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鉛色のサンデー 第十四話

この街で蝉は鳴かない。

鳴いて居るのかもしれなかったが、笑い声に掻き消される。
人々は悲しみと苦しみと憎しみを、笑い声に変える。
笑い声は重複し、蝉時雨のようにも聞こえる。

だとすれば、この街で蝉は鳴く。

鳴いて居るのかもしれなかったが、泣き声に掻き消される。
人々は悲しみと苦しみと憎しみを、泣き声に変える。
泣き声は重複し、蝉時雨のようにも聞こえる。

短い瞬間を謳歌するように、蝉は鳴く。
まだ生きて居たいのか。
何の為に。
誰の為に。






第十四話 『煙草と鼻歌』




インターネット・カフェを出ると、高広は階段を降りながら、少しずつ近くなる騒音を感じた。
長袖のシャツの腕をまくった男達が、背広を片手に、酒に酔いながら歩いて居る。
目の前をタクシーが通り過ぎる。

午後十一時五一分。
煙草に手を伸ばすと、最後の一本だった。
火を点けずに、煙草を箱に戻すと、高広は歩き始めた。

先刻、訪れたばかりの雑居ビルが見えて居る。
斜め向かいに、コンビニエンス・ストアの灯りも見える。
赤信号の間に、ほんの少しだけ走って車道を横切ると、息が切れた。
背中が重いのは、何も鉄砲が潜んで居るからでは無い。

高広は周囲を見渡した。
建ち並ぶ雑居ビルは高く感じるが、空は酷く低く感じる。
居酒屋の看板が見えた。
純和風の佇まいに、筆文字で「伊勢奈」と書かれて居る。
恐らくは店名であろう。

「伊勢奈のナは、奈良の大仏のナ」

高広は思わず、本当に小さく、鼻歌を歌った。
馬鹿らしい記憶と、馬鹿らしい鼻歌に、本当に小さく、一人で笑った。

「東京ばななの二個目のナも、奈良の大仏のナ」

雑居ビルが見える。すぐ傍に見える。
雑居ビルを眺めながら、高広はコンビニエンス・ストアに入った。

店内は可も無く不可も無く、よく見かける店内だった。
コンビニの夜の店員は、早朝の店員に比べると、若干元気が無い。
時間帯の差なのか、労働意欲の差なのか、それとも夜の雰囲気がそうさせるのか、
よく解らないけれど、とにかく若干元気が無い。

雑誌を手に取りながら外を眺めると、徐々に小さな店のネオンは消え始めて居た。
雑居ビルのネオンは消えない。
目の前には風俗店が建ち並んで居るのに、
もう一方の目の前にもエロ本が場を争うように並んで居るのは、
下品な冗談のようにも思える。

高広は時計を眺めると、レジに並び、煙草を買った。
煙草も在るし、財布も在るし、火も在った。
要するに、文乃だけが居なかった。

コンビニエンス・ストアを出ると、一日は急速に終わろうとして居た。
終電は近付いて居る。

買ったばかりの煙草をポケットに入れると、
先程までは最後の一本だった煙草を取り出して口に咥え、
空になった箱を左手で潰した。

「伊勢奈のナは、奈良の大仏のナ」

高広は口の中で小さく呟くと、火を点けた。

「東京ばななの二個目のナも、奈良の大仏のナ」

深く吸い込むと、等しく、深く吐き出した。


(飛行機の羽ってさ、思ったより下に付いてるんだよね)


高広は耳たぶに触れた。
冷えた感触が、高広の指先に当たった。
それを知ると、思い出したように、高広は笑った。


「巨大な飛行機の羽は、下から全てを持ち上げる」


この街で蝉は鳴かない。

鳴いて居るのかもしれなかったが、笑い声に掻き消される。
人々は悲しみと苦しみと憎しみを、笑い声に変える。
笑い声は重複し、蝉時雨のようにも聞こえる。

だとすれば、この街で蝉は鳴く。

鳴いて居るのかもしれなかったが、泣き声に掻き消される。
人々は悲しみと苦しみと憎しみを、泣き声に変える。
泣き声は重複し、蝉時雨のようにも聞こえる。

短い瞬間を謳歌するように、蝉は鳴く。
まだ生きて居たいのか。
何の為に。
誰の為に。

徐々に消え始めるネオン・ライトの中で、
ブルー・チタンは息を潜めて輝いて居る。

小雨が降り始めて居た。

午前〇時一分。

日曜日は、既に始まって居る。
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