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鉛色のサンデー 第十九話

蜘蛛の巣の上で、蝶は引き千切られる。

蜂が飛ぶならば、逃げるだろう。
蛾が飛ぶならば、避けるだろう。
蝶が飛ぶならば、捕らえて食うだろう。

圧倒的な優位性が、生命の遣り取りを重ねて居る。
蜘蛛の巣を前にすれば、簡単に変化してしまう事を、忘れてはいけない。

羽を引き千切られ、地を這うのだ。
無様な様を眺めて、嘲笑う事は可能だ。

銃口を向けて、卑猥な目をして高笑いする。
糸で絡め、身動きを取れなくすれば、怖いモノなど無い。

衝動を、ぶっ放してしまえ。
一直線に、己の理由に従うように。
心臓が血液を、強く、全身に圧し出して居る。

教えてくれ、東京湾は、何色なんだ。






第十九話 『青』




「ガキが偉そうに、何言ってんだ」

村上が言った。

「俺を殺したからって、どうなるってんだ」

タイラーは窓際から動き、再びパイプ椅子に腰掛けた。
換気用の窓からは、相変わらず雨音が聴こえる。
蛍光灯が音を立て、何度でも消えかかる。

「アンタが文乃にした事を、僕は許せないだけさ」

「お前に俺を裁く権利なんて無いだろうが」

「アンタを裁く権利は無いさ。 だけどアンタを撃つ自由は在るよ」

村上は眉をしかめながら「ガキの屁理屈だ」と吐き捨てた。
日本に住む限り、誰かを撃つ自由など存在しない。
それは単なる屁理屈以外の何物でも無い。
それも酷く幼稚な類の屁理屈だ。

タイラーは、屁理屈を楽しんでるようでさえ在った。
溜め込んだ衝動を、持て余してどうして良いか解らないようでも在った。
溜め込んだ衝動を、撃ち放つ理由を、無理に探して居るようでも在った。

「俺を殺して、何がしたいんだ」

「何をしたい訳でも無いさ」

「ガキの言い分だな」

村上は動けなかった。
一歩でも動けば首の荷造りテープは村上を絞めるだろうし、
目の前の男からは、銃口を向けられたままだった。

「ガキだよ、お前は」

「どういう意味?」

「そのままの意味さ。 お前もアイツもガキだ」

村上は文乃の記憶を辿った。
最初に店を訪れた日の、文乃の記憶を辿った。

春の日だった。
履歴書を持って現れた文乃は、白色のシャツを着て居た。
酷く地味で、化粧の仕方ひとつ取っても、田舎から出てきた女だった。

みすぼらしかった、という意味では無い。
ファッション雑誌でよく見かける化粧の仕方だったからだ。
それが酷く似合って居なかった。

ところが、文乃は美人だった。
稚拙な表現をすれば、透き通るような美人だった。

汚れて居ない、という意味では無い。
汚れる事を恐れて居る、と表現するのが適切な美人だった。

何故、そんな女が風俗で働こうとするのか。
理由はひとつしか無かった。
だから村上は文乃を買った。

「偉そうな事を言ってるが、俺を殺してどうするんだ?」

村上は顔を上げると、タイラーに向けて言った。
タイラーは退屈そうに鉄砲を手で揺らして居る。

「だから、どうしたい訳でもないさ」

「お前がアイツを養えるのか?」

「僕が文乃を?」

突然、雷鳴が響いた。
雨音は追い縋るように、強さを増した。
蝿が空中を旋回する。
行く宛が見付からないように、何度でも旋回する。

「お前には覚悟なんて無いのさ」

「覚悟?」

「俺を撃つ覚悟も、アイツを守る覚悟も」

タイラーは再び銃口を向けて、村上の目を見る。
村上はタイラーの目を見たまま、動かない。

「アンタには文乃を守る覚悟が在ったとでも?」

「今のお前に、毎月アイツを養うだけの金が稼げるのか?」

「アンタの金は、女を抱いて、麻薬を売って、稼いだ金だろ」

「何が悪い?」

村上は全身を青色の荷造りテープで縛られては居たが、
今にも立ち上がりそうだった。
簡単に糸を引き千切り、今にも動き出しそうだった。
蜘蛛の巣など突き破る、巨大な蜻蛉のようだった。

「子供が偉そうな理屈を垂らすな」

「大人が偉そうな説教を垂らすな」


銃口が、揺れて居る。


「金を稼ぐ為には、誰でも少しは汚れるさ」

「話を変えるなよ」

「男は汚れなきゃ、誰も守れないだろうよ」

「話を変えるなよ」

「自分だけは綺麗で居たいなんて、虫の良い話だぜ」

「話を変えるなよ」


雷雨は止まらない。
小さな窓からは、光が伝わる。
遅れるように轟音。


「アンタは文乃を守って居たとでも?」

「守って居たさ、今のお前よりは」

「今の僕よりも、守って居た?」


飛行機が白煙を上げて墜落して往く。
激突を回避する事は不可能だ。
徐々に地面は迫って来る。


「アンタは文乃を傷付けて、それでも普通に生活出来るのか?」

「出来るさ、アイツが自分で選択した結果だ」

「自分が傷付けた文乃を踏み越えて、のうのうと生きて往けると?」

「出来るさ、アイツが自分で選択した結果だ」


巨大な蝿が旋回して居る。
蜻蛉は蜘蛛の巣を引き千切り、自由に飛び回る。
蜘蛛の巣を越えて、餌を求めて、何度でも、自由に飛び回る。


「お前は俺を殺して、のうのうと生きて往けるのか?」


文乃は眠りの中に居る。
飛行機は墜落するが、気付かぬフリを続けて居る。
恐らくは今も。

理由が欲しいんだ。
理由が。

意味が欲しいんだ。
意味が。

衝動が、声にもならぬ声で、呼びかけて居る。

往きたいと。
生きたいと。




「教えてくれ、東京湾は、何色なんだ?」




タイラーは言った。
村上は言葉の意味が解らずに、訊き返す。


「何言ってんだ?」

「東京湾は、青色か?」

「何言ってんだ?」


汚れて往く事を

汚れて居る事を

汚した事を

汚す事を

決して正当化するな。


東京湾は、今、深い眠りの中に居る。


「東京湾は、ドブ色だろ」


村上の台詞を聞くと、タイラーは笑った。
笑いながら、何故かは解らないが、泣いた。
泣きながら「そりゃそうだよな」と、小さく呟いた。


「アンタはさ、知らないんだろ?」


タイラーは、酷く静かな声で、ゆっくりと話した。


「何、泣いてんだ?」

「文乃は、本当は飛行機が大好きだって事も」

「何?」

「文乃は、本当はワンピースがよく似合うって事も」

「何?」

「文乃は、黒ゴマのお菓子が馬鹿みたいに好きだって事も」

「何?」


タイラーは泣いた。

酷く静かに泣いた。

泣きたい訳では無いが。


「アンタは文乃を抱きたいから、抱いただけだ」

「何?」

「女を抱きたい為に、偉そうな理由を付けるなよ」


衝動は、止まる事を知らなかった。
心臓が、血液を速やかに、全身に送り出して居る。


「アンタが文乃を守って居た?

 冗談も休み休み言ってくれ。
 アンタは文乃を守ってなんて居なかった。
 アンタは文乃を縛って動けなくさせただけだろう。

 だからアンタは文乃の事なんて、何にも知らないんだ」


タイラーは耳たぶに触れた。
ブルーチタンが冷えた温度を、指先に伝えた。
タイラーは目を閉じると、少しの間、鉄砲を胸に当てた。

衝動が、酷く穏やかに、全身に浸透するのを感じた。
息を、大きく吸い込み、大きく吐き出す。
この時、タイラーは、初めて高広だった。

高広、と呼ばれるべき存在だった。


「アンタは知らないんだ。

 文乃はブルーチタンのピアスに、意味を付けた事も。
 飛行機を眺めて、何を想って居たのかも。
 東京湾を眺めて、何を想って居たのかも。

 アンタは知らないんだ。

 文乃は生きたがってたって事も!
 文乃はアンタの人形じゃ無いって事も!
 文乃は汚れても、何度でも、青色を求めてたって事も!」


巨大な蝿が大きく弧を描いて、窓から逃げた。
雷雨の中に飛び去って往った。
蛍光灯が消えた。


「青色?」


暗闇の中で、村上は口を開いた。


「文乃は汚れても、尚、青色だったのさ」


暗闇の中で、高広は口を開いた。


鼓動は波の無い水面のように静かだった。
全ては終息に向かって居た。
高広は村上に銃口を向けた。

撃鉄を親指で引き起こす。
弾倉が回転する。
息を吐く。

深く呼吸をするように、鉄砲は息を吸い込んだ。




「最後にひとつだけ訊かせてくれ」




高広は言った。




「文乃を愛してた?」




暗闇に、雷が、光った。




「          」








瞬間

高広は「ははっ」と短く

笑った。
























































































ドォン。
























































































青い海が徐々に、オレンジ色に侵食されて往く。

オレンジ色は再び、青色に侵食されて、空に昇る。

僕等の世界は何色だ?

まぁ、とにかく、空に昇る。


午前四時九分。


東京湾から、太陽が、這い出ようとして居る。
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