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其れは通り雨。そして雨。 -中編-

247.jpg

雨に染まる砂場。
小さな穴からは轟音と、全てが濡れる風景が見えた。 僕等の青いトンネルも、外から見れば恐らくは、雨に濡れているはずだった。 この長いトンネル状の青い土管は、長さが横に10m以上あり、 中から外が見られるように、等間隔で何個かの小さな穴が空いている。 とは言え、それは本当に小さな穴で、子供の握り拳程度の大きさしか無い。

「痛い?」

僕は何度目かの、同じ質問を繰り返した。 ミチルが首を横に振ったのが、穴から漏れる小さな光越しに見えた。 静かだ。大量の雨が降っているから無音ではないけれど、此処は本当に静かだ。 僕とミチルは身動きもせず、只、この通り雨が過ぎ去るのを待った。

「皆、居なくなっちゃったね」
「雨、降ってるからな」
「じゃ、この隠れんぼ、どうなるの?」

さてね、無効だろ、と言いかけて、 どうしてミチルが隠れんぼに、其処まで固執するのか、僕は気になった。 単に隠れて、単に見付ける。其れだけの遊びだ。暇潰しの、くだらない遊びだ。 そもそも小学六年生にもなって、未だに隠れんぼを続けている僕等の方がオカシイ。

来年の春になれば僕等は中学生になるのだし、 中学生が公園で隠れんぼを楽しんでいる姿なんて、一度も見た事が無い。 多分、大人になれば、もっと楽しい遊びがあるんだと思う。 隠れんぼなんて、子供の暇潰しだ。 単に隠れて、単に見付ける。其れだけの遊びだ。暇潰しの、くだらない遊びだ。

「お前は見付かりたいのか?其れとも見付かりたくないのか?」

僕の声は真っ暗な土管の中に、行き場を失くしたように響いた。
ミチルは隠れんぼが苦手だった。其のくせ見付かりにくい場所に隠れる癖があった。 何時も一番最後に見付かるのがミチルで、其のままずっと見付からない時もあった。 最後まで見付からない隠れんぼなんて、楽しいか?

「見付かりたいよ」

雨音が聞こえる。
時折、小さな穴から雨粒が入ってくる。
寒くは無い。だって此処はそういう場所なんだから。

「じゃ、自分から出て行けば?」

どうして膝を擦り剥いた時、此処を出ようとしなかった?
最初に僕が手を引いた時、外に出る事を拒んだ?
あの時、すぐに二人で外に出ていたら?

「こんな場所に閉じ込められずに済んだのに」

意地悪な言い方をした。
僕が此処に居るのは、何もミチルが悪い訳じゃない。 あの時、膝を切ったミチルは、すぐには動けそうになかった。 放っておいても良かったのに、僕は自分から、此処に残ったんだ。其れはそうなのだけれど。 本当ならば今頃は、家で甘いお菓子でも食べていたかもしれないし、 部屋の窓から呑気に雨を、テレビでも観るように眺めていたかもしれないのに。


「上手に隠れたら、捜してくれるから」


ミチルが言った。

「何だよ、それ」
「捜してくれたら、何時かは見付けてくれるから」
「何だよ、それ」

小さな穴から届く細い光が、ミチルの影を部分的になぞっていた。
雨音は弱まりもせず、むしろ更に強さを増そうとしていた。
否、これは通り雨で、すぐに止むはずの雨だった。

「そんなの、誰が決めたんだよ」

僕の言葉はミチルに対してなのか、其れとも僕の思考に対してなのか。
自分でも解らない。止まない雨が無いのなら、終わらない隠れんぼだって無い。 隠れんぼがずっと終わらないなんて、世界はそんな風には出来ていないんだ。 大人は皆、そう言うし、大人は皆、其れを知っているようだった。
だのに僕は、この時、まるで釈然としていなかった。

「……ずっと見付からなかったら、どうすんだよ?」
「え?」
「……お前、最後まで見付からなかった時、何回もあるじゃんかよ?」

僕は意地悪だった。苛々していた。
止まない雨はミチルが悪い訳じゃないけれど、終わらない隠れんぼは。

「お前の隠れんぼは、見付からなかったら終わりじゃないのかよ?」

見付けられたいのに。
誰かが捜してくれるのを待っているのに、自分からは出て行かないなんて、
「何考えてんだよ、お前?」
「だからね……」
「え?」
瞬間、雷鳴が聞こえた。ずっと遠くの方だ。
母親が心配しているかもしれない。この時間、家には誰もいないけれど。

「ずっと終わらないんだ、隠れんぼ」

ミチルは両手で膝を抱えて、体育座りの姿勢のままで、小さな穴を眺めていた。 其れ以上、僕も何かを言う事を止めた。ミチルの隣に座り、只、小さな穴を眺めた。 ブランコの前に、大きな水溜りが生まれていた。 大きな水溜りから溢れた水が、道筋を作り、また小さな水溜りを生んでいた。

砂場は、只、水を吸い、黒く染まる。
滑り台の金属板は、只、水を流し、白く光る。
僕等の住む団地が、雨の向こう、ずっと向こうに見える。

「……親、心配してるんじゃないのか」
「……誰の?」
「お前の」

雷が遠くで鳴った。
ミチルが怪我していなければ、今すぐ此処を出て、今すぐ走って帰るのに。

「そっちの親は?」
「ウチの?」
「うん」

ミチルの声は小さくて、雨音に隠れて、随分と聞こえにくかった。
だから僕は出来るだけ、其の声を聞き逃さないようにした。
もしかしたら何個かは、もう聞き逃しているのかも。

「パート先の青果コーナーで、洗濯物の心配くらいはしてるかも」
「家に居ないの?」
「居ないよ、土曜日のこの時間は。別に変わった事じゃないだろ」
「……そ」

雨が止むのを待ちながら、僕等は少しずつ、自分達の事を話した。
団地の事。修学旅行の事。来年、中学生になる事。
最初はゆっくりと。小さな声で。雨が止むまでの暇潰し。
毎日、同じ学校にいるのに、こんなにミチルと話したのは初めてだった。

「部活、入るの?」
「さ、どうだろうな、面倒くさそう」
「私は手芸部に入りたい。バトミントン部も良いな」
「中学校に、手芸部なんてあんのか」
「どうだろう」

田舎の中学校ならあるかもね、とミチルは付け加えた。

「田舎?」
「私が行く中学校は、皆とは違う町だから」
「何で?」

ミチルが一瞬、困ったような顔をして、其れから不意に笑った。
其れは初めて見た、ミチルの笑い顔だった。
そして、また遠くで、雷。

「お婆ちゃん、もうあんまり長く無いからさ」
「何それ」
「お婆ちゃんと住んでるのよ、私、知らなかった?」

知らない、という台詞を飲み込んだ。別に飲み込む理由は無い。 だけれど僕は飲み込んだ。ミチルの言葉の意味も、よく解らなかった。 何故、お婆ちゃんと住んでいると、別々の中学校に通わなければならなくなる?

「ううん、おばあちゃんとも住めなくなる、が正解かな」
「何それ」
「私が手芸部に入りたい理由」

ミチルは笑った。声を出さずに笑った。
声を出していたかもしれないけれど、雨音で聞こえなかった。
笑った後で、膝を抱えたまま泣いた。僕に顔を見せないようにして泣いた。

「……同じ中学校に行く方法、無いのかよ」

無い。自分で言いながら解っている。
ミチルと僕が、同じ中学校に通う方法は無い。
何故なら僕等が子供だからだ。僕等が大人じゃないからだ。
そして子供ながらに解っている。ミチルがお婆ちゃんと住んでいる理由も。
只、何となく。

ミチルは隠れんぼが苦手だった。其のくせ見付かりにくい場所に隠れる癖があった。 何時も一番最後に見付かるのがミチルで、其のままずっと見付からない時もあった。 最後まで見付からない隠れんぼなんて、楽しいか?

否、ミチルは見付けられたくなかった訳じゃない。
見付けて欲しかった。だから上手に隠れた。捜して欲しかったから。
そしてミチルは、今すぐ見付けて欲しいと願いながら、見付かる事を恐れていた。 自分の存在を知られる事を、極端に恐れていた。そしてまた、奥深くに隠れていたのだ。

ミチルは、自分の通う中学校に関して、もう何も言わなかった。
青いトンネルの中で、雨音だけが止もうとはしなかった。
僕は何も出来ずに、只、小さな穴を眺めていた。

「あ……」

遠くから、人影。フタツの人影。
水溜りを撥ねながら、此方に向かって来る。

「何?」
「誰か来た」
「誰?」

学生服を着ている。
男女。
中学生か、高校生。

恐らく、此処に向かっている。
二人の男女は手を繋ぎ、雨を避けるように走って来る。

「ミチル、声を出すな」
「え?」
「静かに!」

何だかよく解らないけれど、僕等は身を潜めた。
見付かってはいけない気がした。
多分、其れは、きっと。

まだ僕等が、隠れんぼの途中だったから。
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[ 2008/11/21 11:53 ] 小説 | TB(-) | CM(-)
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