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JET #3

もしも君が泣くならば、
涙の河が隔てた僕等の距離を、僕は泳いで、君を抱きに行こう。

もしも君が咲くならば、
涙の河が隔てた僕等の時代を、僕は歩いて、君を摘みに行こう。

もしも君が泣くならば。



299.jpg

#3 『記憶・夏(Milky in the Rain.)』



「何、読んでんだ?」

ボクは雨に濡れた町営バスの最後部座席から手を伸ばすと、
前の席に座るミサエが読んでいた分厚い少女マンガ雑誌を奪い取った。

「ちょっと何すんの!返して!」

「え~なになに……もしも君が泣くならば?」

「ああ! アタシのローゼン・シュペルフ様が汚れちゃう!」

「……僕は歩いて、君を摘みに行こう?
 ……何だコレ、同じような事、二回言ってるだけじゃん」

鼻で笑う僕の手から少女マンガ雑誌を奪い返すと、
ミサエは「ローゼン・シュペルフ様に謝りなさいよ!」と言った。
謝るも何も、ローゼン・シュペルフ様とは誰なのか、まったく解らない。
そんな知り合いは同級生にいなかった気がする。

「ココはローゼン・シュペルフ様が、メーデン・キャメルク嬢に、
 永遠の愛を告げる良い場面なの!」

誰だよ、メーデン・キャメルク嬢って。
知らない男の情報を知ろうとしたら、知らない女の名前を聞かされた。
知らない町に行って、知らない家に行こうとして、交番で道を尋ねたら、
知らないコンビニを右に曲がって真っ直ぐ進みなさいと言われた気分だ。
まったく目的地に辿り着ける気がしない。

「ローゼン……何だって?」

「ローゼン・シュペルフ様は彦星の生まれ変わり!
 メーデン・キャメルク嬢は織姫の生まれ変わりなの!」

「……えぇえぇえぇ」

「だけど二人は前世に縛られていて、
 毎年7月7日の夜にしか再会出来ないの!
 毎年7月7日の夜にだけ、前世の記憶が蘇るのよ!
 でもね、再会しても、次の日には、お互いの事を忘れちゃうのよ」

最後の一行だけ、ミサエは妙に寂しそうに呟いた。
まるで自分が物語の中の登場人物、メーデンなんとかになったみたいだ。

なるほど、今月号の読み切り作品か何かの話をしているのだろう。
今月は確かに七夕がある月だから、そういう作品が載ってるのは解る。
織姫と彦星をモチーフにした読み切りが載ってるのは、大いに解るんだ。
だがミサエ、お前は高校一年生だぞ。

「面白いか……それ」

「面白いよ、ローゼン・シュペルフ様の目がね、青いの」

目の青さは関係ないと思うけどな。
それに、そもそも織姫と彦星の物語というのは、
彦星のだらしなさに端を発した物語だった気がするけどな。

彦星が織姫にかまけて働かなくなったから、
神様が怒って、二人を引き離したんじゃなかったかな。
彦星という駄目男の物語こそ、七夕の真実の姿だと思うけど。

「ローゼン・シュペルフ様は、中世最後の貴族なのよね」

出世したな、彦星。
お前、牛飼いか何かじゃなかったっけ。
牛飼いが生まれ変わると、中世最後の貴族になっちゃうのか。
時代設定おかしくないか。

「メーデン・キャメルク嬢は、機織の娘なのよね」

ああ、それは織姫の設定に基づいてるんだ。
機織の娘と、最後の貴族の男が、前世の記憶を越えて結ばれる。
少女マンガ的な脳味噌で考えられた、少女マンガ的な物語な訳だな。

「面白いか……それ」

ボクは同じ質問を繰り返したが、ミサエは答えなかった。
前の座席で少女マンガ雑誌に視線を落としたまま、黙り込んでいる。
こういう時のミサエは、何か(主にくだらない事)に集中している合図だ。
下手に邪魔すると、一日機嫌が悪くなるから気を付けなければいけない。

ボクラを乗せた町営バスは、雨に濡れたまま、静かに進んでいた。

ボクとミサエが高校に入学して、早くも三ヶ月が経った。
三ヶ月も経てば、それなりにクラスにも馴れ、友達だって増えてくる。
中には、何となく登下校を共にするような奴だって現れる。

ボクは自転車通学を選んだ。
登校時に道の途中でクラスメイトと会って、
一緒に学校まで自転車を漕いだりするのが、ボクの日課だ。
ちなみにミサエはバス通学を選んだので、今は登下校は一緒じゃない。

ところが最近の、この雨だ。
ボクラの町は梅雨の影響が少ない地方だとは言え、
まったく雨が降らない訳はなく、雨が降れば自転車には乗れない。

自転車に乗れないならば、バスに乗るしかなくて、
バスに乗るしかないならば、ミサエと一緒に学校に行く事になる。
という訳で本日、ボクは最後部座席に座り、ミサエの後頭部を眺めている。

「一年に一日だけ、前世の記憶に縛られるのも、大変だよなぁ」

信号が赤に変わり、町営バスが静かに停止した。
ボクラの住む地域からバスに乗る人は少なくて、同級生もいない。
普通、誰でも朝のラッシュのようなモノを経験すると思うのだけれど、
ここまで乗客が少ないと、貸切バスのような錯覚さえ起こしそうになる。

重くて低いエンジン音が聴こえて、最後部席が静かに振動している。
窓ガラスが雨で濡れて、外の景色はよく見えない。
誰かが歩いてるような影は見える。

「もしも次に生まれ変わってね、
 だけど前世の記憶が一年に一日だけ戻るとしたら、
 タダオは何を思い出したいと思う?」

突然、ミサエが振り向いて、質問をした。
呑気な雰囲気に浸っていたので、思わず「ひっ」と言いそうになった。
振り返ったミサエの首から上だけが見えて、まるで生首のようじゃないか。

「生首か、お前は」

「え、何が?」

「え、何が?」

「……何言ってんの?」

「……何言ってんの?」

ミサエは眉間にシワを寄せて「もう」と頬を膨らませる。
このまま一日、機嫌が悪くなられるのは、ボクの精神衛生上、良くない。
ボクは生首ことミサエに向かって、丁寧に質問を返した。

「何だっけ、今の質問?」

「もう、ちゃんと聞いてなかったの?」

「何だっけ、今の質問?」

「もしも次に生まれ変わってね、
 だけど前世の記憶が一年に一日だけ戻るとしたら、
 タダオは何を思い出したいと思う?」

前世の記憶が一年に一度だけ戻るという少女マンガ的発想は、
現実的に在り得ないと思う、などと答えたら、また機嫌が悪くなるだろう。
さて何と答えるのが一番無難なのかを、それなりに考えてみる。

信号が青に変わり、町営バスが動き出した。
あんまり急に動き出したモンだから、勢い余って身を乗り出してしまった。
振り向いたままコチラを見てるミサエの顔面に急接近する。

「きゃっ! 何してんの! アンタ!」

「……バス! バス! バスが悪い! 今のはバスの運転手が悪い!」

「……危うく、まだローゼン・シュペルフ様にも許してない唇を」

「……それは多分、一生許す事は無いと思うけどな」

ミサエに聞こえない程度の小声で、呟いてみた。
バスの運転手は、ボクの悪態が聞こえたのか聞こえないのか、
妙にエキセントリックなハンドリングで、大きな交差点を右折して行った。

「じゃあ、思い付いたら、コレに書きなさいよ」

ミサエは通学カバンの中をゴソゴソと漁ると、
色鮮やかな数枚の折り紙を取り出して、その中の一枚をボクに渡した。
オレンジ色の折り紙だ。

「書く? 何を?」

「生まれ変わったら何を思い出したいか」

「書く? 何で?」

「書き終わったら、お互いに交換するの」

ますますもって意味が解らない。
何故にお互いの「思い出したい何か」を折り紙に書いて、
しかも、然る後に、それをお互いに交換しなければならないのか。

「何で?」

「何で? 今日は何の日?」

「今日は何の日って、何?」

「今日は七夕なの!」

なるほど、ボクの中で全てが繋がった。
ボクの中で全ては繋がったモノの、恐らくボクにしか伝わらないだろう。
ミサエはクリスマスとバレンタインを混同しているフシがあるように、
昔から、七夕とプレゼント交換会を混同しているフシがある。

願い事を書いて、それを交換するのだ。
それは子供の頃から、ボクとミサエが繰り返してきた行事だ。
なるほど、今夜は七夕か。

「今年の願い事のテーマは、来世で思い出したい事?」

「そう! タダオにしては賢いね!」

「ありがたき幸せ」

中世最後の貴族に従う召使いのように言ってみたが、
ミサエの反応は悪かった。
まぁ、ミサエは今、単なる中世の機織の娘だからな。

「じゃあ考えて! 学校に着くまでに! よーいどん!」

何と強引な機織の娘だろうか。
こんな娘が織る布など、誰が買ってやるもんか。
どうせ、お前の願い事なんて「ローゼン・シュペルフ様に逢いたい」だろ。

ミサエは前に向き直り、指の先で細いシャープ・ペンシルを回していた。
ボクはオレンジ色の折り紙を手にしたまま、暫し考えた。
もしも来世に、今の記憶を残すなら、ボクは何を思い出したいだろうか。

ボクは窓の外を眺めた。

雨に濡れた車窓から、開いた傘が見える。
それは次第に数を増やす。
濡れた花弁だ。

重く低くエンジン音。
町営バスの乾いたウインカー音。

カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。

何を思い出すだろうな、ボクは。
一年に一度だけ、今のボクを思いだせるとしたら。
家族の事や、友達の事や、学校の事を思い出したいだろうか。

それともまだ見ぬ将来の事を思い出したいかな。
どんな会社に勤めて、どんな結婚をして、どんな子供を育てるだろう。
まったく想像が出来ないな。

ギターが欲しいな。
真っ赤なストラトを下げて、ステージで歌いたいんだ。
もしもそれが最高のライブだったりしたら、それを思い出したいかな。
だけどそれがどれほど最高のライブだったのか、今のボクは知らないから、
来世で思い出しようがないな。

今、ボクが知ってるモノ。

記憶。
経験。
人間。

何を思い出したいかな。
誰を思い出したいかな。

雨に濡れた車窓から、開いた傘が見える。
それは次第に数を増やす。
濡れた花弁だ。

重く低くエンジン音。
町営バスの乾いたウインカー音。

カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。

もしも君が泣くならば、
涙の河が隔てた僕等の距離を、僕は泳いで、君を抱きに行こう。

もしも君が咲くならば、
涙の河が隔てた僕等の時代を、僕は歩いて、君を摘みに行こう。

もしも君が泣くならば。








ボクはペンを動かして、折り紙に文字を書き込んだ。








「次は終点~高校前入口~」

愛想の無いアナウンス音が聞こえた。
誰かが悪戯で降車ボタンを押すと「ピンポ~ン」と間抜けな音が鳴った。
顔を上げると、途中から意外と多くの生徒が乗っていた事に気が付いた。
そんな空間で、折り紙に願い事を書き込んでいた高校一年男子が、一人。

ミサエは運転手に定期券を見せて、バスを降りた。
ボクは財布から小銭を出すと、ミサエの背中を追うように降りた。
小雨が降り続ける中を、校舎まで、ボクラは走った。

小さく息を切らしながら、
オレンジ色の折り紙をポケットに入れた。
下駄箱で上履きに履き替えながら、ミサエが言った。

「願い事、書けた?」

ボクは軽く咳き込んだフリをしながら「書いたよ」と言った。
ミサエは毎年の如く「じゃ、交換しよ」と言った。
ボクは折り紙をポケットから取り出した。

ミサエも同じように、ライト・ブルー色の折り紙をボクに渡した。
勘違いされては困るのだが、ボクもミサエも、願い事を交換するのを、
お互いまったく恥ずかしい事だと思ってない訳じゃない。

ボクラは七夕の夜に、お互いの願い事を交換するけれど、
それは絶対に見てはいけない事になっている。
見ると相手の願いが叶わなくなる、という事になっているからだ。

だったら最初から交換なんてしなければ良いじゃないか?

まったくその通りだ。
だけれど生まれてから今日に至るまで、
ミサエは七夕とプレゼント交換会を混同してるのだから、
それは仕方の無い事だ。

「舐める?」

ミサエは制服のポケットから小さく包まれた飴玉を二粒、取り出した。
ミルキーだ。
何故に女の子という生き物は、制服のポケットに飴玉やら、お菓子を忍ばせておくのだろう。
非常食的な感覚なのだろうか。

「舐める」

ボクは一粒を摘まみあげ、包みを解いて口の中に放り込むと、
素早く、もう一粒のミルキーも摘まみあげてやった。

「貰った!」

「ああ! 駄目! それアタシの!」

ボクは廊下を走った。
雨の中を、一直線に走るように、走った。
ミサエが何かを訴えながら、半泣きで追いかけてくる。

そんな訳でボクとミサエは今年、
「もしも生まれ変わったら、来世で何を思い出したいか?」
をテーマに願い事の交換会を実施した訳だけれど、
お互いの願い事は、ずっと秘密のまま、という事になっている。
そういう折り紙が、今ではボクの部屋に、十数枚も溜まってるんだよ。

教室に入ると、予鈴が聞こえた。
教室の窓は濡れていて、外の景色はよく見えなかった。
それでも雨の音だけは静かに聞こえていて、雨が降っているのだと解った。

雨降りの空でも、天の川の畔で、織姫と彦星は再会するだろうか。
それとも天の川の畔で再会する織姫と彦星なんてのは前世の話で、
今頃、記憶を戻したローゼン・シュペルフ様とメーデン・キャメルク嬢が、
世界の何処かで、涙の再会を果たしているのだろうか。

雨が降ってる。
雨が降ってる。
それは、とても静かな雨だ。

ボクとミサエの、秘密の願い事。
お互いの願い事は、ずっと秘密のまま、という事になっている。
そういう折り紙が、今ではボクの部屋に、十数枚も溜まってるんだよ。

それを、ボクは忘れたくないと思ったんだ。
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