VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  スポンサー広告 >  長編:彼女はモスキート。 >  彼女はモスキート。 第八話

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

彼女はモスキート。 第八話

歩道橋の階段を、昇る。

一段、一段、寂び掛けた其れを昇る。
其処は地上では無いし、空でも、海でも無い。
益してや宇宙で在る訳でも無い。
奇妙な場所になる。

全てから断絶された気分に浸る事は無く、
全てから隔離された気分に浸る事は出来る。
全ての風景は只、僕の目の前に存在する。
都合の良い場所だった。




1678058_212.jpg

第八話 『歩道橋(紺)』




僕と彼女は、歩道橋の真ん中で止まった。
数時間前に、僕等が擦れ違ったはずの場所だった。

太陽は墜ち始めており、月は昇り始めて居る。
オレンジ色から濃紺へと変化するグラデーションの先端に、
彼女の肢体が在り、彼女の赤色の目が在り、其れを僕は眺めて居た。

「此処で良いよ、もう解るから」

彼女は言いながら、
肩から斜めにかけられた布製の大きな鞄のファスナーを開けた。
僕等の足下を、真赤なバスが通過して往く。

「はい、コレ」

彼女の差し出した細い右腕の先端には、
彼女の白く伸びた指先が在り、其の更に先端には、
見慣れない赤色と白色のストライプで飾られたカードが在った。

「さっきの店の会員証」

其れを受け取ると、僕はカードの表を見た。
確かに筆記体で『SQUADRON 633』と書かれて居た。
二つ折りになったカードを開くと、丁寧にスタンプが押して在った。
今日の日付も記入されて居る。

「君、吉川くんって言うのね」

彼女はそう言うと、僕から視線を外し、遠くの赤信号を眺めた。
赤信号の前には、数台の車が、列を作るように並んで居る。
僕等の足下を通過した真赤なバスも、等しく並んで居る。

掌を返してカードの裏を見ると、僕の名前が書かれて居た。
其れから四桁の登録番号も表記されて居る。
1088。

彼女は鞄のファスナーを閉じると、わざとらしく小さな咳払いをした。
其れから、言った。

「それじゃね、吉川くん」

遠くの信号は青に変わり、一斉に車は動き出した。
僕等の(否、僕の)足下を、大量の車が通過して往った。
僕は赤色と白色のストライプで飾られたカードから視線を外すと、
立ち去ろうとする彼女に向かって言った。

「君は?」

彼女は振り返った。
彼女の習性に則り、首だけで振り返った。
僕の目を(勿論、あの赤色の目で)見ながら、彼女は言った。

「何が?」

「名前だよ、君の名前」

「何で?」

彼女は酷く疑問そうに、そう問い返したが、
其れは真実のようにも、虚偽のようにも見えた。

「僕の名前だけ知って帰るなんて、不公平じゃないか」

僕が言うと、彼女は口元だけで小さく笑った。
其れは微笑と呼ぶよりは、溜息と呼ぶのに近い仕草だった。

「じゃあ、どんな名前が良い?」

彼女は首だけでは無く、改めて体ごと振り返ると、
僕に一歩近寄り、新しい悪戯を思い付いたように言った。

「どういう意味?」

「私がどんな名前だったら良いと思う?」

彼女は更に一歩、僕に近付いた。
遠くでクラクションが短く鳴る音が聴こえた。
オレンジ色から濃紺へと変化するグラデーションの先端に、
彼女の肢体が在り、彼女の赤色の目が在り、其れを僕は眺めて居た。

「リンカ」

僕は思わず、頭に浮んだ単語を口走った。
其れは人の名前として頭に浮かんだ訳では無くて、
確かプログラム言語か何かのはずだった。

機械語のプログラムの断片を結合し、
実行可能なプログラムを作成するプログラム、という意味だったか。
休学する前に、何処かで聞いた単語だった。

「リンカ?」

彼女は不思議そうな口調で問い直しはしたけれど、
決して不快そうな表情では無かった。
其れから、こう言った。

「じゃあ、それで行こう」

それで行こう、と言われても困る。
彼女はきっと、本当はリンカという名前じゃ無いのだから。

「君の本当の名前は何なの」

「私の本当の名前?」

「本当の名前」

彼女は楽しそうに(其れは実に楽しそうだった)笑うと、
更に一歩、僕に近付いて、割と真剣な表情をしながら言った。

「リンカだよ」

「僕が言ったんじゃん」

「そうだよ、君が言ったんだよ」

彼女は僕の手から『SQUADRON 633』のカードを奪い取ると、
其の裏面を眺めながら、言った。

「ねぇ、吉川くん」

「何?」

「君が自分で決めた事以上に、君にとって本当の事って在るの?」

歩道橋を渡る時。

歩道橋を渡る時、僕は何時も無敵だった。

彼方から、此方まで。
この橋を渡る、ほんの少しの間だけ、僕は無敵な気分に浸る。
誰からも、何からも、影響されず、非難されず、僕だけの世界に浸る。

彼女は再び、
肩から斜めにかけられた布製の大きな鞄のファスナーを開けると、
手に持って居た『SQUADRON 633』の僕のカードを、其の中に放り込んだ。

「じゃ、また明日ね」

彼女は身を翻すと、また勝手に歩き始めた。
唐突な発言と行動の意味が解らずに、思わず訊き返す。

「え、何が?」

「まだ本、読んで無いんだもん」

「え、何を?」

「まだ道、覚えて無いんだもん」

彼女は首だけで振り返ると、
口元だけで緩やかに微笑みながら、改めて僕に言った。

「じゃ、また明日ね、吉川くん」

僕は彼女の背中を見送った。

明日の何時に?
明日の何時に何処で?
粗雑な疑問が生じたけれど、問いかけはしなかった。

僕が問いかけたとしても、
どうせ彼女の回答は「愚問」だろうと思った。
そして彼女が言うで在ろう通り、実際に其れは愚問だった。

待ち合わせ場所など歩道橋の上でしか在り得なく、
待ち合わせ時間など本日と同じ昼下がりでしか在り得なく、
僕が誘いに乗るか乗らないかで言うならば、僕は誘いに乗るだろう。

僕は暇を持て余して居たし、
彼女の誘いを断る理由も見当たらなかった。

僕はポケットに手を入れて、
其処で再び煙草を切らして居る事に気付き、
何となく持て余した左の掌を、ポケットの中で誤魔化した。

そう、何となく誤魔化した。

僕の足下を季節はずれのハーレー・ダビッドソンが通過した。
太陽はほとんど沈みかけ、少しだけ欠けた月が自己主張を始めて居た。
歩道橋の真ん中で、僕は其れを見てた。

其れが僕と、僕がリンカと名付けた彼女との、最初の一日だった。
関連記事
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

目次
★説明


★長編小説














★短編






★お笑い








Blog Search
QR CORD
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。