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トキワ荘に憧れる。



赤塚不二夫先生が亡くなった。享年72歳だという。
昨日、その話を聞いた時、最初は意外と驚かなかった。
もう随分と数年前から、意識不明であるという事は言われていたし、なので突然の訃報と言うよりは、
ああ、遂に。そう、「……ああ、遂に」という感想が、僕にとっては自然だったのだ。そして本日、現在に至る。

受け入れられない、という事は無い。人生の指針を失った虚無感のようなものも無い。
別に身近な知人では無いのだから、そりゃまぁ、そうである。それにしたって僕が物心付いた時から、
赤塚不二夫ワールドというモノは日本中に浸透していて、それは存在して当たり前の世界だったのだ。

「天才バカボン」という漫画は、現在までに4度アニメ化されている。(驚異的である)
恐らく僕は、そのほとんどを目にした事があるのではなかろうか。
とは言え、僕自身は「赤塚不二夫直撃世代」では無く、それは夏休みの朝に流れる再放送であったり、
懐かしのアニメ特番などで目にした、それであろう。しかし、そこには既に成立した世界が存在していたのだ。

「シェー」というポーズは、僕が生まれた時には既に「シェー」であった。
「シェー」以外には意味を持たないポーズであった。
ニャロメも、ケムンパスも、ウナギイヌだって、既に存在している奇妙な生物だったのだ。

だけれど僕は初めから、バカボンのパパや、おそ松や、ア太郎を知っていたのと同じように、
赤塚不二夫という漫画家の存在を知っていた訳では無い。
そりゃ、今ではよく知っているけれど、子供の頃はまったく知らなかった。
藤子不二雄と名前がゴッチャになるくらいだった。
何でわざわざ同じ名前を使うんだ、と若干不満に思っていたくらいだった。

僕が現実的な「赤塚不二夫」という存在を初めて意識したのは、
多分、小学三年生の頃に、藤子A先生の「まんが道」という漫画を読んでからだと思う。
ご存知の方も多いだろうが、主人公である藤子不二雄両名に加え、手塚治虫、寺田ヒロオ、石ノ森章太郎、
それから赤塚不二夫ら、トキワ荘を中心に集まる若き漫画家達を描いた、事実に基づいた青春漫画である。

小学生三年生の僕は、この漫画に夢中だった。
そして今尚、この漫画を愛し続けている。トキワ荘に憧れ続けているのだ。
そこで描かれていたのは、まだ芽の出ない漫画家・赤塚不二夫であったが、後に天才バカボンを描く事を、
読者である僕等は知っていて、それだけでドキドキして読んだものだ。トキワ荘の漫画家達が大好きだった。

憧れている。
子供の頃から、ずっと憧れている。それは、今も手に入っていない。何時までも、とても眩しいのだ。
その眩しい光の中に、手塚治虫が消え、藤本弘が消え、石ノ森章太郎が消え、
そして遂に、赤塚不二夫まで消えてしまった。

……などと言うと、あまりにもセンチに過ぎるであろう。
西から昇ったお日様が、東に沈むのだ。それだけなのだ。それでいいのだ。
僕等は、赤塚不二夫を忘れないだろう。そして忘れようとしても、思い出せないのだ。それでいいのだ。

トキワ荘に憧れている。
憧れながら、その背中を見届けているだけなのだ。
もしも作者が消えたとしても、その作品は消えずに、輝き続けるのだ。
これで、いいのだ。
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[ 2008/08/03 10:55 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
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