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JET #2

綿のような、何かが飛んでいる。

それは何物でも無く、または何者でも無く、
それから等しく何色でも無いはずなのだけれど、
多分、それを見た誰もが、それを白と表現するだろう。

雪虫が飛んでると思ったら、それは雪だった。


「タダオ、雪だよ、雪!」

「知ってるよ」

「雪虫かと思った」

「春先に雪虫が飛ぶかよ」


雪虫は冬の訪れを告げる。
だから初雪が降り始める頃には、決まって雪虫も飛ぶのだ。
だとしたら、春の訪れを告げるのは、何虫なのだ?

ああ、それは蝶か、などと実に呑気な回答に行き着いたアタシは、
己の回答に満足し、掌を空に向けて、落ちてくる雪を受け止めようとした。
受け止めようとしたところで、今しがた交わされた会話を思い返す。


「……え! 雪虫、春先に飛ばないの!?」


首だけで勢い良く振り返った先に、タダオが居る。
タダオはフーセン・ガムか何かを噛みながら、路上の変な看板を見てる。

フーセン・ガムか何か、と揶揄した理由は二つあって、
一つには、それがフーセン・ガムじゃないかもしれない点が挙げられる。
相手はタダオだから、歩きながらスルメを食べてる可能性も捨て切れない。

もう一つは、普通のチューイン・ガムの可能性もあるのだが、
相手はタダオだから、それは恐らくフーセン・ガムであろうと推測される。
何故なら歩きながらフーセン・ガムを噛んでる奴は、ちょっとアホっぽい。

フーセン・ガムを噛んでる奴はアホっぽいという理屈に沿えば、
タダオが噛むガムはフーセン・ガムである可能性が高いという訳なのだ。

「雪虫は、雪が降る前に飛ぶから、雪虫なんだよ」

タダオは路上の変な看板を見ながら、面倒くさそうに言った。
何の看板を見てるのかと思ったら、何の事は無い、新作映画の看板だ。

「雪が降った後には飛ばないの?」

「飛ばないんじゃない」

「何で?」

「雪が降ったら寒くて死ぬんじゃない」

「スルメって美味しい?」

「スルメ?」

タダオは鈴鹿サーキットでF-1レースを観てる人か、
もしくはテニスの試合でも観てる人かのように、
素早く首だけを動かしてコチラを見た。

タダオは「何言ってんだ?」と言いながら、
口の中を器用に動かして唇を尖らせると、大きなフーセンを作った。
透明に近い白が、息を吹き込まれ、ゆっくりと膨張し往く。
ほら見ろ!フーセン・ガムだ!

「ははっ! やっぱりね!」

「何が?」

タダオが口を動かした途端、フーセンは弾けた。
弾けたフーセンは、タダオの口の周りに、無様に張り付いた。

惜しいな、あのままタダオに話しかけずにいたら、
大きなフーセンが膨らんで、そのまま空を飛べたかもしれないのに。

タダオの唇から放たれたフーセンに掴まって、
まぁ、正確にはフーセンを膨らませるタダオの胴体に掴まって、
野を越え、山を越え、国境を越えて、きっと何処までも飛んでいけたのに。




299.jpg

#2 『記憶・春(Spore Spins in Spring.)』



タダオは口の周りに張り付いたガムを人差し指で器用に剥した。
器用に剥した後で、その人差し指を、アタシの服で拭いた。

「ちょ、何してんの!?」

「指、拭いてんの」

「いや違う! それは見ればわかる!何してんの!?」

「指、拭いてんの」

「バカじゃないのアンタ! この服、一昨日買ったばっかなのに!」

「ドンマイ、ミサエ」

「ドンマイ、の意味がわかんない!」

一週間前に見付けた暖色ニットのワンピースは、
レトロな色使いが可愛らしくて、今日の為に買ったんだ。
今日、張り切って着ようと思って買ったのに、まさかガムの洗礼とは。

「怒るなよ」

「タダオのアホ」

「怒るなよ、なぁ、ミサエ」

「タダオのアホ! いやさ、タダオがアホ!」

アタシは無言のまま、タダオの三歩ほど先を歩いてやった。
タダオは無言のまま、アタシの三歩ほど後を歩くだろう。
アタシに黙って付いて来るがいい。

「この映画、観たいよな」

付いて来ちゃいない。
タダオは新作映画の看板の前で立ち止まると、
先程まで口元に無様に張り付いてたガムを噛み直した。
またフーセンを膨らませる。

「……割れろ!」

「ん? 何が割れろって?」

「ん? いや、青春という名の胸の高鳴りが……」

「青春という名の胸の高鳴りは、割れたりしないんじゃないか」

確かに、青春という名の胸の高鳴りは、
もしかしたら聞こえたり止んだりする事はあるかもしれないが、
多分、割れる事は無いような気がする。

「春休み、暇だったら観に行こうぜ」

看板の前を離れると、そそくさとタダオは歩き始めた。
しまった、三歩先を歩かれている。
形勢逆転だ。

「ちょっと! 先に歩かないでよ!」

「何でだよ」

「アンタ、さっきアタシの服で、汚れた指、拭いたじゃん!」

「先に歩いちゃ駄目なの関係ないじゃん」

「関係あるの!」

アタシは鼻息を空気中に(可憐に)発散させると、
タダオの三歩先を、音を立てるように歩き始めた。



アタシ達は、今、何処に向かっているのか。
何の事はない、近所の郵便局だ。
どうして郵便局に向かっているのか、その理由は重要だ。

今日は高校の合格発表なのだ。

どうして合格発表と郵便局が関係あるのか、
我ながら世の大人達に理由を問いただしてみたいが、
何故かアタシ達の高校の合格発表は、近所の郵便局に張り出される。

もちろん新聞の朝刊だとか、
受験した高校の入口にも張り出されるのだけれど、
新聞の朝刊で確認するのは味気ないし、
高校まで確認しに行くのは時間がかかるので、
近所の郵便局に張り出された合格発表を確認しに行くのだ。

どうして郵便局なのか、イマイチ理由は解らない。
そもそも、わざわざ高校まで確認にし行くのは面倒だけど、
合格した場合には毎日通う距離なのだから、面倒だとも言ってられない。

だけれど今はまだ高校に合格した事が決まった訳ではないので、
この場合、近所の郵便局に確認しに行くのが正しい。

近所と言っても、それなりに距離はあるし、
もちろん同じ学校を受験した同級生達も集まってくる訳で、
ちょいとパジャマにコートを羽織って……なんて格好では見に行けない。

そこでちょっと話が戻るんだけど、
一週間前に見付けた暖色ニットのワンピースは、
レトロな色使いが可愛らしくて、今日の為に買ったんだ。
今日、張り切って着ようと思って買ったのに、まさかガムの洗礼とは。

イカン、また腹が立ってきた。
そもそも何でタダオと一緒に合格発表を見に行くんだ。
いくら家が隣同士で、幼馴染で、同じ高校を受験してるとは言え、
合格発表を見に行く友達くらい、他にいないのか。

「てゆーかアンタ、他に友達いないの!?」

アタシは歩く速度を弛めると、アタシの背後を歩くタダオに毒づいた。

「は? 何が?」

「合格発表を見に行く友達くらい、他にいないのかって」

「ほほぅ、まったく同じ台詞、そっくりそのまま返しても大丈夫?」

「ごめんなさい」

叫びたい。
心の中で思うが侭に叫びたい。
何だろう、まったく同じ条件なのに、この深い敗北感。

反撃体制を整えなければいけない。
敵は意外と手ごわい。
呑気にフーセン・ガムを膨らませてるくせに。

ガム?
わかったぞ、奴は米兵か!

鬼畜米英。
英はイングリッシュの英。
英語のテスト、自信なかったんだよな。

今こそ敵を倒す時が来たのだ。
覚悟しろ、米兵よ。
いざ覚悟。

「てゆーかアンタ、今日、何日だと思ってんの!?」

「は? 何が?」

「何がって、ホワイト・デー!アタシにお返しは!?」

「え、アレ、お返し要るの?」

「要るよ! あげたじゃん! アタシ、アンタにチョコあげたじゃん!」

「え、アレ、カタギリ君に渡せなかったチョコだろ」

「何ですと!?」

叫びたい。
心の中で思うが侭に叫びたい。
何だろう、チョコをあげた身なのに、この深い敗北感。

「タダオのドアホ!」

竹槍で鉄砲に突撃した訳でも無いのに、
何だろう、ポツダム宣言を聞いた時のような、この深い敗北感。



確かにタダオにあげたチョコは、
カタギリ君に渡す為に持ち歩いてた事になってる。
少なくともアタシの周りの女友達の間では、そういう事になってる。

そもそもクリスマスに買った可愛い犬の置時計だって、
カタギリ君に渡す為に買った事になってる。
人の噂というのは、恐ろしい。

「そういえば、カタギリ君って、何処の高校?」

タダオはフーセンを膨らましながら、
何時の間にかアタシの隣に、肩を並べて歩いてる。
先程までアタシの後を歩いてたくせに。

だけれど無条件降伏を受け入れた者の肩身は狭い。
タダオが隣を偉そうに歩こうと、アタシは文句を言う事が出来ない。
ポツダム宣言ならぬカタギリ宣言によって、アタシは占領されてしまった。

タダオがマッカーサー元帥にさえ見えてくる。
しかも老兵ではないので、まったくもって立ち去る気配すら無い。
生意気にフーセン・ガムを噛みながら、タダオ元帥は余裕の表情なのだ。

「何でアタシに、カタギリ君が受験した高校を訊くのよ」

「あれ? もしかして知らないの?」

「知ってるよ、南高」

自分の負けず嫌いが嫌になるけれど、
カタギリ君が南高を受験した事は、普通の同級生なら誰でも知ってる。
タダオが知らない事の方がオカシイ。

南高はアタシ達の地区では、もっとも優秀な高校だった。
南高を受験する事は、優等生の条件とさえ言えた。

アタシ達の中学から南高を受験する人は、
実際には毎年ほとんどおらず、いたとしても少数だった。
その少数さえもまた、入学試験によって不合格の烙印を押されるのだ。
カタギリ君が受験したのは、その南高だった。

「カタギリ君って頭良さそうな名前だけど、本当に頭良かったんだな」

タダオが知らない事の方がオカシイけれど、
だけれどアタシはアタシで、実際、カタギリ君の事をよく知っていた。



色白のカタギリ君は、目が細くて、女の子みたいな顔をして、
物静かだけど周りに友達は多くて、勉強もよく出来て、
そのくせ、バスケット・ボールが上手かった。

少女漫画の主人公だったら、絶対に好きになってしまう。
少女漫画の主人公に憧れるアタシは、それに倣って、彼に興味を持った。

中学一年生で隣のクラスになって、中学二年生で同じクラスになった。
アタシがカタギリ君を好きだという噂が流れたのは、その頃。
中学三年生になると、また別々のクラスになった。

アタシはカタギリ君を好きだった。
アタシはカタギリ君を好きになってるアタシが好きだった。
カタギリ君を好きだと思う事で、少女漫画の主人公になれるような、
そういう気分にしてくれる、カタギリ君という名の記号が好きだった。

実際には、アタシはカタギリ君の事なんて、何も知らない。
朝、何時頃に学校に来て、好きな教科は何で、
好きな給食のメニューは何で、
好きな色は何か。

星座は何で、生年月日は何で、血液型は何か。
その程度なら、誰かに聞けば簡単に知る事が出来るし、
実際に聞いたし、何だったら生年月日を使った相性占いまでした。
相性は62%で、可も無く、不可も無く、微妙だった。

「南高の合格発表って何日だっけ?」

「昨日」

「へぇ、カタギリ君、合格したかな?」

「知らない」

知ってる。
本当は知ってる。
カタギリ君は南高に落ちた。

アタシがカタギリ君を好きだと信じてる女の子達が、
何時でもそういう情報を教えてくれるから。
カタギリ君は南高に落ちた。



綿のような、何かが飛んでいる。

それは何物でも無く、または何者でも無く、
それから等しく何色でも無いはずなのだけれど、
多分、それを見た誰もが、それを白と表現するだろう。

雪虫が飛んでると思ったら、それは雪だった。

アタシ達は、まだ何モノでも無い。
中学校の卒業式を終え、今から高校の合格発表を見に行く。

今、アタシ達は中学生なのか?
少なくともまだ、高校生にはなってない。
法律的には、まだ一応、中学生なのかもしれない。

だけれど、今、すごく宙ぶらりんだ。
中学生でも無く、高校生でも無い、中途半端なアタシ達は、
中途半端なままでブラブラと、合格発表を眺めに行こうとしてるんだ。

アタシ達を見る大人達は、アタシ達を何と呼ぶだろう。
無邪気で純粋な子供と呼ぶだろうか。
白と表現するだろうか。

カタギリ君は、アタシ達よりも一日早く、 呼び名を決められただけだ。
中学生でも無く、高校生でも無い、アタシ達よりも一日早く、
南高に落ちた人、という役割を与えられただけだ。


「……ねぇ、タダオ?」

「ん?」

「もしもね、もしもだよ、落ちてたらどうする?」

「今から見に行こうとしてる人間に、スゴイ事を言うね」

「もしもね、もしもだよ、アタシが落ちてたら、タダオ、どうする?」


どうするもこうするも無い。
タダオはフーセン・ガムを膨らませながら、首を傾げた。

只、急に不安になったんだ。

もしもね、もしもだよ。
行先が解らなくなっちゃったら、どうしよう。
自分が望んでない役割を与えられちゃったら、どうしよう。

あんなに頭の良かったカタギリ君が落ちちゃったみたいに、
あんまり頭の良くないアタシが落ちちゃったら、
アタシはどんな役割になるんだろう。

「よし、解った」

いきなり大きな声を出すと、タダオは巨大なフーセンを膨らませた。
唇を尖らせて、静かに息を吹き込んで、それを膨らませた。
大きく膨らむと、膨らんだそれを、指で摘まんだ。
指で摘まむと、それを口から離した。


「もし、お前が落ちてたらさ、旅行に連れてってやるよ」

「……何言ってんの?」

「フーセン旅行だよ、フーセン膨らませて、空を飛んでさ、行くんだよ」

「何処に?」

「フーセン旅行だから、何処へでも行けるね、だってフーセンだから」

「パリも?」

「パリにも行けるね、だってフーセン旅行だから」

「ミラノには?」

「もちろんミラノにも行けるね、だってフーセン旅行だから」


ああ、それは素敵だな。
パリやミラノで服飾の勉強をするなんて、素敵だな。
色々なファッション・ショーを観て回るなんてのも、素敵すぎる。
フーセン旅行の意味がイマイチ解らないけど、それは素敵じゃないかしら。


「行く! フーセン旅行に行く! アタシ高校落ちる!」

「まぁ、待て待て、バカだな、ミサエは」

「ミラノに行って勉強する!」


アタシが鼻息も荒く(もちろん可憐な鼻息である)まくし立てると、
タダオはアタシを静止するように、巨大に膨らんだフーセンを、また食べた。


「その前に、最初に行く場所は決まってるんだ」

「何処?」

「アビー・ロード」

「何処?」

「だからアビー・ロードだよ、何処にあるのかは知らないけど」


タダオは口の中に戻したガムを再び噛み始めると、
占領地を統治する何処かの国の元帥が荘厳な演説を始める時のように、
おおよそ幼馴染とは思えぬ程の、静かで重たい口調で、こう言った。


「もしもフーセン旅行をするならば、
 我々はまず始めにアビー・ロードに飛んで、
 そこにある横断歩道を渡らなければいけないのだ。

 横断歩道を渡る事で、我々の旅は始まるのだ。

 ところがアビー・ロードは伝説の町なので、
 それが何処にあるのか、本当の事は誰も知らないのさ。
 だから我々はまず、アビー・ロードを探す旅から始めなければいけない。

 パリだとか、ミラノだとか、何処に行くかは我々の自由だけれど、
 その前にアビー・ロードに行かなくちゃ、肝心の旅を始められないのさ」


言い終えると、タダオは再び、フーセンを膨らました。
今度のフーセンは小さくて、膨らみきらずに割れてしまった。
だらしなく口元に張り付いたガムを剥しながら、タダオは笑った。

「何、今の話、ドラクエ?」

「惜しい、ドラクエⅡ」

「転職できる奴だ」

「それはⅢ」

アタシとタダオは、何となく小さく笑った。
郵便局は、もうすぐ其処だった。



綿のような、何かが飛んでいる。

それは何物でも無く、または何者でも無く、
それから等しく何色でも無いはずなのだけれど、
多分、それを見た誰もが、それを白と表現するだろう。

雪虫が飛んでると思ったら、それは雪だった。

雪虫は冬の訪れを告げる。
だから初雪が降り始める頃には、決まって雪虫も飛ぶのだ。
だとしたら、冬の終わりを告げるのは、何虫なのだ?


郵便局が、アタシ達の目の前に、存在した。


横に長く巨大な掲示板が用意され、
掲示板には合格番号を書いた紙が貼り付けられている。

テレビで見た大学の合格発表を想像していたのだけれど、
掲示板の前に集まる同級生は、思ったほど多くなかった。
ほとんどいないと言っても良いくらいだった。

「もしもお前が落ちたらさ、僕も落ちるからさ」

「何言ってんの」

「落ちるって言うか、お前が落ちてるなら、僕も落ちてるだろ」

「それは納得だ」


ゆっくりと掲示板に向かって、歩き始める。

ゆっくりと掲示板に向かって、歩き始める。

一歩。

一歩。


雪が降ってる。
それは雪虫のようにも見える。
アタシ達は、今、何モノでも無いのだけれど、
数秒後には、きっと何モノかに、なってしまうんだと思う。

中学生から、高校生へ。
それとも、もしかしたら、まるで別の何かへ。
アタシ達は、アタシ達が何モノなのかを、早く知りたいんだ。


「さっきの話、本当?」

「何が?」

「落ちてたら、フーセン旅行の話」

「本当だよ、落ちてたら、僕の三年間をやるよ」

「タダオの三年間?」


ゆっくりと掲示板に向かって、歩き始める。

ゆっくりと掲示板に向かって、歩き始める。

一歩。

一歩。


「高校に通う予定の三年間を、ミサエにやるよ」

「アタシに?」

「その三年間を使って、フーセン旅行に行くよ」


今、アタシ達の会話は、すごく滑稽だと思う。
高校の合格発表を見るだけで、世界の終わりみたいな顔をしてる。
世界の終わりみたいな顔をしながら、世界が始まる事を願ってるんだ。

こんな時、決まってタダオは変な事を言い出すけれど、
それは何時でも、何時だって、アタシの心を落ち着かせるんだ。

タダオのアホ。
タダオのアホ。


「落ちてた場合だけな」

「三年間を貰うのは貴重だなぁ」

「ホワイトデーのお返しの代わりにな」

「落ちてなかったら、ホワイトデーのお返しは?」

「ま、それはまた、その時に考えよう」


ポケットから受験票を取り出す。

789番。

実に覚えやすい番号。

アタシは馬鹿みたいな顔をして、その数字を探す。


受かってると良い?落ちてると良い?

どちらでも良いな。

どちらでも良い気分になってしまった。

もしかすると落ちてた場合の方が、面白いような気がする。


フーセン旅行なんて。

フーセン・ガムで空なんて飛べないよ。

フーセン・ガムで空なんて飛べないんだけどね、タダオ。

君とフーセン・ガムで空を飛ぼうとする方が、幸せな事のような気がするよ。


アビー・ロードへ行こう。

何処にあるのか、よく解んないんだけど。

アビー・ロードを探しながら、世界中を旅して回るんだ。

それからパリに行って、ミラノに行って、色んな勉強をして回るんだ。


アタシはデザイナーになりたい。

色んな色の服を作って、色んな色の光の中で、

何時かはファッション・ショーなんか出来たら素敵だな。

ねぇ、タダオ。










789。










「あった」

アタシの番号が、掲示板の真ん中に書かれていた。

静かに雪が降り続ける郵便局の前には、
大袈裟な歓喜の声も、万歳の声も、特に聞こえる事は無く、
只、静かに、本当に静かに、アタシは春から高校生になる事が決まった。

冬の終わりを告げるのは、何虫なのだ?

やはり、それも蝶だろう。

世界が色を付け始める頃に、アタシ達にも色が付き始める。
それは悲しい事か?
ううん、悲しい事ではない気がする。
只、静かに、本当に静かに、アタシ達にも色が付き始める。

タダオの声が聴こえた。


「あった?」

「あったよ」

「良かったじゃん」


同じ台詞を、アタシから、もう一度。


「あった?」

「あったよ」

「良かったじゃん」


何となく、本当に何となく、アタシ達は笑った。

雪は止み始めた。

雲は消え始めた。

間も無く午後の太陽が見えるはずだった。


アタシ達は郵便局を後にして、家路を歩いた。
今しがた歩いてきたばかりの道を、まるで真逆に歩いた。
まるで真逆に歩いてるだけの道だったけれど、まるで別の道のようだった。

カタギリ君は、どんな気分で家路を歩いたのだろう。
カタギリ君は、きっと誰かとフーセン旅行になんて行かないだろう。

今ならば、きっとカタギリ君に話しかけられるような気がした。
可愛い犬の置時計も、バレンタイン・チョコも渡さないけれど、
今ならば、きっとカタギリ君に話しかけられるような気がした。
理由はよく解らないけれど。


「フーセン旅行、行けなかったなぁ」


タダオはポケットに手を入れながら、フーセンを膨らました。
小さく膨らんで、音を立てて割れた。
アビー・ロード。

「いや、行けるんじゃないかな」

「え?」

「フーセン旅行」

「まさかお前、入学を断る気?」

「まさか」

アタシは笑って、手を出した。
タダオは何も言わずに、アタシを眺めてる。
アタシは手を出したまま、言うべき台詞を付け加えた。

「フーセン・ガム、ちょうだい」

「フーセン・ガム?」

「あるでしょ」

タダオがポケットから取り出したガムを受け取ると、
アタシはそれを口の中に放り込んだ。
そして今一度、考えてみる。

「まずはアビー・ロードを探すのよ、タダオ。
 アビー・ロードが見付かったら、次はパリとミラノに行く。
 パリとミラノで勉強をするのよ、デザイナーになる為の勉強をね。

 だから高校に入学して、高校を卒業して、
 それから服飾学校に通って、それから海外に留学して、
 沢山勉強して、アタシはファッション・デザイナーになるの。

 どう、こんなフーセン旅行、素敵じゃない?」

タダオは短く笑うと、空を見た。
それから「春休み中に映画でも観に行きたいな」と言った。
アタシはガムを噛むと、唇を尖らせ、ゆっくりとフーセンを膨らませた。

それは中途半端な大きさで、すぐに割れてしまった。
だけれどアタシがフーセンが膨らませたいと願った事に変わりは無い。
懲りずに唇を尖らせると、アタシはもう一度、静かにフーセンを膨らませた。

何度でも。
何度でも。

「タダオ、ガム足りない、もう一個」

アタシは手を伸ばした。
タダオは笑ってポケットの中に手を入れると、
フーセン・ガムを一粒と、それから小さな紙を渡した。


「何これ?」

「ホワイト・デーのお返し」


アタシは小さな紙を広げた。

見覚えのある紙だった。

当然だ。


先程まで、よく似た紙を握りしめていた。

小さな紙には、タダオの受験番号が書いてあった。

書かれてあるタダオの番号を眺めて、アタシは思わず笑った。


アタシの受験番号は789で、タダオの受験番号は?


受験の日。

そう、確か受験の日。

アタシの席のずっと前の席に座ってた。







777。







「7を見付けたらさ、幸運なんだよ、ミサエ」

タダオがフーセンを膨らませたので、アタシもフーセンを膨らませた。
二人で並んで、大きなフーセンを膨らませた。
大きなフーセンは綺麗な色を付けて、午後の太陽に照らされた。

近付く春の風が吹いて、フーセンは優しく揺れた。

ほんの少しの間で良いから、
ほんの少しの間で良いから。

もう少しだけ、このまま割れないで欲しいなと、思った。
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[ 2010/01/29 17:58 ] 長編:JET | TB(0) | CM(0)
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