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まずリアルな奴等は手叩け。



CLAP CLAP CLAP。
最近、M線上のアリアの出版情報などを書いたのですが、その際にメールを何通か頂きまして、
その中で「ブログにコメント欄は無いんですか?」的意見が意外と多かったので、お答えします。無いです。

代わりに、今日から「拍手機能」を付けました。
コメント欄も無ければ、愛も優しさも無い。ほんのちょっとの勇気も無い。だけど此処には、言葉がある。
そんな男前ブログ「VOSTOK8」に、何と拍手機能が付きました。出世しました。ありがとうございます。
僕もイマイチよく解ってないんですけど、多分これだとコメントも残せるらしいです。よろしくお願いします。
ちなみに日記の一番最後に載ってる「拍手」とか書いてる黒いボタンです。これ押すだけみたいです。
押してくださると僕の機嫌が良くなるという付加価値もありそうです。嗚呼、これは素晴らしい。

閑話休題。

拍手という行動心理は、不思議なものだ。
そもそも「手を叩く」という本能的な行為が「相手を称える・褒める・尊ぶ」と言った、
おおよそ理性的な行動に繋がるという事実が不思議だ。落ち着いて考えてみて欲しい。手を叩くのである。
そんなもん単なる興奮状態に過ぎない。拍手の原点は、言わずもがな単なる興奮状態であろう。

猿が、手を打ち鳴らす。
その興奮状態を体で表現する為に、猿が手を打ち鳴らす場面を目にする事は難しくない。
拍手の原点は、恐らく此処にあろう。笑う、泣く、怒るといった興奮状態の感情表現として、拍手がある。
「何かもう手でも叩いとかなきゃ収まり付かんな!」くらいのモンである。「ウキャキャキャキャ!」なのである。

この原始的で本能的な、非常に動物的な行動が、建設的で理性的な、人間的な感情表現として、
現在まで残っている理由は何だろう?洋の東西を問わず、我々には拍手という概念があり、言葉では無く、
ただ「手を打ち鳴らす」という行為によってのみ、自分の感情を相手に伝える瞬間があるのだ。

例えば競技場や、劇場。
言葉で伝えるには遠すぎる相手に感情を伝えたい時に、我々は手を打ち鳴らす。
時には立ち上がり、全身を使って手を打ち鳴らす。感動や興奮によって打ち鳴らされた音で、
その場の空気が震え、それでまた我々の感動や興奮は、何倍にも大きくなって、自分自身にも返ってくる。
それが、拍手だ。

拍手には、独特の魔法がかかっているような気さえする。
言葉よりも、文字よりも、例えば携帯電話やパソコンよりも、我々が生み出した便利なツールよりも、
この驚くほど幼稚な「手を叩く」という行為が、我々の感情を最もストレートに表現できる瞬間があるのだ。

そして喝采を浴びる者は皆、少なからず、自分の舞台に上がっていなければならない。
古代ローマでは剣闘士達が命をかけて見世物となり、勝者だとか、敗者だとか。
それは大きく形を変えこそすれ、現代だって本質的には変わらない。
どちらにせよ舞台に立つ人間には覚悟が必要なのだ。
CLAP CLAP CLAP。

下の黒いボタンが「拍手」です。
もし気が向いたら、これから「拍手」してください。よろしくお願いします。
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[ 2008/08/10 15:46 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
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