VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  スポンサー広告 >  小説 >  飢える皇帝 第五章

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

飢える皇帝 第五章



草が耳元で揺れる音で、目が覚めた。
私は重たくなった体を起こすと、湖の畔に立った。
湖の水は澄み切っており、何者も寄せ付けぬ処女のようでもあった。
そこで私は手を洗い、汚れ切った顔を洗った。

肩に痛みを感じたが、あまり気にする必要は無かった。
とにかく私はこの先、例えば一秒後に何をするかさえ、気が遠くなるほど自由だった。
自由ではあるものの、何をするべきか、何をしなければならないのかが、希薄だったのだ。
そこで私は空を見て「カレーライスに、この青を表現する事は可能であろうか?」と呟いた。

それは何時の日か、私が繰り返した自問自答の反復であった。
だが毎日、同じ時間に起床し、同じ時間に入浴し、同じ時間に睡眠する必要は無く、
時に女中を抱く事も無く、今、この瞬間、私は私自身で動かなければならなかった。
同じ食器で食事をする必要も無い。

「朕はカレーライスを食べるぞ、井上」

私は口元で、そう呟き、湖を離れると、雑木林を歩き始めた。
今から先、私がどのようにして暮らしていくのか皆目検討が付かなかったが、
ともかく何時までも此処に居ても仕方がなかったので、歩き始めるしか無かったのだ。

雑木林は太陽の光を漏らしながら、静かに歌っている。
呑気な気分である。
私は道なき道を歩きながら、小さな葉の合唱を聴いた。

私の衣服はところどころ破れており、
それ以前に、この格好では、この先、何かと都合が悪いと考えた。
詰襟が邪魔であるし、私の身の丈に合わせたシャツや、またズボンが一層邪魔であるし、
何より民衆と出くわした時に、恐らくこの格好では、何かと不都合であろうと考えた。

半日歩くと、小さな村に出た。
しかし小さな村は、小さな村だった、と表現する方が適切だった。
革命の影響か、小さな村に人の気配は無く、まるで残骸のような廃屋が並んでいた。

戦車隊はこれほど小さな村にまで攻め込んでいたのか、と思い、
人の死体が無い事に、少しだけ安堵した。
恐らくは戦車隊が攻め込む前に、村を捨てて逃げたのであろう。

そこで私は一軒の、まだ破壊され切ってはいない、放置された民家に入ると、
私の汚れた衣服を脱いで、それから民衆が好んで着るような衣服を探し出し、それを着た。
山袴の着方は知識としては知っていたが、自分で着た事が無いので、よく解らない。
私は腰を適当に紐で縛ると、それで満足した気分になった。

私は民家を出ると、地面に穴を掘り、脱いだ衣服を埋めた。
それから再び民家に戻り、小さな椅子に座った。

民家は木造で、茶と味噌の匂いがした。
ほんの先刻前まで、人が住んでいたかのような、現実的な匂いだった。
壁には小さな写真が一枚、飾られており、そこには家族と思わしき三人の姿があった。
齢は50に近いであろう父と母、そして息子であろう男の姿であった。
革命が起こるまで、この土地には生活があったのだ。

「朕は一体、この者達から何を奪ったのだろうな、井上」

私は立ち上がり、写真に手を当て、独り言を呟いた。
周囲は奇妙な程に音が無く、風が窓を揺らす音さえ聞こえなかった。
もしかしたら革命で全ての人間は死に果て、私は世界に独りなのではないかと考えた。

「……何やってんだい、アンタ?」

突然、背後から声が聞こえた。
開け放たれたままの扉から、一人の女性が現れたのだ。
女性は両手一杯に荷物を抱え、半ば驚いた表情で、私を見詰めていた。

それは目の前の写真に写っている母親、女の姿だった。
関連記事
[ 2007/07/02 13:19 ] 小説 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

目次
★説明


★長編小説














★短編






★お笑い








Blog Search
QR CORD
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。