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彼女はモスキート。 第十九話

彼女の涙は、きっと半透明のチェリー・ソーダみたいな色をしてる。

彼女が泣いたら、きっと目の中の赤色が溶け出して、
半透明のチェリー・ソーダみたいな彼女の涙が、
緩い曲線を描いて、白い肌を滑るだろう。

彼女の目は、体中の血液を溜め込んだように赤かった。
全てが黒と白に染められて往くであろう季節の中で、
彼女の目は、体中の血液を溜め込んだように赤かった。

彼女の白い肌から伸びた長い睫と大きな瞼は、
おおよそ陳腐な表現をするならば、漫画的とも言えた。

漫画的な彼女の目から流れる涙も、恐らくは漫画的で、
半透明のチェリー・ソーダみたいな色をした涙を流した後で、
彼女が呟くべき台詞も、等しく漫画的で在るべきだろうと思った。

流した涙は地表に落ち、大気と地下の両方に吸い込まれる。
気化し、同化し、凝固し、分裂し、乖離し、また気化する。
気化せず地下に辿り着いた最後の一滴を、僕は掌に乗せる。

地下に。

地下に。

地下に。




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第十九話 『彼女と地下鉄(中間)』




僕と彼女は、地下鉄に乗って居た。
彼女が「美術館に行きたい」と言い出したのだから、
僕と彼女が地下鉄に乗るのは、実に自然な行動だと言える。

漫画喫茶と違って、僕の町には美術館など存在せず、
美術館に行くならば、市の中心部に行かなければならなかった。
美術館どころか、市の中心部に行く事さえ、僕にとっては酷く久しかった。

地下鉄の車内は静かで、走行音さえ静かだ。
車輪に巨大なゴム・タイヤを使用する事によって、
走行音は限りなく静かで、車内の揺れさえ限りなく少ない。

「快適な居住空間」と書かれた車内広告が見える。
モデル・ハウスか何かの広告だろうか。
奇妙な清潔感の漂う広告だ。
其れは嘘に似てる。

彼女は吊り革に掴まりながら横目で僕を見ると、
小声で「何、舐めてんの?」と言った。
僕は小声で「飴」と言った。
彼女は小さく吹き出しながら「知ってるよ」と言った。

彼女が僕の掌の上に乗せた飴玉は全部で五粒で、
僕は其れ等を全て一気に、口の中に放り込む気にはなれず、
かと言って掌に乗せた飴玉を一粒だけ選んで、残りを返す気にもなれず。

一粒を口の中に放り込むと、思わずシーパンのポケットの中に、
残りの四粒を仕舞い込んでしまった。
最低だ。

「何、舐めてんの?」

「オレンジ」

今頃、四粒の剥き出しの飴玉が、
僕のシーパンのポケットの中で転がって居る。
恐らく其れ等を口に含む勇気は無いような気がするけれど、
等しく其れ等を投げ捨てる覚悟も、きっと僕には無いような気がした。

「オレンジ、私も好き」

「へぇ」

「チェリーの方が好き」

「へぇ」

地下鉄は音も無く、地下を走り抜ける。

無音にも近い静寂の中で、僕は全てを反芻する。
其れは記憶だとか、経験だとか、知識だとか、情報だとか、
探り合うような隠喩だとかの隙間から、何時だって僕に語りかけてくる。

世の中、間違えてる気がするけれど、其れが何なのか解らない。
世の中、間違えてないと主張する人が居たら、きっと僕は頷くと思う。

正解が何なのか解らない事を考え続けるよりも、
正解だと主張された答を受け入れた方が、よほど楽だから。
誰もリスクを背負わず、誰もリアルを背負わない世界は、随分と楽だ。

本屋でエロ本を万引きして、走って逃げる同級生を思い出した。
姉が可愛がって居た小鳥を、誤って踏んで死なせた事を思い出した。
中学三年の冬に、初めて好きな女の子と手を繋いだ日の事を思い出した。

其れ等は酷く些細な出来事なのかもしれなかったけれど、
目の前に表示される知らない誰かの裸体だとか、死体だとかに比べたら、
随分と(痛みを伴う程に)現実的だった。

其れから、彼女の存在も、まるで等しく、現実的だった。

きっと僕は是から何処かでチェリーを見かける度に、
彼女を思い出すようになるのではないか、と思った。
彼女は今、僕の隣に居るのだけれど。

「何でオレンジにしたの?」

「何が?」

「何でオレンジにしたの?」

「他のは全部、ポケットの中に入れたから」

僕が言うと、彼女は少しだけ楽しそうに笑った。
彼女が「何となく?」と訊くので、僕は「何となく」と返した。
地下鉄の乗客は疎らなのに、不思議なくらい座席は空いて居なかった。

「君が自分で決めた事以上に、君にとって本当の事って在るの?」

おおよそ漫画的な彼女の存在は、痛みを伴う程に現実的だった。
彼女が泣いたら、きっと目の中の赤色が溶け出して、
半透明のチェリー・ソーダみたいな彼女の涙が、
緩い曲線を描いて、白い肌を滑るだろう。

そんな場面は見たくないな、と思った。
僕と彼女の今後の関係に、何の根拠も無いのだけれど。
何もかもが曖昧な侭だけれど、そんな場面は見たくないな、と思った。
そんな季節ならば、来なければ良いのに、と思った。

僕は逃げたんだ。
僕は逃げ出して、今、此処に居るだけなんだ。

僕は何から逃げた?

小学生時代のサッカーか?

其れとも休学した東京の大学か?

其れとも僕が踏み殺した姉の小鳥からか?

其れは僕が自分で決めた事と言えるのだろうか。
其れは本当の事なのだろうか。

地下鉄は緩やかに速度を落としながら、
やがて停止すると、憂鬱な溜息を吐き出しながら、扉を開いた。

僕等が地下に居た間に、
もしかしたら一瞬にして秋が終わって、
もしかしたら一瞬にして冬が始まって居るかもしれなかった。

僕の横を黒と白のストライプが通り過ぎて、
首だけで振り返ると「降りるんでしょ?」と言った。
僕は彼女の背中を追うように歩き始めると、地下鉄を降りた。

背後から扉の閉鎖音が聞こえた。
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