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お茶を飲めば帰る。



仕事(T.P)の後輩が、昨日付けで職場を去った。
随分と変わった奴だった。「働いているニート」と呼ぶに相応しいような、変な人間だった。
出逢った頃は「こんなニート上がりの社会をなめた人間が、働く事など出来るのだろうか」と心配したが、
人間は環境に順応していく生き物らしく、最後には皆から惜しまれながら去っていける人間にまで成長した。

出逢った頃には、別れの日など考えない。考えもしない。ところが別れは僕らの元に、呑気な顔して訪れる。
久々に会う親戚みたいな風体で「よ、元気だった?」などと片手を上げて言い出しそうな軽さで、必ず訪れる。

これだけ生きていれば「別れ」というものにも、少しは慣れそうなモノだが、未だに僕は馴れずにいる。
それでも五年前や十年前に比べたら、感傷的な気分に浸る、深さも、長さも、切なさも減った気がしている。
想いが減っていく事が良い事なのかは解らない。何かに馴れてしまう事が正しい事とも思えない。
それでも知っている事があって、きっと僕が思っているよりも、もう少しだけ世界は軽くて、愉快だ。

愉快な世界に訪れる別れは、悲しくて、寂しい。
悲しくて寂しい事を、悲しくて寂しいのだと表現するのは、愉快じゃないかもしれない。
そこで僕は、悲しくて寂しい事を、どうにか愉快に考えられないのかと、こうして考えてみるのだけれど、
どうにかして愉快にする事は、あんまり愉快じゃないかもしれない。だから肩の力を抜いて、一呼吸してみる。

すると「アニメを熱く語ろうとして失敗する後輩」という記憶を呼び覚ましたので、少し愉快な気分になった。
それから「ニコニコ動画を語る後輩」や「フィギュアを処分すると宣言する後輩」などの記憶も呼び覚まされ、
「好きなアーティストが、さだまさし」などの渋すぎる趣味嗜好を思い出す内に、完全に愉快な気分になった。
ろくな記憶が無い。

どうか今後も「働いているニート」の異名を汚さず、元気に頑張って欲しい。
別れは切なく、悲しく、寂しいが、それらは何時だって愉快に包まれている。
愉快の中に、切なさや、悲しさや、寂しさは身を潜めているけれど、怖がる必要は無い。
時々、僕らの前に、忘れていた親戚みたいな風体で「よ、元気だった?」と呑気に現れるだけだ。
お茶を飲めば、帰る。

たまに現れる親戚に、無理して馴れる必要なんてない。
お茶を飲んで帰れば、また床一面に玩具をばらまいて、遊べるだろ。
そのようにして僕らの世界は、意外と単純に回っているのかもしれないな、と思う。

あ~あ、寂しいな。
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[ 2008/04/16 08:13 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
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