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鉛色のサンデー 第十話

リュックの中身は、あの日と同じだった。

但し、幾らかの変化は在った。
菓子は既に腐って居たし、雑誌は古雑誌になって居た。
使いもしない大学ノートは、今では本当に使いもしない大学ノートだった。

高広はリュックを取り出すと、その中に鉄砲を入れた。
何時だったか荷造り用に買った、青色のテープを入れた。
それからガムテープを手に持ち、暫し考えて、それも入れた。

午後七時二七分。
高広はリュックを背負い、黄色いスタンド・ライトを消すと、部屋を出た。

確証が欲しかった。
自分の行動に対する、確証が欲しかった。

動機は在った。
文乃は言った。
高広に対して「助けて」と言った。
それは充分に、高広の行動の動機と成り得た。

確証だけが、今も曖昧だった。






第十話 『案内所』




高広は電車に揺られて居た。
確証を得る為に、向かうべき場所は、ひとつしか無かった。
点滅するネオン・サインは、羽を広げて飛んで居る蝶のようにも見える。

高広が降りたのは、風俗街だった。
村上の店が、この街の何処かに在るはずだった。
店名は、以前に文乃が、一度だけ口にした事があった。

「キャンディ・ナース」

高広は歩きながら、口の中で店名を小さく呟くと、少し馬鹿らしくなった。
普通の大学生が、人生に関わる確証を得る為に、リュックに鉄砲を忍ばせて向かう先が、
まさか「キャンディ・ナース」になるとは思わなかった。
詳しい場所が解らないので、風俗店の案内所に入った。

案内所の中には、高濃度の性欲を隠そうともせぬ厭らしさと、
そのくせ妙に冷静を装う男達の厭らしさが存在した。
仕事帰りのサラリーマンが、二人で指差しながら、何かを話して居る。
反対側では大学生くらいの若者達が、
一人は財布の中身を覗きながら、三人で何かを話して居る。
それから割引チケットを手に取って、一人で考え込む中年男性が立って居る。

高広は案内所に入ると、キャンディ・ナースの情報を探した。
立ち並んだ電光色の看板の中で、名も知らぬ無数の女達が、意味も無く微笑んで居る。
意味も無く誘惑的な姿勢を取り、意味も無く挑発的な視線を送る。
意味も無く乳房を曝け出し、意味も無く金銭が飛び交う。

意味の無い事に、意味を付けるのは容易い。
そもそも人間の存在に意味を付けて来たのは、人間の方だ。
金銭の為に。生活の為に、家族の為に、自分の為に。
生きて往く為に、とでも言いながら、意味を付けていけば良い。
乳房を曝け出す事に意味が在るなら、それ以上でも、それ以下でも無い。

「兄ちゃん、どんな店が良いの?」

高広の背後で声がした。
振り返るとハンチング帽を被った老人が立って居る。
老人と言い切るには、まだ少しだけ早すぎるかもしれない。

一般企業で言うならば、それなりの役職に就くべき年齢にも見えるし、
そろそろ定年間近と言ったところか。
だけれどその年齢にしては、若干頼りなくも見える。
右手に丸めた雑誌を持ち、粟色のポロシャツの胸ポケットには、
携帯電話とボールペンが見える。
老人は高広の隣に立つと「予算はどれくらい?」と言った。

「キャンディ・ナースに行きたいんですけど」

「兄ちゃん、ナース好きかぁ」

高広が言うと、老人は笑いながら、携帯電話を取り出した。

「今日は土曜の夜だから、何処も混んでるよ」

「そういうモンですか」

「今、店に電話して訊いてあげるよ」

老人は手馴れた手付きで携帯電話のボタンを押すと、
急に敬語になって、受話器の向こうの相手と話し始めた。
営業職の人間がクライアントに見積もりを発表する時のように「一名様です」と言うと、
横目で高広を見た。
何故か小声で「兄ちゃん、指名ある?」と言う。

高広が首を振ると、老人は笑って頷き、電話を切った。
電話を切ると、携帯を胸ポケットに入れ「すぐ入れるってよ」と笑った。

「僕、店の中に入るんですか?」

「そりゃ入るよ、それ以外、わざわざ店まで行って何するの」

「そりゃそうですね」

老人は高広の顔を見て少し黙り、それから再び口を開いた。

「金?」

「え?」

「予算足りなかった?」

「ああ、それは大丈夫ですよ」

60分15000円。
どの店の看板にも、大体そう書かれて居る。
この街では、大体それくらいが、性欲の相場なのだろう。

「兄ちゃんみたいなのも、風俗に行く時代なんだなぁ」

老人は笑いながら言うと、目の前の看板を眺めた。
今と昔の若者の性欲が、変化した訳でも無いだろうに。

「昔は風俗に行かなかったんですか?」

「昔は行きたくても、行けなかったんだよ」

「高くて?」

高広が言うと、老人は笑った。

「いや、無かったからさ」

「ソープランドとかは、あったでしょ?」

「それこそ若いモンには、高くて行けなかったよ」

60分15000円。
高いのか、安いのか、よく解らない。
それさえも、あくまでも商売として成り立つ金額に過ぎない。

「今は女を抱くのも安いモンだよなぁ」

「街に出れば普通の女子高生が、何万円単位で体売ってますよ」

高広が言うと、老人は楽しそうに笑った。
右手に持った雑誌で肩を叩きながら「良い時代だね」と言った。

「ストリップ・ショーだとか、ロマン・ポルノだとか、
 俺等の頃はね、そんなのばっかり、必死になって観てたよ」

老人は言った。
それならば、男性の本質は、今も昔も変わらない。
変わったのは、周囲の方だ。

文乃を思い出した。
全裸で倒れたままの、文乃を思い出した。
無駄に吐き出さたままの、床で渇いた白い精液を思い出した。

「兄ちゃん、行くなら早く行った方が良いよ」

老人が言った。
言いながら、割引チケットを指差した。
一枚を手に取ると、キャンディ・ナースの住所が書かれて居た。

「土曜の夜だから、混むよ」

気が付くと案内所の中には、高広と老人しか居なかった。
案内所の扉が開いて、新しい男が入って来た。
老人は、新しい男の方へと歩いた。

高広は案内所を出ると、割引チケットをジーパンのポケットに入れた。
暗闇の中で、ネオン・サインは点滅を続けて居る。
人ゴミと排気ガスに紛れて、夏の匂いがする。
煙草を取り出すと、高広は火を点けた。

午後九時三分。

日曜日になるには、まだ少し早かった。
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