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飢える皇帝 第一章



私はカレーライスが好きだ。

だけれど生まれて今日まで、一度たりとも、カレーライスを食べた事が無い。
風の噂によると、それは刺激的で実に美味い食べ物らしい。
豊潤な香りが、食欲の扉を叩くのだ、と聞く。

どうやら私以外の者達は、大抵、食べた事があるらしい。
それも一度や二度ではなく、場合によっては毎日食べると言う者もいる。
それは何処で食べられるのかを訊いてみたいのだが、立場的に訊く事が出来ないでいる。

カレーライスの色は一般的に茶色だとか黄色だとか言われているようだが、
中には緑色だったとか、白色だったとか言っている者もいる。
七色に変化するとは、まったくもって不思議な食べ物である。

「緑色のカレーライスとは何だ、井上」

一度だけ、私は勇気を振り絞り、従者の井上に訊ねた事がある。
井上は暫し驚いた表情をして私を見詰め、それから「何処で聞いたのですか?」と言った。
私は「民衆の好みを知っておかねばならぬ、民衆の気持ちを知らずに、何が統治者か」を嘯いた。

その時の私は、日頃から溢れ出んばかりのカレーライスへの愛情を、
誰にも悟られるまいと必死で顔を隠しながら、器用に舌なめずりしているような有様だった。
カレーライスの事を知りたくて仕方が無く、カレーライスに興味津々で、
だが、この機を逃せば、次は何時、他人に同じ質問を唱える事が出来るか解らなかったのだ。

「井上よ、政治を何と心得るか。
 政治とは民衆であり、また民衆とは政治である。
 井上よ、朕が政を治めるならば、それは民を治めるという事だ。
 朕が国家なのではない、民が国家であり、朕は民の一部である。
 民の好みは朕の好みだ。
 今一度訊く、緑色のカレーライスとは何だ、井上」

井上は「恐れ多い」と、自らの頭を真紅の絨毯に押し付け、何故か土下座をした。
私は求めた回答と行動が一致しない事が気になり「頭を上げよ」と言った。
すると井上は更に強く絨毯に頭を押し付けようとするので埒が開かず、
とにかく緑色のカレーライスの答を教えてくれないか、と優しく言った。

「それはホウレン草を使ったカレーライスです」

井上の回答が、私のカレーライス像を一層混乱させる。
ホウレン草を使ったカレーライス。
ホウレン草を使わないカレーライスを知らない私にとっては、
ホウレン草を使わないカレーライスが一般的だという事実さえ初耳だったのだ。

「それでは井上、一般的なカレーライスには、何を使うのだ?」

ところが井上は「カレーライスには決まり事のような作法はありません」と答えた。
要するにカレーライスには何を使っても自由だ、と言ったのだ。
世の中にそんなモノなどあるのだろうか?

私にとって決まり事の無いモノなど在り得ない。
全ては何らかの法則に乗って行われるべきであるし、その法則を見付けなければならない。
見付けた法則に従って法律を作らなければならないし、刑罰を考えなければならないのである。
私の起床時間と睡眠時間は決められており、毎日同じように起床し、睡眠する。
私の入浴時間も、入浴の際に女中が何処から洗浄するのかさえ、全て決められている。

同じように私の食事は毎日、同じ人間が、同じ厨房で、同じ道具を使って調理し、
毎日、同じ食器に盛り付けるように指示している。
勿論、料理の内容は私の体調や嗜好によって変化するものの、同じ事である。
何らかの法則に従っている事に変わりは無い。

「カレーライスは安くて卑しい食べ物です。
 私共のような下賎の民が興味を抱く必要はあれども、
 陛下のような身分の方が興味を抱く必要がある食べ物ではございません。

 陛下の威厳に関わります。
 以後、決して従者に問うたりしてはなりませぬ。
 そうして二度と、そのような料理に興味など持たれませぬよう」

井上は頭を下げたまま付け加えた。
だが私にとって、その注釈は非常にどうでも良い注釈であった。
決まり事のない食べ物など、本当に存在するのだろうか?

私の中のカレーライス像は日に日に膨らむばかりで、
堪らず私は書斎に入り浸り、カレーライスに関する文献を漁るようになった。
ところが探せども探せどもカレーライスの記述は何処にも見付からず、
代わりに「幻の珍味」だとか「世界の名物」と呼ばれる高級料理の写真ばかりが立ち並び、
そのどれもが私が日頃から食べ飽きた料理ばかりだったので、落胆した。

だから私はカレーライスが好きというよりも、カレーライスに憧れているのだと思った。
世界の全ての料理を口にする事が出来るのに、唯一、カレーライスだけが口に出来ないのだ。
私という名の魂が、奥底から欲して止まないカレーライスだけを、口にする事が出来ないのだ。
私は民衆に嫉妬と羨望を覚えるようになった。

民が国家であり、私が民の一部であるならば、私がカレーライスを口に出来ない事は、
不平等以外の何物でも無いではないかと考えるようになった。
そこで私は「カレーライス禁止法」を定めた。

香辛料の輸入を禁止したのである。
カレーライスには何種類もの香辛料を使用するらしい。
その刺激的で豊潤な香りが、食欲の扉を叩くのだ、と聞いたから、
私は民衆から刺激を奪う事にしたのだ。

私が知り得ぬ刺激を、民衆が知っている事実が許せなかったのだ。
私ほどカレーを求めて止まない人間はいないというのに。
私は嫉妬にかられ、民衆を憎み始めてさえいた。
手に入れられる宛のない羨望ほど、残酷なものは無いのだと思う。

私は、私の手に入らないくらいであれば、
いっその事、カレーライスを消してしまいたくなったのだ。
そうすれば誰の手にも入る事なく、それで私は安心する事が出来たのである。

そして国は荒れた。
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[ 2007/06/30 09:34 ] 小説 | TB(0) | CM(0)
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