕生日に何もプレゼントしてないよ」

文乃は楽しそうに笑った。

「うん、だからね、私があげたピアス、してよ。
 タイラーが、耳に穴を開けるのが、私への誕生日プレゼントなの」

高広はピアスを眺めながら、コーラを一口、飲んだ。
それは甘いけれど、ほんの少しだけ、喉に染みる甘さだった。








青い空の中心を、飛行機が、飛び去って往く。








飛行機が飛んで往く。

一直線に、雲を残しながら、飛んで往く。

貫くのは、何の為だ?

貫くのは、誰の為だ?

答なんて知りたくは無いんだ。

興味なんて無いし、変化なんてしたくも無い。


嗚呼、それでも。


文乃は、まだ村上とは別れて居なかった。

ゴールデンウィークは家に帰って来ないから、と文乃は言った。


文乃の部屋に着いて

黒ごまのシフォン生地と黒ごまクリームを食べながら

安全ピンで耳たぶを刺すと、ほんの少しだけ血が出た。

ブルーチタンが何も言わずに、只、輝いて居た。
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