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三月の中学生。

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暦は弥生。夢見月である。

花見月とも呼ばれるが、北国では花が咲く気配はまだ遠く、
小生、昼間から灯油ストーブを点し、こうして暖を取っているのである。
一般的な日本人にとって三月といえば、雛まつりであり、ホワイトデーであり、
其れから、卒業式であろう。

今でもたまに中学時代の卒業式を思い出し、
それがつい先日の出来事だったような気がする瞬間がある。

小生、普段から過去に戻りたいとは全く思わない性質なのだが、
其れがどれだけ不遇の時期でも、過去に戻りたくはないのだが、
中学時代には、少しだけ戻っても良いと思う瞬間がある。

我々は平和だった。
恋愛沙汰とは縁遠かったが「誰が誰を好きで、誰に告白した」だとか、
三年○組の誰々が可愛いだとか、遊人の描くエロ漫画は素晴らしいだとか、
日曜日に何回オナニー出来るか挑戦しただとか、そんな下卑た話題には事欠かなかった。

エロ本を何冊も大量に持っている奴が居て、
奴の家が、暇を持て余した我々の、放課後の集まり場所だった。
奴の家には、遊人の『校内写生』や、みやすのんきの『冒険してもいい頃』や、
それから『デラべっぴん』といった大量のエロ本が親の目を盗んで隠されており、
其の中には何故か、winkの写真集もあった。

「さっちんよりも翔子派だ」と、よく奴は語って居たものだが、
あの写真集の中には、さっちんの良ショットだって数多く掲載されて居た。
我々は奴の家に集まり、そうしたエロ本を眺めたり、交代でテレビ・ゲームに興じたり、
何故かトランプで盛り上がったり、漫画を読んだり、おおよそ非生産的な事をして過ごした。
其れから、奴の机に並べられた、アルバムの写真を眺めて居た。

今思えば何故かと思うが、毎日のように写真を眺めて居た。
中学生に、そこまで振り返るほど大量の思い出があったとも思わないのだが、
我々――いや、ほとんど僕は、奴の家で毎日のように、奴のアルバムを眺めて居た。

其のアルバムには幼稚園から至極最近までの写真が貼られており、
我々は鉛筆や油性ペンで、その一枚一枚の横に、文字を書き足して遊んだ。
例えば、何かを叫んでいるような写真があれば「腹へった~!」と書き足すような、
其れは中学生らしい幼稚で稚拙な遊びだった。

奴の家での、僕の思い出の大半は、
床に座りテレビ・ゲームに興じる友人達を見下ろすように、
奴の部屋の学習机の椅子に座り、其の古いアルバムを広げて居る風景だ。

我々は、よく写真を撮った。
特に卒業まで一ヶ月を切った頃は、よく撮った。
恐らく僕が、奴と一緒に過ごす時間が一番長かったから、
奴に付き合って、少し遠くの写真屋まで、よく現像に付き合った。
写真を現像して、其れから本屋でアニメージュを買った。

中学時代の僕は最初、小学時代から続けていたサッカーに熱を燃やして居た。
しかし中学二年で辞めてしまい、其れから帰宅部だった奴と遊ぶようになった。
奴の家には色んな奴が集まっていた。
野球部のエースとして期待されながら、僕と同じ日に野球部を辞めた奴や、
成績優秀で教師に一目置かれている奴や、血の気が多くてケンカっ早い奴など、
日によって入れ替わるが、集まる顔ぶれは様々だった。

当の本人、奴はアニメ好きのオタクだった。
今でこそアニメが好きなんてのは一種のステータスであり
ある種の属性のように扱われており、まるで珍しいものではないどころか、
むしろ賛同をもって迎えられるほどの市民権を得ているが、我々の頃は違った。

其れは「何か気持ち悪いもの」であり、
同級生に知られるのは「恥ずかしいこと」であった。

しかし、僕は奴と友達になり、多くの影響を受けた。
過去の名作を知り、声優の名前を覚えた。
放課後の多くの時間を、僕は奴と一緒に過ごした。
あの一年間、僕は間違いなく、純然たるアニメ好きのオタクだった。

其れで、写真を現像した帰り道、僕と奴は、よく一緒にアニメージュを買った。
いや、正確にいうと、奴はアニメディアとニュータイプの二冊だったかもしれない。
どうでもいいが。

あの頃の僕には夢があって、其れは絵描きだった。
幼少の頃に、母親が描いた絵を見て、ぼんやりと憧れていた。
北海道で唯一、美術科のある高校を受験する事に決めたが、現実感は無かった。
三月になり、高校に合格し、進学する事が決まっても、僕にはまるで現実感が無かった。

ある日の帰り道。
我々は普段どおりに下校して居た。
我々は近所の友人達数名で下校するのが常だった。

各々の家が近付くと、徐々に解散していき、人数が減っていく。
最初の内は、皆で一人に「またな」と手を振って別れるのだが、
次第に人数が経っていき、最後には一人になる。
僕が、其の最後の一人だった。

あの日の帰り道。
我々は雪道を歩きながら、手の中で雪玉を作った。
野球ボールくらいの雪玉が出来ると、其れを遠くの電柱に向かって投げた。
中々、命中しなかった。

我々は歩きながら、また雪玉を作った。
あの日の、あの瞬間を、今でも思い出すんだ。
僕は何となく、ずっと15歳が続くような気がして居た。

雪玉は命中せず、我々は笑った。
其の度に、何度も雪玉を作って、何度も投げた。
次第に友人達は減ってゆき、最後には僕と奴の二人になった。

結局、あの雪玉は命中したのか。
覚えて居ない。

見事、遠くの電柱に命中したのであれば良いのだけれど、
あの日の我々にとって、そんな事、どうだって良く。
きっと我々は呑気な顔で、こう言って別れた。



「じゃあ、またあとで。」



暦は弥生。夢見月である。

未だに、僕は夢を見ている。
叶うのか、叶わないのか、よく解らない。
叶えるのだ、叶うと信じるのだ、と言う人も居るけれど、
多分、これはもう、そういうものでもない。

あの日の帰り道から、今日まで。
我々の道は散々に別れ、何処まで来たのだろう。
進学し、就職し、結婚し、子供が産まれ、悩みが増えたり、乗り越えたり、
そんな風にして、きっと我々は大人になってきた。

良い事ばかりでは無いよ。
悪い事ばかりでも無いよ。

たまに悪い事の方が多い気分にもなるけれど、
其れは多分、我々が、良い事にはすぐに馴れてしまうからなんだ。
我々の時間は15歳では止まらなかった。多分、この先も、ずっと止まらないだろう。
大人になる事を受け入れて、楽しむ方が、ずっと健全だよ。

暦は弥生。夢見月である。

其れでも未だに、夢は見ている。
今でもたまに中学時代の卒業式を思い出し、
それがつい先日の出来事だったような気がする瞬間がある。

あの日、絵画を描いて居た僕の手は、
今では文字を打ち、こうして言葉を発して居る。

あの日、雪玉を投げて居た僕の手は、
今では文字を打ち、こうして言葉を飛ばし続けて居る。

三月の中学生が、雪玉を投げながら、僕を見て居る。
僕の言葉は、きっと誰かに命中するだろう。
君の雪玉が、きっと電柱に命中するように。

先日の「恋愛小説大賞」にて、
小生の作品に投票してくださった方々、
本当に、どうもありがとうございました。

深く、感謝。
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[ 2010/03/01 13:38 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)
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