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冷静と情熱のあいだ



先日、後輩が紙パックに入った「カフェオーレ」なる飲料をゴクゴクとアホみたいな顔して飲んでいたので、
「"カフェオーレ" と "コーヒー牛乳" は、一体何が違うのか?」と質問してみた。
すると「牛乳が入っている割合が違う」と返してくる。ほう、コレは中々面白い事を言うではないか。

コーヒーと牛乳の割合が8:2ならカフェオーレになり、7:3ならコーヒー牛乳になる。そういう意味であろうか。
僕はコーヒーが嫌いでほとんど飲まないので知らなかったが、本当にそうなのだろうか。
僕はもっとこう「粗挽きネルドリップ製法による抽出が……」とか「ブルーマウンテン的な豆のアレが……」のように、根本的な部分に違いがあると思ったのだが、牛乳の割合が違うだけなのだろうか。

牛乳の割合で名前が変わるなんて、まるで成長によって名前が変わる出世魚のようではないか。カッコイイ。
だがカフェオーレと出世魚が大きく違うのは、出世魚が成長による「子供⇒大人」への一定進行であるのに対して、カフェオーレは「コーヒー⇔ 牛乳」の間を揺れ動く、さながら乙女心のような存在である点にある。

正しく「冷静と情熱のあいだ」、である。竹野内豊もビックリである。
それは黒と白の間に存在するグレーゾーンのように、そのサジ加減ひとつで姿を変えるのである。
コーヒー ⇔ カフェオーレ ⇔ コーヒー牛乳 ⇔ 牛乳。その苦味(冷静)と甘味(情熱)の間を彷徨うのだ。

ならば、このコーヒー牛乳に、もっと牛乳を足したら、何になるのであろうか。
それはまず間違いなく「牛乳コーヒー」になるであろう。割合は3:7といったところであろうか。
さらに2:8まで牛乳を足していけば「ぎゅにゅオーレ(牛乳オーレ)」になる事は、まず間違いない。
先程とは逆の道を辿れば良いだけである。

それにより、
コーヒー ⇔ カフェオーレ ⇔ コーヒー牛乳 ⇔ 牛乳コーヒー ⇔ ぎゅにゅオーレ ⇔ 牛乳。
このような新機軸が生まれる。
しかしまだ物足りない。もっと細分化できるような気がする。

それでは牛乳の割合を6:4にしたらどうなるか。
無論、「コー乳」である。
言うまでも無く、4:6にした場合は「牛ヒー」であろう。

難しいのが牛乳の割合を9:1にした場合で、
そんなもん「コーヒーにクリープをちょっと多めに入れた感じ」であろう。
そんなもん親戚のオバサンである。近所の喫茶店で話し込んでる時の親戚のオバサンである。

同じように牛乳の割合を1:9にする場合も難しく、
あえて言えば「お母さんが飲んでるコーヒーを初めて飲んでみたくなった感じ」であろうか。
お母さん!この牛乳にちょっとコーヒー足してみて!ほんのちょっとだけ!あんまり入れないで!みたいな。

以上をまとめると、このようになる。
コーヒー(10) ⇔ 親戚のオバサン(1:9) ⇔ カフェオーレ(2:8) ⇔ コーヒー牛乳(3:7) ⇔ コー乳(4:6) ⇔牛ヒー(6:4) ⇔ 牛乳コーヒー(7:3) ⇔ ぎゅにゅオーレ(8:2) ⇔ 子供の冒険心(9:1) ⇔ 牛乳(10)

どうだろう、素晴らしいではないか。
甘味と苦味の間を揺れ動く、まるで乙女心のような、コーヒーと牛乳に隠されたドラマ。
と、ここまで考えたところで、僕の熱弁を黙って聞いていた後輩が「5:5が無いですね」と言ってきた。

5:5。
まったくの半々。
そんな状況は、存在しないと言っても過言ではない。
もし仮に存在し得たとして、それは牛乳がグラスに注がれ続ける、ほんの一瞬。
苦味と甘味が、全くの中間地点で、全く独立したまま混ざり合う、ほんの0コンマ以下の一瞬。

琥珀色を純白に染める、その中間。
グラスに注がれる液体の割合が、まったくの半々になる、その刹那。
宇宙に散りばめられた星の数よりも微かな、その一瞬を心に刻んで、名前を付けるのだとしたら。

そんなもんね、「初恋」ですよ。

5:5は初恋。
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[ 2008/03/16 13:24 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
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