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彼女はモスキート。 第十七話

小鳥のサエズリが聴こえる。

枯葉が、小さな音を、鳴らすように。

チチチ。

チチチ。

チチチ。




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第十七話 『記憶(小鳥)』




姉がセキセイ・インコの雛を連れて来たのは、僕が六歳の秋だった。
鳥カゴと、餌を入れたビニール袋を手に持って、
彼女は玄関に立って居た。

五歳年上の僕の姉は、鳥が好きだった。
彼女の部屋は小鳥の置物だとか、小鳥の写真で埋め尽くされており、
中でもスイッチを入れると鳴き声が聴こえる小鳥の人形は秀逸だった。

其処まで鳥と名の付くモノが大好きな姉なのに、
ケンタッキー・フライドチキンも好きだという事実には、
幼心に、倒錯して居るような感覚を覚えもしたのだけれど。

小鳥は極平凡な名前を付けられて、鳥カゴの中で飼われた。
時折、鳥カゴの外に出して、家中を自由に飛ばせたりもした。

小鳥は姉の肩の上に停まったり、言葉を覚えたりもした。
一番最初に覚えたのは、自分の名前だったか。

「聴こえた?今、名前言ったよね?」

「聴こえた!今、名前言った!」

幼い僕と姉は、鳥カゴを覗き込み、聴いたままの事実を確認し合った。
別に小鳥は其れを自分の名前と認識して鳴いた訳では、
無いかもしれなかったが、其れが嬉しかった。

黄色い羽。

青信号が赤信号に変わる、ほんの一瞬、見える色。

其れがどんな鳴き声だったのか、今では思い出す事も出来ない。
とにかく幼い僕と姉は、其の声を毎日、聴いた。
鳥カゴの柵越しに指を差し出すと、
小鳥は僕の指を突いた。

ほんの短い期間。

ほんの短い会話。

其れ等が永遠のような感覚の中で、
未だに残り得るのだとしたら、其れは何故だろう。
其れがどんな鳴き声だったのか、今では思い出す事も出来ない。
だけれど、忘れられない事も在る。

姉は小鳥の面倒をよく見た。
鳥カゴの掃除だとか、餌や水を与える事だとか、
おおよそ小鳥にとって不自由を感じさせない為の行動を怠らなかった。

其れは幼い頃に姉が好んだ人形遊びの延長のようにも思えたが、
其れ以上に姉は、当時の彼女自身を小鳥と重ねて居るように思えた。

姉は真面目だった。
恐らくは潔癖すぎる程に真面目だった。
中学に進学する頃になると、
彼女は同級生との間に、明確な差異を感じるようになった。

身体的な差異では無く、其れは精神的な差異と呼ぶ事が出来る。
全ては変化せぬままに、音も無く変化する。
帰宅するなり部屋で泣く彼女の背中を、幼い僕は何度も見かけた。

変化を感じ取る事が出来る人間にとって、
変化とは、時に残酷なモノだ。

青色を集めて流れ始める巨大な河のような、
其の思春期の入口で彼女は躓いた。
変化に乗る事が出来なかった。

乳房が膨らむ事だとか。
黒髪を梳かす事だとか。
定期的に排出される血液だとか。

姉は鳥カゴの中から小鳥を出すと、指に乗せ、其れを眺めた。

小鳥のサエズリが聴こえる。

枯葉が、小さな音を、鳴らすように。

チチチ。

チチチ。

チチチ。

季節は再び秋だった。
空は爽快に青く広がって居たし、
姉もまた、青く広がる季節の入口に立ったばかりだった。

翌日は小学校の行事で、秋の遠足が控えて居た。
僕はリュックサックの中に、買ったばかりの菓子を詰めた。
其れから母が用意した新しい子供用の靴を履いて、家中を歩いた。

学校の行事に合わせて新しい文房具や衣服を買い揃えるのは、
当時の僕に対する、母親の優しさと表現出来た。

買ったばかりの靴を履いて遠足の長い距離を歩くのは、
足に負担がかかるので、僕は数日前から家の中で其れを履き続けた。

夕食を済ませた後だった。

姉は鳥カゴの中から小鳥を出すと、肩に乗せて、居間でテレビを観た。
父親は新聞紙を読んで居たような気がするし、
母親は夕食の片付けを始めて居たような気がするが、
どちらも酷く不鮮明な記憶だ。
とにかく姉の肩に小鳥が停まって居た事だけは、よく覚えて居る。

其れは鮮やかな黄色だった。

僕は明日の遠足に思いを巡らせて居たような気がするし、
明日の天気だとかに思いを巡らせて居たような気もする。

菓子を中に秘めた、青色のリュックサックの事だとか、
履き慣れて居ない、青色の靴の事だとかを考えて居た。

僕は家中を、落ち着き無く歩いた。

何かが揺れたのは、何時何分の事だったか。
其れは何処にでも訪れるような、ほんの小さな地震だった。


黄色の小鳥は、姉の肩を離れた。

ほんの小さく羽を広げて、

飛ぶのか、飛ばないのか、

よく解らない形のままで、

床の上に降りた。


瞬間、姉は「あ……」と言った。

其れだけだった。


僕は小鳥を踏んだ。


真新しい靴を履いたままの僕の足は、黄色の小鳥を踏んだ。
其れは酷く悪趣味なスロー・モーションのように、
音も無いままに脳裏に焼き付けられた。

小鳥は変な鳴き声を出した。
慌てて足を上げると、弱々しく羽を動かす姿が見えた。
だけれど既に、飛ぶ事は出来なかった。

姉は絶叫した。

其の後の僕の行動と思考を、僕は思い出す事が出来ない。
僕はトイレの中に、一人で閉じ篭った。
扉の外からは姉の絶叫と、家族の騒々しい声が聞こえて居たが、
僕の記憶の欠片の中で、其れ等は全て、扉越しに聞こえて居る。

小鳥はすぐには死なず、数時間後にゆっくりと死んだ。

翌日、僕は遠足に行かなかった。
代わりに父親に連れられて、小鳥を近くの森に、埋めに行った。

大きく湾曲するカーブの先端に森が広がって居て、
其の森の入口に、僕は黄色の小鳥の、亡骸を埋めた。
針葉樹が鬱蒼と茂る森の入口は、延々と続くように思えた。

結局、あの靴で外を歩く事は、一度も無かった。
青色のリュックサックに秘めた菓子は、何時までも其のままだった。

季節は秋だった。
世界は簡単に赤色に染まった。
紅葉は世界に彩を与えたが、其れだけだった。

僕は歩く事が嫌いになった。
正確に言うならば、歩く事が怖くなった。

歩道橋を歩く瞬間、
誰も居ない場所を歩く瞬間、
彼此から、此方まで、誰も居ない空間を渡る瞬間だけ、
僕は無敵な気分に浸る事が出来た。

小鳥のサエズリが聴こえる。

枯葉が、小さな音を、鳴らすように。

チチチ。

チチチ。

チチチ。

青空は、今日と同じような色だったけれど、雲は無かったような気がする。
太陽は温度を感じさせなかったけれど、僕等は涙を流して居た気がする。

コンクリートの地面を、枯葉が転がる音がした。
其れは今日の出来事だ。
僕はポケットに手を入れて、其処でまた煙草が無い事に気付いた。

歩道橋を見上げると、 彼女が立って居た。
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