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彼女はモスキート。 第六話

空になったアイス・コーヒーのグラスに、水が溜まって往く。

当然では在るけれど、
其れはグラスの氷が解けて溜まった液体だ。

例えばグラスの底に数滴のアイス・コーヒーが残っており、
其れがグラスの水と混ざり合ったとしても、
其れは既にアイス・コーヒーでは無かった。

彼女が飲み干したグラスは、
風鈴のような音を鳴らす事も無く、
与えられた季節に従って、静かに佇んで居た。




1678058_212.jpg

第六話 『彼女と漫画喫茶(初/伍)』




僕のグラスにはアイス・コーヒーが注がれて居る。
目的も無いままに、ガム・シロップを加える。

ストローを挿し、生クリームを加え、
ガム・シロップと共に掻き混ぜたアイス・コーヒーは、
数分前より幾分か、体積を増したかのように思える。

否、確実に増して居る。

彼女は漫画に視線を落したまま、此方を見る事は無い。
僕の行動は酷く意味不明で在り、荒唐無稽でも在った。

飲みもしないアイス・コーヒーを注文し、
飲みもしないのに生クリームとガム・シロップを加え、
飲みもしないのにストローで掻き混ぜる行為に、何の意味が在る?

使いもしないプラダのバッグを欲しがるキャバクラ嬢のようだ。
彼女達はプラダのバッグを使用したい訳では無い。
恐らくはきっと其れを、保有したいのだ。

別に其れがキャバクラ嬢のプラダで在る必要も無い。
買ったままで組み立てる事の無いプラモデルだって良いし、
買ったままで読み終える事の無い聖書でも何でも良いのだ。

とにかく其れを手に入れた事に対して、僕は安心する。
キャバクラ嬢がプラダのバッグを手に入れた瞬間と同義語の表情で、
僕は嬉しそうにプラモデルの箱を飾るだろうし、聖書を本棚に飾るだろう。

そして今、同じ理屈で、僕の目の前にはアイス・コーヒーが在る。

ところが今、問題なのは、
僕はアイス・コーヒーを手に入れたいとは思って居なかった。
僕はアイス・レモン・ティーを飲みたいと思って居たのであって、
其れがアイス・コーヒーに変更された理由は、単なる彼女の我侭だ。
さて、其れでは僕が彼女の我侭に付き合った理由は?


「何時まで同じページ読んでるの?」


不意に、彼女の声がした。

彼女は栗色の前髪の隙間から、
怪訝とも不快とも取れぬ表情で僕を眺めて居る。
僕は適当に誤魔化せるような台詞を探しながら、煙草を探した。

「良い場面なんだよ」

「へぇ」

「岬君がゴールポストに突っ込むの」

「へぇ」

「煙草、最後の一本だ」

最後の一本を取り出すと、煙草の箱は空となり、
心もとない重さと軽さだけが、僕の左の掌で戯れて居た。
彼女は僕の名場面の話にも、煙草が空になった話にも食い付かず、
空になったグラスからストローを取り出すと、其の先端を僕に向けて、
「アイス・コーヒー、零れそうだよ」とだけ言った。

「ああ、飲む?」

「飲まない」

「まだ口付けて無いよ」

「要らない」

彼女は台詞とは正反対に、
手に持ったストローを僕のグラスに差し込むと、
少しだけ身を乗り出して、其れを一口、飲んだ。

彼女の頭が、僕のすぐ傍に来た。
甘いシャンプーのような香りがした気がするけれど、
其れはシャンプーでは無くて、香水か何かだったのかもしれない。

彼女の栗色の髪が揺れて、テーブルの上に流れて居た。
其の髪は川のように流れて居たが、僕の指までは届かなかった。
僕の指は、一瞬だけ電気が走ったように小さく動き、そして止まった。

「飲まないって言ったじゃん」

誤魔化すように(其れも酷く根本的な何かを誤魔化すように)僕が言うと、
彼女はグラスから離れ、まるで煙草を吸うようにストローに指を当てると、
其れを唇から離し、悪戯っぽく「にひひ」と笑った。


(さて、其れでは僕が彼女の我侭に付き合った理由は?)


其れが、僕が初めて見た、彼女の笑顔だった。
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