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鉛色のサンデー 最終話(前編)

枯らせた花の種を、再び撒かなければ。

蜻蛉が飛んで居る。
肌を撫でる風は涼しく、葉は紅く染まり始めて居る。

季節は秋だ。
蝉が鳴く声も聴こえない。
蝿が飛ぶ音も聴こえない。
世界はほんの少しだけ沈黙し、過ぎた夏の余韻に浸って居る。

花は実を結び、葉を散らし、やがて枯れ往くだろう。

地面に種が落ちて居る。
優しく風が吹いて。
そしてまた。






最終話 『弾丸の行方(前編)』




「吉川、久し振りだなぁ!」

大学の講義室に、大きな声が響いた。
男は片手を上げて、満面の笑みを浮かべて近付いて来る。
髪を金色に染め、胸元を開けたシャツを着て、お笑い芸人のような笑顔と、
季節に相応しくない日焼けした肌を引き連れて、男は近付いて来る。

吉川と呼ばれた男は、机に高く積み上げたチラシを置き、
何かを書きながら誰かに話しかけて居たが、背後からの呼び声に気付いて振り向いた。

「あ、蒲田君」

「そう、俺、蒲田君。 元気だった?」

「うん、僕は相変わらず。 蒲田君は?」

「俺、すげぇ元気。 帰国子女になった気分」

「何それ」

蒲田と呼ばれた男は、胸元を開けたシャツの胸ポケットから何かを取り出すと、
それを指で摘み上げて、吉川に手渡した。
それは変なキーホルダーだった。

「お土産」

「お土産? 何処かに行ってたの?」

「アメリカに行って来ました」

「あ、夏休み中?」

「そうそう」

具体的に言うと、自由の女神がフライド・ポテトを高々と掲げて居るという、
どの角度から良心的に見ても、決してセンスが良いとは言えない、
実に変なキーホルダーだった。
フライド・ポテトを二本掲げて居るのも中途半端だ。

「ありがとう」

吉川は礼を言うと、期待を込めた蒲田の目には逆らえず、
それを自分の鍵の束に付けて見せた。
蒲田は「似合うじゃん」と満足気に言うと、楽しげに吉川の肩を叩いた。

「あっち行って話そうぜ」

蒲田が親指で指差すので、吉川は大量のチラシを片手に席を移動した。

「何それ?」

「あ、ボランティアのチラシ」

「まだやってんの? 好きだね、お前も」

蒲田は呆れたように笑うと、思い出したように言った。

「そういえば、高広は?」

「今日は来てないよ」

「え、マジで?」

実に歳相応の反応で、蒲田は驚いてみせた。
吉川は鍵に付けたキーホルダーを、中指で弾いた。

「最近ずっと会って無い気がするな」

「まぁ、夏休みだったしね」

「大学の夏休みは長くてイカンな」

中指で弾かれたキーホルダーが空中で揺れて居た。
自由の女神の二本のフライド・ポテトはゴムで作られて居るらしく、
キーホルダーが揺れる度に、二本のフライド・ポテトも合わせて揺れた。

「高広君、夏休み前から来てなかったけどね」

「え、マジで?」

「蒲田君、普段から、ほとんど来てないもんね」

蒲田は「失敬な」と、何が失敬なのかよく解らない返答をしながら、
我が身をまったく省みないように「アイツ、単位大丈夫なの?」と言った。

「高広君は大丈夫でしょ。 何時も上手くやっちゃうからね」

吉川が言うと、蒲田は心から同意したように「そうなんだよな」と頷く。

「アイツ、どうして何時も、何でも上手くやっちゃうの?」

「どうしてかな」

「何事にも興味が無さそうなのに、上手くやっちゃうよな」

蒲田が心の底から羨ましそうに言ったので、吉川は笑った。
蒲田の喜怒哀楽を眺めるのは、フライド・ポテトを眺めるよりも面白い。

「覚えてるか?ずっと前にさ、三人でコンパしたじゃん」

「ああ、僕が人数合わせで呼ばれたコンパね」

思い出したように、嫌味でも無く、吉川は笑いながら言った。
もう一年以上も前の出来事だ。
男三人と女三人が安い大衆居酒屋で出逢った。

突然、蒲田が話しかけて来て「コンパに参加しろ」と言った。
誰の目から見ても明らかに、それは人数合わせの為の誘いだった。
吉川が、蒲田が連れて来た高広と話したのさえ、その日が初めてだった。
そもそも高広も、蒲田が強引に誘っただけかもしれない。

「その時にさ、すげぇ可愛い子、居たじゃん」

「可愛いって言うか、美人だったね」

「あの時も高広、何の興味も無さそうだったのに」

そこまで聞くと、吉川は大声で笑った。
今から蒲田が言おうとしてる事が、全て解ったからだ。
蒲田の思考は実に単純明快で、それはむしろ好感が持てた。

「俺達が、あの子が一番可愛いって騒いでるのにさ」

「いや、僕は言って無いと思うけど」

「高広、アイツ何て言ったと思う?」

「別に、美人でも不細工でも無い、だったっけ」

「そう!」

クイズ番組の司会者が正解者を祝福するように、
大袈裟に人差し指を立てながら、蒲田は叫んだ。
その仕草を見て、吉川は腹を抱えて笑った。
それから至極ゆっくりと、窓際を撫でる風のような口調で言った。


「高広君はさ、他の人が羨ましがるようなモノを常に持ってるんだよ。
 だけれど彼一人だけ、それに興味の無いフリをしてるんだ」


蒲田は納得して居るのか、納得して居ないのか、
それとも意味がよく理解出来なかったのかは解らないが、
とにかく何度か深く頷くと「とりあえず飯食いに行こうぜ」と言った。

講義室を出ると、蒲田はまだ先程と同じ話題を続けた。
「そのくせ、あの美人を持って行ったのは高広だ」だとか、
「俺もアルマゲドン、もっとしっかりと観ておけば良かった」だとか、
少なくとも榊先生の単位の役には立たない会話を、蒲田は続けた。

「何処で飯、食うの?」

「ああ、何食いたい? 喫茶店とかで良い?」

「うん、僕は何処でも良いよ」

蒲田は適当な喫茶店を見付けると、扉を開けた。
鈴の音が鳴った。
珈琲と煙草とナポリタンが混ざったような、独特の香りがした。

店内に客は少なく、奥の席に男女が座って居る。
窓際の席には親子のような歳の差の男女が座って居る。
手前の席には同じような学生が座って、煙草を吹かして居る。

「そう言えば、アメリカどうだったの?」

「アメリカね、凄かったよ」

「へぇ、何が?」

吉川が話に食い付いた時に、ウェイトレスが注文を取りに来た。
水を注いだ二杯のグラスを丁寧に置くと「ご注文は?」と訊ねる。

「喫茶店と言えばナポリタン!」

蒲田が勢い良く注文したので、吉川もそれに合わせた。
少し目を離すと蒲田はウェイトレスを口説きそうになるので、
吉川は先程の質問を繰り返して、蒲田の気を逸らす事にした。

「何が凄かったの?」

「ああ、とりあえず空港が凄かったね」

「アメリカの空港?」

「違うよ、羽田空港」

「は?」

蒲田はグラスを手に取り、水を一口飲むと、
今から無理にでも興奮を演出しよう、とするような目付きをした。

「すげぇの!台風が!」

「ああ、台風の日、あったね」

「飛行機、飛ばないかと思っちゃった!」

「え、飛んだの?」

「飛ばなかった!」

吉川は先程と同じく「は?」と繰り返したが、蒲田は興奮を通り越して、
新たな世界の扉でも開けたかのように、自由に話し始めた。

「あの台風はマジで凄かったねぇ」

「アメリカの話しようよ」

「あの台風じゃ、何か事件が起きても気付かないでしょ」

「アメリカの話しようよ」

「あの台風じゃ、発砲事件とか起きても気付かないよね」

「何処から出てきたの、発砲事件」

吉川が言うと、蒲田は勝ち誇ったような表情をした。
言うなれば「その台詞を待ってました」というような表情だった。
蒲田は重要な告白でも秘めてあるかのように、間を溜めてから言った。

「実は何と俺、アメリカで拳銃、撃って来ました!」

「へぇ、そりゃスゴイね」

「感動した!」

蒲田は、知り合いに連れられてガン・ショップに行った事や、
同じ日に射撃場に行った事を、実に無邪気に話した。
吉川は笑いながら、フライドポテトを揺らした。

「拳銃、すげぇよ」

「へぇ」

「日本に持って帰って来たら良かった」

蒲田が興奮冷めやらぬ熱弁を繰り返す頃に、ナポリタンが運ばれた。
茹で上がりのナポリタンは湯気を立て、実に瑞々しかった。
吉川はフォークを手に取り、上手にパスタを絡めた。

「ちゃんと的に当たるモンなの?」

パスタを口に運びながら、吉川が言った。

「ああ、無理無理」

蒲田はフォークに巻かれた紙ナプキンを外しながら、笑った。

「素人が初めて撃って、まともに真っ直ぐ撃てる訳ないじゃん。
 あんなモン、的が目の前に在っても無理だね。
 だって、撃った時の反動、凄いよ」

「へぇ、そんなに反動、凄いんだ?」

「腕、吹き飛びそうになるよ」

蒲田は笑いながら不器用にパスタを絡めると、それを口に運んだ。
それから、ほんの少しだけ真剣な顔をして、言った。


「だからさ、例えば事件とかに巻き込まれたとするじゃん」

「うん」

「もしもね、そんな極限状態の中で拳銃を撃つとしたらさ」

「うん」

「ほとんど、目標に向けて真っ直ぐになんて撃てないと思うね」

「うん」

「しかもね、それが初めての射撃だったとしたら、まず無理だね」

「へぇ」




オレンジ色の太陽が、徐々に高さを増して往く。

東京湾から這い出して、再び、東京湾で眠りに就くまで。


空気の中を、渦を巻きながら、一直線に進んで往く。

打ち放たれた弾丸が、回転して、障害や肉体を貫通して往く。

障害や肉体を貫通した弾丸は、宛も無く飛び続け、やがて海に落ちる。


否、まだ飛び続けて居る。




「あ、そろそろ戻らないと」

腕時計を眺めて、吉川が呟いた。

「え、授業出るの?」

汗をかいたグラスの水を飲み干しながら、蒲田が訊ねる。

「いや、ボランティアの話、途中だったから」

蒲田は「ああ、さっきの奴ね」と言った後で、付け加えた。


「好きだよな、ホント、何時までやるの?」

「いや、何時までとかは決めて無いよ」

「次のボランティアは何やるの?」

「東京湾の空缶拾いかな」

吉川は紙ナプキンで口を拭くと、立ち上がる準備をした。
蒲田は吉川を眺めながら、窓際の席を眺めた。
親子くらいの歳の差の男女が、飽きずに話を続けて居る。
本当に親子かどうかなのかも怪しいモノだが。

吉川は立ち上がると、伝票を手に取った。
自由の女神のフライド・ポテトが、自由に揺れた。
蒲田も立ち上がろうとして、何故か不意に気になった。



「東京湾で拾った空缶で、具体的に何人が救われるの?」



蒲田は言った。
実に何気ない質問のような口調で、言った。
吉川は立ち止まると、何かを思い出したように、薄く笑った。
それから、答える。

「空缶で何人が救えるかなんて解らない。
 だけどね、誰も救えないとは、僕は思わないんだ。
 空缶を拾ってる瞬間、少なくとも僕自身は、救われてると思う」

吉川の回答を聞くと、蒲田は「ははっ」と笑った。




撃ち放たれた弾丸の行方を、教えてくれ。

飛び続ける弾丸は、今、何処を飛んで居るんだ。

海から空まで。

その中間まで。

例えば小さな喫茶店の、窓際の席まで。
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