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十年。

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「十年一昔」と言うけれど、どれだけ昔なんだろう?

十年経った。
何から? ――僕が文章を書くようになってから。
本日の雑記は、僕がたまに書く、いわゆる「自分語り」という奴だ。
まぁ、半分は自己満足なので、読んで楽しい人もいれば、何も楽しくない人もいるだろう。
僕が書く作品を読む人にとっては、ほんの少し面白い話かもしれない。
なので本日の雑記は、自己満足と、そういう人の為に書こう。

さて、十年。
十年前は、今ほどインターネットが普及してなかった。
それは皆もよく知っているだろう。まだ携帯でメールを打つ時代でも無かった。
僕の周りにはパソコンを持っている人も少なく、まさにIT時代の黎明期だった。

当時、僕は長年付き合っていた人と別れて、傷心の真っ只中だった。
まぁ、今思い返せば笑い話になるのだが、それは随分と長いこと引きずっていた。
そんな頃、僕は知人から、インターネットを勧められた。
当時、SEGAのドリーム・キャストというゲーム機があって、パソコンよりは安かった。
それでネットに繋げられた。

僕は、今回のような自分語りのコラム的文章を書く際に、
事あるごとに「僕はネットに救われた人間だ」と書いてきたけれど、
それは、その頃の自分――要するに十年前の自分――を指す。

当時のネットとの出会いは、毎日が絶望的だった僕にとって、新鮮な驚きの連続だった。
今思えば、たかが失恋した程度で、世界が終わったように振舞っていた自分に苦笑する。
しかし僕は、当時の僕なりに真剣に悩んでいたし、自分は何と孤独なのかと思っていた。
そんな浅はかな自分を、僕は鼻で笑いながら、少しだけ愛しいとすら思う。

そして毎日、浅はかながらに「死にたい」と願っていた自分が、
あの日、あの時、ダイヤル回線でインターネットと繋がった瞬間から、
まるで眩暈のように世界が急激に変わり、現在の自分に向かってきた事実も。
その全てを、愛しいと思う。

あの頃、僕は届かない手紙ばかり書いていた。
別れを告げられた人に向けて、女々しく手紙を書いていたという訳だ。
それから僕は毎晩、チャット・ルームに入り浸っていた。
当時のインターネットの楽しみ方なんて限られていて、Eメールかチャットくらいだった。

今のように楽しいサイトが沢山ある時代でも無い。
もし面白いサイトがあっても、データの容量が大きいと、読み込むのが遅かった。
光もADSLも無い。無線LANなんて遠い未来の話。
みんなダイヤル回線、つまり電話と同じようにしてインターネットに繋げていたのだ。

そんなある日。
チャット仲間の一人が、自分のホームページを作ったと話題になった。

「個人ホームページ? 何それ?」

誰も詳しく知らなかった。
しかもチャット仲間の中でも最年少、中学生の男の子が作ったという。

「へぇ、自分のページが簡単に作れるんだ!?」

興味本位で見に行くと、簡単な自己紹介ページのようだった。
ゲストブックなるものが置いてあって、自由に書き込むことが出来た。

ホームページなんて偉い人か、技術を持った人か、発表したい事がある人が作るモノ。
そんな僕等の常識を、中学生の彼は、軽く飛び越えていった。
それで僕等のチャット仲間内では、ちょっとしたホームページ・ブームが起きた。

誰も彼もが自分のホームページを作り始めた。
大体、皆「ジオシティーズ」という無料レンタルサーバーで作っていた。
大体、最初の人間がやった事の真似から始まるから、皆そうなってしまう訳である。

それで僕も自分のホームページを作ろうと思った。
当時、ホームページを作るには「タグ」という言語を知らなければならなくて、
それを知らない人の為には、何種類かの簡単なテンプレートが用意されていた。

僕はテンプレートを使うのが嫌で、
自分らしいホームページが作りたかったけれど、
タグを全く知らないので、友人のMP君に相談した。

MP君というのは名前からしてチャット仲間だと思われるだろうが、
実は普通に当時のバイト仲間であり、僕にとって最初のネット仲間だった。

MP君は世話上手な男で、彼には随分と世話になった。
僕の自分勝手なワガママを笑って許してくれる、心の広い男だった。

この時も「こんなホームページを作りたい!」という、単なる僕の思い付きの為に、
彼はタグ用語の本を購入し、数日かけて勉強し、僕の為のホームページを作成していた。
「こんな感じになるけど」
「おお、良いね」
メールだったか、チャットだったか、それとも電話だったか忘れたけれど、
深夜、僕等は一緒に作りかけのホームページをチェックした。

ホームページの名前は『Orange Haze』。
この名前は多分、ジミヘンの『Purple Haze』の影響を受けている。
そのくせ、何故かトップページを訪れるとエアロスミスのmidiが流れる仕様だった。
今思い出すと、ちょっと面白い。

あれは何でエアロスミスのmidiだったんだろう。
もちろん、エアロスミスが個人的に好きだったのもあるだろうけれど、
当時、チャット仲間の一人に『だりあ』というロックなカッコイイお姉さんがいて、
チャットでの発言もスタイリッシュというか、何かカッコ良くて。
僕は密かに、こっそり、彼女に憧れていた。

そんな彼女のホームページのトップでは、
エアロスミスの『walk this way』のmidiが鳴っていて、
それで僕は「midiを鳴らすならエアロスミス」と思ったんだと思う。

ちなみに当時『だりあ』から受けた影響は今でも残っていて、
例えば僕が必ずメールに記載している「オレンジメール」という件名は、
当時、彼女から届いた『だりあメール』という件名に、強く影響を受けている。
あの頃のインターネット仲間達から、僕は今でも残る沢山の影響を受けているのだ。

話が反れた。戻そう。

MP君が作るホームページに、僕は色々と注文を付けた。
その度に修正して、一緒にチェックをして、また修正して、の繰り返し。
そうして、あの夜、ようやく完成した。

「よし、公開する日を決めよう!」

ホームページのオープン日。
十年前。平成11年。だから次の台詞は決まっていた。

「平成11年11月11日」

僕の最初の場所――『Orange Haze』は、そうして始まった。

最初は面白くも何ともないホームページ。
チャット仲間が遊びに来るだけのホームページ。
ゲストブックを使って、何となく会話する為のホームページ。

日記を書ける機能があったので、日記を書いた。
日記を書くといっても何を書けば良いのか、よく解らなかった。
僕は絵ばかり描いていたから、文章を書くのは馴れていなかったけれど。

あの頃、僕は届かない手紙ばかり書いていた。
別れを告げられた人に向けて、女々しく手紙を書いていたという訳だ。
だから、僕はその届かない手紙を――言葉を、インターネットで飛ばす事にした。
それが、僕の文章の始まりだ。

『Orange Haze』は、その後『蜜の靄≒The Orange Haze』という名前になり、
『野良犬デュード』というサイトが生まれ、また『蜜の靄≒The Orange Haze』に戻り、
『Nancy Key』や『MartS』という実験的なサイトで行われた様々な経験を経て、
『VOSTOK8』というサイトになった。

「十年一昔」と言うけれど、どれだけ昔なんだろう?

僕は歳をとった。
沢山の人と出会い、別れてきた。
VOSTOK8。ボストーク8号。僕の宇宙船。
この場所に置いてあるのが、今の僕の、この十年間の作品の全てだ。
そして十年が経った今、その作品の一つ『鉛色のサンデー』を使って、世に問うてる訳。
この十年は何だった? そして今、何ができる? これからの十年で、何をしたい?


「何処まで飛べる気でいるのかね?」

「何処までもさ、それが宇宙でも」

「ははは、ボストーク8号で?」

「いいや、地球に乗ってさ」


--------
P.S(ポメラニアン?……柴犬でしょ?)

ああ、最後に『第二回青春小説大賞』の話になって申し訳ない。
相変わらず、皆さんからの投票、お待ちしております。
詳しくは前々々回・前々回の日記を参照。

投票は簡単です。
登録は、正直ちょっとだけめんどくさい。
めんどくさいの知ってるけど、お願いするのであります。
よろしくお願いします。

ちなみに現時点で、133作品中8位です。
ここから上の順位の壁が厚い……!
投票してくださった方々、本当にどうもありがとうございます。

もうひと頑張りします。
よろしくお願いします。

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鉛色のサンデー(読めます。)
第二回青春大賞の開催サイト (※現在の順位なども見られます。)
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[ 2009/11/11 13:40 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
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