確証を得る為に、高広がしなければならない事は、三点。

最初に、村上の店に行き、村上が誰なのかを確認する事。
高広は村上の顔さえ見た事が無かったからだ。
真っ先に村上に会うのは危険に感じる。

次に、村上と個人的に話せる時間帯を知らなければならない。
周囲に部下が居るのだとしたら、やはり危険に感じる。
村上が一人になる時間を知らなければならない。

最後に、高広が理解した文乃の言葉の意味を、
実際に、高広は村上に確認しなければならなかった。
要するに、文乃を襲わせたのは、本当に村上なのか。
本当に村上だとしたら、するべき事はひとつしか無かった。






第十一話 『飴玉と風俗』




風俗街の雑居ビルの三階に、キャンディ・ナースは在った。
下品なネオンを吊り下げた雑居ビルの中に、同じように存在して居た。
高広は吸い終えた煙草を足で強く踏み付けると、雑居ビルの中に入った。

雑居ビルの中は、心なしか薄暗いような気がする。
同じような目的の店が、それぞれの階に居を構えては、
淫靡な声を吐き出して居るに違いなかったのに、静かだった。

エレベーターのボタンを押すと、音も無く扉が開いた。
乗り込むと、三階のボタンを押す。
自分の指が震えて居るような気もするが、恐らくは気のせいだ。
やはり音も無く、扉が閉まる。

今から何が起ころうとして居るのか。
自分の事なのに、酷く漠然として居るのを、高広は感じた。

斜め上のランプが、一階から二階へ移動した事を、報告して居る。
二階から三階へ移動する時間が、妙に長く感じる。
三階のランプが点灯する。

「チン」という間抜けな音が鳴って、扉が開いた。

実に当たり前に、そこはキャンディ・ナースだった。
入口の前には料金システムが書いてあり、
本日出勤の女達の写真が飾られて居る。
フロントにはスーツ姿の男が立って居る。

「いらっしゃいませ」

もしかしたら、村上かもしれなかった。
瞬間、理由のよく解らない恐怖を、高広は感じた。
目の前に立って居る男の顔を、見る事が出来なかった。
確認しなければいけなかったが、酷く怖くなった。

「先程の電話のお客様でした?」

「あ、はい」

背中が突然、重くなった気がした。
嘔吐に近い感覚が、高広の体内から湧き上がった。

「すぐにご案内できますので、少々お待ちください」

「あ、はい」

目の前の男の、ネクタイを見た。
赤色に銀色のラインが入ったネクタイだった。
本当はネクタイより上を見たいのだが、見る事が出来ない。

「お会計、先になりますが宜しいですか?」

「あ、はい」

財布から15000円を抜き取ると、それを男に渡した。
男の手は、高広の想像よりも、年下に見える。
派手な腕時計をはめて居るのが見えた。

カーテンで仕切られた小部屋に案内された。
高広は考えた。
出来得るだけ、静かに考えた。

鉄砲の事は、誰にも秘密で居ようと決めた。
誰も知らないが、高広だけがソレの存在を知って居る。
もしも誰かに何かで負けそうな時にも、高広には鉄砲が在る。
最後には勝てるのだと考えると、心に余裕を持てるような気がした。

「お待たせしました、どうぞ」

カーテン越しに声がして、高広は立ち上がった。
カーテンを開くと、人影が見えた。
若い女だった。

「いらっしゃい」

若い女はナース姿だった。
無邪気に笑うと「コッチの部屋ね」と言いながら、高広の手を握った。
女の手は、必要以上に細く、柔らかく、まだ瑞々しかった。

「緊張してんの?」

部屋に案内すると、女は言った。
無邪気に笑いながら、ベッドの上に座った。
安い作りのように「ギシッ」と鳴った。
部屋は薄暗く、全体的に白色で統一されて居た。

「病室みたいだね」

「そりゃそうだよ、私達ナースだもん」

女に声は、妙に若かった。
ナース姿が似合うと言うには幼く、線が細かった。
ミニ・スカートから見える太股は、まだ白くて美しかった。

「君、名前なんて言うの?」

「マリモ」

「偽名でしょ」

「そりゃそうだよ」

マリモは楽しそうに笑った。
それから高広を眺めて「若いお客さんで良かった」と言った。
それは仕事と言うよりも、仕方なく退屈を弄んで居るような言い方だった。

「シャワー浴びちゃおっか」

マリモが退屈を吐き出すように、ベッドの表面を両手で強く押して、
勢いよく立ち上がろうとしたところで、高広は制止した。

「そう言えば、村上さん、今日出勤?」

高広の台詞に、マリモは少し驚いた表情をして、座り直す。

「あれ、村上さんの知り合い?」

「うん、昔ちょっとね」

少しだけ気が抜けたような笑い方をしながら「何だ、早く言ってよ」とマリモは言った。
それから新しい玩具を見付けた子供のように、喋り始めた。

「え、何時頃の知り合い?」

「何時頃だっけなぁ……村上さんって今年で何歳になるっけ?」

「あの人、年齢不詳だからねぇ……でも今年で三十歳くらいじゃない?」

高広は「ああ、そうだった」と適当な相槌を打ちながら、考えた。
村上が三十歳前後なら、先程のフロントの男は、恐らく村上では無い。
高広と同い年か、せいぜい高広よりも少し歳上といった雰囲気だった。
もっとも、声と手とネクタイしか解らないが。

「で、今日は出勤?」

「え、フロントで会わなかった?」

一瞬、心臓が強く鳴った。
やはり先程の男が村上だったのかもしれない。
だとすれば今の会話は、酷く不自然な会話になってしまう。

「いや、居なかったと思う、多分」

「居るよ、今は外に出てるのかもしれないけど」

「あ、そう」

薄暗い部屋の中に、若干の不自然な沈黙が流れたが、
意識するほどの沈黙では無かった。
恐らく意識して居るのは高広だけだったからだ。
裏付けるように、マリモは無邪気に言った。

「村上さん、よく仕事中に、外に出るからね」

「あ、そう」

「伝えておこうか?」

「いや、言わなくて良いよ。
 突然会って、ビックリさせたいから」

マリモは笑って「それで良いの?」と言った。
高広の台詞を、細かく観察して居るような話し方では無かった。
あくまでも退屈を忘れる為の、暇潰しの会話のひとつに過ぎなかった。

「じゃ、シャワー浴びちゃおっか」

まるで業務連絡のように、先程と同じ台詞を、マリモが言った。

「いや、良いよ、そういうのは本当にしなくて良い」

「あれ、じゃあ何しに来たの?」

「だから、久し振りに、村上さんに会いに」

「なぁんだ」

マリモはナース服のボタンを、付けたり外したりした。
白色のナース服は、薄暗い照明に照らされて、ピンク色にも見える。
マリモの細い線を、照明が艶かしくなぞり、ベッドの上で柔らかく歪んだ。
病室は、文乃を思い出させた。

文乃を思い出した。
全裸で倒れたままの、文乃を思い出した。
無駄に吐き出されたままの、床で渇いた白い精液を思い出した。

それから、同じように散乱した、白い粉を思い出した。
思わず高広の口から出た台詞は、ほとんど賭けに近かった。

「村上さん、まだクスリ捌いてるの?」

マリモは少し驚いた表情をしたが、至って普通の口調で返した。

「何だ、そっち関係の人?」

「そっち関係?」

「よく来るからね、欲しがる人、ウチの店にも」

「あ、そう」

高広は「あの人、変わって無いね」と適当な事を言った。
マリモは何も考えてないように笑った。
くだらないテレビ番組を観てる時のような笑い方で笑った。
得るモノも失うモノも無いような、単なる暇潰しの為の笑い方だった。

ナース服だけがマリモを大人のように見せては居たが、
それを大人と呼ぶには、あまりにも何もかもが幼かった。

垂れ目気味の大きな瞳だとか、切り揃えられた前髪だとか、
膨らみ切らない乳房だとか、妙に似合わないガーターベルトだとか、
それから語彙に乏しい口調だとか。

恐らくは、それを大人と呼んではいけなかった。
それを大人と呼んで、都合よく利用してはいけないはずだった。

「君、何歳?」

「二十歳」

「嘘でしょ」

どう見ても、高広と同い年や、それ以上には見えなかった。
彼女が本当に二十歳なら、高広と同い年だったが、そうは見えなかった。
マリモは困った顔をした。
それは先程までと違って、少しは容姿相応の反応に思えた。

「これ言うと、村上さんに怒られるんだよなぁ」

「何を?」

「本当に、何もしなくて良いの?」

マリモは誤魔化すように、話を変えた。
甘えるように、ベッドに寝そべると、高広の腕に触れた。

「何を?」

「エッチな事」

「話を変えようとするなよ」

寝そべりながら、ベッドの上を移動して、高広の膝に触れる。
膝に触れ、腹に降れ、胸に触れる。
それから勝手に膝枕をし、高広を見上げた。

「しようよ、エッチな事」

マリモが、小さな声で言った。
それは酷く幼く、稚拙な誘惑だった。
それは酷く幼く、稚拙な誘惑だったはずだった。
膝を動かして退けようとした瞬間、高広は思い出した。


(タイラー、エッチな事、しようか)


マリモは起き上がり、高広に抱き付くと、
性器に触れ、小さく笑いながら、耳元で囁いた。

「勃ってんじゃん」

マリモは性器に触れながら、高広の耳を舐めた。
高広のTシャツを脱がせると、小さな舌をゆっくりと這わせた。
高広の膝の上にまたがり、高広の首に腕を回すと、高広の頬を撫でた。

高広の指が、マリモの華奢な胸に触れた。
実にわざとらしく、マリモはイヤラシイ声を出した。
実にわざとらしい声ではあるけれど、それは癖のある声だった。
そうしろと誰かに命令されて居るような、癖のある発声の仕方だった。


(その後で村上に抱かれる、私の気持ち、わかる?)


文乃が病院のベッドで眠って居る。
窓からは綺麗な月が眺められるが、文乃は気付かない。
もしかしたら気付いて居るのかもしれないが、文乃は眠って居る。

夜空を飛行機が墜落して往く。
月明かりに照らされて、よく見える。
それは白煙を上げながら、一直線に堕ちて往く。

文乃が病院のベッドで眠って居る。
窓からは墜落する飛行機が眺められるが、文乃は気付かない。
もしかしたら気付いて居るのかもしれないが、文乃は眠って居る。

高広は、マリモの手を止めた。

「マリモ、僕が欲しいのは、そんなモンじゃないんだよ」

マリモは惚けた目をして、高広を眺めた。

「じゃあ、口でする?」

「ううん、そういう意味じゃないよ」

無駄なんだ。
全てが無駄なんだ。

無駄に吐き出される精子も
無駄に吐き出される生死も
どちらも全て無駄なんだ。

だけれど意味の無い事に、意味を付けるのは容易い。
そもそも人間の存在に意味を付けて来たのは、人間の方だ。

無駄に吐き出すだけなんて、厭なんだ。

そうしなければいけないならば、意味をくれ。

意味が欲しいから、ひたすらに、意味を求めるんだ。

テーマ : 連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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