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シャルルや、もっと低く飛びな。

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失った恋人(女性)を取り戻しに行く、男の物語が好きだ。
考えてみるに、僕はそういう物語ばかり書いている。
天空の城ラピュタを何回観ても、毎回同じ場面で号泣する。
パズーがシータを取り戻す場面だ。

「最後のチャンスだ、すり抜けながら、かっさらえ!」

馬鹿みたいに号泣する。
何度も巻き戻しては再生して、また号泣する。
ああ本当に良かったねパズーとシータ、という気分になる。

生まれてから今日まで色んな映像を観てきたと思うけれど、
何回観ても、観る度に、これだけ号泣する場面は、そうそう無い。
それは僕が「取り戻す」という行為・状況に憧れているからではなかろうか。

結局、僕という人間は現在、または未来に対して、
まだ見ぬ何かを求めているというよりは、
過去に存在した何かを取り戻そうとし続けているのでは無いだろうか。
否、過去を取り戻すのではなく、過去を現在に置換し、体現しようとしている。
そう言った方が的確かもしれない。

「みく子」という作品は、みく子が失われた世界で構築されている。
「過去にみく子が存在した世界」を救う為の「現在」の物語である。

元々、そういう物語が書きたかった訳ではないけれど、
気付けばそういう世界を書き進めているのだから、要するに、そうなのだ。
それが僕の信じている、愛すべき世界だし、慈しむべき世界なのだ。
毎度、そういう世界ばかり書いている。

ところが毎度、それが「ボクラが残したコトバ」でも「鉛色のサンデー」でも、
取り戻したはずの世界は静かに様相を変え、既に過去に存在したそれでは無い。
まったく同じものなど取り戻せるはずが無いのだ。
それは悲しい事のようにも思えるが、決して悲しい事では無い。
取り戻そうと思った時点で、自分自身も過去そのものでは無くなっているからだ。

誰一人として過去に留まる事は出来ない。
留まってはいけないし、そもそも留まる事自体が不可能である。
只、救いたい、救われたい、癒したい、癒されたい、触れたい、触れられたいと願う。
只、もう一度だけ会いたいと、話したいと、重なりたいと、只、ひたすらに願うだけなのだ。

しかし、それは既に過去には存在しない。
その願望と欲望を解決する手段は、どうしたって過去には存在しないのだ。
現在以降の未来にしか解決手段が存在しないから、前に進むしかないのである。
単純な道理だ。

「みく子」における蜜編の主人公・蜜は、
現在と未来を救いたいが為に、少しずつ過去の記憶を失ってゆくが、
それが正しい事なのかは解らない。それしか手段がないから、そうするだけである。
只、ひたすらに救われる事を願うのである。(何を? 誰が?)

世界を救うならば大袈裟に振る舞ってはいけない。
身の程を計り間違えてもいけない。
穏やかに、静かに、自分が出来る事を精一杯にするだけで良いのだ。
計り間違えるなよ、己を。

シャルルや、もっと低く飛びな。

■mixiコミュニティ→みく子と綴る物語
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[ 2007/11/19 01:27 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)
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