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Mの悲劇と喜劇

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別に「大好きだ!」だとか「大ファンだ!」と自覚してる訳ではないのに、気が付くと割と頻繁に、読んだり聴いたりしているモノ、というのがある。大好きなミュージシャンの新譜を待ち侘びるような気持ちも無ければ、大好きな小説家の新刊を待ち侘びるような気持ちも無い。無いのだけれど、目の前にあると手に取ってしまう。
僕にとって、それは「こち亀」と言えよう。

こちら葛飾区亀有k……こち亀である。
週刊少年ジャンプ誌上で驚異的な連載年数を誇り、日曜夜の国民的アニメにもなった、こち亀である。
日本国民を「こち亀知ってる人」と「こち亀知らない人」に分けたら、知ってる人の方が多いと思うのである。
かと言って「こち亀が大好きでたまらない人!」と問われたら、「いや、まぁ、別に嫌いじゃないけどね」といった雰囲気になるような気がしないでもない。好きかどうかで言えば、別に好きと言えるほどではない。

例えば「お米が好きか!」と問われたら、まぁご飯は好きだけど、ハンバーグの方が好きなのである。
そもそもお米なんて、好きとか嫌いとか、そういう問題ではない。それはデフォなのである。
お米ありきの、パンの方が好きとか嫌いとか、ハンバーグが食いたいとか、俺はうどん派、なのである。
それでまぁ、こち亀はデフォである、という話に繋がる。何のデフォか?
週刊少年ジャンプのデフォでもあるし、何というか、ここまで来たら漫画界のデフォである。

だって、あったら読んじゃうんだもん。
コンビニに置いてあったら、何となく立ち読んでしまうのである。
オッサン連中が床屋でゴルゴ13を読むように、僕はコンビニでこち亀を立ち読むのである。

別に「大好きだ!」だとか「大ファンだ!」と自覚してる訳ではないのに、気が付くと立ち読んでいる。
何だったら買っている。否、単行本は一冊も持っていない。新刊があっても買わない。
だが、たまにコンビニ行くと「冬の特大号」や「春の総集編」みたいなのが売っていて、それを買ってしまう。
少し前などは「こち亀30周年記念」として出版された「超こち亀」なる2000円くらいする本も買った。
それはコンビニではなく、わざわざamazonで検索してまで買った。予約して買った。

だがやはり、別に「大好きだ!」だとか「大ファンだ!」と自覚してる訳ではない。
これは何なのだろうか。まったく、ある種の魔術的なアレにかかっているような気がしてならない。
シェイクスピアの『真夏の夜の夢』では、妖精が人間に「目を開けて最初に見た人と恋に落ちる魔法」をかけるが、僕もそれと似たような「こち亀を見ると読みたくなる魔法」をかけられてるのではなかろうか。妖精に。

魔法にかかっているのであれば、魔法が発動する条件が必要になっているはずである。
シェイクスピアの妖精の魔法では、恋に落ちるのに「目を開けて」「最初に見る」という条件が必要だった。
そう考えるに、こち亀の主人公「両津勘吉」の眉毛が怪しい。
あのM字型の眉毛を見る事によって、どうにも読みたくなっている気がしてならない。
あのM字がカギを握っているのではなかろうか。


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※写真はM字型の眉毛をたずさえる両津勘吉。


ああ、見てたら何かまたこち亀読みたくなってきた……。
否、もしかすると「M字に惹かれる」という魔法をかけられているのは、僕だけではないのではなかろうか。
世の中、みんなが「大好きだ!」だとか「大ファンだ!」と自覚してる訳ではないのに、何故か何となく好かれているモノには、この「M字」が関係しているのではなかろうか。例えばマクドナルド。

あのマークは、どう見ても両さんの眉毛とまったく同じ形ではないか。
マクドナルドだって別に「大好きだ!」だとか「大ファンだ!」なんて、正直あんまり聞かない。
それどころか「ワタシは○○のハンバーガーの方が好き!」とか「マクドナルドは身体に悪い」なんて事が平然と言われ続けているではないか。なのにマクドナルドの売り上げは他社の追随を許さず、皆は相変わらずマクドナルドを食べ続けているのである。あのマークを見たら食べずにはいられないのである。


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※写真は両津勘吉の眉毛を拡大したもの。


この【M字論】を更に突き詰めていくと、インリン・オブ・ジョイトイに辿り着かずにはいられない。
普通に過ごしていると「インリンは可愛い!」だとか「インリンは綺麗だ!」という意見は、それほど聞かない。
恐らく、実際に目の前でお会いすれば、インリンは美人である。だが別にそこまで、そういうイメージは無い。
にも関わらず、である。

別に「大好きだ!」だとか「大ファンだ!」と自覚してる訳ではないのに、世の男達はインリンがハッスル(プロレス)に参戦したと言えば注目し、週刊誌にグラビアが載れば何気なく手に取り、テレビ朝日の「愛のエプロン」でマズイ料理を作っている姿を見れば、何気なくチャンネルを止めている。これはもうインリンの「M字開脚」の呪縛から、世の男達が逃れられない確たる証拠に他ならないのである。


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※写真はインリン様と、その隣でM字開脚をするモンスターボノ氏。


要するに、我々はMに弱い。生粋のSなのである。国民総S宣言である。
潜在的にMから逃れられない我々にとって、Mを手にする者は、天下を手にする者である。
我々は無意識のままに媚び諂い、その魂をM字の牢獄に捧げるしかないのである。世界はMが回している。

恋愛関係においても、最後に勝つのは結局のところ、Mである。
SはMがいなくなれば、何も出来ない。ところがMは、Sがいなくなっても、その辛さに耐える事が出来る。
何故ならMなのだから。だからSは、大切なMを見付けたら、心から大切にしなければならない。
別に「大好きだ!」だとか「愛してる!」と自覚してる訳ではないとしても、失ってからでは遅いのである。
そういう理由で「S=少年ジャンプ」は、今も「M=こち亀」を、大切にし続けているのだ。

どうよ、このまとめ方。


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[ 2008/03/11 16:11 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
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