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鉛色のサンデー 第十三話

夏の匂いは、先程よりは落ち着いて居た。

高広は雑居ビルを出ると、マリモに貰った飴玉の包みを剥し、口の中に放り込んだ。
チェリーの香りがした。
それは舌で融解し、喉を経由し、胃に浸透し、
消化もされずに高広の体内に留まるような、粘着質な甘さだった。

目の前を、若い女と中年男性が通り過ぎた。
飴玉を口の中で転がすと、随分と気分が落ち着いた。
高広はリュックを背負い直すと、再びネオンの中を歩き出した。






第十三話 『暗闇と階段』




午後十時三〇分。
村上の店が終わるには、まだ時間が在る。
マリモが言ったように、十二時にも終わらないだろう。
案内所で出逢った老人が言ったように、土曜の夜の店は混んで居る。

何処の店も大層な装飾を施したライトを点灯させて、客を誘導する。
孔雀の羽のような、極彩色の誘惑にも見える。
蜘蛛の巣のようにも見える。

(蜘蛛の巣の上で、蝶は引き千切られる)

高広はインターネット・カフェを見付けると、階段を昇った。
騒音から逃れるには丁度良かったし、今の内に調べたい事もあった。

店員は無愛想と評価する程でも無い。
実に一般的な、時間潰しの為のインターネット・カフェ。
店内は薄暗く、並べられた数台のモニター画面だけが明るい。

店内は混雑して居るという程では無く、
それなりに席は埋まって居るが、人数に反比例して、音は少ない。
大半の人間がヘッド・フォンを耳に当て、キーボードを叩く音だけが、妙に響いて居る。

口の中で小さくなった飴玉を噛むと、店内に音が響いた。
フリー・ドリンクのコーラを小さなグラスに注いで、
灰皿を手に取ると、高広は席に向かった。

個室に分けられてはおらず、隣の席との間には、
パーテーション状の簡単な仕切りだけが設けられて居る。
女性向けの開放的な店作りを目指したのかもしれないが、
店内に女性客はほとんど居ない。

パソコンを立ち上げると、呼吸するように機動音が鳴った。
高広はコーラを一口飲み、煙草を一本取り出した。
ライターの火を点すと、手元が明るくなる。

モニターの下に、前の客が残したであろう、ゴミが見える。
ストローの袋か何かだ。
煙草を吸い込みながら、ゴミを手に取り、屑箱に放り込む。


(ボランティアの語源は、ラテン語の VOLO なんだ)


不意に、ボラ男の言葉を思い出して、高広は笑った。
暗闇の中で、モニター画面だけが、異質な光を放って居る。
ほんの少しの間だけ、高広は目を閉じた。

何の為に。
誰の為に。


(自分から望んで、それをするんだ、というイメージだね)


他愛の無い会話を思い出して、高広は笑った。
それから再び、煙草を深く吸い込むと、キーボードを叩いた。

打ち込んだ文字に応じて、検索画面には、無数の文字が並んだ。
高広はその中のひとつを選ぶと、マウスでクリックする。
以前に何度も眺めたページが表示された。

コルトM1917。

リボルバー。回転式拳銃。
1960年に警察がニューナンブM60を配備する前まで、
日本の警官の標準装備は、コルトM1917だった。
全長273mm。重量1021g。45口径。

まったく同じ鉄砲が、今、高広の足元のリュックの中に存在して居る。
素人が知り得る情報など知れて居るが、今は充分だった。
拳銃マニア達が、掲示板で議論を交わして居る。
何を言って居るのか、ほとんど解らない。

何の興味も無い人間が実物を持って居る皮肉に、高広は小さく笑った。
大半の事象が、そのように出来て居るような気もする。
望んだモノを、望んだように、手に出来る人間の方が少ない。
大半の人間が、たまたま手に入れたモノを、大切に思うようになるのだ。

吸い終えた煙草を消すと、気になる情報を、何個か検索した。
どの情報も文字だらけで、読むのに苦労する。
周囲は静かだ。厭になるくらい静かだ。

午後十一時十一分。
高広は立ち上がると、リュックを手に持ちトイレに向かった。
パーテーションで仕切られた向こう側から、
見るでもなく、見ないでもなく、音も無い視線を感じる。
何故か息を殺すように歩く。

大便用のトイレに入ると、扉を閉じ、高広は鍵をかけた。
便座に腰掛けると、静かに一度、息を吐く。
そしてリュックのジッパーを開けた。

コルトM1917が、潜んで居た。
高広は、ソレをゆっくりと、取り出した。
大学ノートと、リュックの布の間から、釣り出すように。

指が布に擦れる音がする。

重い鉄の感触。

冷たい。

右手で持ち上げる。
蛍光灯に照らされて、鈍く光って居る。
シットリと湿って居る気がするが、恐らくは汗のせいだ。

リュックの底には、三発の弾丸が転がって居る。
同じように、ゆっくりと取り出す。

一発。

二発。

突然、トイレの扉が開く音がした。

思わず弾丸を落とす。
何故か反射的に目を閉じる。
弾丸は床の上を転がって居る。
慌てて拾う。

扉の外から、小便をする音がする。
それからジッパーを上げる音がして、水が流れる音がする。

エア・タオルの、無駄に大きな音が響いた。
厭に長い時間のような気がする。
大きな音は、止まない。

高広は、何故か動かなかった。
息を潜めて、身を固くして、過ぎ行くのを待った。
掌の中の弾丸が、ゆっくりと温度を上昇させて往くような気がした。

このまま温度が上昇して、爆発したらどうしようかと考えた。
そんな訳は無い。
そんな訳は無いのだが、そう考えてしまった。

エア・タオルの音が止むと、続いて扉が開く音がした。
高広は小さく息を吐くと、再び鉄砲を見た。
鉄砲は汗をかいてるように見える。


弾丸を装填する。


インターネットで調べた情報と、何時だったか暇潰しに観た、
昔の映画の記憶に従って、ゆっくりと弾丸を込めた。

簡単な作業のはずだったが、映画のように上手く入らない。
弾倉に弾丸を滑り込ませるだけで良いはずなのに、上手く入らない。

高広は、自分の指が震えて居る事に気付いた。
弾丸を落としそうになる。

大きく一度、息を吸い込む。

肺が痛い。
吐き気がする。
思わず嗚咽を漏らす。

心臓が、全身を大きく振動させて居るのを、自覚する。

ダグン。

ダグン。

ダグン。

赤黒色のマグマが、地の底で呻いて居る。
間隔は、徐々に短くなって往く。
止まるか、吹き出すか。


嗚呼、白煙を上げて、一直線に。


飛行機を見た。
耳に穴を空けて、ブルーチタンのピアスを通した。

黒ゴマのシフォン生地と黒ゴマクリームのケーキ。
黒ゴマとバニラの二色ソフトクリーム。
黒ゴマの生クリームサンデー。

エアロスミス。
スティーブン・タイラー。

イヤラシイ声。
イヤラシイ声。

指先。
黒髪。
太股。

文乃。




「僕は楽園で燃え尽きたくなんて、無いんだよ」




高広は、呟いた。
それは思わず零れた、何気ない記憶だった。


(何それ?)


文乃の声が聴こえた気がした。
高広は目を閉じ、その問いかけに答える。


「what it takes の、最後の一節」


高広は、呟いた。
言い終えた後で、小さく笑った。


(へぇ)


聴こえるか、文乃。

楽園には旗が立って居る。
恐らくは白く縁取られた十字架が、
一面の赤色の中に描かれた旗が、立って居る。

十字架は中心から、少しだけズレて居る。
それはまだ十字架には成り切れて居ないように思える。

間に合うだろうか。
間に合うならば、まだ手を伸ばさなければ。
楽園に納得してしまう前に、まだ手を伸ばさなければ。
旗を、奪い返して、差し替えてしまうんだ。

全ての弾丸を装填し終えると、高広は立ち上がった。
鉄砲は、再びリュックの中に潜ませる。

席に戻ると、コーラを入れたグラスの氷は、既に溶けて
もう甘さなど感じなかった。

高広は、それを飲み干した。

午後十一時四九分。

日曜日は、すぐ其処だった。
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