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喫煙席とバースデイ・ソング

禁煙して一年が経った。
少し前に妻の誕生日だったから、そういう計算になる。

僕は煙草が好きだった。
身体に良いことなんて何にも無いどころか、
煙草は身体に悪い、という事実が好きだったくらいだ。
だから、それはもう「愛していた」と言っても良いくらいだと思う。

毎日、煙草をプカプカ吸い続けて、
肺を真っ黒にして終わっていくだろうと他人事のように考えていたし、
それも悪くないというより、むしろそれが良かった。

どうせ全ては煙のように消えてしまうのだ。
せめて吸い込んで、吐き出すのだ。

「そういうさ、調子こいたトコあるよね」

僕の渇いた男のロマンとハード・ボイルドっぷりを、
妻(当時は恋人だった)はバッサリと切り捨て、鼻で笑って見せた。

一日中、家でも、仕事場でも、車の中でも、
ひと時も煙草を欠かさなかった僕の生活は、妻との生活を機に一変した。
そうして一年前の妻の誕生日が近付く頃に、僕はスッパリと煙草を止める決意をした。

あれから煙草は一本も吸っていない。
しかし煙草を嫌いだと思った事は一度も無いし、二度と吸いたくない訳では無い。
この点を、喫煙経験のない嫌煙家達は、少し勘違いしていると思うので言わせて頂きたい。

誰にでも好きな食べ物の一つくらいあるだろう。何だって良い。
仮にカレーライスにしようか。仮にアナタがカレーライスが大好きな人だとする。
カレーなら毎日食えるよ、というくらい大好きだ。朝から晩まで三食、カレーを食べている。

巷の噂で「カレーを食べ過ぎると身体に悪い」という噂は耳にするが、気にしない。
毎日パクパク食べる。するとある日、突然「全国的にカレー値上がり」と言われる。
それどころか世間の風潮も「カレーなんか食べなきゃ良いのに」的な方向に傾き、
それまで何処のレストランにもあり、コンビニでも買えたカレーが、気軽に買えない。
カレーを食うのに身分証明の変なカードが必要になる。

職場でもカレー好きな人間は敬遠され、
女性社員から「臭いが気になる」などと言われ、空気清浄機が置かれる。
昼休みになると社内のカレー好き達は、ガラス張りのカレー室に集まり、
空気清浄機の前、肩を寄せ合うようにして、こっそりカレーを食べている。
それで、ある日、紆余曲折の末、カレーをスッパリと止める。

……それが禁煙だ!

と、まぁ、熱き拳を握り締めながら語ってみたが、
根本的にカレーと煙草は違うので、僕の禁煙に関しては、多くの人が驚いた。
止めてみると財布にも、自分の身体にも優しいので、それなりに良いことは多かった。

妻は自分の誕生日を一週間ほど過ぎてから、
ここ最近、僕が煙草の臭いを漂わせていない事に気付き、
「もしかして煙草、もう吸ってない?」
と訊いてきた。

僕は、これがお前への隠れた誕生日プレゼントだ、と叫びたい気持ちを抑え、
「まぁね」と言った。
結局ここに書いたので、まぁ、あまり意味がない。

それで話は冒頭に戻るけれど。

禁煙して一年が経った。
少し前に妻の誕生日だったから、そういう計算になる。

当日の為に、僕はイタリア料理の店を予約した。
誕生日に食事というと、安易にイタリア料理を選ぶのは、年齢的なものかもしれない。
少なくとも僕の年代はそうなのだ。悲しきジェネレーション・ギャップなのだ。知らんけど。

それで誕生日の前日。

朝食のパンを食べている時だったか、
「明日はどうしようか?」と妻が言ったので、
「明日はイタリア料理を食べに行く」と告げたところ、
妻が反対したので、驚いた。

普通、誕生日にイタリアンを予約している、と言ったら、
喜ぶまでとは言わないまでもラッキーとばかりに食べるのが、女子だと思っていた。
それが全く逆の「反対」だったので、僕は理由を訊ねた。

「もっと普通の、そうだ、居酒屋が良いよ」

くるみパンを頬張りながら言う妻を見て、僕は溜息を吐いた。

これでは何時も通りの日常。
キャンセルの電話を入れなければならないし、
せっかくの計画を反対されたので、僕は不機嫌だった。
せっかくの誕生日。妻だって少しくらい変わったことをしたいはずだ。

こういう時、一昔前であれば煙草を吸っていたけれど、
煙草が無いので仕方がなく、僕も黙って、くるみパンを食べた。

――さて、禁煙とカレーの話の続き。

紆余曲折を経て、カレーをスッパリ止めたとしてね。
だからといってカレーを嫌いになるのかというと、別に嫌いになる訳では無いし、
カレーの味を思い出して「ああ、また食べたいなぁ」と思う日だって、たまにはあるだろう。

何だって、そうだ。
過去は大体、何だってそうだ。それで良いし、それだから良いのだ。
何かを一つ終わらせる度に、忘れたり、嫌いになったり、無かったことにする必要は無い。
というより、無かったことには、決してならない。

そういう記憶たちと、どう付き合おうか。

今。現在。今日。
今が一番大切だってことを、誰よりも自分達が、
自分自身が知ってあげることなんじゃないかと、僕は考えたりする。

カレーは、もう此処には無い。あったとしても、もう食べない。
たまに思い出し、フと食べたくなる日もあるけれど、もう食べる必要は無い。
何故かと言うと――。

「よし、この店にしよう」

近所の商店街にある、小さな焼き鳥屋を、妻は選んだ。

夕刻、まだ辺りが暗くなる前。
広すぎず狭すぎない店内は、六割ほど席が埋まっていて、
煙の向こうには、作務衣姿の店員達の、まだ若い活気が漂っていた。

小高い場所に置かれたテレビから、ワールド・カップのニュースが流れ、
向かいの席には同じ年頃のカップルが座り、少し遠くの席では下着姿のオッサンが、
安いハイボールを飲みながら、ぼんやりとテレビを眺めていた。

僕達はオッサンと同じように、ぼんやりとテレビを眺めた。
店員が近付いてきて「注文、どうしましょ」と伝票片手に笑顔を見せたので、
傍に立て掛けられたメニュー表を開き、飲み物と串を注文した。
はい喜んで、とそれなりに喜びながら伝票を打ち込み、店員は奥へと消えた。

僕はメニュー表をよけた。
フと目の前を見ると、大きな灰皿があった。
夕刻、席は少しずつ埋まり、ほどよい活気に満ちていた。

ほんの一年前、僕はまだ煙草を吸っていた。
ほんの一年前、僕達はまだ夫婦ではなかった。

何にも変わりのない毎日。
何時も通りの日常。
積み重ねる。

積み重ねた日常が、毎日繰り返しただけのような日常が、
たまに大きな変化を伴って、僕達の前に現れるのは、何故だろうな。

僕は煙草を吸わなくなって、代わりに家庭を持った。
別に代わりって訳じゃないな。只、無理をして煙草を吸う必要が無くなった。
たまに思い出すようになった。また吸いたいなと、懐かしく思い出す場所に辿り着いた。
それは、もうそれが「今」では無い、ということ。

空っぽの灰皿が、只、そっと置かれていた。

帰り道、ほろ酔いの足取りで、僕と妻は商店街を歩いた。
もう月は出ていたし、道行く人もまばらだった。
妻は満足そうな顔で「焼き鳥、美味しかった」と、何度も笑った。

誕生日。生まれてきた日。
僕達は何の為に生まれたのか。多分、今を愛する為だ。
今、自分と、自分の周りにある世界を、少しでも愛そうとする為だ。
知らんけどさ。多分ね。

ほんの少しでも、良い誕生日になっただろうか。
一昔前の僕ならば、こんな手持ち無沙汰の時には、煙草でも吹かして、
何か考えているような表情でもしておけば良かったのだけれどね、もう今となっちゃ。
煙草の力は借りられなかった。もう煙草は止めたから。


「美味しかった?」

「美味しかった、イべリコ豚」

「美味しかった?」

「うん」

「イベリコ豚なぁ」


高かったからな、と僕が言うと、妻は楽しそうに笑った。
まぁ、イタリア料理屋でコース料理を食うよりは、ずっと安い。
生まれた年のワインを開けることも無かった。

何処にでもある梅酒を飲み、イベリコ豚の串焼きを食べ、
その日、妻は、僕の隣で歳をとった。
とても普通の日だった。

それから、とても良いことを思い付いたように、少し大きな声で言った。


「また明日も、誕生日やろう」


「そりゃ駄目だな」と、僕は笑った。
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[ 2010/07/13 18:31 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
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