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光の靄≒The Transparent Haze -中編-

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正月は二日から仕事だった。
もう少しのんびりと過ごしたいところだが、
それなりに、穏やかに、正月らしい気分は味わった。

新春に財布を買うと縁起が良いというので、
僕と妻は二人で、新しい財布を買いに出かけた。
妻は目当ての財布と、その色違いを手に取り「どっちが良い?」と言った。
僕は片方を指さして「こっちが良い」と言い、その財布に触れた。

財布を買い換えるなんて、僕にとっては久し振りの事だったので、少し緊張した。
新しい、我が家のちょっとした季節の行事のような気分だった。
売り場は混雑しており、店頭には福袋が並んでいた。

新しい財布で、僕は最初に、妻の髪留めを買った。
新しい財布で、妻は最初に、色の良い蜜柑を、一袋買った。

吐く息は白く、歩道は凍って滑りやすく、僕達は手を繋いで歩いた。
季節は巡るが、今は、今にしか訪れない。
今は冬だが、例えば僕達が集まった、あの場所には夏があったように――。

2008年、8月16・17・18日。
あの東京での三日間は、今でもよく覚えている。
それはほんの短い旅だったけれど、僕にとって貴重な経験となった。

オレンジ色の表紙。
自分達が書いた小説の本。
あの本には沢山の想いが詰まっていた。

『M線上のアリア』。
総勢13人が参加したコラボ小説。
といっても、あの作品は、普段から小説を書いている人達ばかりが集まって、
要するに「小説の為の小説」を作り上げる為に執筆された作品ではなかった。

普段は別の仕事をしている人・プログラム言語を操る人・音楽を作る人・
学生・主婦・服屋の店長、小説家を目指す人・本当に色々な人達が混ざって、
皆が同一線上に集まって、ある種の仲間意識を持って生み出された作品だった。
そして、それが素晴らしかった。

自分が書いた文章が、一冊の本になる。
その道を進まなければ、中々そんな機会には巡り合わない。
参加者達にとって『M線上のアリア』は、それだけでも意味のある作品だった。
少なくとも、僕はそう思っている。

只、この時期、僕自身は迷いの中に居た。
何時だって僕は、何かしらに迷い続けてきた気がするが、
この時期は自分が作品を生む意味と、その進むべき方向に関して、迷っていた。

作品を生むのは、世の中に自分の存在を提示したいからだ。
生きている証を残したいからだ。
ところが、その為には認められなければならないし、売れなければならない。
作品を、商品へと、昇華しなければならない。

世に出ている表現者達が、必ずしもそうである訳ではないし、それが正解でもない。
それが表現者としての絶対的な成功であるとも言い切れない。
しかし、この問題は、必ず付いて回るのだ。

自分が職業作家になりたいなら、やるべき事は本当に沢山あって、
あの時期の僕にとっての『M線上のアリア』は、その前にある大きな荷物だった。
この表現には語弊があるかもしれない。しかし偽りのない本当の気持ちだ。
あの作品は、あの時期の僕にとっては、大きな荷物だった。

まず、僕が書いた『蜜編』の内容に、僕は満足していなかった。
執筆に半年以上を要した、その偏った力の注ぎ具合にも、迷いが無い訳ではなかった。
全作者が舞台を共有する「シェア・ワールド」という馴れない手法にも、実に苦しめられた。
それを製本していく作業は、やはり途方も無く長く、自分が進んでいる道の正しさに悩んだ。

「こんな事をやっていて、本当に良いのか?」

そんな風に思っていたのだ。
随分と長い期間、インターネットで書きすぎた。
プロ野球選手を目指す人間が、草野球ばかり楽しんでいたら問題だろう。
喩えるなら、あの時期の僕は、そんな風に思って、悩んでいた。
しかし一方で「作品を、商品へと、昇華する」という道にも疑問を感じていた。
初めから答なんかある訳は無いのに、僕は悩んでいたのだ。

ある朝。
製本データを印刷所に提出する〆切の日。
前日から、僕は『SOYUZ』のメンバーと、最後の製本作業に追われていた。
僕達は徹夜でパソコンの前に座り、逐一、携帯メールで連絡を取り合った。

全ての作業が終わり、データを印刷会社に送ったのは、早朝だった。
データを管理している「しのめん氏」は、もう出社前だった。
僕達は眠たい目をこすり、ほんの短い言葉で、互いの労をねぎらった。
カーテンを開けるとオレンジ色の朝日が入り込んだ。

あの瞬間の色を、僕は今も、覚えている。

とても満たされた気持ちだった。
別に仕事でもない、作家としての実績にもならない作業だった。
しかし僕は、しのめんさんと交わした早朝の会話や、オレンジ色の朝日、
そして、あの何とも言えぬ達成感(それは学校祭の前に似ている)に満足していた。

自分達で作るのだ、自分達の現実を。

それは、僕が『蜜の靄』から始まり『M線上のアリア』に至るまで、
集め続け、求め続けてきた、真実のひとつだった。
僕は他人を巻き込んで、誰かと一緒に、何かを生み出し続けていたいのだな。
誰かを感じて、生きていたいのだな。

『M線上のアリア』の執筆陣が、東京に集結する。
僕にとって、あの旅は迷いの中で行われた、決断の為の旅だった。
あの旅の詳細は、以前にも此処で書いたので、そちらを読んでもらえると良い。
結果的には僕にとって、最期の決断の、始まりとなる旅だった――。

蜜柑の皮を剥き、妻は一房、それを口内に入れた。
程好く熟れた小さな蜜柑に、真っ白な冬がよく似合った。
今は、今にしか存在しない。

妻は知っているだろうか。
僕がどれほど、彼女の存在に感謝しているのかを。
僕は怖かった。どうしたって変化してしまう、此処に在ったはずの全てが。

それでも飛びたかった。
ずっと此処に居るのは嫌だったから。
僕は小さな部屋の窓から、遠くの塔ばかり眺めていた。
それはまるで巨大なロケットのように真っ直ぐでね、僕は憧れていたのさ。

「変化を、受け入れる。」

だから僕は『M線上のアリア』に、そう書き記して、ずっと願っていた。
抜け出せなかった全ての過去から、やがて抜け出せるように。
変化できない事実さえ、変化しながら生きられるように。

変化して、変化しながら、僕達は今日まで来た。
変化すること、例えばそれが成長と呼ばれるようなことだとしても、
僕はそれを受け入れられない時期があったし、妻もそうだったかもしれない。
僕は過去、随分と長い間、そうした「変化してしまう事象」と対峙してきたと思う。
変化してしまうことは恐ろしく、受け入れてしまうことは尚、恐ろしい。
そう考えていた時期が、確かに在った。

彼女が去った後の、数年間。
僕は僕なりに、僕なりの速度と方法で、前を向いて歩いていた。
彼女を思い出すこともあったけれど、それより「今」を大切に思うようになった。
恐らく当時の彼女が願っていた僕へと、彼女が居ない場所で、僕は変化していた。

火星に飛んだはずの僕は、無事に着陸できたとは言えず、やがてmixiに辿り着いた。
宇宙漂流者のようになって、VOSTOK8(ボクトーク8号)というサイトに乗り込んだ。
宇宙の片隅で、今も言葉を繋ぎ続けていた。

2008年、8月16・17・18日。
僕は東京に居た。
蒸し暑く、人が多くて、雨が降っていた。

会場に『M線上のアリア』の執筆陣が集まった。
僕達は揃いのTシャツを着た。
真っ黒な「ネズミー・マウス」という胡散臭いキャラをあしらった、
その日の為にデザインした、僕達だけのTシャツだった。

僕達はほとんど初対面で、だけれど何度も会話をした仲で、不思議な関係だった。
彼等・彼女等と一緒に物語を作ったのだなと思うと、不思議な気分になった。
その上、それが一冊の本になるならば、尚の事。

この日、僕は思った。
僕が本物の職業作家になっていくのか、本当のところは解らない。
だけれど僕が生み出すならば、何かを生み出すならば、誰かの人生に関わっていたい。
僕や、僕の作品が、他人の人生に関わっていられる距離感で在りたい。

アリアの執筆者である僕達は、
最後に、夜の渋谷駅で輪を作り、互いに声をかけ、手を振って別れた。
まるで昔からの友人のように、また明日会えるかのように、手を振って別れた。

とても満たされた気持ちだった。
別に仕事でもない、作家としての実績にもならない作業だった。
しかし僕は、あの早朝のオレンジ色の朝日のように、雨の降る空を眺めていた。
夜の渋谷の空では、ろくに星さえ見えなかったが、周囲は電光的な色彩に溢れていた。
それはそれで美しかった。随分と現実的な色だった。
そして、あの何とも言えぬ達成感(それは学校祭の後に似ている)に満足していた。

翌日。
帰りの空港で、彼女に会った。
あの日、彼女が札幌を去って以来、初めての再会だった。
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[ 2010/01/07 13:14 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
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