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片想グラヴィティ

鉛4

「陽の目を見なくても構わない」と思う作品なんて、ヒトツも無い。

「作品とは子供のようなモノだ」と言う人がいる。
正直に言うと、その気持ちは解らない。僕は我が子を持った事が無いからだ。
「作品とは恋人のようなモノだ」と言われた方が、まだしっくり来る。
それでも完全にしっくり来ている訳ではないのだな。

作品を恋人のようなモノだと言われても、少し困ってしまう。
それが文章にせよ、絵画にせよ、音楽にせよ、そんなに美しいモノではあるまい。
少なくとも僕にとって、作品とは自分自身に近いし、エゴを内包したモノだ。
だから「作品とは、その時々に好きになった、恋の相手のようなモノだ」と言われると、
なるほどしっくり来るし、もっと端的に言うならば「作品とはオナペットだ」という表現になる。

それは大抵の場合、空想や片想いで終わるモノだし、
紙面の向こうに佇む瞬間的な(そして恒久的な)老いる事の無いグラヴィア・アイドルだよ。
それを見ながら必死にシゴいてる状態が、創作活動と言えよう。決して美しいモノでは無い。
グラヴィア・アイドルにハマればハマるほど、シゴく手は冴え、その作品は活きる。
ハマらないのに、何となくシゴいている時もある。それは何時も酷く虚しい。

どんな過程で射精したスペルマだろうが、創作家が生み出せば、それは作品になる。
小説家が出せば小説に、画家が出せば絵画に、音楽家が出せば音楽に。
それは必死だった。片想いとはいえ、必死な手淫だった。

その結果が、最後には形になる。
あんまりシゴく、シゴくと言われたら退くんだろ?
それでも耳の穴をかっぽじって、最後まで聞いて欲しいのだ。

確かに、必死にシゴく姿は滑稽で、他人に見せられたモノでは無い。
真っ暗に締め切った部屋で一人、醜く充血した目で、必死に出そうとしている姿は、
本当に格好悪いし、汚いし、愚かだが、それでも、やはり必死だった。
だって僕は、本当に知って欲しかったんだから。
作品という名の、片想いの相手に、僕の存在を。

だから「陽の目を見なくても構わない」と思う作品なんて、ヒトツも無い。

只、その重力に引かれて、また書き続けるのだ。

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[ 2009/11/24 11:56 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
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