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青色1号 第三話

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女の苗字は、水野。

誰かが女を「水野」と呼んだので、恐らく水野の苗字は水野だ。
結局、下の名前は知らない。別に知る必要も無い。
雨が止まない三日間、何故か水野は一日中、僕の隣の席に座った。
水野は、僕の右耳からイア・フォンを勝手に奪い、僕が聴いている音楽を勝手に聴いた。

梅雨の季節というのは本当に、雨しか降らないのだな。
当たり前の出来事が、当たり前のように繰り広げられているが、季節が変われば当たり前では無い。
今時期に止まない雨が降れば、それは梅雨と呼べるが、真夏に止まない雨が降れば、大騒ぎになるだろう。
「じゃあ、一体、何が当たり前なんだろう?」
頬杖を突きながら、まるで窓を垂れ落ちる水滴みたいに、独り言が零れた。

「……え、何か言った?」
「別に」
「Black Sabbath、良いね、気に入っちゃった」
「あ、そ」

水野が僕の隣に居座る理由がBlack Sabbathなら、今すぐ別の曲に変えても良い。
変えても良いが、面倒だから、変えはしない。だけど変えようと思えば、何時でも変えられるんだ。
当たり前に流れる音楽に、別に意味なんて無い。僕が岡村靖幸を聴き始めたら、コイツどんな顔するだろう。

「煙草、吸ってくる」
「あ、じゃ、私も一緒に行く」
「何で?」
「君が居なくなったら、聴けなくなっちゃう」

言いながら水野は、親指と人差し指で、イア・フォンのコードに触れた。
別にiPodなんて、このまま此処に置いておいても構わない。聴きたければ気が済むまで勝手に聴けば良い。
僕は左耳のイア・フォンをはずすと、席を立った。「良いよ、勝手に聴いて」

大学の喫煙所を見付けたのは、数日前。
一階の隅に、まさかこんな便利な場所にあるとは知らなかった。
おかげで寒空の下、路上に空缶を置いて喫煙する必要は無くなったが、どうにも煙たい。

「空気清浄機、欲しいよな」
声をかけてきたのは蒲田。本当に何処にでも出没する男だ。「あれ、煙草、吸うっけ?」
僕の記憶では、蒲田は煙草を吸わない。「ああ、吸わないけど、此処だとゆっくり話せる奴もいるからさ」
随分と物好きな男だ。言われてみれば確かに、蒲田は見た事も無い友人に囲まれている。「へぇ、大変だね」

「そういや、最近、水野と仲良いな?」
「誰が?」
「お前が」
「誰と?」

「だから……」と言いかけて、蒲田は言葉を止めた。
「別に良いや、好きにしろよ、まぁ変わり者同士、気が合うじゃねぇの」
「変わり者同士? 誰と誰が?」僕が言った時、蒲田は既に背を向けて、友人達と話し始めていた。

講義室に戻ると、先程と同じ席に、水野が座っていた。
僕が喫煙所に行く時と、まるで同じ姿勢に見えた。席を替えようかとも思ったが、同じ席に戻る。
「おかえり」
水野は怒ったような視線で呟くと、僕にイア・フォンを差し出した。
「……あれ、音楽、流れてないじゃん」
「おかえり」
「……曲、聴いてなかったの?」
「おかえり!」水野は、わざとらしく大きな声を出した。

「……ただいま」
「だから居なくなったら聴けなくなるって言ったのに。私、iPodの使い方、解んないのに」
「え、何で、簡単じゃん」
「機械、苦手なの。とにかくさ、今から気合入れて聴くからさ、また最初から再生してよ」
「別に良いけど……」

変わった子だな、と思った。
それ以上、的確な言葉は思い浮かばない。水野は変わった子だ。
蒲田が言った「変わり者同士」というのは、水野と誰かを指しての言葉だったのか。もう一人は誰だ?
水野は目を閉じ、飽きるまでBlack Sabbathを聴いていた。目を閉じて聴くような曲では無い気がするけれど。

梅雨が明けるまで、僕の隣の席で、水野はそうしていた。
何故、相手が僕なのか、僕には理由が解らなかった。梅雨が明ける前日までは。
朝のテレビの中で蝶ネクタイを付けたアナウンサーが、梅雨明け宣言をしたのと同じ日に、水野は言った。

「私ね、秘密を知ってるんだ」

何時もの席で、イア・フォンから伸びるコードを右手の指で触れながら、水野は言った。
「秘密?」
「そう、私ね、秘密を知ってるんだ」
「何の?」
「私と一緒にコンビニ強盗しようよ」

固定した文字列は融解する。憂鬱な雨雲と似ている。雨が終われば晴れか。そんなに単純か?
水野は右耳から垂れたコードを、右手の中指でなぞりながら、僕を見た。

「誰が?」
「君が、私と、コンビニ強盗」
「何で?」
「だって君、鉄砲、持ってるじゃん」

水野は初めてのデートのお誘いでもするような、女の子らしい笑顔を浮かべた。
背中越しの窓から、まだ小さな雨音が聞こえていたけれど、それは既に止みそうな気配だった。
乗らないままの自転車と、あの鉄砲で、何処まで行けるか、僕はまだ知らない。
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[ 2010/11/01 03:00 ] 長編:青色1号 | TB(-) | CM(-)
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