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飢える皇帝 第三章



十月革命が勃発したのは、その年の七月中旬である。
何故それを「十月革命」と名付けたのかは、後世の詩人の一節による。
詩人は、その半月間に渡った革命を揶揄して「欠けたる月に神は無く」と詠んだ。
神無月とは本来、十月を表す暦だが、その詩が転じて「十月革命」と呼ばれるようになった。

「陛下、お逃げください!」

十月革命の最後の日。
井上の絶叫に似た声が聞こえた時、私は書斎にいた。
書斎と呼ぶには膨大すぎる量の本の中から、私はカレーライスを探していた。
この折になっても未だ、私はカレーライスを調べる事を辞めてはいなかったのである。

それは丁度、非常に良い文献を探し当てた時だった。
私はインド地方の文献に手を伸ばし始めており、香辛料のページを捲っていた。
するとどうにもカレーライスに特徴の似た記述を見付けたので、その写真を探していた。
どうしても一目、カレーライスの色を見てみたかったのである。

「陛下! 民衆が宮殿前に集結し、攻め込んで来ます!」

背後から井上の声が聞こえたが、私は今、此処で死ぬ事になっても、
カレーライスの写真が見られるなら悔いは無いと思い、決して動こうとはしなかった。
民衆が投げ込んだ石か、窓ガラスが割れる音が聞こえた。
続いて何発もの銃声。
怒声。

「お逃げください! 陛下! 陛下!」

井上の語気が急速に荒くなっていく。
私はページを捲る手を止めず、只、カレーライスだけを求めた。
階下から銃声が聞こえた。
民衆が宮殿に乗り込み始めたのだ。

「……陛下!」

突然、井上が、私の本を叩き落した。
私は従者の無礼な行動に、怒りと多少の驚きを感じ、思わず顔を上げた。
井上は私を見下ろす形で、黒髪と呼吸を均一に乱しながら、真摯な眼差しを向けていた。
井上は言った。

「陛下は此処で死んでも良いと言うのですか?
 それほどまでにカレーライスを求めて止まない貴方なのに、
 此処でカレーライスを見る事が出来たら、それで満足とでも言うのですか?
 生き延びてください、陛下。
 生き延びて、ご自分の口で、カレーライスを味わいなさい、陛下」

銃声は次第に近付いている。
外からは絶えず石が投げられ、窓ガラスの割れる音が聞こえる。
私は文献を開いたまま、井上の見上げ、そこから一寸も動けなくなってしまった。

「……朕の血は、カレーライスを寄せ付けぬ」

私は辛うじて口だけを動かし、そう伝えた。
井上は眉を少しだけ動かすと「……血?」と独り言のように呟いた。

「貴様が言った事であるぞ、井上」

「……私が? 私は陛下に何を言いましたか」

「朕の威厳に関わると。
 下賎の民の食べ物に興味を持ったり、
 以後、決して従者に問うたりしてはならぬと。
 だから朕は、自分の中に、この想いを秘めるしか無かったのだ」

「……嗚呼、馬鹿な陛下!」

井上は、私を抱き締めた。
手にした文献が床に落ち、それが何処のページだったか解らなくなった。
それでも厭な気分にはならず、それどころか私は、この期に及んで泣いていたのである。

「ならば陛下、やはり貴方は生き延びなければ。
 血を恨むならば、その血を捨てるのも、また結構な事。
 下賎の民に混じりて、カレーライスを口に出来る日も来るでしょう」

「朕は国を壊した。
 これ以上、生き続ける事など望めぬ」

「大丈夫、貴方は今日、此処で死んだ事になります。
 今すぐお逃げになってください。
 何も考えずに」

「どういう意味だ、井上」

「どういう意味でもありません、陛下。
 貴方は今、生き延びる事だけを考えなければなりません
 無事に生き延びたら、今日までの事を考え始めるのも良いでしょう。
 ですが今は、只、どうか生き延びる事だけを……」

扉の外で銃声が響いた。
大音量の怒声と足音が絶えず繰り返されている。
カレーライスを返せ! カレーライスを返せ! カレーライスを返せ!

「井上、共に逃げるぞ!」

しかし井上は、私の手を離すと、視線を扉に向けた。
そして呟く。

「いいえ、それは叶いません、陛下。
 私には此処で遣り遂げなければならない事があるのです」

「何故だ! 逃げろと言ったではないか!
 貴様が逃げないならば、朕も逃げる訳にはいかぬ!」

「血を恨むならば、その血を捨てるのも、また結構な事。
 ですが陛下、貴方の血は、私が守らなければ。
 それが私に与えられた務めなのです」

「……務め?」

「井上家に代々受け継がれてきた、私の血です」

井上は腰に挿していた拳銃を抜き取ると、扉の方向に構えた。
扉はドンドンと音を立て、今にも開かれようとしている。
怒声は止まず、窓ガラスは割れ尽くしていた。

「血を恨みはしないのか」

「……恨みはしません。
 私は私の血に従って、陛下、貴方を愛したのですから。
 私の指は何度もそれを求め、徹底的に届かない事を知りながら求め、
 そして今、陛下、貴方の為に捧げる事が出来るのです」

「……井上」

「本棚の後が逃げ道です。
 細い通路を抜けると、郊外の湖の畔に出るはずです。
 そこに辿り着いた時、陛下、貴方は自由です。
 カレーライスを食べる事も出来ましょう」

「……井上」

「……逃げて! 陛下! 早く!」

言いながら井上は振り返り、私に口付けをした。
井上の香りがした。
頬が濡れている事に気付いたが、私は何も言わなかった。

本棚を回転させた先に、秘密の階段が見えた。
私は井上に押されて、その暗闇に降りた。
すぐさま井上は外から鍵をかけた。
二度と戻る事は叶わなかった。


数秒後に、大音量の銃声が聞こえた。


それから先、再び太陽の光を浴びるまで、私は一言も発しなかった。
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[ 2007/06/30 17:30 ] 小説 | TB(0) | CM(0)
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