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鉛色のサンデー 第十七話

死刑囚が昇るのは、十三階段。

それは本来、人が死ぬ高さだったか。
目隠しをされながら、古びた階段を、一歩一歩。

死刑囚の原因と結果は、全てが落下に由来する。
決して足を踏み外してはいけない。

エレベーターは上昇する。
エレベーターは三階まで上昇する。

三階から眺める景色など、大した事はないだろう。
だけれど決して忘れてはいけない。
それは人が死ぬ高さだ。

目を凝らせ。
耳を澄ませ。
足を踏み外すな。

窓の外で、飛行機は白煙を上げながら墜落する。




(東京湾は青色か?)




音は無い。

斜め上のランプが、一階から二階へ移動した事を、報告して居る。
二階から三階へ移動する時間が、妙に長く感じる。
三階のランプが点灯する。
既視感にも似て居るが、同じ事が二度繰り返されただけだ。

高広はエレベーターのランプを眺めた。
斜め上を凝視したまま動かない自分に気付いた。

呼吸するのを忘れて居る気がする。
深く吸い込んで、吐き出すが、上手く出来ない。
息を吸うのは鼻からだったか、それとも口からだったか。

手が壊れた玩具のように震えて居る。
震えが治まるのを待って居る余裕は無い。
心臓を叩いて、血液の供給を、全身に命令する。

心臓を叩かなければ、血液が逆流するような気がする。
血液が逆流したところで、時間は逆流しない。
ならば回転させなくてはいけない。
高広は、心臓を叩いた。

エレベーターは上昇する。
エレベーターは三階まで上昇する。

二階を意味するランプが点滅して、消える。
一瞬の空白。
三階を意味するランプが点灯して、止まる。






第十七話 『扉の奥』




「チン」

間抜けな音が、出迎えた。

扉が開く。

高広は、ゆっくりと足を動かした。

キャンディ・ナースが目の前に在る。
本日出勤の女達の写真を貼ったボードは撤去されて居る。
フロントの照明は消されて居るが、奥からは細い灯りが漏れて居る。

静かだ。

真白に塗り立てられた壁には、雷鳴も届かない。
生物さえも存在しないように思える。
奇妙な清潔感だけが存在する。
南極大陸のようだ。

高広はフロントを覗き込むと、誰も居ない事を確認した。
今にも音を立てそうに、足が震える。
何故か手の甲を抓った。

村上が居るならば、呼び出さねばならない。
今、三階には高広と村上しか居ないはずだ。
高広は目を瞑り、静かに呼吸すると、腹に力を込めた。

「すいませ~ん」

声を出した。
間抜けな呼び声だ。
何処からも物音はしない。
もう一度、少し大きめに、声を出す。

「すいませ~ん」

大きめに声を出したはずだが、先程とほとんど同じだった。

心臓が胸を突き破るような速さで振動して居る。
心臓が肺を押し出すような速さで振動して居る。

痛い。
熱い。

突然、奥から物音がした。
細い照明が伸びる。
影が見える。

近付いて来る。
黒いスーツを着て居る。
髪は長く、顎に髭を生やして居る。
それは思ったよりも大柄で、酷く若く見えた。

「お店、もう閉まってるんですよね」

客商売にしては愛想の無い言い方で、男は言った。
赤色に銀色のラインが入ったネクタイをして居る。
派手な腕時計をはめて居るのが見える。
何処かで聞き覚えのある声。

「村上さん、居ます?」

高広は、出来得るだけ穏やかな声で、言った。
男は、怪訝な表情をした後で、言った。

「私ですけど」


居た。


村上が、居た。
予想しなかった訳では無い。
予想しなかった訳では無いが、高広が動揺するには充分だった。
数時間前にフロントに居た男が、村上だったのだ。

高広は言葉を捜した。
思い付く限りの語彙を一列に並べて、適切な言葉を捜した。
可能な限りの経験と記憶を羅列して、適切な言葉を捜した。
しかし瞬間的に口から出た言葉は、適切とは言えなかった。

「僕、今日、この店に来た者なんですけど」

「あ、はい」








「文乃を襲わせたの、アンタ?」








「あ?」

村上は言葉の意味を反芻して居た。
高広が吐いた台詞は、酷く唐突だった。
瞬間、村上の表情は、至極解り易く変容した。
目の前に居る人間を、敵対者と認識した表情だった。

「何だ、お前?」

「文乃を襲わせたの、アンタなんでしょ?」

高広は腹に手を当てながら、言葉を続けた。
心臓の痛さや熱さは、そのまま高広の言葉に変質した。
村上は眉間にシワを寄せながら「誰だよ、知らねぇよ」と言ったが、
高広を見下ろすと、何かを思い出したように言い直した。
記憶と現実の接点を発見し、理解した時の表情だった。

「ああ、お前か?」

「何が?」

「お前が原因なのか?」

「何が?」

村上は数歩進むと、左手で高広の髪の毛を掴んだ。
そのまま、それを持ち上げようとするように、強引に引っ張る。
頭の皮膚が、音を立てて剥けるような痛みを感じる。

「アイツが別れたいとか言い出した原因だよ」

「文乃を襲わせたの、アンタなんだな?」

「違うね、お前のせいだよ」

村上は髪を掴んだまま一歩進み、右肘で高広の胸元を押すと、
高広の背中を、強烈に壁に打ち付けた。

防音材でも使われて居るのか。
音は衝撃に反比例する。
呼吸が止まる。

高広は腹部に手を伸ばす。
軍手が邪魔をして、上手く手が使えない。
呼吸の狭間を縫って、確認するように問いかける。

「アンタなんだな? アンタがやらせたんだな?」

「違うね、お前が、俺にやらせたんだよ」

「アンタが文乃を傷付けたんだな?」

「違うね、お前のせいだよ」

高広がTシャツの中に手を伸ばした瞬間。
高広の頬を村上の拳が殴り抜けた。
高広は磨かれた床の上に転がった。

壁際に置かれた物体で頭を打った。
真赤な消火器が円を描いて転がる。
頭部に愚鈍な痛みが滲む。

「お前が居なきゃ、こんな事になってねぇだろうが」

村上は言った。
村上は酷く冷静に言った。
転がる高広の腹部に、蹴りを入れる。
蹴り終えた後で、自分の足首を見た。

「腹に何か入れてんな」

村上が、高広を立たせようとした、瞬間。
高広は目の前に転がる消火器に手を伸ばすと、素早く持ち上げ、
奇声を上げながら、村上の側頭部めがけて、それを力強く打ち付けた。


鈍い音。

村上が倒れる。

荒い息。

高広が崩れる。


高広は息を吐き出して立ち上がると、動かない村上を見下ろした。
それから呼吸して居る事を確認すると、村上の足首を掴んで、
キャンディ・ナースの奥へと、消えて行った。


静かだ。


真白に塗り立てられた壁には、雷鳴も届かない。
生物さえも存在しないように思える。
奇妙な清潔感だけが存在する。
南極大陸のようだ。

旗だけが、風に揺れて居る。
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