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彼女はモスキート。 第二話

漫画喫茶へ向かう道の途中で、
僕等が交わした会話はふたつ。

すなわち
「最終兵器彼女を、今のところ何巻まで読んだのか」

「最終兵器彼女を、何故そこまでして読みたいのか」
だった。

彼女は後を歩く僕に振り向きもせずに、
栗色の後髪と空気の浮間から、声だけを捻じ込んで答えた。

彼女の返答はそれぞれ「四巻」と「愚問」だった。




1678058_212.jpg

第二話 『彼女と漫画喫茶(初/壱)』




成程、正解である。
後者の質問に関しては明らかな愚問だったし、
前者の質問に関しても、褒められる程の質問では無かった。

四巻まで読んであるという事は、
当然だけれど五巻と六巻と七巻が未読である訳で、
其の事に対して、僕は一抹の不安を覚えたけれど、
特に何も言わずにおいた。

コンビニの手前で僕は「其処を左」と言ったが、
特に彼女から返答は無かったので、是は会話に含まれない。
もっとも彼女は、僕の言った通りに左に曲がったから、
言語コミュニケーションとしての、意思の疎通は計られて居る。

コンビニの手前を左に曲がると、
細い一本道に街路樹の葉が落ち果て、紅色に染まって居た。
緑色のワッフル・トレーナーが枯れ葉を踏む度に、
カサリ、カサリ、と渇いた音が鳴った。

何故、僕が彼女の後姿を眺めながら歩いて居るのか。
其の理由が、よく解らない。
強いて言うならば、断る理由が無かったからだけれど、
強いて言うならば、歩く理由も無かったはずだった。

彼女の背中が見える。
重そうなブーツは、まるで容赦なく、枯れ葉を踏み付けた。

通常の枯れ葉であれば、枝から枯れ落ちた際に一度死に、
地面で朽ち果てる段階で、穏やかに二度目の死を迎える予定だったが、
重低音を効かせた彼女のブーツのおかげで、
彼等は一度、叩き起こされ、騒々しくも粉々に踏み付けられ、
可哀想に、再び穏やかに、三度目の死を迎えなければならなくなった。

否、其れが可哀想な事かどうかは、よく解らない。
今際の際に、誰かに揺り起こされる事は、幸せな事かもしれない。
彼女の場合は、叩き起こして居る訳では在るが。

腰まで伸びた栗色の後髪は、歩く度に小さく揺れた。

道沿いに小さな看板が見えた。
筆記体で『SQUADRON 633』と書かれて居る。
其処が漫画喫茶だった。

今度は教えずとも気付いたようで、
彼女は僕が声をかける前に、店の扉を開いた。
自動扉では無く、昭和の喫茶店のような、古い扉だった。

ご丁寧に、鈴の音が鳴る。

店内から THE BEATLES が聴こえた。
前の曲が終わり、次の曲に切り替わる瞬間だった。
天井から流れた曲は IF I FEEL だった。

店内は「昭和の喫茶店のような」という比喩表現は適切では無く、
其れは内装から装飾から雰囲気に至るまで「昭和の喫茶店」だった。

正確に言うと。
昭和に開業した普通の喫茶店が、
以前から置いて在る漫画の量を増やし、
漫画の量に合わせて漫画の棚の列を増やし、
時代の流れに合わせて、席料金を時間制にしたら、
何時の間にか漫画喫茶になりましたよ、と言った具合だった。

要するに、
「昭和の喫茶店を漫画喫茶にしてみちゃいました」であり、
言葉の雰囲気だけで言うならば、よくコンビニで見かける、
「甘栗むいちゃいました」の雰囲気と、あまり大差は無い。

気が付いたら甘栗の皮が剥けちゃってました、という事は無く、
気が付いたら喫茶店が漫画喫茶になっちゃってました、という事も無いが、
両者に共通するのは「やっちゃいました」という事実に対する、
悲哀と反省を微塵も感じさせない、突き抜けた前向き思考だ。

是が高校生ならば「受験に失敗しちゃいました」とは言えず、
是が会社員ならば「大量に発注ミスしちゃいました」とは言えない。
何となく意図的に、甘栗をむいちゃった訳であり、
何となく意図的に、喫茶店を漫画喫茶にしちゃった訳だ。
そんな雰囲気だから、当然、インターネット設備も存在しない。

開放的な作りの店内には仕切りが設けられておらず、
窓際の席には午後の太陽が注がれて居る。
店内には淹れ立ての珈琲の香りが充満し、
其の隙間を縫うように、ナポリタンの香りが漂って居る。

奥の席は薄暗いが、
それぞれのテーブルの上には、間接照明が設置されて居る。
漫画を読むには不向きだが、
元から漫画喫茶の為に作られた店では無いので納得がいく。

彼女は物珍しそうに店内を見回すと、
小さな声で「へぇ、格好良いじゃん」と呟いた。
呟きながら壁に掛けられたポスターの額を、指で触れる。

店主の趣味が色濃く現れた内装は、
主に大昔の外国映画の宣伝ポスターだとか、
ブリキ製の玩具だとか、雑貨だとかで構成されて居る。
奥には恐らく今では使えないであろう、ジューク・ボックスも見える。

黒のシャツと黒のミニ・スカートに、
白くて小さなエプロンを巻いたウェイトレスが、
僕等を見て「いらっしゃませ、二名様ですか?」と言った。

ウェイトレスはかしこまったように(恐らくは無意識に)前髪を整えながら、
「当店は時間制料金の漫画喫茶ですが、会員証はお持ちですか?」
と早口で言った。

この店に、時間制料金も、会員証も、酷く似合わないが、
相手が「漫画喫茶だ」と言うからには、此処は漫画喫茶なのだ。
彼女は首を横に振り、僕も合わせて首を横に振った。

此の店の存在は知って居たが、入るのは初めてだった。
何故なら普段であれば、僕は此処より遠くのネット・カフェに行く。
彼女が「この辺の漫画喫茶は何処か」と訊いたから、此処にしたのだ。
まさか自分が同伴させられるとは思わずに。

ウェイトレスは小さな紙とボールペンを差し出して、
「コチラの枠の中、ご記入お願いします」
と言うと、また前髪を整えた。

氏名・生年月日・住所・職業・電話番号。
珈琲を飲みながら漫画を読むのに、必要な情報とは思えない。
昭和の喫茶店が漫画喫茶に変化するように、其れは単に時代の流れだ。
僕はボールペンを手に取り、乱雑な字で個人情報を記入した。

彼女は一文字一文字を酷くゆっくりと書きながら、
僕を見て「見ないでよ」と言った。

「見てないよ」

「見ないでよ」

「だから見てないよ」

「書いたんなら、本、探してきて」

彼女は僕を指差すと、其の指を、其のまま横に動かした。
動かした指の先には、漫画の棚が並んで居る。
彼女は赤い目で、僕の目を見ながら、

「最終兵器彼女」

と言った。
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