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鉛色のサンデー 最終話(中編)

回転しながら突き進む弾丸。
もしも意味を持たせるならば、僕と君の為で在れば良い。
誰の為にもならない事ならば、誰の身にも優しくない事なんだ。

撃ち放たれた弾丸は、最終的な回答を待ち望んで居る。
北極点から赤道を越え、マクマード湾を経て、南極点まで。
風に揺れる旗は、季節を越えて、僕と君に引き抜かれるまで。

例えば小さな喫茶店の、窓際の席まで。






最終話 『弾丸の行方(中編)』




「東京の空は低いな」

似合わないネクタイを締めた、初老の男が言った。
対面の座席には、薄手のカーディガンを着た少女が座って居る。

「飯、食ってんのか?」

地方の訛りが色濃い言い方で、男が言った。
少女は男の台詞を聞くと、静かに微笑んでから頷いた。

「お父さんこそ、ちょっと痩せたでしょ」

男は特に笑いもせず「引き締まったと言え」と言い返した。

特に会話は無かった。
今に始まった事では無く、昔からそうだった。
特に会話らしい会話もせず、単に近くに居るだけだった。

「仕事、忙しいの?」

それは拒否だとか、断絶だとか、とは少しだけ違った。
特に好きでは無かったし、特に嫌いでも無かった。
あえて言えば普通だったが、しかし一点だけは嫌いだった。

「忙しいさ、今、観光シーズンだもんな」

「忙しいのに、東京来ちゃってるじゃん」

「そんなモン、お前、当たり前だべ」

あの土地が嫌いだった。
あの土地に住み、満足そうに生きて居る父が、嫌いだった。
父の言葉の訛りが嫌いだった。
あの土地で生きて往く事を、強制されるようで、嫌いだった。

「娘が心配だったら、すぐ飛んでくるモンだ」

「別に心配する事なんて無いのに」

入口の扉を開く、鈴の音が聞こえた。
大学生風の二人組の男が、席を探して居るのが見えた。

「こんな空の低い町に住んでたら、病気になっちまうわ」

「ならないよ」

少女は小さく笑うと、窓の外を眺めた。
太陽は徐々に高さを増して、間も無く真上に届きそうだった。

空が低いとは思わない。
空が低いならば、太陽にも手が届くだろうか。
低くても、高くても、どちらにせよ届く訳は無いのだけれど。
それでも、この町の空が低いとは思わない。

あの町の空はどうだったか。
灰色の空が延々と続いて居たような気がする。
それが高かったのか、低かったのかさえ、よく思い出せない。

「仕事、どうなってるんだ」

父が訊ねると、少女は視線を店内に戻した。

「今は何もしてないよ。
 最近まで働いてた店も無くなっちゃったからね」

「倒産したのか」

「ん」

少女は適当に言葉を濁した。

正確に言うと、少女が仕事を辞めたのは、職場が無くなる前だ。
職場が無くなる直前と言っても良い。

少女は店主に、突然、退職の意思を告げた。
意思を告げたと言っても、大層な理由は無かった。
何となく、その日の内に仕事を辞めてしまいたくなったのだ。
店主からは暴力を受けた。

(それは性的な暴力と言っても差し支えなかった)

少女は足の靭帯を、ほんの少しだけ痛めた。
それでも、明日から働かなくても良いと思うと、気分が楽だった。

すぐにでも次の仕事を探さなければならなかったが、
足の靭帯を痛めてしまったので、休養が必要だった。
すぐに治る気で居たのだが、痛みは予想以上に長引いた。

生活資金が底を尽いた頃に、少女は実家に電話をかけた。
それは少女が実家を飛び出してから、初めてかけた電話だった。
母が電話に出たので、頭を下げて、ほんの少しの仕送りを頼んだ。

そして今、父が目の前に居る。



「喫茶店と言えばナポリタン!」



遠くの席で、間抜けな声が聞こえる。
少女は遠くの席を眺めると、何となく笑った。

「靭帯伸ばすような仕事って、現場仕事か」

「まぁ、そうだね」

「お前は昔から、よく怪我ばっかりしてたもんな」

「そうだっけ?」

頬杖をしながら父の台詞を聞いて居ると、何だか眠くなって来た。
別に父の台詞に退屈を感じて居る訳では無い。
聞いて居ると、眠くなるのだ。

心地よい。

ああ、多分それだ、と少女は思った。
あの町で暮らして居た頃に感じたような嫌悪感は、
今は何も感じなかった。

酷く懐かしかった。
灰色の空だとか、灰色の湖だとか、灰色の町が、
少女の記憶の真ん中に、何時でも見えて居たが、
果たして本当に灰色だったのだろうか、と考えた。

灰色だったような気がして居るだけでは無いだろうか。


「お父さん、パフェ頼んで良い?」

「ああ、良いよ」


少女は眠気を覚まそうと、パフェを注文する事にした。
メニュー表を取り出すと、デザート欄を指差して、パフェを探す。

「あ、パフェ、無いや」

少女は呟いたが、すぐに代わりのモノを指差した。
手を挙げてウェイトレスを呼ぶ。

「生クリームサンデーひとつ」

ウェイトレスは伝票に文字を書きながら、訊ね返す。

「アイスの種類が選べますよ」

少女は「あ、本当だ」と言いながら、メニュー表を見直す。
人差し指を上から下に移動させながら、好みを吟味する。
父は煙草に火を点けながら「水、おかわり」と言った。

「じゃあ、黒ゴマ!」

少女は元気良く希望を宣言すると、
メロン・ソーダの入ったグラスのストローを吸った。

「黒ゴマのパフェなんて美味しいのかい」

煙草の煙を吐き出しながら、父が問いかける。
少女は少しだけ不服そうに、言い返す。

「あ、酷い!お父さんが言ったんだよ!ゴマ食べろって!」

「え、そんな事、言って無いだろ」

「今じゃないよ、昔!」

「昔?」

少女は不服を宣言するように、
ストローに息を吹いて、メロン・ソーダを泡立たせた。

「子供の頃さ、言ったじゃん」

「何て?」

「頭が良くなるから、ゴマ食べろって」

「そんな事、言ったか?」

「言ったよ!」

父は煙草の灰を、灰皿に落としながら考えた。
言ったような気もするし、言ってないような気もするが、
恐らくは言った可能性の方が、実に高かった。

「でもさ、白ゴマは何かさ、白くて気持ち悪いじゃん」

父は笑った。
あまりにも白ゴマに対して失礼すぎる。

「だから、黒ゴマばっかり食べるようになっちゃった」

父は笑いながら煙草の火を消すと、優しげに言った。

「ゴマは栄養あるからな」

「だから食べてたんだよ!頭が良くなるって嘘なの?」

父は少女を眺めながら、実に楽しそうに、微笑んだ。
少女の無邪気さだとか、純真さだとかは、何も失われて居ない気がした。

「まぁ、何処の家の親も、似たような事を言ってるさ」

「酷い!何その理由!」

「似たような女の子、お前の他にも沢山居るかもな」

「お父さんの嘘吐き!」

少女は父を責めたが、口調は笑って居た。
父の言葉を信じて、黒ゴマを食べ続けた自分が馬鹿みたいだったが、
父との約束にも似た会話を、守り続けた自分が少し誇らしくも在った。

故郷の空が真青に、高く、広がって居るような気がした。

父はグラスの水に口を付けると、
少しの間だけ、何かを考えるような表情をした。
考えると言うよりは、言うべき台詞は既に決まって居て、
それを口から発する為の決断をして居るような表情に近かった。

父は少し真剣な表情をして、少女を見た。
そして言う。


「なぁ、真里」


少女はゆっくりと顔を上げた。


「帰って来い、家に」


父は手を組み、それ以上は何も言わなかった。

真里と呼ばれた少女は、父の顔を眺めた。
それからグラスのストローを咥えて、息を吸い込んだ。
中身の入って居ないグラスでは、息を吸う音しか響かなかった。

ゆっくりと、ゆっくりと、だけれどしっかりと、真里は微笑んだ。

そして言った。


「ごめんね、お父さん」


真里は確実に息を吸い込み、大切そうに言葉を続けた。


「嬉しいけど、もう少しだけ、東京で頑張りたいの」


父は何も言わずに、真里の言葉を待って居る。


「ねぇ、お父さん、東京湾は、何色だと思う?」


父は考えながら、静かに言葉を捜した。


「ねぇ、お父さん、東京湾で、毬藻を育てたいの」

「毬藻?」

「そう、阿寒湖で育てるような、大きな毬藻だよ」


父は笑わなかったし、父は怒らなかった。
唯、静かに言葉の意味を受け入れる努力をして居た。
父は煙草に手を伸ばすと、ゆっくりと火を点けてから、言った。

「まさか東京湾で毬藻の養殖をしたいって言ってる訳じゃないよな」

冗談か本気か解らない口調で、言った。

「似てるけど、少し違うよ」

真里は笑いながら、答えた。

「じゃ、解った」

父が言った。

父は満足そうに煙草を吸い込むと、窓の外を眺めた。
東京の空は満更、低くも無いような気がしたが、それは言わなかった。

真里も静かに窓の外を眺めた。
先程の太陽が、真上に届いて居る事に気付いた。
窓に人差し指を当てると、太陽を指先に乗せて居る気がした。

ウェイトレスが、生クリームサンデーを運んで来た。

気が付くと店内には、父と真里以外に、客は居なかった。
真里は「わぁ、スゴイ」と、至極健全な少女の感想を漏らしながら、
細長いスプーンから紙ナプキンを外すと、一口分のアイスを掬って食べた。

黒ゴマの香りが、口の中に広がって往く。
黒ゴマは生クリームと、絶妙に混ざり合った。
黒と白が、絶妙な色彩を生み出して居た。

「ねぇ、お父さん、知ってる?」

「何を?」

「パフェとサンデーの違い」

真里は学芸会の主役を射止めた時のような、得意気な表情で言った。
父は微笑みながら「知らないな」と言って煙草を吹かす。
真里は「あのね」と前置きしてから話し始めた。

「パフェとサンデーは、どちらも同じなの。
 だけどね、入ってる器が違うの。

 パフェは細くて長い器。
 サンデーは大きくて広い器。

 面白いでしょ?
 同じモノだけど、器が変わると、名前も変わるの」

真里の演説を聞くと、父は「へぇ」と呟いた。


弾丸が回転して居る。

弾丸は終着点を目指して進んで居る。

だけれど終着点は、名前を変えて、また出発点へと。

日曜日が、名前を変えながら、また何度でも繰り返すように。


弾丸が回転して居る。

小さな喫茶店の窓際の席の、綺麗なガラスを突き破り、

一直線に、空を舞い、地を這い、海を潜り、

東京湾まで辿り着く。


太陽が、手を伸ばして居る。

東京湾を、静かに、若い男女が歩いて居る。

弾丸は、まだ回転して居る。
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