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403

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 一日は過ぎ往きて、もう何も無い。
 言葉は武器に成り得るが、言葉を得るのは何時も困難だ。隣人の嘘を嘘と見抜けぬまま、音は403号室に住み続けて居る。美しい歌は美しいままだが、其れを聴く者達は必ず老い往くだろう。音は屋上に昇った。泣きたいような月だ。眠るような朝だ。
 若い世代(音も社会的に見れば充分に若いが)は新しい文化を生み出す。彼等は、其れが新しい規則を生んだ事と同義だとは考えない。規則は彼等が忌むモノの一つだから。テレビで観たモノは既に古い。一秒は一秒の後で既に過去となるが、迫り来る次の一秒に対応し切れないから止めてしまいたくなる。
 音が自分の生を実感するのは決まって、自分の中に埋め込まれた死(其れも間接的な死)―― compression internal organs を感じる瞬間だった。其れは音の腹で、子宮の上で疼いて蠢く「生きる為の死」そのものだったから、受け入れる度に吐き、また吐く度に思い出した。地球上には compression internal organs が無ければ生きられない人間が何万人も存在するが、誰もが平等に手に入れられる代物という訳ではない。実在すら疑わしい噂話のようになって居る。
「都市伝説みたいなもん?」
「何が?」と音は返す。あの日、最初に声を発したのはキリンだった。今本キリンは404号室の住人で同級生で幼馴染だったが、マンションの屋上仲間でもあった。彼の手足は長く、煙草を嗜む指によく似合った。煙を吐き出して言う。
「煙草を吸い過ぎると病気になるって話」
「事実」
音は借りてきたばかりの文庫本を高校指定のカバンに放り込むと、代わりにまだ膨らませる前の水風船を取り出した。透明な水を溜め込む為の――「臓器がね、」汚れたり、腫れたり、膨らんだりするのは事実で、都市伝説でも何でもない。永遠では無いのだ。だから欲しがる。考える。生み出す。新しい文化。規則。規制。法律。錆びた蛇口をひねり、水風船を膨らませて空中に放った。


(はっは! 今の見た?)


 結局、キリンは最期まで、音を眺めて居た。不平等な命は等価交換する事が出来ない。音は生き残った。死を抱えながら生き残るしか術が無かった。 compression internal organs はこの国で生まれた技術だが、この国で許された文化では無い。生を抱えるのは、死を抱えるのと同義だ。だから許されない。放り投げてしまいたくなる。無責任な(一秒毎に接近する)命ごと。また次の一秒が迫り来て、音は目を瞑った。403号室に、まだ朝は来ない。
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[ 2010/05/17 08:54 ] 小説 | TB(-) | CM(-)
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