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JET #5

雪は会えなくなった恋人との再会に似てる。

窓の外に降り積むソレに手を伸ばしても、届く事は無く、
只、一粒一粒は溶け逝きながらも、薄い絨毯を残して往く。
溶けずに地面に根付いた、最初の一粒を見てみたい。
ソレはきっと、会えなくなった恋人の欠片だから。



299.jpg

#5『現在・君(Secret Smoking.)』



「少女か、お前は」

背後からタダオが声をかけた。
買い物袋を片手に下げて、丸めた新聞紙で自分の肩を叩いて居る。
買い物袋を床に置くと、壁に立てかけたパイプ椅子を取り出して座った。

「ねぇ、タダオ、雪降ってるよ」

「知ってるよ、今、外から来たんだから」

「雪は会えなくなった恋人との再会に似てるよね」

「乙女か、お前は」

タダオは鼻で笑いながら足を組むと、新聞紙を広げた。
新聞紙の一面には来年の春からメジャーリーグに挑戦する、
タダオが好きだったプロ野球選手の独占インタビューが載って居る。
新聞紙を広げながら背もたれに深く身を預けると、
何となく首を何度か動かしながら、タダオは肩越しに窓の外を眺めた。

「ねぇ、タダオ、雪降ってるよ」

「知ってるよ、今、窓から見てるんだから」

「溶けずに地面に根付いた、最初の一粒を見てみたいよね」

「何で?」

タダオが退屈そうに質問したので、
アタシは此処ぞとばかりに、先程考えたばかりの名文を披露した。

「ソレはきっと、会えなくなった恋人の欠片だから」

「あ、解った、馬鹿なんだ、お前」

「酷い!」と言いながら布団を被ると、アタシはベッドの中に潜り込んだ。
心のポエム帳24ページに書き込んだばかりの名文を、
選りにもよって馬鹿扱いされるとは。

布団の中で身を固くして、タダオが謝るのを待った。
布団の外から新聞紙をめくる音が聴こえた。
タダオは何も言わずに、新聞紙を読み進めて居るようだ。

「タダオのアホ~」

布団の中で呟いてみたモノの、声が篭って虚しい気分になる。
まるで自分ひとりの世界で、自分に向けて放たれる暴言のようだ。
せめてダメージを受けて居るタダオの表情を見なければ気が済まない。
布団から顔を半分だけ出して、もう一度。

「タダオのアホ~」

新聞紙に隠れて表情が見えない。
それどころか身動き一つしようともしない。
布団から起き上がって、もう一度。

「タダオのアホ!」

不意に、タダオは新聞紙を折り畳むと、立ち上がった。
それから先程、床に下した買い物袋に手を伸ばし、
中から紅茶のペットボトルを抜き取った。

「飲む?」

「タダオのアホ」

「紅茶、飲むかって」

「タダオのアホ」

「要らないのね」

「要る」

タダオは棚からマグカップを二個取ると、
それぞれにゆっくりとペットボトルの紅茶を注いだ。

「ミルク・ティーが良かったな」

「レモン・ティーの方が美味いでしょ」

時計の針が一秒ずつ進んで行く音が聴こえた。
此処は静かだ。
白い。

「退院、何日くらいになりそうだって?」

マグカップを傾けながら、タダオが言った。

「まだ解んない」

「今日、決まるんじゃなかったっけ」

「クリスマスまでには無理なんじゃないかなぁ」

窓の外では音も無く雪が降り落ちて居る。
ソレは枯葉よりも静かで、生命よりも穏やかだ。
目的も理由も存在しない。

只、降り落ちる為に、降り落ちる。

「雪は会えなくなった恋人との再会に似てるよね」

「まだ言ってんの」

「雪は会えなくなった恋人の欠片なのよ」

タダオは特に笑いもせずに窓の外に目を向けると、
至極冷静な口調で「お前、そんな恋人いないじゃん」と言った。

「い、居るよ!」

「居た事ないじゃん」

「居たんだってば!」

「嘘吐くなよ」

「嘘じゃないよ!酷いよ!タダオのアホ!」

存在を否定された心のポエム帳24ページ目の恋人を想って、
アタシは叫んだ。
存在を否定された心のポエム帳24ページ目の恋人は笑って、
アタシの心の中で「いいんだよ」と言った。

「怒るなよ」

「いいんだよ」

「は?」

「いいんだよ、気にしなくていいんだよ、タダオ」

「誰だそれ」

確かにタダオは二才の時からアタシの家の隣に住んでるし、
小学・中学・高校と全て同じだったから、
アタシの(大した事ない)恋愛事情など、全てお見通しだった。

中学三年のクリスマスに、片想いの男の子に渡す為に買った、
変な犬(当時は流行っていた)の置時計を、結局渡す事が出来ずに、
ソレが未だにアタシの部屋に飾られて居る事まで、タダオは知って居る。

それでも、いくらそんなタダオと言えども、
心のポエム帳24ページ目の恋人を否定する事は許されない。
彼は日本人の父とアイルランド人の母を持った、青い瞳のハーフなのだ。

「青い瞳のハーフなのよ」

「何だそれ」

「会えなくなった恋人が」

「ミサエはポエマーだな」

「ポエマー言うな!」

雪は窓の外を相変わらず上から下へと移動して往くが、
此処からでは、ソレが冷たいのか温かいのかさえも解らない。
窓を開け、手を伸ばせば、ソレを感じる事が出来るかもしれなかったが、
此処では窓を開ける事も出来ない。

目を閉じて、全てを想像する。

雪は冷たいのか、温かいのか。

色は白く、綿のように軽く、すぐに溶ける。

溶けるならば、恐らくソレは冷たい。

少なくとも世界より冷たい。

世界は何色なのか。


「煙草、吸ってくるわ」


タダオが立ち上がる。
マグカップの中の紅茶を飲み干すと、
パイプ椅子の上に折り畳んだ新聞紙を置いた。

「アタシも行く~!」

「お前、煙草吸わないじゃん」

「アタシも行く~!」

「いや、別に良いけど」

病棟内は全面的に禁煙であり、喫煙所は存在しない。
喫煙者は入院と同時に、強制的に禁煙を余儀なくされる。

とは言え入院者全員が禁煙に成功する訳も無く、
それぞれがそれぞれの秘密の喫煙場所を見つけ出し、
タダオも同じように、タダオだけの喫煙場所を見つけ出した。

「寒っ!」

パジャマ一枚にジャージを羽織っただけの格好は、予想以上に寒かった。

地下一階の売店の奥にある細い通路は、
食材や売店の商品の搬入通路に繋がっており、
普段は業者が使って居るが、この時間は人が通らない。

当然、入院患者の出入りが許される訳が無いが、
この時間帯は鍵がかけられて居るし、外に出る意思も無い。

薄暗い通路の奥へ進むと、コンクリートの床が見え、
使い捨てられた何個かのダンボールが転がって居た。

「よく見付けたよね、こんな場所」

アタシが言った時、
タダオは既に煙草に火を点けて、
ソレを深く肺に吸い込んで居る最中だった。

狭く奥まった場所に、肩を寄せ合うようにして屈んだ。
タダオの顔がすぐ横に在る。

静かだ。
だけれどこの静けさは、
先程、病室で感じた静けさとは違う。

少しでも物音を立てると、全てが反響しそうな静けさ。
だけれど何処にも届く事の無い静けさだった。

閉じられたシャッターの隙間から、風が吹き込んで居る。
今、外は寒いのだという事を知らせて居る。
だとすれば世界は寒いのか。
雪は冷たいのか。

音も無く、光も無いような場所で、
タダオの吐き出す煙草の煙だけが白く、また温かい。
ソレは明らかに異質な匂いを漂わせながら、世界に存在する。

煙たい。
タダオが煙を吐き出す度に、煙が目に入る。

心のポエム帳24ページ目の恋人は、煙草を吸うだろうか。
知らない。
否、厳密に言うならば、決めてない。

「ちょっとだけ吸わせてよ」

小声で呟く。

「駄目」

「何でよ?」

「駄目」

「だから何でよ」

「ポエマーだから」

「関係ないじゃん!」

思わず大きな声を出すと、予想以上に声は響いた。
タダオが驚いた顔をしながらコチラを見て、人差し指を鼻の頭に当てる。
その顔が予想以上に近い。

「近いよ、タダオ、煙たい」

「近いよ、お前が勝手に付いて来たんだから」

ああ、タダオが近いな、という気分になった。
二才の時から一緒に居るからよく解らないけれど、
ああ、タダオが近いな、という気分になった。

タダオが煙草を吸い込む度に、
暗闇の中で、煙草の先端だけが赤く灯るので、
何となくソレを眺めた。

ソレは窓の外を舞い落ちる雪よりも、随分とリアルな気がした。
高々と空に舞い上がる、ジェットのようだった。

「よし、タダオ、キスするか」

「何言ってんだ、お前」

「そんな気分なんだ」

「痴女か、お前は」

「ちっ……!?」

アタシが叫びかけると、
不意にタダオは、煙草をアタシの唇に付けた。
静かに付けた。

タダオの温度など感じなかったが、
よく考えればソレは、タダオが唇を付けた煙草だった。
アタシは目を閉じて、ソレをゆっくりと、深く、肺に吸い込んでみた。

「……ぅおえげほー!」

煙が気管を通り抜けようとした瞬間に、アタシは咽た。
絵に描いたように咽ながら、涙を流した。
何てマズイんだ、煙草なんて。

「人間の吸うモンじゃないんですけど……」

タダオは「ははっ」と楽しげに短く笑うと、
再び煙草を吸い込んで、吐き出した。
結局、何だったんだ、今のは。
血液は音を立て、変な汗をかいた気もする。

ジェット・コースターに乗った後のような疲労感の後で、
タダオの煙草を眺めると、やはり先端は、赤く灯って居たけれど、
涙で滲んで居たので、実際はよく解らない。

「誰か居るの!?」という声が聴こえて、
タダオが立ち上がると、遠くから女性の看護士が歩いて来た。
タダオはアタシの頭を抑えて、身を低く屈ませると、アタシを隠した。

タダオはこっぴどく叱られて、
以後、この場所での喫煙を禁止されたが、
悪びれる様子もなく、看護士が立ち去った後に、
「さて、病室に戻るか」
と言った。

それからエレベーターの中で、

「秘密の場所は、あと三箇所くらい残ってるんだ」

と笑った。
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[ 2010/01/29 18:02 ] 長編:JET | TB(-) | CM(0)
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