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鉛色のサンデー 第十八話

手紙は届かない、誰にも伝わらない。

蝿の羽音が聴こえる。
巨大な蝿が空中を旋回して居る。
短い夏の間に、随分と巨大に成長した蝿だ。
耳元を通り過ぎる羽音さえ、重苦しそうに聴こえる。

意識は混沌として居る。
視界は完全な黒だ。
何も見えない。

随分と長い間、そうして居たような気もする。
随分と短い間、そうして居たような気もする。
どちらにせよ解って居る事は、蝿の羽音が聴こえる事だ。

ゆっくりと目を開く。
見慣れた蛍光灯の明りを感じる。
切れたかけた蛍光灯は時折、消えかかる。
顔を上げると、側頭部に滲むような痛みを感じた。






第十八話 『蝿』




「意外と早く目覚めたね」

声が聴こえる。
村上は声のした方向を眺めた。
見覚えのない男がパイプ椅子に腰掛けて、此方を眺めて居る。

否、見覚えはある。
突然、自分の店に訪ねて来た男だ。
もしかしたら、その前に見た事が在ったかもしれない。
何時だったかは思い出せない。

とにかく、目の前の男を殴った記憶は在る。
どうして、目の前の男を殴る必要が在ったのか。
そもそも、目の前の男がパイプ椅子に座って居るのは何故か。

「あのまま殺しても良かったんだけど」

目の前の男が言った。
男はパイプ椅子の反対方向から腰掛けて、
組んだ両腕は背もたれの上に乗せて、その両腕の上に顎を乗せて、
村上を見下ろすように言った。

「アンタに訊きたい事が、まだ山ほど在るんだ」

男の表情は、酷く冷静だった。
少なくとも村上の記憶の中で、男は緊張した表情だった。
ところが今、男は酷く冷静な表情で、一方的に言葉を続けて居る。

何が起きた?
思い出せる記憶は、男を殴った場面で終わって居る。
男は簡単に(しかも酷く無様に)床に転がったはずだ。

男の腹を蹴った気がする。
男の腹に何か入って居た気がする。
男の腹を蹴った直後に、足に痛みを感じた。
それが気になって足首を見た。
その直後。

「話、聞いてる?」

男が言った。
何かのトラブルに巻き込まれたか。
何が起きて居るのか、まったく理解出来なかった。

「あ、喋れないか」

男は椅子から立ち上がると、村上に近付いた。
村上の顔に手を伸ばすと、勢い良く何かを剥した。
痛みが突き抜ける。

村上は思わず「痛っ」と声を漏らした。
男の指先にぶら下がって居るのは、普通のガムテープだった。
男はガムテープを床に放り投げると、同じようにパイプ椅子に腰掛けた。

「誰だよ、お前」

語気を荒げて立ち上がろうとした瞬間、手足に違和感を感じた。
村上は自分の手足を見た。
正確に言うと、手は見えなかった。

村上は青色の荷造りテープで、全身を縛られて居た。
足首は頑丈に何重にも縛られた上で、ガムテープを巻かれて居た。
手首は背中に回され、やはり同じように、頑丈に縛られて居るようだった。

「何のつもりだ?」

村上が言うと、男は冷静に、しかし楽しげに言った。

「あんまり動かない方が良いよ」

言葉の意味が解らず、村上は強引に立ち上がろうとした。
急激に、首に圧迫感を感じた。

「首吊るよ」

村上の首には、緩やかに青色の荷造りテープが巻かれており、
その先端は天井の棒に括り付けられて居た。
飼い慣らされた犬の首輪の先端のように、棒に括り付けられて居た。

「誰だよ、お前」

先程と同じ質問を、村上は繰り返した。
男は表情を変えず、質問の意味を反芻して居た。

「僕?」

男は腕組みした両手に顎を乗せたまま、そのままの表情で、
新しい発明品を思い付いた時のような口調で、質問に答えた。

「僕はタイラーだよ」

「タイラー?」

「うん」

子供の悪い冗談にでも付き合ってる気分になった。
村上は「意味が解んねぇよ」と呟いた。
蛍光灯が音を立て、消えかける。
再び、すぐに点灯する。

「蛍光灯、交換した方が良いよ」

タイラーは天井を見上げて呟く。

「まぁ、交換する必要も無いか」

すぐに言葉を付け加える。

蝿が飛んで居るのが見える。
蝿は蛍光灯に突っ込むように、飛んで居る。
大きな蝿だ。

雨音が聴こえる。

其処は小さな事務所だった。
キャンディ・ナースの奥に用意された、従業員用の小さな事務所だった。
換気用の窓が開いて居る。

窓はモザイク状になっており、外の様子は見えない。
今が昼なのか、今が夜なのか、それくらいは解る。
その窓から、雨音が聴こえる。

今は夜だ。
窓の外が暗いからでは無い。
壁時計が、今は夜だと教えて居る。

午前三時三三分。


「どうして文乃を襲わせた?」


タイラーが小さく呟いた。
そこで初めて、村上は思い出した。
目の前の男は、文乃の件で訪ねて来たのだ。

「お前、文乃の何だよ」

村上は言った。
タイラーは何も答えない。
答えない代わりに、別の質問を重ねる。

「アンタ、文乃の恋人だったんでしょ?」

「ああ、一応な」

「どうして文乃を襲わせた?」

再び、同じ質問に戻す。
村上は露骨に面倒そうな顔をする。

「そんな事の為に、わざわざこんな真似してるのか?」

青色の荷造りテープを見渡しながら、村上は言った。

「お前、後から自分がどうなるのか、解ってんのか?」

窓の外で、何かが光った。
少し遅れるように、雷鳴が響いた。
タイラーは腹に手を伸ばすと、静かに呟いた。

「質問には答えた方が良いよ」

言い終えると、腹から何かを取り出す。
取り出したソレの先端を、静かに村上に向ける。

「何だそれ?」

「鉄砲だよ」

「何だ、その玩具?」

村上は、思わず笑いそうになった。
普通の大学生程度の男が、偉そうに鉄砲を構えて居る。
大人が脅しに使うには、あまりにも幼すぎる手段に思えた。

「玩具かどうかは、撃てば簡単に解るよ」

ところが、タイラーの表情は変わらなかった。
それは圧倒的な優位性を保って居る人間の目だった。
虚勢を張って居るにしては、あまりにも堂々としすぎて居た。

村上は冷静に考えた。そしてすぐに気付いた。
今、この状況で、男が村上を鉄砲で脅す必要は無いのだ。

村上の全身は荷造りテープで頑丈に縛り尽くされており、
普通に動く事さえも困難だった。
何より首に巻かれたテープは、動く事を完全に否定した。

目の前に座って居る男は、自由に舌なめずりが出来た。
今更、鉄砲で脅す理由など、ひとつも無いのだ。
否、正確にはひとつだけ存在する。

自分の意思で、村上を殺そうとして居るのだ。

村上の事務所の椅子の上に、鉄砲は存在して居る。
実に重苦しく存在するソレは、村上を静かに眺めて居る。
肉食動物が獲物を捕らえる為に、身を屈めて様子を窺って居る。
経験した事は無いが、恐らくそのような状態に近かった。

村上は、鉄砲から目が離せなくなった。
普通の大学生が、どんなルートで手に入れたのかは知らないが、
今、自分に向けられて居るソレは、恐らく本物の鉄砲だと感じた。



「どうして、文乃を、襲わせた?」



タイラーは確認するように、ゆっくりと、同じ質問を繰り返した。

「アイツが別れたいと言ったからさ」

「それだけの理由で?」

「それだけ?」

村上は鉄砲から視線を外し、タイラーを見た。
一瞬、蝿が目の前を通り過ぎる。

「充分な理由だろ」

「どういう意味?」

「裏切ったら、罰を与えるのは当然だろ」

「裏切った? 文乃が?」

タイラーは鉄砲を下ろし、煙草を取り出すと「もっと聞きたいね」と言った。
ライターで火を点けると、煙を吸い込み、煙を吐き出す。
細い糸を引いた煙は、天井に伸びて居る。

「アイツは俺が買った女だからな」

「は?」

「アイツに生活させてたのは、俺だからな」

「どういう意味?」

タイラーは煙を吐いた。
村上は煙を眺めると、細い糸を辿るように、古い記憶を探った。

「アイツには親父が居ないからな」

「知ってるよ」

「アイツが長野から東京に出てきたのは、十七歳の時だ」

「大学に通う為に上京したんだろ」

タイラーが言うと、村上は「その通り」と言って笑った。
笑いながら、記憶を正確に探る作業に没頭して居るようだった。


「学費も生活費も、持って無かったんだよ、アイツは」


文乃の父親の飛行機が墜落した。
恐らくは文乃が子供の頃の、航空事故だった。

本来であれば大きく取り上げられるはずだった悲惨な事故の記事は、
海外で起きた墜落事故だった事と、日本人の乗客が少なかった事と、
ほとんど同じ時期に、別の国民的な話題が盛り上がって居た事によって、
すぐに日本中から忘れられた。

文乃は長野の田舎で、高校時代までを通常通りに過ごしたが、
女手一人の家庭に、大学に通わせる費用は用意されて居なかった。

文乃は長野を出たかった。
文乃の日常は平凡ではあったが、何かが欠落して居た。


「とにかく実家が厭で、飛び出してきたんだよ、アイツは」


村上が言った。

文乃の本心は、恐らくは違う。
長野には、辛い思い出が多すぎたのだ。
恐らくは、父親との思い出が多すぎたのだ。
東京の大学に通うのも、その理由のひとつだった。

文乃は過去と向き合う事に恐怖して居た。
恐らくは、父親との記憶と向き合う事に恐怖して居た。
わざと飛行機を避けるように、飛行機にも乗らずに大人になった。


初めて文乃を抱いた日。


文乃がベッドに仰向けになる、その直前。
文乃は立ち上がると、ベッドの上に乱暴に飛び乗り、何かを探した。
ジーパンを履いた細い足をバタバタと揺らして、ベッドの横の棚から何かを取り出すと、
「そうそう、この写真」と言って、タイラーを呼んだ。

東京湾で笑う、楽しげな写真を見せた後で、文乃は言った。
父親と笑う写真を見せた後で、初めて、文乃は言ったのだ。

(タイラー、エッチな事、しようか)

文乃は過去と向き合おうとして居た。
それから、過去を経た現在を、愛そうとして居た。

タイラーは銃口を村上に向けたまま、動かない。
窓からは止まない雨音が零れ続けて居る。
村上は言葉を続けた。

「東京に出て来て、アイツはすぐに、俺の店に来たよ」

「学費が必要だったんだろ」

「そう、ウチで働かせてくださいってな」


言い終えると、村上は笑った。


「すぐに雇ったよ、だけど、すぐに惜しくなった」


村上は自嘲気味に笑ったが、タイラーは疑問を感じた。

「どうして?」

「どうして?男なら解るだろ」

「どうして?」

「あんなイイ女、そうそう居ないからな」

タイラーは天井を見上げて、煙草を深く吸い込んだ。
文乃がこの店で働いて居た事実を知るのは、決して軽くは無かった。
村上は自慢話でもするように、言葉を続けた。

「客に付かせるのが惜しくなったよ」

「それで?」

「一ヶ月で辞めさせた」

「それで?」

「俺が学費も生活費も、全て出してやる事にしたのさ」

文乃が村上と、なかなか別れられなかった理由は、コレだ。
文乃は村上に、事実上、買われたのだ。
全ての金を出して貰う代わりに、全てを村上に尽くすように。

「それがいきなり、別れたいだ?」

村上は語気を強めた。
タイラーは銃口を村上に向け、煙を深く吐き出す。

「お前なんだろ、原因」

「何が?」

「お前が文乃に、手を出したんだろ」

タイラーは笑った。
笑いながら、煙草を指で弾くと、村上の顔に当たった。


「話は、そんなモンで終わり?」


タイラーはゆっくりと立ち上がると、窓際に移動した。
雨音は一定のリズムで鳴り続けて居る。
重低音のような、雷鳴。

「それでアンタは、文乃が裏切ったと?」

村上は縛られた手首を動かしながら、タイラーを見上げる。
村上の直感が正しければ、目の前に居る男の目的が、
自分を殺す事なのだと、理解は出来た。
しかし納得は出来ない。

「裏切ったろ。
 アイツは俺の信頼を裏切って、お前と寝たんだろ。
 俺が面倒を見てやってるのに、好き勝手な事したんだからな。
 罰を与えるのは当然だろ」

タイラーは大声で笑った。

「アンタだって、毎晩、他の女を抱いてるじゃないか」

村上は驚いた表情をした。
それから不意を付かれた事を悔やむ表情をして、舌打ちをした。

「それは仕事だ」

苦々しく吐き出すように、村上が言葉を漏らす。
タイラーは窓を流れる雨を眺めながら、小さく笑った。
それから向き直り、再び銃口を、村上に向ける。

「アンタがもう終わりだって事、アンタは理解した方が良いよ」

「は?」

「アンタを撃っても、アンタを撃たなくても、アンタはもう終わりなんだよ」

蝿の羽音が聴こえる。

巨大な蝿が空中を旋回して居る。
短い夏の間に、随分と巨大に成長した蝿だ。
耳元を通り過ぎる羽音さえ、重苦しそうに聴こえる。

「この店は、十七歳の女の子を働かせてるね。
 それから麻薬の売買もしてる。
 おまけに強姦の指示だ。

 僕はアンタを撃たなくても、此処を出たら警察に電話するよ。

 店で十七歳の少女を働かせてますよって。
 店で麻薬の売買が行われてますよって。
 店主が強姦の指示を出しましたよって。

 一気に三犯か。
 刑罰はどんなモンだろうね。
 さっきネットで調べたけど、なかなか大したモンだよ」

村上は蝋人形のように動かなかった。
吐き出すように「何でお前が」と言ったが、それは酷く小さな声だった。

「そんな電話の情報だけで、すぐに警察が動くかよ」

村上は不安を遮るように言い返したが、
タイラーは酷く簡単に、冷たく言葉を重ねた。

「すぐに動くさ。
 全身を縛られて動けないから、今すぐ助けてくれと言えばね」

村上は舌打ちをした。
全身の荷造りテープを解こうと身を捩じらせたが、無駄だった。

「この店の従業員が来るのは、夕方くらい?
 それまでには、此処は警官で溢れてるだろうよ。
 何処かに隠してある麻薬も、見付かるんじゃないかな?」

村上は暴れた。
緩く縛られた首のテープが喉に食い込んで、嗚咽を漏らす。

「殺すぞ、ガキ」

嗚咽を漏らして涙目になった村上が呼吸を整えながら言った。
足を上下に動かしながら「俺に何の恨みがあって」と叫んだ。




「アンタに何の恨みがあって?」




文乃が倒れて居た。
文乃が、全裸で血を流して、倒れて居た。

全裸になった文乃は、全裸だったけれど、耳にはピアスが光って居た。
流れた血が固まった髪の毛の奥で、ブルーチタンのピアスが光って居た。

東京湾は何色なんだ。

タイラーは銃口を向けたまま、酷く冷静に言った。
肉食動物が獲物を捕らえる為に、身を屈めて様子を窺って居る。
何時でも捕らえる事は可能なのに、無邪気に遊んでる残酷な猫のように。


「忘れないでくれ。
 僕はアンタを今すぐ撃つ事も出来るし、
 僕はアンタを今すぐ警察に引き渡す事も出来るけれど、
 アンタ自身には、どちらが良いかを選ぶ権利なんて、無いんだ」


雷鳴。

羽音。

銃口。



タイラーは言った。



「選ぶのは、僕だ」
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